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2026年6月

2026年6月30日 (火)

新宿駅1966年

撮影日まで記録されていないのですが、60年前となる1966(昭和41)年の6月の撮影です。ハーフサイズカメラのキャノン・デミでの撮影だったので、ピントも甘い写真ですが、今となっては貴重な記録となりました。

新宿駅3番ホームに停車しているのはクハ76057を殿にした中央本線の371M甲府行でした。

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と言うより、電車はともかくとして背後の光景が本題。塔屋に「Keio」とあるのは京王百貨店。7組の丸いカタチの装置は7色のレインボーカラーになっていた記憶があります。

が、その右側の光景はほぼ現在と同じ。

西口再開発で解体された小田急本館と言われた小田急百貨店はまだ建っていません。建築中でクレーンが動いていたのでした。60年と言う歳月は、建築中だったビルが解体され、70系電車はとっくに消え去り、3番ホームは現在では9番線かな?

ホームドア設置も進み、駅で写真なんか撮っていられない時代になってしまいました。

 

2026年6月28日 (日)

「高尾」と「陣馬」

行楽シーズンに運転された京王線特急のヘッドマークを、井の頭線車両が掲げているのですね。先ずはライトグリーン1754編成の「高尾」。

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そしてバイオレットの「陣馬」は1755編成だったのか1762編成だったのか?

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なんで高尾線の列車名を井の頭線に掲げるのか? 面白いけどなんともな~、という印象です。

アジサイを求めて出撃してみたこの日の収穫は、ワンマン運転対応済みのレインボー1779編成も。

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ベージュで登場した1756編成は、後にオレンジベージュとなって活躍中。

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1763編成も登場時はベージュだったそうですが、今はご覧の通り。

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2008年~2009年度製造の最終グループに属する1781編成はサーモンピンク。

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ライトグリーン1761編成には余計なヘッドマークは付けられていません。

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バイオレット1762編成にも「陣馬」はありません。

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ブルーグリーンの1758編成が、浜田山からアジサイの間を西永福へ向かいます。

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この間でちょっと線路から外れてみると浜田山3丁目で、玄関横にGゲージらしき模型を飾った民家を発見! 道路に面しているのに盗難に遭わないのか心配です。

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細部に多少の違いあれど、基本的に全車同形式の京王井の頭線ですが、お顔の色だけは8種類。アジサイの季節を利用してウォーキングしてみた次第でした。

 

2026年6月26日 (金)

アジサイの季節-2

アジサイの季節に「菖蒲で勝負」と、新たなテーマに挑んだ大先輩も居られましたが、OER3001氏は再びアジサイ。

先の母校で走らせたOER3001氏の井の頭線3000系模型は、お仲間との競作からラベンダーの3705編成。

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今、実車では1000系でラベンダーの1733編成が「あじさい」のヘッドマークを掲げて走行しています。

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沿線のアジサイを絡めての撮影に出てみましたが、時期が少し遅かったようです。

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後追いですが、遠くのアジサイと「あじさい」編成。

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菖蒲はこちらでご勘弁と言うことにしておきましょう。

小田急小田原線・渋沢~新松田間の第1菖蒲トンネル(492.86m)と・・・、

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第2菖蒲トンネル(60.35m)と言うことで。

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別に勝負に挑むつもりも無いですし、ダジャレみたいなものです。

 

2026年6月24日 (水)

下高井戸界隈1960年代

高校入学時にはで無かった鉄道クラブを設立したくて、趣旨や活動目的、行動計画などを記し、生徒会や同窓生の賛同署名を添えて顧問をお願いする先生の承諾を得たクラブ設立申請書を作成。教職員会議で諮られた後に「鉄道同好会」が誕生したのは高校2年生の時でした。

母校の学園祭では「同窓会」にも3階・301教室が割り当てられて、同窓生の懇親や生徒との交流に加え、学校訪問の受験予備生らをより多く迎えることは、学校経営視点からも大切なことなのです。その同窓会の教室に多くの方が入るための“展示物”として、「鉄道同好会(後に「鉄道部)OB会」が協力し、鉄道模型を走らせています。

残念ながら今は引き継ぐ生徒が居なくなり廃部されたクラブですが、先輩が起こし、永く続いて来た同窓生の絆が、在校生らに役立てるようにと、「鉄道同好会設立の頃の下高井戸」をテーマとした展示になりました。下高井戸は桜上水とともに多くの生徒の利用駅でした。

