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2026年5月

2026年5月31日 (日)

小湊鉄道走らせる

小湊鉄道続きで今回は模型のお話。

このたびシニアで新たなグループを結成。その発起会が行われたこの日、小湊鉄道を愉しんだ余韻から、2両のペーパー自作キハ200形(204、214)を持って参加。先ずは五井のJRホームから見た光景を思い浮かべ、お仲間たかべー様のPLUM製プラキット組み立て車にも加わって頂き記念撮影。

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他車と違うベンチレーター(片側角が斜め)を付けた204を先頭に3両編成を組成。

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全車パワートラック仕様(OER3001氏のは花園、たかべーさまのは天賞堂コアレス)のお陰で協調性も問題無し。

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レイアウトを周回後は再び収容線に並べ、幌が無くジャンパケーブルのある上総中野方から撮影でした。

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この新しい集いは運転会&反省会(懇親会)のセット。お仲間での楽しい会話は時間が経つのも忘れます。

 

 

2026年5月29日 (金)

小湊鉄道を愉しむ―その2

その2は初めての養老渓谷です。

何度も乗った小湊鉄道でも、OER3001氏にとって養老渓谷駅は、これまで下車駅ではなく通過駅に過ぎませんでした。

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無人駅ですが、駅舎横の飲料自販機も小湊鉄道カラー。

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閑散とした駅前ロータリーにバス停標識がぽつんとあるだけ。「養老渓谷」へはここから粟又・ごりやくの湯行というバスに乗らなければ辿り着けません。

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栗又の滝バス停で降り、粟又の滝へ行ってみました。期待していた水量が無かったのがちょっぴり寂しい。

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遊歩道があるので、心地よい緑と水の流れる音が楽しめます。

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本来遊歩道は、粟又の滝から4.3キロほど歩けたようですが、台風被害などで立入禁止になっている部分が多いのが残念です。一旦国道を歩いて再び川面に下りたのは面白峡遊歩道と言う部分だったようですが、深沢の滝なんていうのもありました。

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この季節に渓谷を歩くのはとても気持ちが良い。

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迫る断崖にはタモリさんが興味を示しそうな地層がところどころ。そう言えば国際地質科学連合から選ばれたチバニアン も養老川でした。

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遊歩道の端部からひたすら階段を上がり、集落に向かえば水田で雉がお出迎え。

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歩いて歩いて再びバスに乗り、養老渓谷駅から乗った列車は飯給でお見送り。あっこの車両、往路で乗ったやつでした。

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飯給駅付近でも鷺がお出迎え、いやなんとも長閑です。

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飯給で降りた理由は踏切を撮る。そんなことある訳ないでしょ。

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踏切で撮った列車が飯給駅を発車、終点の上総中野を目指して発車して行きました。

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駅のサクラと田圃は、春には撮り鉄たちを多く集めるスポットですが、その背後には白山(しろやま)神社。

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OER3001氏の目的はアート作品の見学でした。一見女子トイレ。

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この扉を開ければ丸太の塀で囲まれた広い空間に設置された一基の水洗トイレ「Toilet in Nature」。ここで用を足したくともこれは女性用だからOER3001氏は使えません

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このアートの解説ボードも設置されています。

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隣の男性用トイレを利用し、五井行の列車に乗りました。

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それにしても歩いた歩いた、この日の歩数は23,500歩を越えました。

 

2026年5月27日 (水)

小湊鉄道を愉しむ―その1

梅雨入り前の緑が眩しい季節、久しぶりに小湊鉄道を愉しんで来ました。

退職後のゆったりとした時間に慣れてしまい、忘れていたラッシュタイムの通勤電車で向かった新宿。職場に急ぐ通勤者の中、これから始まる小旅行にウキウキ。総武各駅停車、快速、内房線と乗り継いで到着した五井で待っていたのはキハ200形の214、OER3001氏が模型製作した車両でした。

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塗装は剥げ、鉄さびも目立つ哀れな姿でも、走り出せば車内には心地良い風が。

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上総牛久では17分停車。3番線にはここから五井までの列車が停車中。

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乗って来た214は後部に211を連結。共に側窓はユニットサッシになったバージョン。

