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2025年10月

2025年10月31日 (金)

京王井の頭線3000系

小雨降る土曜日、都内オトモダチ宅で開催された運転会には、京王井の頭線3000系を持って参加させて頂きました。前照灯と方向幕灯、そして室内灯の具合にニンマリです。

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一応、昨年度末の3月30日付けで入籍としていた車両ですが、今回は主電動機をIMON 1527Dに換装して臨みました。

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従来のモーターがあまりに回転数が多く、約半分の7000rpmという1527Dにしたお陰で、室内灯の明るさとも調和が取れたのですが・・・、

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情けないことに中間車2両の動力車中1両のモーター取り付けが、上下反転していたせいで反対周り。因って本線周回できずと言うお粗末。仕方なく停車状態での撮影だけとなってしまいました(涙)。

自宅では1両づつ卓上でテストしたのみではダメですね。不精せずエンドレス組んでの試運転が必須と言うことを、再認識した次第でした。

 

2025年10月29日 (水)

行き掛けにKEIOを

この日は、渋谷でパーツ調達後にシーサイドへと向かう予定があったので、オトモダチからの情報を得ても諦めていたのですが・・・、ちょっと早めに出れば大丈夫かなと、ここで途中下車しました。

午前中の光線状態がばっちりですが、ホーム先端に行くと信号柱が邪魔で撮りづらい。仕方ないのでホーム中ほどに下がってズームすることにして、最初はOER3001氏が現京王で一番好きな8000系の特急を。

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ライナー運用の5000系も乗るには良い車両です。

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京王線で264両(8連×8本、10連×20本)と最大両数を誇る9000系、VVVF制御装置をフルSiCPOWERモジュール適用MOSFET素子使用装置に変更するなど大幅リニューアルされ、サンリオキャラクターラッピングの9731Fは人気者。

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廃車が進む7000系の中にあって、この7727Fも注目を集める編成。反対側(八王子方)の先頭車は7777だから。

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ここでも主目的はこれでした、事業用車両のデヤ901-サヤ912-デヤ902。通常は総合検測車クヤが入った4両編成なのに。

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多くの“撮り鉄”たちは、上のような写真を撮って満足しますが、模型製作を趣味とするOER3001氏は、その時に備えて連結面も撮っておきます。改札からの下るエスカレーターの女性も、見慣れない車両にスマホを向けているではありませんか!

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デヤ902が先頭になって折り返します。

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そのデヤ902の連結面も、

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一見ただの台枠に見えるサヤ912も、念のため撮っておきます。912という車号は後方台車前方の台枠側面に、先頭台車後方台枠側面にはKEIOのロゴが。サヤも台車と床下機器類を見れば、貨車ではなく立派な電車でした。

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念のため補足しておきますが、この京王のデヤ、サヤ、クヤなどの事業用車両、今のところ模型製作の計画はありません。

この日は他に“撮り鉄”の姿は見ることなく、落ち着いて撮ることができた次第。情報くれたYTさんに感謝です。

 

 

2025年10月27日 (月)

丹波橋で近鉄を

丹波橋で京阪を撮った後はお隣の近鉄を。京阪の踏切を渡り、東方向へ進めばこの光景。近鉄じゃなくて京都地下鉄?

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相互直通運転しているのは知っているけれど、やっぱりここでは近鉄の電車を撮らなきゃです。

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この踏切の向こう(画像中の矢印)にはJR西日本の電車、さらに踏切!?と思うものの踏切ではありません。ここには複雑な歴史があるのです。

このJR(奈良線)は、1895(明治28)年に開通した奈良鉄道がルーツ。1905(明治38)年に関西鉄道に譲渡され、2年後に国有化されるが、1921(大正10)年、東海道本線に新逢坂山トンネルを通る新線が開通すると、官営鉄道の奈良線は東海道本線の旧ルートを使った新路線に切り替えられて、桃山~伏見間は廃止。このルートが現在のJR奈良線なのです。

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官営鉄道奈良線の旧線跡を活用することで、開業したのが奈良電気鉄道、現在の近鉄京都線なのです。近鉄京都線の駅は、対向式ホーム2面の「近鉄丹波橋」です。

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ホーム先端にある踏切なので、編成全体をカメラに収めるのは無理。

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京阪の「丹波橋」駅と「近鉄丹波橋」駅は数十メートル離れただけで並んでいます。住宅街の道から左の階段を上がれば京阪、右が近鉄で、双方はデッキで行き来可能。

