日記・コラム・つぶやき

2022年9月20日 (火)

地中海の木造電車

台風14号の接近による強烈な降雨の合間を縫って、都心へ出掛て来ました。最初はここ。先日の運転会で紛失したと思われるEF65の台車砂箱、ASSYパーツを探索に。丁度雨は止んでくれました。

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都バスで向かったのが池袋のこのビル。

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14階のギャラリー路草で開催中の写真展「地中海の木造電車」を見るためでした。

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ちょうど後藤文男さんのお出迎えを頂き、その全てをゆっくり鑑賞させて頂くことができましたので、会場価格で販売されていた写真集を購入。

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折角なのでご本人のサインを添えて頂きました。

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100年前に製造された木造電車が、未だに綺麗に手入れされて活躍しているということに驚愕です。写真展は今日20日(火)16時までです。

 

 

2022年8月11日 (木)

Models IMON 渋谷へ

製作中の模型、不足パーツの調達に出掛けました。

暑さを凌ぐに良い方法の一つ、クールシェア。今では電車は冷房車が当たり前。だから電車に乗っていれば暑さを凌げます。そして冷房の効いたビルに入ること。

道玄坂からここへ上がれば涼しいですよ。

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レジカウンター前には、新刊が並べられています。

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とりわけ目立つのがこの2冊。関わらせて頂いた書籍の売れ行きも良いようで、このお陰で以前の1~3巻も売れると、社長のご子息が仰っていました。

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そのご子息に許可を得て、撮らせて頂いた次第です。

調達したパーツは2種。乗務員室扉下ステップと付随台車マクラバリ、共にエンドウ製品でした。

 

 

2022年8月 2日 (火)

渋谷の青ガエル

すっかり様変わりを続ける渋谷。こんな日常的だった光景もすっかり過去帳入りに。

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これは15年前の2007(平成19)年8月4日、業務での外出時、15時前の記録でした。この時は綺麗な姿でしたが、残念ながらパンタは下がったままでした。今は大館の地ででどうしているでしょう?

 

2022年7月17日 (日)

雨の日のお出掛け

新5000形の乗務員室って、乗客の視線にも配慮された設計で好ましいです。乗務員の鞄を置く場所が、乗客からの前方視線を遮らないように設けられています。

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結構な雨脚なのに、途中駅のホームにはカメラを構える「鉄」の姿が。一体何が?

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カメラのオートフォーカスが、フロントガラスに付く雨粒に焦点を合わせるので、思い切って40倍のズームにしてみました。

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しかし、ここでは雨粒にピントが合ってしまい(涙)、ホームに停車中のVSE50000形が撮れません。

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横に来たときにシャッタボタン押したものの、ピントは雨粒(涙)。ホームで待ち構えていた「鉄」は、これを待っていたのですね。この日はイベント列車として走行したようです。

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しかしOER3001のお出掛けはこちら。

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入口を入ると猫の置物が出迎えてくれます。

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赤羽にある、子ども書の専門店「青猫書房」でした。

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新聞で知って、店内ギャラリーで18日まで開催と言う「絵が語る八重山の戦争」原画展を見るためでした。

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あの大戦では、沖縄本島での戦いの悲惨さに接することが多いですが、3年ほど前に石垣島を訪れて、八重山の戦争もそれ以上に悲惨なものであったことを知り、この展示会には行かねばならぬと思った次第です。

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その場で立ち尽くしてしまうような原画の迫力でしたが、ロシアは今も戦争を仕掛けており、今もこうした犠牲者が生まれていることに胸が痛むばかりです。平和の尊さをかみしめるため、この書籍も買ってしまいました。

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展示されていた原画にもあったこれ、マラリアで亡くなった幼い弟の埋葬に向かう兄弟だそうです。

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石や土をかぶせたような粗末な墓。遺体を覆っていた土が流れて現れた幼児の腕を、痩せこけた野良犬が加えようとしていたとの記録も。

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広島の平和記念館を訪れた時と同じように、カラダが熱くなる時間でした。

 

 

2022年7月 5日 (火)

東海道本線

auの電波障害は3日目に入りました。途中で連絡が入ったらどうしようと、不安を抱えながら、東海道本線51キロポストの先から乗車します。

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ここは藤沢。小田急から乗り換えましたが、こういうJKが湘南ギャルとでも言うのでしょうか?