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一日乗車券と停車時間を活用して改札外から駅舎を撮っておきます。

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里見では10分停車、五井行のキハ40-2と交換でした。

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勿論、駅舎も撮っておきます。

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ホーム後部の構内踏切から211の姿も撮っておきます。

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この日は終点の上総中野までは行かず、手前の養老渓谷で降ります。

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緑深い風景の中に、紫煙を残して入って行く列車をホームから見送ります。

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さてさて、今回はここまで。続きもありますよ。

 

 

2026年5月25日 (月)

グランシップトレインフェスタ2026 その4

その4はご当地で人気の静岡鉄道A3000形。

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実車は全12編成の内、Fresh Green(フレッシュグリーン)はA3008-A3508の編成。

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模型は実車登場は2020年ですが、模型は2016年にペーパー自作。

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正面の工作、特に灯火類には苦労したものです。

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当初の動力はパワートラックでしたが、その後コアレスモーターのパワートラックに更新しています。

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毎年グランシップトレインフェスタで走らせていますが、地元の電車は人気者です。

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信号機にご注目、「青」でA3000形が走ります。

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先頭車両が信号機を通過すると「赤」に。

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たった2両では、このレイアウトでは寂しい感じもしますが、華やかなカラーのお陰で観客の眼も引き付けられたようです。

 

 

 

2026年5月23日 (土)

グランシップトレインフェスタ2026 その3

その3では、開催地・静岡に忖度して出場させた地元JR東海と日本国有鉄道の車両をご紹介。

先ごろTOMIXが11月(どうせ遅れるだろうけど)に発売すると発表した313系ですが、OER3001氏のは御殿場線で活躍する3000番台の2両編成。

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日車夢工房ブランドで発売された製品を、2005年にオークションで入手したものでした。313系が導入された当時、見て乗って、すっかり虜になってしまい、ペーパー自作を準備していた矢先のことでした。

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続いては東海道本線全線電化となった1957(昭和32)年に登場した“青大将”、EF58形電気機関車が牽く特別急行列車「つばめ」ですが・・・、写真撮って気付いた。いっけねーヘッドマーク付け忘れていた(涙)。

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ぶどう色のKATO製品を色替え、中村精密だったかプラキットのスハ二35、スハ44にペーパー自作のナロ10、オシ17、谷川製真鍮キットを組んだマイテ49と、1999年に製作したもの。

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やはり殿の展望車が主役でしょ、未だLEDも高価でチップLEDなど無かった1999年当時、苦労して尾灯とテールマークの点灯化を実現させたものでした。

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久しぶりに登場させた“青大将”編成、過去を知らない友人から頂いた「へ~、OER3001氏さまがこんなの所有していたなんて、信じられな~い!」が嬉しかったですね。やった~!!

 

 

2026年5月21日 (木)

グランシップトレインフェスタ2026 その2

その2は「弁慶走る!」です。

電車ファン、とりわけ小田急ファンを自認するOER3001氏が、意外な蒸機を折角入線させたのだから走らせない訳には行きません。牽引車両は「あだたら号」擬きのペーパー自作客車編成としました。動輪の動きが判るよう4コマ連続でご覧ください。

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実は、広い列車収容線への入れ替え運転の都合から、後部に弊社8号機(0-6-0タンク機関車)を連結しましたが、上手く協調してくれて快調そのものでした。

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7100形蒸機「弁慶」には似合わない架線柱が建つ複線レイアウトをスイスイ。

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たまには観客の度肝を抜く(?)こんな列車も良いのでは? いや、完全にOER3001氏の自己満足だったかも知れません。

 

2026年5月19日 (火)

グランシップトレインフェスタ2026 その1

今年も参加して来ました。

5月15日(金)に設営準備とお仲間での“決起大会”、初日16日(土)の朝はここから出発です。最上階が6階、OER3001氏の部屋は5階右から3つ目の窓ですが、このフロアは殆どお仲間。窓が白い部屋の方は、この時間になっても寝ていたのでしょうか?

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7:45発の熱海行に乗ります。電車撮ろうと構えていたら、そこへ尾根遺産が・・・!