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小田急ファンのOER3001氏でも、気付いてみれば「京王」ではなく昭和の「京王帝都」模型も結構作って来たものです。京王帝都は3000系で1963年に「ローレル賞」受賞。翌年5000系も同賞受賞という快進撃でした。

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実は、Nゲージでも5000系を所有していました。京王線開通70周年、井の頭線開通50周年を記念して、1983(昭和58)年8月に京王百貨店で開催された「鉄道模型の世界展」で特別販売されたエンドウ製真鍮車体の製品。展示協力の謝礼品として頂いたものでした。

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後輩FI氏は同じくエンドウ製の都10・000系を持ち込んでくださり、京王線が賑やかになりました。

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「玉電」は80形と150形を用意しましたが、走行時の撮影を失念してしまいました(涙)。下高井戸とは無関係に見える20系ブルートレインは、爺たちの修学旅行に欠かせない存在だったのです。後輩IU氏が持ち込んでくれました。

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正確に言えば井の頭線は下高井戸は通りませんが、この時代の京王帝都を代表した新鋭車両として。

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小さな旧型車改造のサハを挟んだ2010系4両編成もまだ活躍していた時代、「顔」見れば3000系だって似たようなものです。

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机1個分の長さの16番、Nゲージ共用のガーターブリッジは、この日のために後輩KN氏が考案・製作。アルミ構造材(Uポール)を利用して、ガーターを3D出力した簡易組み立て式。100円ショップで買って来た包装紙で「川」らしいものを養生テープで止めてそれらしく。

概ね還暦を過ぎた爺たちが、後輩現役教諭を交えて和やかに楽しませて頂きました。

 

 

2026年6月22日 (月)

Philadelphiaでの記憶

1984年の晩秋、出張と言うことで訪れた2度目のアメリカ合衆国。

10月31日に成田からニューヨークへ。数社の企業を訪問を終えて11月4日、911電気機関車が牽引するAMTRACの客車21096に乗って、アメリカ合衆国誕生の地となったペンシルベニア州南東部のフィラデルフィアへ。

市内をバスで移動中、突然現れたポールを上げた電車を目撃!

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アメリカのバス(鉄道もだけど)は窓ガラスが無色透明ではなく暗くなっているので見づらい車窓。それでも通過するバス車内からシャッター切ります。

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そう離れていなかった筈のここでは、シングルルーフで白帯巻いたの深紅のも。「SPECIAL」と表示されていたから何らかのイベントだったのか?

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あ~あ、これ以上の出会いが無くて残念至極。

両車とも幕板部の文字で「PHILADELPHIA & WESTERN」「PHILA. SUBURBAN TRANSN. CO」と書かれているから、調べれば解りそう。お詳しいであろうCedarさまからのコメントを楽しみにしていましょう。

2026年6月20日 (土)

アジサイの季節

あじさいの咲く時期の箱根登山電車は、“あじさい電車”の愛称で親しまれています。

毎年のように足を運んではいますが、今年も梅雨の間の晴れた日に。往路の小田急、渋沢を出ると富士山が奇麗に。

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ぼっちぼちさまが早々に行って来られたとブログにアップされていたので、真似して「のんびりきっぷ」を使います。一旦強羅まで行って沿線状況を把握。引き返して宮ノ下で降ります。

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宮の下から大平台へは歩くことも多いのですが、この日は電車を利用。大平台隧道付近は一時大規模に剪定されて、アジサイが小ぶりになっていましたが、アナベルという品種が咲き誇るようになりました。

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大平台信号所と隧道の間には2か所の踏切がありますが、いつの間にか手動の遮断機が備えられていました。

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アングルを変えて撮りましたが、アジサイは青や紫ではなく白いアナベルが主です。

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信号所に近い踏切付近に、紫色のガクアジサイが咲いていました。

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大平台付近で撮った後は再び強羅へ行き、上り電車で山下り。2028年1月に引退と発表された100形は、箱根湯本の引き上げ線で休んでいました。仕方ないので最後は早川から、アレグラ色の小田急1000形を。

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「のんびりきっぷ」を利用し、さほど山道も歩かなかった13,000歩ほどの“のんびり”沿線ウォーキングでした。

 

<追記>大平台駅付近での“Y”線路(スイッチバックで拡がる部分)にあった歩行路と踏切は閉鎖されてしまい、2023年に撮っていた以下のようなアングルでは撮影不能になりました。

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まああれだけインバウンドもあって、警備員が張り付いていた場所だけに無理も無いのかな、残念!