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近鉄丹波橋駅で暫し観察しようと思っていたら、最初に来たのは京都市営の最新型車両。塗装でそれなりにスマートに感じるが、もし塗装やラッピングが無かったら、不細工な顔だったように思えて。メイキャップがお上手と言う例、流石GKデザインです。

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京都市営地下鉄に乗り入れる近鉄側の車両はこちら3200系。登場が1986年だったから、もう40年近いのですね。

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この駅近くには国立京都教育大学付属桃山小学校があり、ちょうど低学年児童の下校時刻だったようです。

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北側を向けば京都駅からの特急が到着。奥の高架橋が京阪なのですが、なかなかツーショットは叶いません。

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再びホームに目をやれば観光特急「あをによし」。<あをによし奈良の都にたなびけるアイスとスマホで電車待つかも>なんてね。

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わお、なんと最新型の8Aが到着したのでつい、京都教育大学付属桃山小学校の女子児童と一緒に、乗ってしまいました。

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一部の鉄仲間の間で話題になる、近鉄京都駅のシーサスクロッシング。曲線部に設けられたこんなに美しいものは、全国的にも珍しい筈。帰路の新幹線までの時間を活用して、あの大階段の屋上から観察して来ました。

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実に見事な設計ですよね。模型でできたらいろいろな展開が考えられるでしょうけれど、脱線させずに済む分岐器の製作って、至難の業ですよ。

 

 

2025年10月25日 (土)

関東合運2025-3

「合運」と言う名のイベントは、運転を楽しむことに加えてこんな楽しみもあります、テーマ展示。

IMI氏が設計、出力した京王帝都3000系3Dプリントの競作。井の頭線富士見ヶ丘車庫に並ぶレインボーカラー全7色の再現です。

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IMI氏他、OKT氏、KAT氏、YKK氏の作品と共に並ぶバイオレットがOER3001氏作。

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上の井の頭線は全て、正面顔が原型ですが、パノラミックウインドウに改造された車体はありませんでした。

伊予鉄道に譲渡された編成がパノラミックウインドウ。中央がOER3001氏作品の他、IMI氏は元京王5000系の700系も並べました。

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この光景は古町車庫でしょうかね。

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これらの模様はTMSが取材されていたので、近号に掲載されるかも知れません。

 

 

2025年10月23日 (木)

関東合運2025-2

卓上電鉄さまが考案された“どこでも信号機”なるもの、OER3001氏らのモジュールレイアウトに組み込みたくお願いしたところ「品物の性質上頒布は出来ませんのでOER3001氏存命中限定の貸与」ということになりました。

合運に備えて、OER3001氏のモジュールを一部改造してセット、自宅で動作試験です。

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手元で取り出しやすかった小田急4000形が、G現示信号機に差し掛かります。

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信号機前を通過するとR現示に。

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これは行けると、本格的に“採用”し、広~いモジュールの一角にセットしました。小田急の新5000形がG現示で進行します。

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R現示に切り替わった信号機を10両編成が通過して行きます。

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今回も最新の5000形は大活躍、快調に走り回ってくれました。

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加えて4000形の10両編成も出庫準備です。

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今回の出場小田急車両は、5000形に加えて4000形。現役通勤型車両から2車種の10両編成としました。

 

2025年10月21日 (火)

関東合運2025-1

少々遅くなりましたが、10月12~13日に開催された第23回鉄道模型関東合同運転会の模様を。

その1回目は先ず1/45の0番(レイバン)ゲージから。大きなサイズの0番は、なかなか走らせることのできる環境が無いので、他クラブのご協力を得て走らせることができました。合同運転会ならではと言うところです。

このクラブの会員諸氏の作品の間に、OER3001製作の小田急2320形(擬き)と1600形(擬き、最右)を並べて。

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実際には制御、制動方式の違いから連結することはできない形式ですが、模型では同じ仕組みで製作しているので連結して3両編成に。

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連結した3両編成は快調に走ってくれました。

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スイッチを設けてあったのに、2320形(擬き)の尾灯を切っていなかった(涙)。

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停車させて、1600形(擬き)の姿と・・・、

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2320形(擬き)の姿も撮っておきます。

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走行時は室内灯が暗くなってしまうのが欠点なので、停車させてモーターへの電流をカット。明るくなった車内を見せて撮影。

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ということで、充分楽しむことができました。乗り入れさせて頂いたJORCの関係者にお礼申し上げます。

 

 

2025年10月19日 (日)