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天気にも恵まれ、8:12に会場となるグランシップに到着。

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8:17、大ホールで出展各クラブが準備、調整作業を始めています。

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OER3001氏らの「サークル165」(いち・ろく・ご 1と6は全角文字で、5は半角、軌間16.5㎜という意味)もほぼ整いました。

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調整も終えたので外へ出てみました。開場8分前の入場待ち行列最後尾はバス乗り場付近。

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野外のミニ電車乗車希望者の列も、エンドレスを取り巻く状況でした。

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そんな中で開場時間を迎えます。

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OER3001氏の一番列車となったのは157系特急「ひびき」でした。昨年、オークションで入手した懐かしいカワイモデル製品をレストアしたもの、走行は抜群の安定感でした。

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この日残念だったことは、朝から富士山がくっきり見えなかったこと。

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折角、新幹線のすれ違いだったのに・・・。

2026年5月17日 (日)

平沼橋で相鉄

「遠足」の締めは平沼橋から相鉄撮影タイム。西に傾いた太陽光で奇麗に撮れるはずなのですが、ヨコハマネイビーブルーという車体色は撮りづらいですね。

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上は10000系、下は9000系と、車型が違うのに黒っぽい列車としかわかりませんね。

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従来カラーの8000系なら、しっかり判別できます。

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先頭車前面の車号が9506と読みやすいのはありがたいです。

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隣のJR東海道線、横須賀線等との並びを期待してもなかなか上手く行きません。共に後追いですが辛うじてこれが。

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爺達が写真撮って楽しんでいる間、しっかり線路保守に従事る方々には感謝です。

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平沼橋を抜けたら横浜駅場内信号。列車はゆっくり到着します。

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いつか撮りたいと思っていたアングル。今回は午前中の万里橋、日中の京浜電気鉄道の面影、陽が西に傾いた頃に平沼橋と、効率的な「遠足」が楽しめました。

 

2026年5月15日 (金)

京浜電気鉄道の面影を求めて

爽やかな好天に恵まれたこの日は、古くからのオトモダチであるぼっちぼちさまとの「遠足」でした。昼前に、横浜駅東口の帷子川に架かる万里橋付近で待ち合わせと約束。昼前でなければ逆光になってしまう場所です。

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左岸には横浜第1踏切。

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ここで暫く粘ってやっと、JR京浜東北線と横浜線のE233系を絡めて撮ることができました。

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振り向けば青いのが来ました。

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踏切を越えて振り向けば、背後は線路まで迫るビル。この奥でJRが跨ぐのですが、それは撮れません。

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ジョイナス、高島屋、横浜ベイシェラトン ホテル&タワーなど、横浜駅前のビル群背景に撮るには歩道橋が最適です。

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オトモダチと合流していよいよ、京浜電気鉄道の面影を求めて歩きます。1931(昭和6)年に開業した平沼駅まで来ました。1943(昭和18)年に営業休止、翌年廃止となり、1945(昭和20)年5月29日の横浜大空襲で、駅残存施設が壊滅的な被害を受けたという遺構。

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上り列車で前方を注視していれば、プラットホームと階段が確認しっかりできます。

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旧平沼駅の先で、線路は左にカーブして横浜駅根岸道路と言うらしい道路を越えて行きます。

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横浜市内は川も多いですね、平戸橋から川面に写る列車を撮影しておきました。

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そして下り列車は戸部駅にかかります。この橋梁を渡って来る列車が島式ホームから撮れるのが嬉しい。

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戸部駅を発車(通過)した列車は、いよいよ起伏に富んだ丘陵地帯を貫く隧道に突入します。

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隧道に入ったかと思えば一旦抜けてまた隧道。その間に陸橋が線路を横切る場所が何カ所かあります。戸部橋で下を行く姿を収めることができましたが、金網でブロックされていてコンデジのレンズでないと(涙)。

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さらにその先、戸部警察署伊勢町連絡所の横からも。

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この後列車は野毛山隧道に入るのですが、OER3001氏らは隧道の上を歩いて越えなければなりません。結構きつい坂道を上がり、そして下る。そして漸く日ノ出町に到着です。日ノ出町駅ホームは、その野毛山隧道を抜けて直ぐ。

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日ノ出町の1番線ホーム(下り)には「野毛山動物園下車駅」と大きく表示されるようになったのですね。

