旅行・地域

2026年1月25日 (日)

Stadtbahn Karlsruhe

ドイツ語の標題は、カールスルーエ都市鉄道(?)、今ならLRTとした方が適切かもしれません。

OER3001氏が訪れたのは1979年、47年前のことになりますが、初めてのドイツ、当時は西ドイツでした。西ドイツ国内を南北に貫く、日本で言うなら東海道本線のような幹線に位置する都市。工科大学や音楽大学で有名だったことくらいしか理解していなかった都市でした。

国鉄の主要駅はどこの都市へ行っても「Hauptbahnhof」、即ち「中央駅」なので、駅舎にも「Karlsruhe」とは表示されていませんが、重厚で立派な造りです。

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駅前広場からは路面電車が頻繁に発着していましたが、車体色には2種類ありました。黄色に赤いストライプを纏っているのが、所謂カールスルーエ市電。

それに対してグリーンの車両はAVG(Albtal Verkehrs Gesellschaft)、アルブタール交通という企業が運営する鉄道。

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AVGはこの時既に、ドイツ連邦鉄道の路線へ直通運転していたということです。今では「カールスルーエモデル」と言われるように、都市交通網の再編モデルとされているようです。

当時、駅前広場に設置されていたAVGの路線案内が洒落ていました。

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HOゲージのフレキシブルレールが使われていたのです。流石に鉄道模型の西ドイツだと感心したものです。

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先のグリーンのAVG、行先の「Bad Herrenalb」は路線案内板の上左端。模型の線路が使われていた路線案内の写真からの話でした。

 

 

2025年11月28日 (金)

日光市内でブラ歩き

今回の旅は鉄友3人ですが、鉄を愉しんだのは往路のスペーシアXと駅前の保存車100形くらい。あとはインバウンドで賑わう市内をぶらぶら。先ずは国鉄(JR)日光駅舎から。

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その次は腹ごしらえ。日光なら何と言っても湯葉でしょ。これで2,200円と手頃な店を見つけ、湯葉の刺身を追加して3人でシェア。栃木県産の地酒と相まって旨かったこと。

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とりあえず神橋まで歩くことにしたのですが・・・。

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小学校の修学旅行で泊まった旅館からの光景が忘れられず。旅館の窓からボルダ版のカメラで撮っていたこの一枚しか証拠がありません。

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懐かしくなってその旅館を探してみるのですが・・・。

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現存するのはここだけのようです。なんとなく2階大部屋の窓が記憶と重なります。

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思い切って玄関に入り。ちょうど居られたご主人と思われる高齢女性にお話し伺えば、昭和30年代はこの通り沿いに何件か旅館が建ち並び、修学旅行生も受け入れていたとか。良いお話しが伺えました。

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神橋は逆光になって撮りづらい。外国人で溢れていましたが、鉄3人は日光軌道線の橋台を見て満足します。

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橋を渡ったところで、日光社寺入口の紅葉を愛でただけで引き返します。

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神橋近くでこんな銅像を発見! 一体何方の銅像かお分かりになりますか?

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この方ですよ、100円札に描かれていた・・・、

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板垣退助、100円札で知ってはいたものの、悲しいかな詳細は知らなかったのでWikipediaを見てしまいました。

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次に向かったのは旧日光市役所。風格があってなかなかの建築です。

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観音寺薬師堂瑠璃電などというところにも寄ってみました。なかなか風情がありますね。

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カトリック日光教会を眺めつつ坂を下ったところで思わぬショーウインドウを発見したのは同行のSW氏。この建物の左端です。

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暗~い店内を覗けば何やら鉄道模型が。恐る恐る扉を押して入店すると・・・。「OPEN」と札が架かっていましたが未だ来店客が居なかったので店内照明が点いていなかったのです。

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Nゲージ4列車走行のレイアウトを囲んでカウンター。

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ここは日本ワインのバーだったのです。この日は北海道から広島県までのワイナリーから取り寄せたものがあり、その中から折角なので地元栃木県産のを頼みました。

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オーナー氏も気さくにいろいろお話下さり、誠に素晴らしい思い出の昼下がりとなりました。

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結局3人とも、前述のワインを2杯飲んでしまいましたが、ワインケラーにはご覧の通りの品揃え。