京阪電鉄へ-②

野江での撮影を終えて京都に向かうのですが、樟葉で乗換えたのはこの列車。なんと窓際の最前席に座れました。

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運転士が席を離れた瞬間に、ワンハンドルの運転台を撮っておきます。

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実は、OER3001氏の通路側隣席には若い女性が座ったので、丹波橋で下車後記録しておこうとこれを撮ったのですが、残念ながらガラスを通しての車内は見えませんね(涙)。

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改札を出て、駅の南側に向かいます。この踏切では警報機の前に邪魔な電柱(涙)。

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ここが夕刻近い陽射しを受けて、良い撮影ポイントでした。折しも上下待避線に各停、淀屋橋行き特急が発車です。

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最高にラッキーだったのがこれ、復刻塗装の2216Fを奇麗な姿で撮ることができました。

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大阪方面からの帰路は原則として新大阪から新幹線に乗らずに、出来るだけ民鉄を利用することにしているOER3001氏。名古屋まで近鉄利用のこともありますが今回は京都まで京阪&近鉄。この後は丹波橋で近鉄でした。

 

 

2025年10月17日 (金)

京阪電鉄へ-①

阪神の撮影を終えた後、初めて地下の福島駅で下車。地上に上がり堂島川に架かる玉江橋を渡ると土佐堀川との間にある中之島。同じような地形で博多じゃ中州“洲”と言うのにここでは“島”ですよ。河岸にNAKANOSHIMA BANKSと言う遊歩道が整備されていました。

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ここを進んでリーガロイヤルホテルの目前が、京阪中之島線の中之島駅なのですね。

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予想通りビジネス街としてのエリアだけに、平日日中の人出は少ない中之島駅でした。

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中之島駅の先端はシールドマシンをイメージした行き止まり。

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そこに折り返し電車13000系の4両編成が到着です。

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なかなか快適な室内は好感が持てます。

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この車両の側面には、ワンマン運転に対応したカメラが装備されています。

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それに乗って、とりあえず中之島線を渡辺橋、大江橋、なにわ橋と進み、4線並ぶ天満橋では1番線に入線。因みに1、2番線が中之島線、3、4番線が淀屋橋方面の上下線です。地上に出ると淀屋橋からの線路を越え、京橋では2番線に入線です。

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そのまま乗車して定番の野江で降車。すると直ぐ、懐かしいオリジナルカラーに戻された2216先頭の7両編成が飛ばして来ました。やっぱりこのカラーは良い!

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中之島線に向かう4両編成の13000系のカラーもすっかり定着しましたが、OER3001氏にはどうも・・・。

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7000系を改良して7200系、1995(平成7)年の登場でしたが、当時の塗色の方が似合っていたように思います。

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(覚悟はしていたものの・・・)大阪・関西万博ラッピングの8000系特急が飛ばして来たのは強烈でした。

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このカラーリングは13000系なら良しとしましょうか、7両編成なら堂々としたものです。

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中之島線開業のシンボルとして、2008(平成20)年に登場した登場したコンフォート・サルーン新3000系も、6編成中2編成がラッピング車両となっているので、このデザインは4編成。

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その新・3000系ラッピング編成の1編成がコレ。

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OER3001氏にはこちらの8000系特急の方が良いです。

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この場所は大阪・伊丹空港への旅客機の進入経路なので、上空を通る機体を眺めながらの撮影を楽しみました。

 

 

2025年10月15日 (水)

シニアの運転会

少々時間が経ってしまいましたが、10月初旬に開催された運転会は少年時代を回想するようなフリーで臨みました。

鉄道模型社のED58、とは言っても後年に手を入れていた代物を、最近になって再塗装や電灯のLED化など施したもの。

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それに牽かせるのは、手元在庫のミンデン台車を使用したペーパー自作の欧風客車編成。ED58に合わせて車体長は16メートル級と言うところか。

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機関車次位の客車は1等車なので、幕板部に黄色いラインが入っています。

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もう1両、カワイモデルが発売していた2軸路面電車。こんなに大きいレイアウトには不向きですが、ちょうどリュックに収まりやすかったもので加わりました。

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シニアの集まりだと、こんな歴史ものを走らせると昔話で盛り上がります(笑)。

 

 

2025年10月13日 (月)

(セリーグ優勝とは無関係)阪神を撮る

神戸電鉄の終点(起点)は湊川ですが、今は神戸高速鉄道南北線・新開地が実質的な起点で、その駅間は400メートルに過ぎません。新開地で東西線に乗換えますが、乗車するのは阪神梅田行のオリジナルカラー車。