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一方、2番線(上り)ホームには三浦半島のタイルアートが。レールで造られた上屋支柱とともに、京浜電気鉄道が1931(昭和6)年の開業時からあるものなのでしょう。

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横浜から日ノ出町までは営業距離2.6㎞。しかしそこを歩いた距離はおそらく倍。この日はその後に相鉄も撮り、疲れた脚を癒すための冷たいビールでの反省会と、歩数21,491歩となる楽しい「遠足」でした。

 

2026年5月13日 (水)

左沢線 最上川橋梁

出羽丘陵の南部に位置する標高1,984メートル月山(がっさん)を背景に、最上川橋梁を渡る左沢線上り列車。早朝から晴れていたこの日、7時5分頃に漸く念願の撮影が叶いました。

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松尾芭蕉 の「おくのほそ道:五月雨を あつめて早し 最上川」はあまりに有名ですが、その最上川に架かる左沢線の最上川橋梁もまた、歴史的価値の高いものなのです。そこで今回は列車より最上川橋梁をテーマに。

山形からの下り列車に乗ると、最上川は右岸から左岸に渡ることになります。

羽前長崎を発車すると、錬鉄製100ftの単線プラットトラス橋3連に掛かりますが、これは 九州鉄道・筑豊本線遠賀川橋梁を移設したものとのことです。(画像は上り列車)

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今回やっと、その最上川橋梁を飛び出す上り列車の姿を収められました。

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一方、左岸の南寒河江方は、東海道本線木曽川橋梁から移設された150ftの単線ダブルワーレントラス橋5連。姿としてはこちらの方が壮大に見えるので、冒頭に掲載した月山を背景にした画像を撮りたかったのでした。

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今回は左沢発の336D列車で、橋梁の「中」を見ることにして・・・、最初は画像(1)、(4)の単線ダブルワーレントラス橋に軽快に突入します。

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それを5基渡り終えると単線プラットトラス橋の3連に。

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これを渡り終える画像が画像(4)です。

この前方左側にある公共施設「ひまわり温泉ゆ・ら・ら」では、宮城県・山形県の鉄道模型同好者たちとの楽しい集まりが開催されていたのでした。

 

2026年5月11日 (月)

リニュアルされた青梅鉄道公園へ

天気に恵まれたこの日、体調を崩されたお客様対応とかでJR中央線ダイヤは乱れ、青梅駅で待ち合わせた友に会えたのは20分遅れだったか。約2年半の休業期間を経て3月21日にリニューアルオープンした、青梅鉄道公園見学が目的でした。

角の看板も奇麗になりました。

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2026年3月21日(土)リニューアルオープンと描かれたボードの主役はオレンジ色のクハ201。

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子どもの時から数回は訪れているところですが、あらためて入り口横に設置された石碑に目が行きました。

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石碑の裏には国鉄総裁が十河信二だった1962年(昭和37年)10月14日、国鉄鉄道開業90周年記念事業の一環として開設したものだったと言うことが記されていました。晴海埠頭での「鉄道博」と同じ年でした。

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今回のリニューアルで追加された展示車両は全部で3両。先ずは入口右横のED60 1号機。

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道路から見えるD51 452の横に、クハ201-1が。

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その並び、E10 2とC11 1の隣にはクモハ115-1030。

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代わって解体された車両はありませんでが、残念なことに記念館にあったパノラマ(最近はジオラマと呼んでいましたが)は解体。一言で言えば“廃車車両を並べただけ”で、鉄道の学びの施設ではありませんね。

2023年に行った際には記念館内に歴史的な車両の模型が展示されていました。その中に101系も、オレンジとイエローが連結されて。

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それが・・・、青梅駅改札前に置かれたガラスケースに、撤去されたパノラマ模型で走行していた1/80の103系、201系、E233系と共に収められていました。

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入場料500円はまあ良いとしても、何だかな~と言うのが正直な感想でした。

 

 

2026年5月 9日 (土)

動態保存車に乗って来ました!

