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2026年3月

2026年3月30日 (月)

シーサイドエクスプレス山陽へ②

塩屋から撮影しながらのぶらぶら歩きは須磨浦公園駅まで続きますが、途中から道路(国道2号)が低くなって撮影できなくなります。こうなると電車を諦めて周囲を見回すと「史跡敦盛塚」などと言うものに目が止まります。

一ノ谷の戦いにおいて討たれた、当時16歳だった平敦盛を供養するために建立された五輪塔とのことで、背後に山陽電車を見ることができるのが良いですね。日本史にあまり興味が無かったOER3001氏も、つい解説を読んでしまいました。

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折角なのでこの傍にあった小奇麗な蕎麦屋で昼食、「敦盛そば」を注文した次第。「あつもり」なので温かいのかと思ったら冷たい蕎麦でしたが、満足なお味でした。

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昼食後は再び撮影場所探してうろうろすれば、「敦盛橋」という名の線路を跨ぐ橋があるではないですか。

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何とか撮れないかと試みるも、しっかり金網でガードされている。辛うじてコンデジのレンズでなら覗ける隙間にトライするも、手摺部分が入らぬようにズームしてこれが限界です。

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駅側を見下ろしてもここしかありませんでした。

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この橋、1970年の時は下の写真のようにコンクリート製欄干で撮影しやすかったのにね。

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それが今では・・・、ご覧の通りフェンスこれでもか!でした。

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この須磨浦公園と言う駅は、もちろん背後の神戸市公園緑化協会が管理する「須磨浦公園」の最寄り駅で、ロープウェイに乗換えられる規模なのに、山陽電鉄全49駅中最も利用客が少ない駅で、無人駅だということに驚きます。

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そのロープウェイのゴンドラは赤いのと白いのが交互に発着しますが、なかなか電車と揃ってはくれません(涙)。

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ロープウェイが去った後にやって来た6000系に乗って、ここを後にすることにしました。

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「シーサイドエクスプレス山陽へ」はまだ続きます。

 

2026年3月28日 (土)

シーサイドエクスプレス山陽へ①

「一ノ谷の戦い」における源義経軍ではありませんが、鵯越から一気に山を下り、向かったところはまさに一ノ谷。高取山と鉄拐山(てっかいさん)を越えて塩屋へ。決して歴史好きではないOER3001氏も、義経の辿った道を想像してしまいます。

JR塩屋と並ぶ山陽塩屋駅の小さな改札を出ると、賑やかな駅前商店街のようなものはなく「食堂・お好み焼き しろちゃん」が。

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事前調査していた通りに須磨浦公園方向に歩き始めれば、瀬戸内海を行き交う船が。

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モハメイドペーパーさまが3月15日発信の「青春Mさんと春の遠足」では「どこがシーサイドラインなんじゃ」とご不満だったようですが、ここが正真正銘の“シーサイド”です。因みに山陽電気鉄道は「シーサイドエクスプレス」と自称していて「シーサイドライン」ではありません。

だがしかし、太平洋側(ここは瀬戸内海)の海を背景にした撮影は、基本的に逆光になるので難しいです。最初の塩屋東第1踏切で撮ります。ここは旧グッゲンハイム邸への入り口だったのですね。

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ぶらぶら歩きながらの撮影でしたが、Oゲージの運転会参加が主目的だったので、模型を抱えながらの歩きはなかなかきついものですが、塩屋東第2踏切を経て塩屋東第3踏切まで来ました。車両は1次車の5603、リニューアル工事で顔つきも変わりました。

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阪神車も“直通特急”で頻繁に来ます。海岸近くまで迫る山、先に触れた戦いの過酷さがわかるような気がします。

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山を背景にすれば逆光にはならず。でもシーサイドエクスプレスらしさは表現できません。ここ境川西踏切辺りが一番良さそうな場所でした。。

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山側に張り付くようにして、こんな角度だと何とか“シーサイドエクスプレス山陽”が表現できます。

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阪神車とともに“直通特急”運用に就く山陽車の5000系3次車、やっぱりこうでなきゃ。3次車の正面帯はV字形になっているのですね。

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ここは境川西踏切、「阪神大阪梅田」の表示が何故か誇らしく見えます。この5000系は1次車の編成らしい。