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これを尼崎で見送り、各停に乗換えます。

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ところが、乗っている間に福島へ向かう計画を変更、1駅手前の野田で降ります。

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現役時代に何度も出張で利用した駅だけに、業務からの帰路で何度か撮影もしています。

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周囲にはビルが建ち並び、空が狭くなりましたね。

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時間的にも余裕があったので1駅戻り、ちょっとここで撮影としました。

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思えば野田の隣駅なのに、出張時にはここまで足を延ばさず真面目(?)に帰っていたのがモッタイナイ。

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ここまで来たら、下りホームから橋梁を駆け抜けてくる姿を撮らなきゃ損(?)です。最初は山陽からの直通特急。

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各停用車両の5700系「ジェット・シルバー5700」。目下最新型なのですね。

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こちらは優等列車用の9000系。阪神として初のオールステンレス車体だそう。

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続いては優等列車用の9300系、阪神最後の武庫川車両製の形式だということだ。

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8000系の登場は1984年だったか、比較的大人しいスタイルで好みだった車両ですが、既に最古参になってしまったのですね。

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この後、当初の計画通り福島へ向かったのでした。

 

 

2025年10月11日 (土)

ロマンスカーミュージアム近況

首都圏以外からの来館者も増す中、10月1日から新たな企画展示が始まっています。小田急電鉄のニュースリリースに掲載されたキハ5000(5002)乗務員への花束贈呈式の写真は、高校時代のOER3001氏でした。と言うこともあって、近況を。

エントランスからエスカレーターを下りたゾーン、寄贈させて頂いた戦前の運行板(片瀬江ノ島ゆき)がガラスケースに収まりました。

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モハ1形の目前です。

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情緒ある車内も良いものです。

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モハ1形は1927(昭和2)年の小田原急行鉄道開業にあたり、日本車輛で18両製造され、当時の近郊区間(新宿~稲田登戸、現・向ケ丘遊園)に充当された乙号車。

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乙号車に対して甲号車と呼ばれたのが手荷物室を備えたモハニ101形(後の1200形)。同じく日本車輛で12両が製造されましたが、こちらは実車が保存されておらず、OER3001氏製作の1/80模型でガラスケース内に展示されているのですが、最近背景画が付けられました。

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企画展示は例によって1階のロマンスカーギャラリーに展開。

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OER3001氏が大切に保存していた「銀嶺」ヘッドマークは寄贈させて頂きました。

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また、キハ側窓の巻き上げカーテンも、ガラスケース内で公開されています。

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JR東海さまの協力でガラスケース内に収められた371系模型、こんなアングルで撮ると歴代ロマンスカー車両群と並べられます。

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背景のNSE、ヘッドマークが変わっていました。「もころん」ではありませんか。

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こう言う気配りで、お子様やママたちの人気を集められるのですね。本企画展は12月1日まで。いつか、そのうちなんて言っていると終了してしまいますよ。

いよいよ2年後には小田急も開業100周年、新型特急車両も仲間入りすることになっているので、ロマンスカーミュージアムも目が離せませんね。

 

2025年10月 9日 (木)

神戸電鉄-④鵯越

鈴蘭台を後にして次駅までは3.9㎞と比較的長い距離。それもそのはず2018年までは、途中に菊水山と言う秘境駅もあった。長短3カ所の隧道もあり、この隧道を抜ければ目的地。

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「鵯」と言う字、普段見ない漢字なので難読ですが、「鵯越」となれば想像もつくのが面白いです。

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源平合戦の史跡として有名(とは言っても、OER3001氏はNHK大河ドラマで記憶)ですね。

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上りホームに当時の地図と共に、

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解説のパネルが設置されているので、歴史好きには嬉しいでしょう。

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それらを読んでいると、隧道の向こうから粟生行きの1100系が、50‰勾配を上って来ました。

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鈴蘭台で撮っていた「神戸新開地 喜楽館」のヘッドマークを掲げた1103-1202-1104です。

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鵯越に停車して再び、50‰勾配に向かって発車して行きました。

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登山鉄道を経営する鉄道事業者7社(株式会社小田急箱根、富士山麓電気鉄道株式会社、大井川鐵道株式会社、アルピコ交通株式会社、叡山電鉄株式会社、南海電気鉄道株式会社、神戸電鉄株式会社)で構成された「全国登山鉄道‰会」の1社として、この光景を捉えておきたかったのです。

