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2025年11月

2025年11月30日 (日)

鉄道技術展

鉄道技術展、今年も行って来ました。

いきなり「鉄道技術」とは関係なさそうですが、Nゲージのモジュール展示に目が行きました。

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「小田急電鉄賞」だそうで、町田駅を模したモジュール。夏に行われた「鉄道模型コンテスト2025」の受賞作だったのですね。

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撮り方によってはリアルです。ちょうど通過する列車がJR西日本だったというのはご愛敬か。

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受賞作を繋げ、エンドレスにしての展示でした。

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OER3001氏の眼は、どうしても模型に向きます。「地方鉄道応援プロジェクトin鉄道技術展」の嵐電ブースに展示されていた“KYOTORAM”モボ01のモデルに見入ってしまいました。

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大井川鉄道のブースではなんと、鳥塚亮社自らがグッズ販売されていましたよ。(OER3001氏は何も買いませんでしたが・・・)

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外国企業が並ぶコーナー、保線機械に見るブランドを見つけました。

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その中にHOゲージ。バラスト突き固めをしながら、ゆっくり進行しています。なんと、メルクリンの製品にあったのですね。日本円換算で10万円ほどだそうですよ。

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小田急ブースもありました。なるほど、安全運行を担う現業員のEラーニングをプレゼンテーションしていたのです。

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今回もいろいろ見られて価値あるものでしたが、車両メーカー出展は近畿車輛と総合車両製作所のみで、日本車輛や川崎車両は見られず。また、GKデザイングループなどの姿も無く、その意味では少々寂しかったかな。

 

2025年11月28日 (金)

日光市内でブラ歩き

今回の旅は鉄友3人ですが、鉄を愉しんだのは往路のスペーシアXと駅前の保存車100形くらい。あとはインバウンドで賑わう市内をぶらぶら。先ずは国鉄(JR)日光駅舎から。

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その次は腹ごしらえ。日光なら何と言っても湯葉でしょ。これで2,200円と手頃な店を見つけ、湯葉の刺身を追加して3人でシェア。栃木県産の地酒と相まって旨かったこと。

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とりあえず神橋まで歩くことにしたのですが・・・。

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小学校の修学旅行で泊まった旅館からの光景が忘れられず。旅館の窓からボルダ版のカメラで撮っていたこの一枚しか証拠がありません。

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懐かしくなってその旅館を探してみるのですが・・・。

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現存するのはここだけのようです。なんとなく2階大部屋の窓が記憶と重なります。

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思い切って玄関に入り。ちょうど居られたご主人と思われる高齢女性にお話し伺えば、昭和30年代はこの通り沿いに何件か旅館が建ち並び、修学旅行生も受け入れていたとか。良いお話しが伺えました。

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神橋は逆光になって撮りづらい。外国人で溢れていましたが、鉄3人は日光軌道線の橋台を見て満足します。

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橋を渡ったところで、日光社寺入口の紅葉を愛でただけで引き返します。

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神橋近くでこんな銅像を発見! 一体何方の銅像かお分かりになりますか?

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この方ですよ、100円札に描かれていた・・・、

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板垣退助、100円札で知ってはいたものの、悲しいかな詳細は知らなかったのでWikipediaを見てしまいました。

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次に向かったのは旧日光市役所。風格があってなかなかの建築です。

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観音寺薬師堂瑠璃電などというところにも寄ってみました。なかなか風情がありますね。

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カトリック日光教会を眺めつつ坂を下ったところで思わぬショーウインドウを発見したのは同行のSW氏。この建物の左端です。

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暗~い店内を覗けば何やら鉄道模型が。恐る恐る扉を押して入店すると・・・。「OPEN」と札が架かっていましたが未だ来店客が居なかったので店内照明が点いていなかったのです。

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Nゲージ4列車走行のレイアウトを囲んでカウンター。

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ここは日本ワインのバーだったのです。この日は北海道から広島県までのワイナリーから取り寄せたものがあり、その中から折角なので地元栃木県産のを頼みました。

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オーナー氏も気さくにいろいろお話下さり、誠に素晴らしい思い出の昼下がりとなりました。

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結局3人とも、前述のワインを2杯飲んでしまいましたが、ワインケラーにはご覧の通りの品揃え。

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気分良く過ごし、最後にホスピタリティ富むオーナー氏と記念写真。