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でもOER3001氏にとってはこの鋼製車の方が親しみがあって。昭和の高度成長期に憧れたパノラミックウインドウ、2灯並列の前照灯、高床運転台ですから。登場時のクリーム&ブルーのツートーンカラーだったらもっと良かったのにな~、などと。

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4両編成なら模型製作にも最適ではありませんか。

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いやいや、好きな車両でも手は出しませんよ。関西には凄い方たちが既に素晴らしい模型を製作済みですから。

それよりこの区間の架線柱、レールだったのですね。潮風による劣化防止の観点からだったのでしょうか、レイアウトやモジュール作る時には楽かも知れません。

 

2026年3月26日 (木)

50‰の魅力

神戸電鉄は粟生線初乗車を終え、前から確認しに行ってみたいと思っていた鵯越へ。

日本史はどちらかと言えば好きな教科ではなかったOER3001氏ですが、NHK大河ドラマなどを観ると興味が湧いてくるものです。「源平合戦」における「一ノ谷の戦い」で登場する「鵯越の逆落とし」の舞台。(ここでは無かったという説もあり。)

駅の前後は50‰勾配。ハイキング客も乗降しますが、乗降客数は少なく、駅前に商店らしき商店は確認できませんが、登山やトレッキング客を対象にした店はチラホラ。

そんな鵯越駅の全景を撮るためには急坂を迂回するか階段を上るか。何とか隧道の上に登ってみました。

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隧道の鈴蘭台方は急勾配の階段と狭い歩道。この季節だったから樹々の隙間から辛うじて線路が見える程度でした。

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やっぱりこの周辺で勾配を走る電車を撮るには、上りホームが最適だったと言うことです。

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先に粟生線で交換した「メモリアルトレイン」1151-1251-1152が戻って来ました。

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「準急」なのでここは通過。

新開地から戻って来るのを待ち、力強く勾配を駆け登って来る雄姿を捉えます。

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「準急」なので通過、50‰を駆け上がって行く後姿も良いと思います。

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今度は最新型である6500系が下りて来ました。川崎車両&三菱電機によるこの車両、OER3001氏のお気に入りとなりました。

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まだまだ活躍する直流電動機の電車も魅力的ですよ。

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一通り撮れたし、実はトイレに行きたくとも下りホームにしか無い(上下ホームは夫々の改札機で、ホーム間を連絡する跨線橋が閉鎖されています。)こともあって、この1352編成に乗って新開地に向かいました。

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車内化粧板とシートのグリーンは、なかなか好感の持てるものですね。

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新開地駅に到着したところで全景を撮ろうと思ったら、左端に居た列車は発車してしまいました。

 

2026年3月24日 (火)

神戸電鉄粟生線に乗る

JR加古川線を粟生駅で下車した後は、神戸電鉄粟生線に初乗車です。

トイレは改札外ということで、お洒落で立派な「あお陶遊館アルテ」なる建物のトイレを使います。そして神戸電鉄の改札を探せど見つけられない。1時間に1本の列車に間に合わなくなるではないかと焦ると、JRの改札(とは言ってもフリーパス)を入って加古川線上りホームの脇に、ICカードの読み取り機がある狭い通路が。そこには1109他の3両編成が待っていました。

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新開地方は警察車両と関係あるのか?1110。

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発車時刻までまだ余裕があったので、正面も撮っておきました。

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乗務員室背後の最前部席を取りますが、ここからの乗客は他には居ませんでした。

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三菱電機の主幹制御器と制動弁はの運転台、OER3001氏の地元・小田急の香りがします。

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粟生を出ると左にカーブ、JR加古川線で渡って来た加古川を再び渡ります。

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神戸電鉄の加古川橋梁は粟生方がプレートガーター、鈴蘭台方が風格を感じるポニーワーレントラスでした。このトラス橋は1988(明治21)年に英国から輸入、国鉄水戸線で使われていたものの払下げで、日本土木学会の「歴史的鋼橋」に指定されているとのことです。

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葉多駅を過ぎると、最初の交換駅である小野駅に到着。兵庫県小野市神明町だそうです。