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今度は三田行きの5000系、5017-5118-5117-5118の4両編成です。

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ここから鈴蘭台までは山間部をSカーブと隧道が続きます。

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なんとまたラッキーなことか、「全国登山鉄道‰会」ヘッドマーク掲示編成の到着です。

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新開地に向けて、「全国登山鉄道‰会」のヘッドマークを掲げた編成は隧道へ。

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50‰下り勾配に差し掛かる後姿もまた良いものかと。

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因みに「全国登山鉄道‰会」のヘッドマーク掲示は、9月17日から11月30日まで。加盟各社は以下のように発表されていますのでご参考まで。

会社名 掲出車両
小田急箱根 ベルニナ号 1編成(1003-2202-1004)
富士山麓 6000系 6501号編成1編成
大井川 クハ600形 1編成
アルピコ 20100形 1編成(20101-20102)
叡電 800系 1編成(811-812)
南海 2300系 4編成
神戸 1100系1編成 1編成(1107-1204-1108)

 

2025年10月 7日 (火)

神戸電鉄-③鈴蘭台で

久しぶりに訪れた神戸電鉄ですから、短時間でも中身の濃い時間を過ごします。公園都市線、有馬線の後は三田線に粟生線が交わる鈴蘭台に向かいます。50‰の勾配を下り、2面4線のホームを擁する鈴蘭台駅に到着します。

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三田方面からの列車が到着するのは一番左の1番線。前回紹介の有馬口とはホーム番線の順序が違うんだ。ここは上り(新開地方面)が1番線なのに、有馬口の1番線は下り(三田方面)だった!

1番線から前方には留置線が1線、オレンジとシルバーグレーのメモリアルトレインとなった1357編成(1357-1358-1359-1360)が留められていたではありませんか。有馬線ではスプリンググリーンとシルバーグレーの1151編成(1151-1251-1152)にも出会えると言う、この日は何というラッキーか。

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乗って来た新開地行を見送ります。

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間もなくして、4番線側に留め置かれていた5000系横を、新開地から50‰勾配を駆け上がって来た三田行6000系が。

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新開地駅は駅構内を挟んで下り方は、左の粟生線、右の有馬線ともに50‰の上り勾配に掛かります。

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粟生線からの1104先頭の3両編成(1104-1202-1103)が、50‰勾配を下って来ました。

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掲げられたヘッドマークは「神戸新開地 喜楽館」。2018年7月11日に開館した上方落語の定席だとか。

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今度は三田からの5000系新開地行が、50‰勾配を下って来ました。

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と言うように、ここ新開地は結構頻繁に列車の往来があるので、車両撮影は効率的だと思います。そんなホームの先端で、熱心に絵を描いている男性が居られました。なかなかの腕を持つ方と思われましたが、あまりに真剣なご様子故、お声を掛けられませんでした。

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まだまだ飽きない場所なのですが40分程でここを切り上げ、新開地行で50‰勾配を下ることとしました。

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新開地からは左に車両基地出入りの線路を見つつ、車庫の横で右カーブ。さてさてこの先はどんな展開に・・・。

 

2025年10月 5日 (日)

神戸電鉄-②有馬線へ

公園都市線を極めた後は、横山に戻って新開地行の列車に乗ります。

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で、目指すはこちら、有馬口です。ホームは右から1番線、2番線と、OER3001氏乗車の2008は3番線に入線します。

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三田からの列車は左の単線から入線、右方が有馬温泉への単線です。単線と単線の両線が一緒になって、ここから複線で新開地に向かうのですが、解りやすい配線です。

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3番線は横山から乗って来た2000系が停車中。右の4番線には有馬温泉行の6500系が停車中です。

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有馬温泉行の発車を待つ間、思いがけず三田線から「教習」運用の3000系が入線、ラッキーでした。

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さてさて、有馬温泉に向かいます。緑深い単線をカーブして進みますが、レールを背中合わせに溶接した架線柱が一部で使われているのですね。

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真新しい架線柱に交換された区間も増えた山間部を進み、この隧道を抜ければ有馬温泉駅です。

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隧道抜けたらなんと、有馬温泉駅には旧塗装に戻った1150系が停車しているでは有馬線か。

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この駅は前の大阪万博の時、1970年8月に撮っていたこの写真の印象が強烈でした。

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しかし今は、隧道上にはホテルが建設されてしまい、当時と同じアングルでの撮影は叶わなくなってしまいました。仕方が無いのでその隧道を眺めてから スプリンググリーンとシルバーグレーのツートンカラーの1152に乗車。