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オーナー氏はバランスの取れた紳士です。決して所謂「鉄オタ」ではありませんので、どちらかと言えば鉄分濃い方はお断り。欧米や豪州からの外国人が多いそうですよ。OER3001氏にとって至福のひと時となりました。

 

2025年11月26日 (水)

東武日光軌道線

東武日光駅前広場の一角に保存された100形を見るのも、今回の目的のひとつでした。

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日光軌道線は、1962(昭和37)年のことだったと思う小学校の修学旅行時に見たくらいの記憶しかありませんが、宿泊が神橋手前の線路沿いだったこともあり、ED610が貨車を牽いて上って来るのを旅館の窓から見ていました。

保存車を駅側からぐるりと一回りして観察します。

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パンタ側台車

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床下中央部

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非パンタ側台車

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非パンタ側

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非パンタ側正面

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反対側側面

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反対側の床下①

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反対側床下②、中央部はカメラの引きが取れず撮影不能。

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パンタ側

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パンタと言うよりビューゲルか。

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と言うことで、左回りに周囲を記録。ま、万が一模型製作となった際には大いに参考になることでしょう。

1953(昭和28)年に宇都宮車両で10両(101~110)製造された、全長12,350×全幅2,200×全高3,552 mm、定員96名の車両。日光軌道線廃止後は全車岡山電気軌道に譲渡され、3000形(現在2両が現役)として活躍。その中から3010(110)が日光軌道線時代の塗装に復元され、2020(令和2)年3月から展示されているのですが、車体には番号が描かれていないのが残念です。

 

2025年11月24日 (月)

SPACIA X に乗って

この日も天気に恵まれました。

約束の時間より30分も余裕があったので、吾妻橋から東京スカイツリーとサイバー攻撃で困惑しているアサヒビール本社を入れて一枚。

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ちょうど墨田川をリバティが渡って行きました。

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それらを撮り終えてから、昭和の香りぷんぷんのターミナルビルへ向かいます。

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改札を入ると華やかな雰囲気が。「特急券を確認させて頂きます」と書かれたカウンター内の女性が出迎えてくれますが、別に特急券提示を求められませんでした。

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SW氏が取ってくださった特急券。OER3001氏は最近、デジタルチケット利用が多いので「券」は久しぶりです。

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10:00発スペーシアX 5号が入線して来ました。

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スペーシアX乗車は初体験、N103編成ですが、この個室ではありません。

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2024年のブルーリボン賞受賞と、5号車側面に掲示されていたのですね。

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その5号車、スタンダードシートです。

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こちらのシートで3人並び、1時間47分の旅なのですが・・・、

残念なのは車内販売のワゴンは来ません。車内のパンフレットにあるQRコードをスマホで読み取って 、1号車コックピットラウンジのオンライン整理券を取得後、カフェカウンターまでお越しくださいとのこと。スマホ不所持者並びに不慣れな客は“排除”された仕組みです。 あ~メンドクサイと止めたことで、折角の特急車の楽しさ半減です。

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そうなったら車内ダべリングと車窓を楽しむ他はありません。下今市でこんな光景。

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辛うじて捉えたC11、やはり人気があるのですね。

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終点で評価できるのは、乗務員らのホスピタリティ溢れる接客サービス。希望する旅行者ほぼ全てに、スペーシアX先頭車両との写真撮影サービスです。微笑ましく感動しました。

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OER3001氏らは改札を出て、JR日光駅に向かったのですが、“ヴォー!”っと聞こえた汽笛。JR日光駅向こうの線路を登って行くC11の姿を捉えることができました。

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上記はゆっくりゆっくりなので、OER3001氏の脚で走れば間に合います。4番線に到着した列車を、駅先端の道路から観察出来た次第。

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この後の行動も収穫大だったので、「つづく」としておきましょう。

 

 

2025年11月22日 (土)

伊予鉄道3000系走行

井の頭線3000系と同様に、中国製の安価なモーターから、高価なIMON 1527Dに換装した伊予鉄3000系を走らせました。

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7000rpmなので、走行速度と室内灯LEDの明るさとの調和は期待通りのものとなりました。

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ただ・・・、座席も設けた室内にウエイトが見えることを避けた結果なのですが、やっぱりウエイト不足。勾配登坂力に課題が残りました。どこに補充するか、検討しなければなりません。

 

2025年11月20日 (木)

西武電車走る!