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気分良く過ごし、最後にホスピタリティ富むオーナー氏と記念写真。

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オーナー氏はバランスの取れた紳士です。決して所謂「鉄オタ」ではありませんので、どちらかと言えば鉄分濃い方はお断り。欧米や豪州からの外国人が多いそうですよ。OER3001氏にとって至福のひと時となりました。

 

2025年9月29日 (月)

「ひかり」で西へ

新幹線と言えば東海道新幹線しか無かった時代から、岡山までの山陽新幹線が開業したのは1972(昭和47)年。その時のキャンペーンが「ひかりは西へ」でしたが、OER3001氏は「ひかり」で西へ。

OER3001氏の場合、多くは小田急で小田原を目指します。この日、酒匂川橋梁上から富士山が確認できました。

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が、残念ながらちょっとしたミスで確保できた指定席は海側のA席。いつもの山側E席なら富士山、名鉄を楽しめるのですが、A席では名古屋到着直前の近鉄が最初の喜び。

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ここで「のぞみ」通過を待っていても、名鉄は反対側なので見られません(涙)。

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その代わり米原では、保存されているこれら歴代の新幹線試験車両を見ることができます。残念ながら写真は電柱の合間から。

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この日の目的地は川西能勢口。京都から地下鉄経由で阪急に向かえば、なんだか凄い車両が停車しているではありませんか。

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観光用の特別車両「京とれいん雅洛」 と言うのだそうです。

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つい見惚れて、外観、車内を急いで撮っておきます。

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号車によって車内は何種類かあるようで、外国人観光客も多いです。

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折角なので発車を撮って見送り。予約や料金不要だったと知ったのは後の祭り。

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OER3001氏はその後に発車するこちらを予約していたのですから、仕方ありません。

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今度は山側。山崎のサントリーを拝みます。

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梅田に着いてみれば、キャラクターラッピング編成は人気があるのですね。

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お仲間の発信情報で知っていた、ずらり並んだ電車が眺められるカレーショップに初めて入りました。

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その後に漸く、宝塚線急行の最前席に座り目的地に向かいます。

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さてさて目的だったこの集まり。ペーパーモデラーとの情報交換なので、今回はこれを持っての参加となりました。

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1981年に竣功させた小田急ロマンスカー3100形NSEの模型。

一番奥に見えるのが高校入学前の春休み1965年に試作した第1号から、接着剤もセメダインCくらいしか無かった時代に、何度かペーパーの展開方法や組み立ての試作を重ねた苦節16年の道のりを、一挙に並べてのご紹介でした。

 

2025年9月 5日 (金)

箱根ゴールデンコースのひみつ

小田急が小田原から先、箱根湯本までの線路を3線化(箱根登山鉄道1,435㎜軌間、小田急1,067㎜軌間)して、新宿から箱根湯本まで直通運転を行うようになったのは1950(昭和25)年8月のこと。今年で75年を迎えました。

その10年後、1960(昭和35)年9月には登山電車、ケーブルカー、ロープウェイ、観光船、バスによって箱根周遊ルート「箱根ゴールデンコース」が開通してからは65年。

それを期にロマンスカーミュージアムでは、企画展示「箱根ゴールデンコースのひみつ」が9月15日まで開催されています。

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前記の各種のりものについて、特徴や見どころが紹介されていますが、OER3001氏にはどうしても登山電車に目が向きます。我が国の粘着式鉄道における再急勾配80‰を、1/80の模型でわかりやすく紹介しています。

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登山電車の再急曲線であるR30(半径30メートル)も、1/80のアレグラ模型で。

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う~ん、我が家の登山線レイアウトの最急曲線は、もっときついR280㎜なのでした。

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いくらR30がきついとは言っても、模型レイアウトではスケールよりきつくしないとスペースに収まり切れませんね。

2025年8月24日 (日)

馬車軌間

この線路は軌間1,372㎜、4フィート6インチの所謂「馬車軌間」。この期間を採用する都市高速鉄道は世界中でここ京王線と、直通運転している都営新宿線のみという貴重なものです。

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東京馬車鉄道に端を発する東京市電(→都電)への直通を目論んで創業した京王電軌軌道も、気付けば新宿~笹塚間と京王八王子付近、そして国領~調布間まで地下線になってしまっています。

