旅行・地域

2023年1月29日 (日)

トレインビューポイント

横浜駅で、行き交う列車を眺められる場所を発見しました。

再開発で誕生したJR横浜タワーなるビルに初めて入ってみました。6階にテラスがあり、眼下にJRおよび京急の横浜駅が望めます。

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南西方を望むと、左から京急、京浜東北線と、東海道、横須賀線の線路が見渡せ、地下深くに潜ってしまった東横線の線路跡も確認できます。

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ふと、半世紀前にこの辺りで撮っていた写真を思い出しました。国鉄(現JR東)と京急の線路を望める東西連絡跨線橋があったはず。

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そう思ってその跨線橋を探しましたが、今の姿がこれ。

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既に立ち入ることはできず、階段を上がった先からは撤去されてしまっています。

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列車を撮ろうと思うと、こんな姿しか収められず。プラットホーム上屋が邪魔で撮れません。

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まだこの先も再開発事業は続くようですから、また新たなトレインビューポイントを期待したいですね。

 

 

2023年1月25日 (水)

小田原散策

小田急VSE貸切列車を楽しんだ後は、JK氏とMT氏を伴っての市内散策となりました。小田原城横を通り過ぎて、向かった場所はここ、2021年5月以来2度目の訪問です。

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ここの二宮金次郎氏って、何と優しいお顔をしていたのでしょう。今回気付きました。

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箱根登山鉄道小田原市内線モハ202。王子電気軌道409→東京市電気局100形109→102へ改番→小田原市内線202→長崎電気軌道152→151へ改番という歴史を持つ。

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その複雑な歴史で、車番振り替えや台車交換も実施されていたようですが、現在の台車はこれ。

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車内には昔懐かしい形状の車内灯が。

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東京芝浦電気の大きな主幹制御器、逆転レバーやブレーキハンドルが無いのは悲しいですが、一般公開している状態では無理もないですね。

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今回は併設の「きんじろうCAFE&GRILL」でゆっくりしたティータイム。なかなか素晴らしいメニューで嬉しいものでしたが、ついそれらの撮影を失念してしまいました。ご興味ある方は是非こちらを。

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最後に奥のカフェ側から撮って、今度は小田原城の反対側を通り駅に向かいました。

 

 

2023年1月21日 (土)

シニアの遠足

中京地区に在住する同学年の友人が出張して来た機会を利用し、3人でシニアの遠足となりました。乗換駅で普段あまり目にすることが無い電車を撮っておきます。

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天気にも恵まれ、風も無く暖か、海も穏やかな日となりました。

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見上げれば、羽田を離陸した福岡行きJALが上昇中でした。

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何度か訪れている所なれど、“入場”は初めてでした。山下公園に係留・保存され2016年に重要文化財にしてされている氷川丸の「一等客室」。英語表記は「First-class cibin」でした。

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一等食堂にはその食事も並べられていて、豪華な雰囲気が伝わって来ます。

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こちらはさらにその上「一等特別室」、英語表記は「Delux cabin」でした。First-classより上はDeluxのようです。

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バスルームを挟んで隣にはこんなスペースまで。この「一等特別室」は天皇・皇后両陛下もご利用されたとありました。

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その氷川丸を、マリンタワーと共に収めておきました。これも初めて行ってみた大桟橋の屋上から。

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こまめに写真を撮っていませんが、日本郵船歴史博物館~氷川丸~中華街で懇親~山下公園~大桟橋~赤レンガ倉庫と歩き、帰宅時には20,000歩を越える“遠足”になっていた次第です。

 

 

2022年12月19日 (月)

花巻電鉄保存車両

「SL銀河」撮影行の最後は、JK氏のご希望から花巻電鉄の保存車両「馬面電車」を見に行くことにしていました。保存車両の所在地は花巻市材木町3番17号とのことで、レンタカーを返却する新花巻駅からはそう遠くはありません。

その地は現在休館中という「市民の家」がある材木町公園。

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1933(昭和8)年に宮沢賢治が亡くなった時の追悼集会の開催場所になった旧花巻町庁舎を、1970(昭和45)年に現在地に解体移築したものだということでした。

その建物の左横(北東)に、しっかりした屋根と金網で覆われた保存車両が確認できます。

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前に遊具が設置されていて、子ども達の遊び場になっているようです。

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花巻電鉄の路線図と、保存されているデハ3の説明板が役立ちます。

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「想い出の花巻電鉄」と称した案内板には、1969(昭和44)年8月31日の最終営業日の情景が紹介されていました。

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早速近づいて観察します。先ずは公園側から見て左手前から。

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時計回りで正面を。金網の間からレンズを入れて撮るため、全体を収められません。

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仕方がないので下方は別に。

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左奥へ移動します。代用品を使ったと思われるこの前照灯だけは頂けませんね。

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それでもしっかり手入れされ、奇麗な姿を保っていることは素晴らしいことではありませんか。