先に竣功した我が社初の西武電車(擬き)、友人宅のレイアウトを走行しました。

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秋葉原で見つけた税込330円のマイクロモーター(RF146-11210-25)と、13:1ウォームギアの相性はかなり良い。

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全くストレスなく、快調に走行しました。

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これならこのモーターを多量に導入しようかなと思えど、残念ながら既に店頭からは姿を消したらしいとの情報。この種のパーツの安定調達は難しいものですね。

2025年11月18日 (火)

紅葉の箱根2025③

一日乗車券なので、彫刻の森から強羅までたった一駅でも電車に乗ります。「餃子センター」前のカーブは撮りやすい場所でしたが、線路脇用地へは立ち入れないようにされてしまいました。

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強羅駅ホームで新しいもの発見! 100形を模した記念写真撮影用の・・・、何と言うのでしょう、ボード? 本物のシールドビーム前照灯と尾灯が付けられていて、中央の窓から顔出します。

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2019(令和元)年台風19号で大きな被害を被った宮ノ下-小涌谷間の蛇骨橋付近は、立派な橋脚や擁壁などで蘇りました。

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早川橋梁(通称・出山の鉄橋)を渡ります。あまりに快適なので、そのまま箱根湯本まで。

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折り返し強羅行きとなるのですが、何とガラガラ。これ幸いと最前部席で再び強羅行きの乗客と化します。こういう時に3000形、3100形のアレグラの眺望性はサイコーです。

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またまた渡ります、早川橋梁を。3100形アレグラなので運転士さんの頭の上から前を見られます。もともと非電化路線だった東海道本線天竜川橋梁の鋼体を転用したため、トラス高さは5,283㎜と、電化線区のトラス橋としては低い。そのため架線の高さを低くできる剛体架線が使用されているのです。

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3100形アレグラの天地方向に大きい側窓は、ここを通る時には威力を発揮します。

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出山信号所では、山登りで最初のスイッチバック。今回発見したこと、それは・・・、

信号所の電車線上には饋電線が無い!! 信号所の先(入口)で、饋電線の本線はスイッチバックした方向に行ってしまう。ひぇ~!

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なんてこと観察しながら宮ノ下で降りました。ここには変電所があるのですよ。

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山登りのアレグラを見送って10分後、山から下りて来たのは100形。

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なんとなんと、車内は尾根遺産ばかりではありませんか。函嶺白百合学園の清楚なお嬢様は編み物に夢中です。

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山登りの2000形サンモリッツが到着しても脇目も振らず熱中しています。

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山を下り、大平台で山登りの3000形アレグラを迎えても、編み物は続きます。

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という訳で、この100形の男性乗客としては実に良き時間を過ごし、紅葉の箱根を後にしました。

 

2025年11月16日 (日)

紅葉の箱根2025②

早川の鉄橋近くの「出山」バス停には、10分も待てば箱根登山バスと伊豆箱根バスが来ます。狭い道路を歩く恐怖を避けてバスで戻り、再び箱根湯本から登山電車に乗りました。何せ一日乗車券ですから。

さっき降りた塔ノ沢駅に進入します。

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さて、今度は何処で降りようかと、行き当たりばったりの旅も楽しいものです。

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ここで山を下る上り電車と交換、ちょっとした停車時間があります。

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乗って来た車両はスイスはレーティッシュ鉄道のグレッシャーエクスプレス塗装編成(2005-2203-2006)でした。

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中間車の2203は、2022(平成22)年5月24日に天皇・皇后両陛下がご乗車されていた車両で、記念碑が箱根湯本駅に設けられています。

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彫刻の森まで乗車して下車、彫刻の森美術館の脇道へ入ります。

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目的地はこの近く。以前に見つけて名前が気に入っていた踏切でしたが、踏切名称と向かって来る電車を撮るのには無理があります。

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主目的は、右側にある「後藤良二 交叉する空間構造 1978年」を入れて撮りたかったからでした。彫刻家・後藤良二は1951年北海道生まれ、OER3001氏と一つ違いということもあって興味が湧いたのでした。

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でもあまり良くわからない画像になってしまったので、電車の後姿を牛乳屋踏切から。

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さらに、ススキを絡めて撮っておきました。

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1000形ベル二ナにはやはり登場時のこのカラーが似合いますね。

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レーティッシュ鉄道カラーにされたこちらも悪くは無いのですが、幕板部のイエローラインは本来「1等」の区分なのです。承知の上でこうしたのかどうか?