その調布駅を地上に上がり、西方に進めば面白い光景が展開されます。

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鉄道ではなく「てつみち」と称された、地上線の跡地。2本線で描かれた「て」は、八王子方面と橋本方面に分岐するこの地をデザインしています。

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そして再現されていた線路も、軌間はちゃんと1,372㎜「馬車軌間」で敷設されていたのです。

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この遊歩道を西方に進むと、水木しげる先生が。

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墓場鬼太郎の像も。

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そう、漫画家水木しげる氏が50年近く住んだことから、調布市の名誉市民に選ばれこの妖怪が並ぶ遊歩道が作られたのです。

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炎天下でさえ、歩くだけで楽しくなります。

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西の端には鬼太郎広場。

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その西端には調布駅方面を見る妖怪「一反木綿」が。

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京王線はここで地下に潜るのです。

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残念ながら「一反木綿」と電車を一緒に撮ることは叶いません。

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実は、ここから電車が撮れないものかと目論んでの外出でしたが、上記の始末。この後は、相模原線の地上部に展開される遊歩道「映画のまちゾーン」に向かってみました。

因みに本日(8月24日)から、京王電鉄では調布市制施行70周年を記念した調布市の魅力投稿キャンペーン「うふふな調布、こっそり教えて」を実施しています。この機会に現地を訪れては如何でしょう。

 

2025年4月28日 (月)

常磐線原ノ町

2011(平成23)年3月11日のあの大震災では、津波と原発事故で多大な被害を被った常磐線。暫くの間は列車が走れない歳月がありました。

福島県南相馬市原町区の「原ノ町」駅に降りたのは何年ぶりだろう?

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初めて来たのは、平(現・いわき)~仙台間を担っていた平区所属のC62牽引の急行「十和田」に乗るために来た時だった。乗車車両はスハフ42 2072だったと記憶。

深夜の原ノ町駅で給水するので機関士に断って、ホーム先端を降りて撮影することもできた優雅な時代。

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これが原ノ町での深い思い出でした。

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この光景は今、どうなっているのか確かめたくて、下りホームに行ってみましたが、58年の歳月を重ねると・・・。

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ホームも少し延伸されていたのかも知れませんが、広々した構内だけが当時と同じようです。

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C62の急行「十和田」が出て行ったホームから、特急「ひたち」が発車して行きました。

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齢を重ねると、若い時の思い出を辿ってみたくなるものです。短い時間でしたが、ここでも良きひと時を楽しみました。

 

2025年4月14日 (月)

内藤新宿

江戸時代に設けられた宿場の一つ、内藤新宿(ないとうしんじゅく)。甲州街道に存在した宿場のうち、江戸日本橋から数えて最初の宿場であり、宿場内の新宿追分から甲州街道と分岐している成木街道(青梅街道)の起点でもあった。現在の住所では、東京都新宿区新宿一丁目から新宿二丁目・三丁目の一帯にあたる。地名から四谷新宿と呼ばれることもある。(Wikipediaより引用)

新宿歴史博物館で、その内藤新宿の復元模型を見ることができます。

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賑わう街道の様子が再現されていて、模型ファンとして見入ってしまいます。

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1915(大正4)年、京王電軌軌道が現在の新宿三丁目付近に新宿追分駅を設けます。現在の初台駅との間に位置した新町駅と結んだことで、府中までの運転を開始します。

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伊勢丹のビルを背後に、省線新宿駅に向かう150形151号、風格を感じカッコ良いではありませんか。四ツ谷新宿の模型から、つい京王電鉄の歴史にふれてしまいました。

 

2025年3月15日 (土)

嵐山に

少々日が開いてしまいましたが・・・、能勢電走破の後は十三から京都線に。ちょうど来た特急9401に乗れば、カッコイイ女性運転士。

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水無瀬駅通過直後に新幹線と並走、あっという間に抜いて行かれました。何度も通っているこの区間で、こんなタイミングで新幹線並走を撮れたのは初めてです。

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最近の特急はOER3001氏が憧れていた十三から大宮まで無停車だった時代と違って、ちょこちょこ停車する。淡路、茨木市、高槻市、長岡天神、桂。かつら? ちょうど良いので桂で下車、嵐山線に乗ることにします。

