シーサイドエクスプレス山陽へ②
塩屋から撮影しながらのぶらぶら歩きは須磨浦公園駅まで続きますが、途中から道路(国道2号)が低くなって撮影できなくなります。こうなると電車を諦めて周囲を見回すと「史跡敦盛塚」などと言うものに目が止まります。
一ノ谷の戦いにおいて討たれた、当時16歳だった平敦盛を供養するために建立された五輪塔とのことで、背後に山陽電車を見ることができるのが良いですね。日本史にあまり興味が無かったOER3001氏も、つい解説を読んでしまいました。
折角なのでこの傍にあった小奇麗な蕎麦屋で昼食、「敦盛そば」を注文した次第。「あつもり」なので温かいのかと思ったら冷たい蕎麦でしたが、満足なお味でした。
昼食後は再び撮影場所探してうろうろすれば、「敦盛橋」という名の線路を跨ぐ橋があるではないですか。
何とか撮れないかと試みるも、しっかり金網でガードされている。辛うじてコンデジのレンズでなら覗ける隙間にトライするも、手摺部分が入らぬようにズームしてこれが限界です。
駅側を見下ろしてもここしかありませんでした。
この橋、1970年の時は下の写真のようにコンクリート製欄干で撮影しやすかったのにね。
それが今では・・・、ご覧の通りフェンスこれでもか!でした。
この須磨浦公園と言う駅は、もちろん背後の神戸市公園緑化協会が管理する「須磨浦公園」の最寄り駅で、ロープウェイに乗換えられる規模なのに、山陽電鉄全49駅中最も利用客が少ない駅で、無人駅だということに驚きます。
そのロープウェイのゴンドラは赤いのと白いのが交互に発着しますが、なかなか電車と揃ってはくれません(涙)。
ロープウェイが去った後にやって来た6000系に乗って、ここを後にすることにしました。
「シーサイドエクスプレス山陽へ」はまだ続きます。




























































































































最近のコメント