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最後の画像を撮った場所には、評判の「餃子センター」があるのですが、この日は臨時休業。インバウンドの観光客がひっきりなしに来ては、貼り紙を見て残念がっていました。

 

 

 

2025年11月14日 (金)

紅葉の箱根2025①

この日はここから、この切符で始まりました。箱根登山電車1日乗車券、これはこの日の行動にはお得です。

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先ずは小田急の1000形で箱根湯本へ。1000形は11月27日から「赤い1000形車両」運行と発表されていますが、青帯の姿も来春からは見られなくなりそうです。 

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箱根湯本からは1,435㎜ゲージ、直流750V、最急勾配80‰、最小曲線半径30mの登山区間へ。乗換えた車両が運良く2028年1月で引退と発表されている100形(モハ1形)に乗れました。

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足回りは既にカルダンドライブに変更されているので吊り掛け音は聞けませんが、箱根湯本駅を後にします。

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一駅だけ乗って、塔ノ沢で降りました。「パーミル会」のヘッドマーク付けたベルニナと交換。

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この日の100形は104+106の2両、モハ2形の108は入生田車庫でした。

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ここから歩道を歩いて国道に下り、その狭い国道の渋滞するクルマの横を慎重に歩き、坂を上って行った所がここ。

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昭和33年11月竣功とありますから、小田急はWN駆動で登場した2220形と同じ年だったようです。

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この吊り橋です。

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ここから早川橋梁(通称「出山の鉄橋」)を渡る電車を撮ります。単純下路ダブルワーレントラスというこの鉄橋は、現存する日本最古の鉄道橋だとか。橋長61.0 m、河床からの高さは43mで、現存する唯一の錬鋼混合200ft桁として登録有形文化財に登録されているものです。

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強羅を目指す列車は、鉄橋を渡った後2つのトンネルを左カーブで80‰勾配を進み、出山信号所でスイッチバックします。

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下を流れる早川からの高さは凄いです。ここに登って行く歩行路は全くありません。

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ちょっとアングルを変えて、紅葉の間から顔出す2000形サンモリッツを狙ってみました。

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でもやっぱり、ここでは鉄橋を左右一杯に入れたアングルが最適でしょうか。

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43mの高さも入れた縦アングルも一考かと思い試してみたものの・・・、やっぱりイマイチ。この早川の河原まで降りることができたら、また違う味のものが撮れたのでしょうけれど、果たして河原に下りる術があるのでしょうか?

 

2025年11月12日 (水)

初・西武電車

小田急線の経堂で生まれたOER3001氏、幼少の頃の5年弱、西武池袋線沿線に住んでいたことがあります。

思えばこれが電車が好きになった切っ掛けかも。電車は黄色とチョコレート色の2色塗り、最寄りの練馬駅には貨車も停まっていた記憶が残っています。幼稚園児ながら、湘南型の新車(旧モハ500形)がデビューしたことを新鮮に記憶しているのですが・・・。

小学生以降は小田急沿線居住となったことから、以後小田急ファンになってしまいましたが、年を重ねると昔の電車が懐かしくなります。二十歳前後の頃、親しくしてくださった故・W田氏が多量に製作した17メートル国電の車体を2両、頂いていましたが、いつか、その内とず~っと放置して来て半世紀。この度漸く仕上げました。

仕上げに当たっては、もとより国電にするつもりは無く、国鉄払下げと想定したフリーにと考えていたのが急遽、西武電車にしたくなってしまったものです。今は西武とか西武鉄道と呼びますが、戦後しばらくは西武電車と呼んでいた筈です。OER3001氏にとっては初めて製作した西武電車となりました。

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クモハ11とクハ16の車体ですが、西武に詳しくないOER3001氏が調べた範囲では、ズバリこのカタチの実車は存在しなかったようなので、実車には無い番号、クモハ391とクハ1391としたので西武擬きです。

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半世紀前に仕上がっていた車体なので、今のインレタなど使わず半世紀前の方法で、車号や社紋は“手書き”。上手く描けませんが、それらしく治まりました。動力も半世紀前の標準。カワイモデルの台車にインサイドギアですが、車輪は日光モデルの11.5φ。ウォームギアは手元在庫の中からメーカー不詳の13:1を。