 

2026年6月18日 (木)

ウォーキングで

この日のコースはちょっと変えて、線路端へ向かってみました。このコースだと8,000歩強です。

小田急と京王の並走を収めたいのですが、時刻表上では同一自国の発車なのにメトロ車両の加速が控えめで、なかなか思うように揃ってくれません(涙)。

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でも、8000形が撮れたから良しとします。

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後も撮っておきます。8051×4 + 8252×6でした。

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まだ西武には行かないよ~!!

 

2026年6月16日 (火)

カナダではない記憶のカナタ

1979年7月のこの日、スイスはベルン(Bern)で朝を迎え、市内電車を撮影した後に乗ったバーゼル(Basel)に向かう列車。車内から撮っていたこの一枚がリスタール(Liestal)駅だったことが判明。

撮影したたった1両の小さな電車は軌間750㎜のヴァルデンブルク鉄道(Waldenburgerbahn)のBFe4/4形1号だった。1953年製のシンドラーモータートラム製だそうです。

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小さな車体にひときわ大きなパンタグラフを上げた電車に乗ってみたかったなぁ。

この鉄道は、バーゼル近郊での輸送を担っていたバーゼルラント交通(Baselland Transport AG)に吸収されて1,000㎜に改軌の後、今は自動運転を目指しているとのことで、写真の姿は過去帳入りになってしまいました。

 

同じ列車(BernからBaselへ)内から、ネガカラーフィルムのカメラで必死に撮っていたのが以下の4枚。

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焦点も流れているし拡大しても車体の文字が判読できない(涙)。

リステールを発車後のヴァルデンブルク鉄道かと思っていたのだが、そうではないようです。何方かご推察ご教示頂けたら嬉しいです。

 

2026年6月14日 (日)

Gare Saint-Lazare 1979

フランス語のタイトルで失礼します。1979年夏のパリでの一コマ。

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初めてのフランス、誰もが憧れたパリ。モネの名画「サン・ラザール駅」を訪れた夕刻のことでした。これ以上は何も書きませんが、この一コマから様々なことが想像できるのが楽しいです。

2026年6月12日 (金)

総武快速線開業前日

相撲の街」に掲載した1972年の両国駅光景のフィルムは、鉄道開業100年となる年に開業した東京地下駅(現横須賀線ホーム)と、総武線快速線東京-津田沼間開業により、総武本線の起点が御茶ノ水から東京に変更、それまでの御茶ノ水-錦糸町間は支線となる前日の記録でした。

と言うこともあって、この日最後の運転だった101系による「快速」(中野-木更津)を津田沼駅南の跨線橋から撮っていました。

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幕張方に加速して行く後姿も撮っていましたが、駅周辺もまだ長閑な感じでした。

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この頃の津田沼駅、右のホームが未開業の快速線。下りホームをDC急行「水郷」が通過です。

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津田沼から上りの101系に乗るのですが、途中で快速線を行くDE10 126牽く貨物と遭遇。トラとかホキ800も連結されて、しかも未開業線路を走行だったなんて、今思えば不思議な列車です。

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通過する優等列車は、まだこちら側を走行していました。DC急行「そと房」と離合した此処は何処だったろう? 快速線には渡り線があります。

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7月だけに101系の側窓全開にして(2段上昇式の最大の魅力)、両国駅構内手前で地下に潜って行く快速線を確認しました。ず~っと観察しながらの帰宅だったようです。

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それにしても、フィルム代、現像代も気にしながらなので撮影コマ数も今に比べれば著しく少なくて残念ですが、その一コマ一コマが貴重な記録と思い出になります。

気にせずに撮りまくれるデジタルって、なんと素晴らしい世の中になったことか。

 

2026年6月10日 (水)

多岐にわたり手出し

どうした風の吹き回しか、急にこんなことに手を出してしまいました。自分でも信じられませんが。

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あまり本気になる予定は無く、軽ーい気持ちでとりあえずこの図面だけを頼りに真鍮材を調達。ホームセンターで見つけた丸棒が使えそうです。