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その次の交換設備を有する駅は三木。三木の二駅前・樫山駅にも交換設備がありました。OER3001氏は真鍮プレスキットメーカーの“モデルパーツMIKI”で知っていた地でした。

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偶然にも三木で交換したのは「メモリアルトレイン」1151-1251-1152と、幸運に恵まれました。。

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三木を出ると右カーブして直ぐ、一級河川の美嚢川(みのうがわ)橋梁を渡ります。

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ここで気になっていたのが、オトモダチ雄岳急行さまが撮影されたこの一枚。上画像の右上からだったのですね。この場所での撮影もしたいのですが、ダイヤ構成から難度が高くて・・・(涙)。

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で、そのまま乗り通して志染(しじみ)へ。これも難読ですね。

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この先は乗客が増えてきたこともあって、鈴蘭台まで撮影を忘れて“乗り鉄”になってしまいましたが、有馬線だけでなく粟生線でも、随所に50‰勾配がある路線。この先、押部谷から木場木津の先にある川池信号所までと、藍那間から西鈴蘭台は複線と、山間の単線と複線の郊外電車という両方が混じる魅力的な路線、大変気に入ってしまいました。

 

2026年3月22日 (日)

東経135度の地へ

JORC関西運転会と懇親会後は、神戸や大阪周辺の宿泊費が高いのでここまで移動。初めて宿泊する土地でした。明石ってあんまりホテル無いのですね。明石に泊まったからには明石に泊まった価値を最大限に活用します。

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キャッスルビューorトレインビューどちらを選択かって、そりゃトレインビューでしょ。ということで523号室に。これは翌朝5:34の撮影。東方の空には細~い月、まだ暗くてトレインがビューできません。

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が、日本標準時の場所である明石も6:00になればこの通り。523号室の窓からは東海道山陽本線(神戸線)と共に並行する山陽電鉄がバッチリですよ。

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こりゃゆっくりしてなど居られるか、と言うことで早々にチェックアウト。一応明石城址公園も確認しておきました。

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城址公園のお堀端を走るランナーを横目に駅に向かいます。駅前広場の時計は6:44を指していました。

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最初の目的は私鉄ファンとしては左程の興味は無かったのですが、JRで加古川へ向かいます。東日本では見られなくなった103系がまだ活躍しています。

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ほぼ1時間に1本しか無い西脇市行きの電車に乗ります。クモハ103-3554ってスカートに書いてあるのは好都合ですね。

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103系などと言う電車は、あまり好感は持てなかった車両ですが、相当手を加えられて、奇麗に使われているのですね。

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懐かしいMT55主電動機の音を聴きながら日岡、神野と過ぎて、加古川から7.4㎞、3駅目の厄神までは、1時間に1本の区間運転が設定されているようです。駅先には車両基地(網干総合車両所加古川派出所)がありますが、その右端を2008年3月までは、第三セクターの三木鉄道が走っていたのですね。

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厄神駅を出ると左にカーブ、一級河川の加古川を渡ります。これ「加古川橋梁」ではなく「第二加古川橋梁」だそうで、「加古川橋梁」は山陽本線の方だそうです。

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加古川を越えて右岸を進み、市場、小野町、を過ぎれば、神戸電鉄粟生線と北条鉄道との接続駅、粟生です。

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北条鉄道のフラワ2000形気動車にもお目に掛かれました。このカラーは廃止された三木鉄道から来たフラワ2000-3だったのですね。

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上り・加古川行きの列車が到着です。これを待って北条鉄道のフラワ2000-3は、左端のホームから出発します。

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これにてこの日の第一目的は達成。時刻は8時40分のことでした。

 

 

2026年3月20日 (金)

車窓を愉しむ

先日の好天に恵まれた関西行き、気が付けばずっと車窓を楽しんでしまいました。

先ずは小田原へ向かう小田急・急行の正面、第一菖蒲トンネル(492.9m)の上方には富士山が奇麗に。

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開成を過ぎて酒匂川に沿った直線区間からも富士山が見られます。

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東海道新幹線は“ひかり633号”の車窓、三島通過後は暫く眺められます。

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東名高速が並行するこの区間は“定番”ですね。

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名古屋では、JR在来線というかOER3001氏の世代にとっては“東海道本線”が寄り添って来ます。