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この運転台、三菱電機の主幹制御器と制動弁なのはどこか小田急の香りがします。

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どうです? これは新性能化された旧4000形の運転台。似てるでしょ。

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運転台背後の室内色も、OER3001氏には落ち着きます。

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ほら、車体の大きさこそ違えど、似たような香りでは有馬線か。(冷房化された旧4000形)

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などと楽しみながら、1152はゆっくり有馬口1番線へ。

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オデコの2灯並列前照灯だって、小田急っぽいと感じます。

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こうして有馬線を堪能し、次の地に向かいました。

 

2025年10月 3日 (金)

神戸電鉄-①公園都市線へ

 川西能勢口での会合の夜は慶応義塾大学の三田(みた)ではなく、JR宝塚線(どうもしっくり来ない、福知山線でしょ。)で三田(さんだ)に向かいました。朝を迎えて1123室のカーテンを開けたら、三田駅が良く見えること。

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朝食もパスして早速撮影地に。先ずは神鉄三田駅を。

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それから予め調査しておいた武庫川橋梁へ向かいます。武庫川って阪神じゃなかったか?と思って調べたら、この川が阪神の武庫川になるのですね。

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生憎というかラッキーと言うべきか、曇りだったので逆光も気にせず、線路の両側から撮れました。「特快速」って朝しか無いのですね、ラッキー!

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先のは2000系、今度は5000系だと言うことだが、OER3001氏にはどこが違うのか良くわからん。調べたら車体は同じで2000系が抵抗制御、5000系はVVVF制御だったのですね。

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6500系と言うようで、日本鉄道史上初のフルSiC採用新造車両だそう。外観的には6000系と間違えそうです。

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廃車も進む3000系も来てくれました。日本初の「抑速定速度運転機能」が装備された車両です。

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さて、1時間ほどで武庫川橋梁での撮影を終え、三田駅付近で朝食後2駅乗車。横山で降ります。新開地への線路は左へ。トンネルに向かうのが公園都市線。

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ちょうど公園都市線からの三田行列車が到着です。

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到着した三田行の反対側には公園都市線ウッディタウン中央に向かう2000系が。これに乗って終点を目指します。

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公園都市線は単線ですが、複線化が可能な用地と設備が準備されています。

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最初の駅はフラワータウン、2つ目の南ウッディタウンで列車交換です。

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終点のウッディタウン中央も1面2線のホーム。

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その先は車止めですが、将来の延伸計画などあるのでしょうか?

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1991年に横山からフラワータウンまでの2.3キロ、1996年にウッディタウン中央までの全線5.5キロが開業していますが、それにしてもメルヘンチックな駅名が続きますね。その先の延伸計画、いや延伸構想もあったようですが・・・。

 

2025年10月 1日 (水)

怖~いプラットホーム

川西能勢口に向かう前には阪急に乗る際の“お約束”、梅田駅でちょっと撮影を楽しみます。

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すっかり白くなった屋根が増えた中、オリジナルの全身マルーンは良いですね。

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宝塚線ホームに入って来た車両、東京の電車ではすっかり見られなくなったマスコンとブレーキ弁。こういうの見るとほっとします。

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しかも、それを操作するのはレディ! 憧れるな~、カッコイイ。

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ずっとご一緒したい気持ちを押さえて、“怖~いプラットホーム”の現状を知りたくてここに降りてみました。

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運転士レディは、乗務員室扉小窓から身を乗り出して車掌に安全確認のサインを送っているのです。あれっ? 監視カメラ&モニターは設置されていないのだろうか。

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そして列車は発車して行きましたが、先頭車(最後部車)の停車位置の黄色い点字ブロックは1列になっているではありませんか!

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梅田方面に少し酔った部分に、腰を下ろせる設備がありますが、これでは「黄色い線から下がってください」と叫べませんね。ホームドアの設置は幅が狭すぎて無理でしょうか。

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と思いながら京都線の線路に目をやると、なんと立派な架線柱なのでしょう。この位置から十三方は7.6‰下り勾配のようです。

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京都線、宝塚線、神戸線3線の橋梁が並ぶ梅田方。中津駅の島式ホームのために宝塚線、神戸線それぞれが上下線間隔を広げている影響で、宝塚線と神戸線の間隔は拡げられません。これ以上ホーム幅も拡げられませんね。

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斯様な強権では、将来的にもホームドアなどありえないのでしょうか。

 

 

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