 

2026年6月 8日 (月)

相撲の街

両国と言えば国技館ですが・・・。

両国駅は1904(明治37)年に総武鉄道が両国橋駅として開業し、1931(昭和6年)に両国駅に改称されているとのこと。「両国」とは武蔵国下総国を指すのです。

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リニューアルされ「-両国-江戸NOREN」の一部となった旧列車ホームの駅名標に示された次は「房総」。

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電車ホームは1932(昭和7)年の建築なのでしょうか、上屋支柱に目が行きます。

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ありました、1972年に黄色い101系から撮った両国駅の光景が。キハ28他の急行「水郷」は9両編成だったのでしょうか。

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こんな歴史ある両国なのですが、やっぱり今は相撲が中心のようです。

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でもOER3001氏は、会社の先輩が開催された写真展を楽しんだ後は「ぶれっと」に立ち寄ってみました。

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店内は一人の客が大きな声で店主(従業員?)と大声で雑談中。とても居心地悪く何も買わずに退散しました。

 

2026年6月 6日 (土)

町屋で

夜からの会合のために出掛けた折、乗換駅での撮影を楽しみます。

京成スカイライナーと都電荒川線とのツーショットを狙ったのですが実りません。

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都電の線路向こうに移動して再度試みますが、スカイライナーはともかく、一般車両とのツーショットもなかなか・・・。

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そうしているうちに、話題の黄色いのが来たではありませんか! 初めて見ました。

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総事業費約3500万円を投じたと言うリニューアルには、費用の一部はクラウドファンディング(CF)で約800万円を得たようです。

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それにしても三戸岡鋭治氏のデザインって、相変わらず車体にこれでもか!と言うようにやたらに文字書き込むのですね。OER3001氏としては全く評価できません。幕板部分には荒川線全駅名。腰部はTODENとTOEI TRANSPORTATIONとしつこいくらい、車号も目立たなくしてとんでもない。

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さらに良く見れば、デザイン規定が決められている筈の「東京都」のシンボルマークが弄られているではありませんか!

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大切な(筈の)シンボルマークが、斯様に改変されているのを、都として黙認しているのですか、とんでもないことだと思うのですが。都の職員にデザイン規定を順守する気が無いのか、大いに問題ではないでしょうか。

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たった一つだけ、OER3000氏が良いと思ったこと。それはどこにも「東京さくらトラム」と表示されていなかったことでしょうか。

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やっぱり「都電荒川線」ですよ、これは。西に傾いた陽射しを受けて、線路が光っていたのが印象的でした。

 

 

2026年6月 4日 (木)

箱根登山電車集合

我が家の箱根登山電車、全車両をここで並べてみました。

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左から①3000形アレグラ、②1000形ベル二ナ、③モハ2形復刻塗装車、④モハ1形、⑤モハ2形ベル二ナ塗装車。

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この内ペーパー自作車両は②と⑤。

実は今、モハ3形と2000形サンモリッツも控えていまして・・・、完成はいったいいつのことになるやら?

 

2026年6月 2日 (火)

品川界隈を歩く

大工事が進む品川駅に向かいました。暫く見なかった間に随分進んだのですね。

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目的は巨匠・広田尚敬氏の「鉄道写真」展、キヤノンギャラリーです。期間が長いからいつでも行かれるなんて思っていたら見逃します。

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港南口から南に歩くので、写真展の後は八山橋に行ってみました。現行トラス橋の右、高い位置に新トラス橋が架かりました。このトラス橋はカーブしているのですね、珍しい。

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北品川から来るこの光景も見納めになるでしょう。

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折角なので北品川駅へ。もう何年も経つのに、ここで京成電車に出会う違和感は消えません。

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北番場、南番場なんて言うのは相当昔のハナシ。今は新馬場。青物横丁と過ぎ、鮫洲で優等列車を退避します。地平の頃は対向列車の台車・床下を撮るのに適していたのに・・・。

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鮫洲の次、立会川では初めての下車でした。

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この区間は高架化に際し、用地が狭かったので地平上下線の左右に高架橋を建てたという珍しい(と思っているのはOER3001氏だけか?)工法。高架下の改札を抜けると昭和の香りが漂うアーケード「立会川 西商店街」。今度は夕刻に歩いてみたくなりました。

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