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真横を収めておきます。

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さらに左へ移動して。

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公園側の右手前へ移動します。

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最後にしっかり、雨宮製作所の板枠台車も。金網からレンズを入れての撮影なのでどうしても左右が収まりません。

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この画像を見て今、主電動機を撮影していなかったことに気付き、悔やまれますがやむを得ません。

 

2022年12月17日 (土)

「SL銀河」撮影行⑤

釜石駅近くの甲子側で撮った後は陸中大橋へ急ぎます。

いかし残念ながら現地への到着は「SL銀河」同駅発車時刻間際だったので、発車シーンを諦めてここに。それでも人々の間からレンズを入れるのが精一杯でした。

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次なる場所は、煙は期待できない下り勾配区間ですが、足ヶ瀬-平倉間の開けた場所としました。

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道路に横一列に並んだカメラ前を行く列車、キャブから手を振ってくれています。こちらに手を振ってくれる乗客たちに、撮影が終わって手を振って返礼、11時28分のことでした。

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この後、遠野で約2時間停車する「SL銀河」なので、ゆっくり昼食を摂ることにします。

すっかり冷えてしまった身体を温めるべく「遠野そば まんてん」に入ると、壁面に掲げられた地産地消に魅かれます

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きのこそばにしました。

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空腹を満たした後は、岩手二日町-荒谷前に向かいます。先ずは12時55分、釜石行きの「快速・はまゆり」が来ました。

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温かいそばを食べたと言えど、さらに1時間ほどをここで待ちます。ようやく目的の列車が来たのは14時5分のことでした。

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最後の場所は宮守等を諦めて高速で新花巻へ向かうことにして、花巻-似内で待ち受けることにしました。15時12分に撮影完了。この日の「SL銀河」撮影予定は終了となりました。

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「SL銀河」撮影の後にも一つ計画がありました。それは次回と言うことに。

 

 

2022年12月15日 (木)

「SL銀河」撮影行④

二日目の朝を、満室の「ホテルルートイン釜石」で迎えます。

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前日から2日間の“足”はこれ、2103です。

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間違えました、こちらの2103。カローラフィールダー盛岡500 わ 21-03でした。

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「ホテルルートイン釜石」が満室で取れず、少々お高い釜石駅隣接の「ホテルフォルクローロ三陸釜石」にお泊りのRO氏のお迎えです。

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JR釜石駅の右端に三陸鉄道釜石駅。

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9時3分発の盛行の発車も近かったので、以前から撮りたかった製鉄所バックの撮影のため、甲子川を渡った側に急ぎましたが、既に何人かがカメラを構えていました。

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3月に訪れた際にこの鉄橋を渡って盛へ向かったことを思い出しつつ、製鉄所バックの姿を収めることができました。

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その後は主目的の「SL銀河」撮影ポイントを探索します。前日見た洞泉駅へ向かうことは断念し、釜石駅に近い甲子側橋梁で撮ることとしてトレーニング。釜石8時57分着の列車はキハ100の4連です。先頭(右)から16-13-15-27、結構な乗客数でした。

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釜石駅からは9時3分発の2本の列車があります。先ずは久慈行きの三陸鉄道が2両編成で。

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同時刻発の筈ですが、JR釜石線花巻行きキハ100の2両編成はなぜか1分遅く通過して行きました。

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9時27分になると宮古からの三陸鉄道が来ましたが、今は数を減らしている創業以来のキハ36形でした。

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そうしているうちに、釜石駅で出発式を終えた「SL銀河」が通過して行ったのは9時59分。

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この場所で待機している間に岩手日報の記者から声を掛けられていましたが、その岩手日報には向こう岸でカメラを構えるファンの姿と共に捕らえた写真と記事が掲載されたようです。

 

2022年12月13日 (火)

番外編:釜石での反省会

「SL銀河」撮影行の初日は早朝からの活動ですが、冬の陽が山に隠れる16時前にはその“任務”は終えてしまいます。早々にホテルにチェックインするのですが、こんな経験は初めてのこと。なんとチェックインカウンター前に長蛇の行列。30人くらい並んだ大部分方々の目的は、「SL銀河」撮影だったようですから、同じ時間に用事が終わり、同じ時間に夕食に繰り出すことになります。従って、数少ない地元の飲食店は激込みで入店できないことも予想されます。

今回はRO氏の判断で、評判が良いと聞いた店を予約してくれていたので大いに助かりました。18時過ぎから反省会となりました。

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先ずは無事に計画を終えてカンパ~イ!