渋谷~二子玉川園を、国道246号に敷設された軌道で結んでいた「玉川線」を地下鉄化、「新玉川線」(現・田園都市線)用として登場した8500系は400両にも及ぶ東急最大勢力を誇る車両でした。画像は1977年の新玉川線開業直後、二子玉川園駅で発車待ちの渋谷行。今とはホームが違います。

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新型車両への置き換えも進み2023年に全車両運用離脱。しかし8037Fは、10両編成から4両編成に短縮したうえで動態保存されることとなり、このGWには、臨時列車としてこどもの国線を走るとの情報を得て、出撃しました。

長津田から線路に沿って撮り歩き開始。いきなり上り列車として青帯が来ました。(以下掲載画像のクレジットが1977となっていますが、全て2026.5.6の撮影です。ちょっと安易にコピペしていまいお恥ずかしい限りです。)

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振り返れば赤帯。

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定期運行列車の方は1999年から運行されている横浜高速鉄道Y000系、全3編成の内で標準カラーはここに停まっていたY003編成だけ。

こどもの国方面に歩いて恩田川岸で待っていると、Y001の「うしでんしゃ」とY002の「ひつじでんしゃ」を連結した4両編成がやって来ました。

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    「うし」と「ひつじ」の“にらめっこ”も面白いです。

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    次に狙った場所は、東急長津田車両工場に寄った所。お目当ての8500系が来ましたが、同業者の人影をカットするには空が多くなります。

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    同じ場所で、長津田から戻って来た赤帯のお顔を。

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    恩田駅付近ではご覧のような人々。人気者なのですね、8500系って。

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    上下列車交換する恩田駅の光景にカメラを向ける人は、何故か極めて少ないのです。

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    さらにこどもの国方面に歩きます。この日は曇天だっただけに、海側/山側どちらからも強い逆光になることなく撮れた幸運。

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    こどもの国駅を発車して来た青帯を長津田9号踏切から。

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    「うしでんしゃ」のお顔もしっかり撮っておきます。

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    最後はやっぱり赤い帯のお顔。

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    歩いて来たこどもの国駅からはこれに乗って、長津田までの直流電動機の音を楽しみました。

    それにしても良く歩いたものだ。歩数は17,000歩を越えていました。

     

    2026年5月 7日 (木)

    弁慶

    端午の節句で飾られる五月人形の中には、武蔵坊弁慶があります。そう言えば3月に、弁慶も加わったと言う源平合戦の地を訪れていました。

    Photo_20260503111001画像:和歌山県田辺市 田辺観光協会HPより

    そんなこともあってか、この度「弁慶」(鉄道省→鉄道省→国鉄7100)を入籍させました。カツミ製完成品をオークションで見つけて落札、そのまま暫くの期間放ってあったものです。

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    入籍に当たっては先ず全面清掃で奇麗にします。何もなかったテンダーには石炭を積み、モーター調整と駆動装置の調整で動きも完璧になりました。

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    ベーカーカプラーをケーディーカプラーに交換するのですが、手元ストックに有ったナックルが上に来るタイプでなければ高さが揃いませんでした。

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    ダイキャストにメッキの下回りがギラついて嫌だったので、艶消し塗料で化粧。端梁を赤く塗りました。

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    キャブには窓ガラス(エンビ板)を入れて手入れ終了。

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    電車ファンでもたまには、古典機に手を出したくなったのは歳のせいでしょうか?

    さて真面目に考えれば牽かせるものがありません。開拓史号客車なんてとても作る気にはならないし、トムかなにかを数両牽かせて凌ぐこととしましょうか。

     

    2026年5月 5日 (火)

    「子どもの日」ということで

    4月25日付けで取り上げた「交通の図鑑」に、実はこれが挟んでありました。これも捨てられないな~。

    64年前の1962(昭和37)年6月15日の「毎日小学生新聞」(タブロイド判)です。

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    この日から、我が国の鉄道開業90周年の記念事業として、東京・晴海埠頭で開催された「鉄道博」がトップ記事です。

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    ページをめくると見開きで国鉄のめざましい進歩として、展示物のいくつかが紹介されています。当時はまだ国鉄は花形でした。

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    その中に、80分の1の模型列車が走るレール延長780メートルの大パノラマの製作中写真が。製作中の3人が見えますが、その後に出会った方だったのでしょうか?