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勿論この区間で期待するのは名鉄。パノラマカーは見られなくなって寂しいですが・・・。

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それでも特急車両に出会えれば良しとしましょうか。

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次に名鉄を見られるのは岐阜羽島。ダイヤ改正初日のこの日、名鉄竹鼻線、羽島線ではダイヤ乱れ発生でした。

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春の伊吹山を撮ったのは初めてだったかも知れません。

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米原を過ぎれば琵琶湖の東側を望みますが、琵琶湖は殆ど見られません。それでも交差する近江鉄道万葉かね線の線路と、雪をかぶった山は滋賀の名峰と言われる武奈ヶ岳(標高1214.4m )でしょうか。

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京都鉄道博物館を確認したかったのですが・・・、手前に列車が居て残念。

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阪急京都線との並走を楽しみにする大山崎付近では、サントリーのウイスキー蒸溜所を拝みます。

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その後は・・・、あっという間の出来事でしたが願いが叶いました。

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上牧辺りでは新名神高速道路の橋脚工事が進んでいます。

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50年前のこの地では、こんな撮影が出来たのですが、もう叶わなくなりました。

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新大阪に着いてみれば、やって来るのはこんなのばかり。

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いやそれにしても何と外国人が多くなったことか。まあ外貨を稼げるので良しとしなければなりませんが、構内歩くのにも苦労します。

 

2026年3月18日 (水)

小田急再び関西へ

JORC関西のNNさまからお誘い頂き、再び神戸での運転会に参加させて頂きました。軌間32㎜直流2線式Oゲージということで、唯一の“編成もの”車両としてはこれしかないので、この2両を抱えて。

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今回も会場は新長田・ふたば学舎。人気の施設と言うことから前回の広い講堂は確保できず、少々狭い「2-A 多目的室」が会場でした。

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それでも広い会場で素晴らしい線路。これだけ32㎜ゲージの線路を用意するだけでも大変です。OER3001氏が会場に着いたのは12時少し前でしたが、ほぼ出来上がった設営で、モハメイドペイパー氏がEF65牽くコンテナ列車を運転しておられました。

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線路に載せたら一応記念撮影しておきます。

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EF65のコンテナ列車を収容後、その本線に出走させて頂きました。今回も走りに問題はありません。1/45は迫力があって嵌りますな~。

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運転会は17時まで。その後は店主含めて定員10名とされた懇親会にも参加させて頂く幸せ。会場は有名なココ。店主に伺えば、この正面扉はスケールだとお店の入り口としては少々狭すぎると言うことで、若干広げているとか。

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その店内でも小田急快走。そうそう「昼の部」で走らせた2320形(擬き)の16.5㎜ゲージ版です。1/80だから実車同様の4両編成で。

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メンバー諸氏も大変素晴らしい模型を持ち込まれ、それらを前にしてワイワイガヤガヤ。遅くまで熱く語り合えたサイコーのひと時でした。

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店主のKSさまはじめご招待くださったNNさま、ご参加頂き楽しい時間を創ってくださったご参加各位に心から感謝申し上げます。OER3001氏はこの後さらに西へ移動して一泊。翌日は6時半すぎから「鉄活動」に明け暮れ。流石に疲れ果てて帰宅した次第。その“成果”はまた後日ということで。

 

2026年3月16日 (月)

江ノ電108

極楽寺車庫で2002年5月に撮っていた江ノ電の動態保存車両108号、正しくは江ノ島電気鉄道1929年から導入した100形の8両目。新型の20形登場時の見学会の折に撮っていました。

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可愛らしい電車です。ちょっと思い出して模型を取り出しました。

天気も良かったことから遊び心が出て、屋外光で同じようなアングルでの撮影を試みましたが、なかなか同じようには行かないものです横には20形は無いので1000形を添えて。

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いや~、色が随分違いますね。軽い気持ちで入手したキット、1998年に仕上げていましたが・・・、こんな写真撮ると再塗装したくなってしまいますね。

 

2026年3月14日 (土)

過去vs現在-15

久々の標題「過去vs現在」、前回は2023年6月30日の発信の「-14」でしたが、その時のテーマが参宮橋でした。

1971(昭和46)年当時はまだ、デハからデニとなった1300形が、塗色は栗色(チョコレート色とか茶色とか表記されることも多いが、ここでは“小田急師匠”の故・生方良雄氏の呼び方で)のままで新聞輸送に充当され、参宮橋駅を通過!