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但し、モーターだけは最近のものを使ってみました。秋葉原で見つけたRF-146W-11210-25という代物。税込で330円でした。なかなか静かですがレイアウト運転でどんな性能となるか、近く試してみます。

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ということで、我が家初の旧型西武電車。2両だけだと寂しい気もしますが、これ以上の浮気も禁物。息抜きもこのくらいにして、他にも仕掛テーマ多数なのでそちらを。

 

2025年11月10日 (月)

17m級フリー電車増備

我が社には斯様なフリーが居るのです。1970(昭和45)年に故・W田氏の美野川電鉄から払い下げられた2両の17m級国電でした。

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M車の元は両運のクモハ12031。我が社転入に際して、種車クモハ11から増設された側の運転台を残し・・・

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クモハ11時代からあった運転台を撤去して客室化するという改造を施したものです。乗務員室扉の場所に側窓を増設した跡が判ってしまいます。与えられた車号はデハ6001。

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なぜそんな面倒なことをしなければならなかったかと言うと、一緒に転入してきたTc、クハ16432の向きに合わせる必要があったから。何言っているか解らないって? 電車には電気側と空気側というのがあって、その方向を一致させなければ連結運転不可能ということ。模型でもそれに忠実に従ったまでで、クハ6051となりました。

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それにこの度、ハコにしたまま半世紀放置していたノーシルノーヘッダー車体を、デハ6002として竣功。

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半世紀前の車両に合わせるため、半世紀前のパーツを活用し、今のようにディテールを付けない気楽な工作。

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ということで、フリーの3両編成が誕生しました。素朴な模型も良いものだな~なんて思っているのは作者だけかな。

 

2025年11月 8日 (土)

劣化ウレタン跡

最近の悪い癖、またオークションで古い模型を落札してしまいました。

レストアする気でいたものの、現物が到着して驚いたのはこの状態。幸い正面や車体側面には及んでいませんが、屋根上が凄いことになっています。おそらく永年大切に箱に入れられて、ウレタンが劣化して付着してしまったのでしょう。

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こうなったらちょっとやそっとでは落ちません。

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ヤスリでゴシゴシやってみてもなかなか奇麗にならず。そこで登場するのがミニルーター。今回は砥石を使って研磨することにしました。

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とりあえずこんな状態になりました。

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なかなか全部奇麗にするにはパーツを外す必要がありますが、だましだましで何とかなりました。

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これで再塗装すれば見られるようになりそうです。

 

2025年11月 6日 (木)

グレーじゃない!

写真展に出掛けた折に、ちょっとここで電車見。

午後の陽射しを受けてはいたものの・・・、何か妙。

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最近ベンチレーターの色を変えたのでしょうか、茶系に?

屋根上はグレーと思っていた固定概念を変えなきゃいけない時代なんでしょうけれど、なんで茶色なのかな。

 

2025年11月 4日 (火)

復刻塗装の京王7000系

無塗装のステンレス車両なのに、京王電鉄のリリースでは「京王7000系車両の一編成を、2002年以前のアイボリーとエンジ帯の旧塗装に復刻し・・・」とあります。

その対象となったのは7728Fと呼ばれる10両編成ですが、下り(八王子、橋橋本)方は7770番台となります。先ずは何の特徴も無い7776から。

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次の7777は前回取り上げた“ラッキー”ナンバー。

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そして復刻塗装となった7778、ヘッドマークを掲げて来ました。

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上り新宿方が7728。側面のKEIOブランドロゴは掲示されたままですが、ナンバープレートと社名板が旧書体とK.T.R.に変更されています。(側面写真を撮ってないのでまた後日に)

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序でにこんなラッピング編成も撮りました。9000系のリニューアル第1号となった9731Fはサンリオラッピングです。

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アイボリー以前のグリーンになった8000系も。

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こうしてみると、いろいろあるものですね京王線。

 

2025年11月 2日 (日)

7777

ここの所京王テーマが続きますが、この車両に出合うとハッピーなんて言うハナシもあるとか?

ラッキーセブンの4連ちゃん、いや10連ですが(笑)。

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新型、丸い顔の2000系登場によって置き換え廃車が進む7000系ですが、この編成の次7778の編成は登場時の復刻塗装になっていますので、そちらも撮りに行かねばなりません。

 

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