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    晴海の国際展示場まで線路を敷設して、歴史的な車両、新型車両などの実車が並べられたのは凄い。

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    翌日1962(昭和37)年6月15日の「毎日小学生新聞」では、会場の様子が紹介されています。

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    どういう理由があったのか、色鉛筆でマーキングや彩色しているのが今となっては可愛らしい。

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    最終ページに「鉄道博記念クイズ」がありました。この機関車の名前はなんでしょう? 

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    応募すると抽選で賞品が当たります。 その賞品に時代を感じます。

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    1等はふたりで、一人にカメラ(オリンパス・ペン)、もう一人は顕微鏡(オリンパス・ミック)とのこと。

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    どちらも小学生には高嶺の花でした。

    勿論、小学生だったOER3001氏も小雨舞う日に、知り合いの大学生のお兄さんに連れて行ってもらいました。ボルダ版フィルムの玩具カメラで撮ってもらった展望車デッキでの一枚。今じゃこんなブレ写真は撮れませんね。

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    我が国の鉄道は既に開業から154年、OER3001氏は既にこの約半分を見て来たと言うことなのですね。まだまだしっかり先を見るぞ~!

     

    2026年5月 3日 (日)

    江ノ電の喧騒

    撮ったぞ、乗ったぞ!」でご紹介した通り、早速江ノ電の新型車両700形に乗って来ましたが、90年代に放送されたアニメで一躍注目されるようになった江ノ電は、インバウンドの増加もあって日常的に混雑しているようです。今回はその喧騒ぶりを。

    藤沢駅に入線して来るのはこれまでの最新型だった500形の4両編成。午前11:54発鎌倉行となります。

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    501編成と502編成の連結部分に席を取り、後方の502の動きを楽しみながら心地良い海辺を進みます。

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    鎌倉駅の様子はこの状況。後者客が右側のホーム、12:36発藤沢行となるのに乗車する客が左側のホーム。

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    この程度の込み具合は、まあまあというところでしょうか。

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    稲村ケ崎で降りることにしました。上りも下りも比較的空いた車内です。

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    乗って来た500形を見送ってから、撮影場所へ歩きます。

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    最初の撮影場所、電車を撮る時は海を背にしますが、線路を背にしてみたら、心地よい海風を受けて新郎新婦の記念撮影中でした。

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    七里ヶ浜を過ぎ、鎌倉高校前まで歩きながら、海辺での「江ノ電」撮影を終えて鎌倉高校前駅に来てみれば、ちょうど下校時刻のようです。15:29のこと、外国人が降りてくれたおかげで、女子高生も乗れました。

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    15時30分頃の鎌倉高校前駅は、高校生以外は殆どが外国人観光客。

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    この駅15:41発の鎌倉行に乗りましたが、鎌倉高校前1号踏切を通過する時に撮ったこれ、鎌倉市がいろいろ対策を取って秩序が保たれているようですが“腰越ラッコ公園”は “お立ち台”状態です。

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    これは16:35、藤沢行700形から見た七里ヶ浜駅で電車を待つ七里ヶ浜高校生。もともとそれなりに混んでいた電車なのに、彼らは押し込まれるように全員乗車。

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    ワンマン運転に備えて設けられた運転台のモニターにはご覧の通り。

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    峰ヶ原信号場も、交換する電車を待ち受ける一般人多数。

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    再び鎌倉高校前に来たのは16:39。鎌倉高校前1号踏切からホームまでの人だかりに改めて感心します。

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    と言うことで、江ノ電訪れようと考えている方は、平日の午前中から昼過ぎに計画されることをお勧めします。

     

    2026年5月 1日 (金)

    競争? 共演?

    久しぶりに京浜急行。近年「Keikyu」「京急」と表現されるのが標準のようですが、OER3001氏には「京浜急行」の方が馴染みがあります。品川-横浜間での国鉄とのデッドヒートは、思い出深いものです。

    横浜駅南側の踏切で待っていたら、偶然にも横浜線の233系とのツーショット。もう少し横浜線が早ければ顔がちゃんと入っていたのに😢。

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    帷子川(かたびらがわ)に架かる万里橋からは、京浜東北線233系との並走も捉えることができました。

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    この日は友人との飲み会に向かう途中でしたが、機会あればまともに撮りに行ってみたい場所となりました。

     

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