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このアングルで時々撮影していたようで、1973(昭和48)年には夕方、ABFM車の2両×3の6両編成の各停を撮っていました。

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このアングルでの今を撮りたく出撃しましたが、この季節ではもう少し遅い時間でないと陽が当たらなかったのが残念。

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1974(昭和49)年、ラッシュタイムの上り急行には1800形も充当されていました。改造されていたとは言えどTR-25(DT13)台車のMc-Tc2両×4の8連は圧巻でした。

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そこを、今では10両編成が日常的に行き交います。

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今昔比較の光景を求めて出掛けてみましたが、本来なら昔と同じ季節&時間帯で撮らないといけないかも知れませんが、それより昔と同じアングルで撮影できる場所が残っているだけでも嬉しくて。

 

 

2026年3月12日 (木)

登戸1号踏切閉鎖

去る3月3日の終電後、向ヶ丘遊園駅東方にあった登戸1号踏切が閉鎖され、新たに歩行者用跨線橋が設けられています。これで小田急線では、代々木上原駅から向ケ丘遊園駅まで12.3㎞が、踏切無しとなりました。

2018年、惜しまれつつ引退した7000形LSEによる最終列車を撮ったのがこの踏切(正確には踏切を目前にしたホーム先端)からでした。

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踏切が閉鎖された後も、ホームからはこんな撮影は可能です。

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海側(画面右側)から見た閉鎖された登戸1号踏切は、一方通行の標識が残っていますがネットのフェンスで遮断されました。

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歩行者には階段とエレベーターが用意されていますので早速上がってみます。

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跨線橋はご覧の通り、すっかり半透明のガラス(樹脂?)で塞がれ、行き交う電車を見るのは無理。

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それでも腰の高さに開いた僅かな隙間からなら、コンデジの小さなレンズなら辛うじて向けられました。

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小田原方は、向ヶ丘遊園駅構内がなんとか収められます。2番線を急行・小田原行が通過して行きました。

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隙間以外には階段からどうかと思ったものの、海側は全滅。山側だと上り4番線がわずかに確認できるほか、ホームの先端だけ見ることができました。 

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まあこの跨線橋を利用しての撮影はできませんね。 諦めてこのエレベーターで降りました。

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北口駅前広場では、バスターミナル整備も大分進んだようです。

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ギャンブレル屋根の駅舎も奇麗に保たれているのが嬉しいです。開業時に新原町田(現・町田)、本厚木、大秦野(現・秦野)、新松田の駅舎も同じような形状でしたが、現存するはこの向ヶ丘遊園(旧・稲田登戸)駅だけに、大切に維持してもらいたいものです。

 

2026年3月10日 (火)

模型と実車

お仲間が集まる運転会場、トラス橋を渡って来る5000形を撮っていたのですが・・・

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この光景を思い出しつつのことでした。

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う~ん、でもカメラの位置、もう少し下げて右に寄らなければいけませぬな。今度再チャレンジしてみましょうか。

 

2026年3月 8日 (日)

小田急の展望ロマンスカー展望

OER3001氏は小田急が「ロマンスカー」を名乗るなら、3100形以来の展望室設置は必須条件と思っています。

白い50000形VSEが引退した今、たった2編成の赤い70000形GSEにしか展望席は無いのですが、ふとこの写真を眺めていて、これも過去のものだったと言うことに気付いてしまいました。展望席の通路、最前部にはアテンダントが! 今はこのサービスも終了してしまいました。

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2月27日の終電後(2月28日未明)、白い50000形VSEの新宿方50001が、ロマンスカーミュージアムでの展示に向けて、大野総合車両所から海老名に1069×4に推進されて回送されたことは、既に多方面で公開されているのでご存知のことと思います。

同じ場所(参宮橋6号踏切)で撮っていたVSEではアテンダントのサービスは確認できず、オッサンが2人陣取っていただけでした。

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VSEの一世代前の10000形HiSEまでは、展望席に加えて連接構造というのがロマンスカーの定番でした。