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若大将が丹精込めて作ってくれたこの“お通し”、特に右の牡蠣が何とも言えぬ旨さだったこと。

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親父夫妻と息子さんが切り盛りしている様で、家庭的で居心地が良い店です。大将お勧め刺身盛り合わせを頂きます。鯛。

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つぶ貝。

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ほうぼう。

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鮪。

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ヤリイカ。

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子持ち昆布。

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これらを楽しんで頂くうちにもちろんビールは空。地元産の清酒を頂かなくてはいけません。釜石の酒蔵は株式会社浜千鳥(釜石市小川町3-8-7)が製造する“仙人郷”としました。魅かれるではありませんか、陸中海岸国立公園に程近い北上山地の地底600mに湧く「仙人秘水」を仕込み水として採用したお酒とのことですから。

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まろやかですっきりした口当たりでカンパ~イ!です。

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この頃には刺身も胃の中に納まってしまったので追加したのは海老と烏賊のから揚げ。

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最後はしっかり寿司を頂きました。

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こうして「あそこの煙は良かった」とか「雨に降られず何よりだった」「それにしても凄い人だったね」などと、しっかり反省し、二日目に備えました。

 

 

 

 

2022年12月11日 (日)

「SL銀河」撮影行③

一日目の最後はやっぱり陸中大橋です。「SL銀河」7分停車の間に、乗客が機関車を見に降りて来ます。

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上り「快速・はまゆり」との交換を待って・・・。

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いよいよ発車です。

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数十人のカメラを前に力強く発車して行きました。

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我々3人は、明日の撮影場所を探索します。RO氏のご案内で訪れた洞泉駅。なかなか良きポジションではありますが、ホーム先端には既に明日の場所撮り用三脚が3組。

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ここは諦めることとして、ホームの柿を撮って退散しました。

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釜石へ着くと、ちょうどC58 239が転車台上。長い汽笛を吹鳴しつつ何と540度の回転。明日に備えて庫に収めるだけなら180度の回転で済むのに、ギャラリーへのサービスで1.5回転してくれるのでした。

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その脇を盛行の三陸鉄道の気動車が、ゆっくり通過して行きます。

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その乗客に、転車台の掛員が手を振っていました。

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転車台で蒸気機関車を方向転換するという、昔は当たり前だった光景が、今では大イベントになっているようで。

 

 

2022年12月 9日 (金)

「SL銀河」撮影行②

前半の最後は12時9分、綾織-遠野間、ローソン遠野綾織町店の北側なので、晴天だったら逆光になる場所かな? 曇り空で助かりました。

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「SL銀河」が遠野で1時間19分停車するので、その間に次なる撮影地を目指します。青笹、岩手上郷、平倉を経て、足ヶ瀬の手前にしましたが、13時20分でこの状態。

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場所決めをしている時にキハ110-3他3連の「快速・はまゆり」が快走して来ました。

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13時34分にはここまで増えました。

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道路に停まった車列は400m程になっていたでしょうか。

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「SL銀河」はほぼ定刻の13時54分、力強くやって来ました。

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一斉に鳴り響くシャッター音の中、「快速・はまゆり」とは違い一歩一歩進む感じです。

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ここでも乗務員や乗客が、撮影者たちに手を振ってくれました。撮影を終えた人たちもそれに応えるように手を振るという、ほっこりする一瞬でした。

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この後は仙人峠を越え、陸中大橋に急ぐという“お決まりコース”。駐車していた車列が一斉に動き出しました。

 

 

2022年12月 7日 (水)

「SL銀河」撮影行①

ひょんなことから、斯様なことになってしまいました。

切っ掛けはおよそ1か月前のこと、仲間内運転会後の“反省会”で出た「客車の老朽化でSL銀河の運行止めるんだってね」という話に、OER3001氏同様に電車好きのJK氏が行ってみたいと言い出したのです。3月に行って被災もしたOER3001氏なのに、勢いから「それなら行こう」となってしまった次第でした。その後その話を聞き付けたRO氏も同行することとなり、3人で行くことになった次第です。

4時半起床で大宮から「はやぶさ101号」に乗車します。

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1か月前の予約でも、ホテルとレンタカーは厳しい状況でしたがなんとか確保。この事情に詳しいRO氏は「新花巻のレンタカーの手続きだけでも20~30分並ぶらしい」と言うことで、前日入りして「はやぶさ101号」到着前にOER3001氏が予約しておいたレンタカーを受け取り、駅で迎えてくれました。

運転はOER3001氏となり、最初に目指したのがここ小山田-土沢間でしたが既にこの状況、驚きです。

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彼らの仲間に加わり、最初の一コマは10時46分でした。

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撮影後は速やかに次の目的地・岩根橋-宮守を目指しましたが、タイミングが間に合わずまともな撮影ができませんでした。そして次はあの宮守-柏木平間の眼鏡橋へ向かいますが、道の駅の駐車場もほぼ満杯。一般観光客らしき人々も大勢居るのでそれもカメラに入れました。

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乗務員は超サービスで煙は上げるは汽笛を長く吹鳴し、見物客に手を振ります。乗客も手を振り撮影を終えた人々も応えます。

 

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11時41分ここでの“お仕事”を終え、前半最後の場所に移動でした。

 

 

 

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