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京都線特急で活躍していたあの6300系が、4両編成に短縮されて今も活躍していますから。相変わらず外国人観光客が多数乗車。この車内撮影もタイミングが重要です。

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下車客の姿が退いた時を待って嵐山駅の情景撮ったら、ホームの非常通報スイッチの表示が入ってしまいました(涙)。

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「あらしやま」副駅名は「嵯峨野」だったのですね。阪急他路線とは違うデザインの駅名標でした。

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駅舎の表示は「阪急嵐山駅」。カメラを構えて観光客が退くのを待っていたら、十人ほどの中国人グループがそれに気づいて移動してくれたことに嬉しく思いました。

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桂川に飛来していたこれ、カンボジアから指示されていた1羽だったのでしょうかね(笑)。

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この地のシンボル的存在の「渡月橋」、数年前の台風による洪水災害の復旧工事が今も進行中でした。

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この渡月橋を渡ると・・・、

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違う違う、上の「武蔵嵐山」ではなく下の「嵐電嵐山駅」です。ここまでの徒歩も、観光客の歩行速度に合わせないと歩けないということで、相当なゆとりが必要です。

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ちょうど、レトロ調に改装されたモボ21形27号が発車するところでした。

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この後は嵐山を後に、また嵐電を楽しむこととしました。

 

 

2025年2月27日 (木)

四ツ谷見附橋

ここ何回か、先に訪れた新宿歴史博物館に関連した記事を掲載しています。

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正面左側の庭園では、紅梅が楽しめました。

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玄関の左側に、1913(大正2)年に完成し、道路拡幅のために1991(平成3)年に掛け替えられた四谷見附橋の説明パネル。

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その横には、再利用できなかった部材の一部として保存された、高欄の一部が展示されています。

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架け替えられた現在の四谷見附橋がこれ。

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赤坂離宮(現在の迎賓館)の外観と調和させたという、ネオ・バロック様式の橋梁でしたが架け替え前の姿がここ八王子市の長池公園に復元されています。

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橋の中央にはしっかり右から「しはけつみやつよ」とあります。

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高欄部材の一部は別に説明が添えられて保存されていますが、

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鉄道ファンならこれをしっかり見なければいけません。東京市電→都電の軌道部分の一部も保存され、その構造もしっかり確認できるのが嬉しいです。

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何より自然にも恵まれ、四季折々の姿を楽しむことができるのです。

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都市の拡大で、架け替えを余儀なくされた橋梁ですが、110年を経た今も、その優雅な姿を維持してくれていることは素晴らしいこと。「新宿グランドターミナル」構想とやらで工事が進む新宿ですが、100年経っても通用するデザインであることを願うばかりです。

 

 

2025年2月21日 (金)

驚愕の“新宿”

ここのところ変わり行く新宿西口に触れてきたところで・・・、凄いものを見て来ました。解体前の小田急百貨店ビル(正確には小田急ビルと地下鉄ビル)、西口広場などが具に再現されたジオラマ。

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西口だけではなく、新宿駅周辺が正確に作られているではありませんか!

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東側から見ると、西口高層ビル群が正確に再現されています。

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右手前には「伊勢丹」、駅の手前は「マイシティ」、JRのプラットホームを越えたところに「小田急百貨店」と「ミロード」、「京王百貨店」。

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南側に移動してみれば、代々木駅のプラットホームとあのエンパイヤステートビル擬きのNTTドコモビル、新宿御苑。

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OER3001氏としては、この画角が気がかりでした。右の白い小田急ホテルセンチュリーサザン、左の青い山野学院ビルの間。

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ズームしてみると、しっかりあの元小田急電鉄本社のビルまで正確に。

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そして線路が伸びる南新宿駅のプラットホームまで正確でした。

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このジオラマは1/1000で作られたそうで、一連の再開発工事が始まる前の2020年の様子だということ。「安田生命ビル」も「スバルビル」も、ここでは見ることができます。

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それはここ、新宿歴史博物館

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4月13日まで、「写真と絵画でみる昭和30年代の東京風景」という魅力的な企画展示が開催中です。

 

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