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その前に登場していた7000形LSEは後年、HiSEに合わせた塗装になって活躍していました。

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元祖展望ロマンスカーは何と言っても3100形NSEです。折しもHiSEとのすれ違い。この時代が車種も豊富で全車展望&連接車両で、最も華やかな時代だったように思います。

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さてさて、ロマンスカーミュージアムでの50000形VSEの収蔵、展示開始も今週19日と目前となりました。

小田急は来年2027年に開業100周年を迎えます。新型コロナウイルスで企業活動も大打撃を被り、様々な計画が狂ってしまったようですが、いよいよ30000形EXE(残念ながら30000形だけSuperExpressを名乗れなかったのですよ)の置き換えで新型車両を登場させるとのこと。

「きらめき走れ、ロマンスカー」のコンセプトで設計されるボギー車7両編成の80000形だそうで、水色になるとか。GSEの色違いと言われないような新機軸、期待したいのですが・・・。

 

2026年3月 6日 (金)

偶然遭遇:もころん号

時間的制約が無い外出、偶然乗り合わせたのがこれじゃあ落ち着きません。いや、悪い意味ではなく、いくら空いているからとは言っても「乗っている場合じゃないでしょ」ということです。

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新宿方向へ行くのに、このまま座って行けば良いものを・・・、

わざわざ座れない快速急行で先回りして、これを撮影することにしたのです。狛江駅で降りて直ぐ、やって来ました、さっき降りた急行「もころん号」が。

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一応後追いで、新宿方とは違うカラーの小田原方も撮って。こういう時は、ホームドアって邪魔ですね。

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この運用が判ったなら、新宿で折り返して来る下り「快速急行」も撮らねば。一駅移動して、喜多見で待ちました。

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フロントに、制服着用の「もころん」がしっかり座っていました。

ということで、当初の予定を変更してしまった次第。天気に恵まれましたが、花粉の飛散悲惨💧な状況でした。

 

 

2026年3月 4日 (水)

電車を待つホームで

暑い日だった。いったい何の目的で出掛けたのか、前後のフィルムには成城学園前、相模大野とここ大和で撮った小田急しかなく、相鉄は大和駅小田急ホームから見下ろして撮ったこの1枚だけ。急行・海老名行きの6000系を撮っていました。

6000系は当時の最新型車両、横浜方からMc-T-M-Tcと奇麗な4両編成を組んでいたので、写真から判断すればこの編成は、海老名方からはクハ6514-モハ6114-サハ6614-モハ6014だったはず。八千代信用金庫などと、今は無い懐かしい看板も写っていました。

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相鉄の大和駅は1993(平成5)年から地下化されているので、同じアングルで今はもう撮れません。この日も出掛けた序でにホーム撮りでした。

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上は10000系と思われるが、下は東急目黒線からの車両3000系。

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ヨコハマネイビーブルーと称する濃紺の車両を期待しましたが、他社線からの直通車両も多く、なかなか来ないものですね。

 

 

2026年3月 2日 (月)

またまた157系で

今月も、都内S氏宅での運転会に参加させて頂きました。多摩川畔でのシニア運転会に続いて、今回もカワイモデル製品レストアの157系での参加した。

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ヨーロッパの列車が待機する駅を、大目玉の前照灯を光らせて通過して行きます。

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変形8の字形エンドレスには、約25‰の勾配がありますが、2両のモーター車(L-3とウォーム1段減速連動ギア駆動)で何の問題もありません。

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いけね、写真撮って判明したヘッドマークの傾き。この後修正しておきました。

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この日KT氏は、中村精密の京成AEキットを正面愛称板の点灯化など、随所に手を加えた素晴らしい作品を持ち込まれ、隣のエンドレスで共演となりました。

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157系がホームに入線して来た時、AEは発車して行きました。

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向こう正面の高架線で157系とAE車が離合します。

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この日も走りは快調そのものでしたが、進行方向とは逆のLEDも点灯しているような現象が見られるなど、検討課題が見つかりました。

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運転会を楽しんだ後は、ちょっとディープな赤提灯へ。話も弾んで呑んだ食べた、追加した焼酎の1升瓶をボトルキープしてしまったのでした。

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