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目的地に到着。少々時間的ゆとりがあるので後の電車を撮っておきます。

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この日の所要はこれでした。鉄道ジオラマの制御系修理。

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これでまた、明日から完全な状態でお客さまをお迎えできます。

 

2022年6月20日 (月)

校正続行中

前回は「 ♫ 6がつ6かに あめザーザーふってきて・・・」の6月6日でしたが、それから2週間。またまたデスク上は同じような状況になっていて、折角“その気になってきた”模型製作には取りかかれません。

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しかしこちらも、楽しいことであることに違いはありません。書店に並ぶ時を楽しみに、今はアカ入れに邁進することと致しましょう。

 

 

2022年6月 6日 (月)

校正中

「 ♫ 6がつ6かに あめザーザーふってきて・・・」という歌詞の歌があったけど、その通りに今日は雨! 一日降り続くようです。そんな日は、模型の塗装などできません。デスクワークに限ります。

丁度、デスク上は斯様な仕事になっています。

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漸く、漕ぎ着けられそうです。

 

 

2022年4月22日 (金)

昭和2年生

まだギブスで覆われ不自由な右手、痛みもあってキーボードの操作はなかなか思うように行きません。そんな中、一人暮らしだった叔母(実母の妹)が旅立ちました。享年94歳。

叔母は1927年5月1日の生まれ。1927年は昭和2年、昭和2年と言えば小田急が開通した年。4月1日に新宿-小田原間を、一部区間が単線ながら一気に開通させていた年で、そのちょうど1ヶ月後に叔母が生まれたと言うことから、何か特別の縁を感じていました。

叔母が生まれた日、既にこれが近所に走っていたのです。モハニ100形、後のデハ1200形です。

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残念ながらこの車両は保存されること無く、全車解体されてしまいましたので、模型で当時を偲ぶことしか叶いません。

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海老名のロマンスカーミュージアムに、近郊用に用意されたモハ1形が保存されているので良しとしましょうか。

ちょうど雨上がりの爽やかな青空に、叔母が旅立つのを見送って来ました。5月1日まで生きていてくれたら95歳になれたのに・・・(涙)。

 

 

 

 

2022年3月31日 (木)

満開のサクラに誘われて

先ずは名所となった近所へ。富士山にかかった雲はなかなか晴れませんでしたが、サクラを絡めて撮っておきました。

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午後になって向かった先は宮下橋。

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南を向けばこんな感じ。

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北を向けばこんな感じ。どちらも線路西側のサクラを絡めた撮影が楽しめます。

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その宮下橋近くのここが目的でした。

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あの宮下洋一氏の作品展が開催中です。

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店内の一角に、いつもながらの息を飲むほど作品が10店ほど。

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撮影OKなので、カメラを近づけて何コマか撮りましたが、ここでは全体像だけを。

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作者にはお目に掛かれませんでしたが、じっくりと拝見できました。4月10日(日)まで、是非ご覧くださることをお勧めします。

そして次に向かった先は阿佐ヶ谷。

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あの方の個展に。久しぶりにお話しすることが出来、楽しいひとときとなりました。

 

 

2022年3月29日 (火)

被災地脱出

2泊3日予定の今回の東北旅行、2泊目の夜に見舞われた震度6強の地震で交通機関が途絶え、3泊4日となってしまった4日目の日の出は雲の中でした。

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運転再開した仙山仙石線の駅までは、ホテルのマイクロバスが送ってくれました。

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松島海岸駅、意外にひっそりしています。

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9:21発の仙台・あおば通り行きが来るようです。

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しかしやっぱりダイヤ通りとは行かず、この電車が到着したときは「さあ、帰れるぞ~!」と若干の興奮を記憶しています。

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この風景も想い出となるかも知れません。

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遅れながらも仙台までの所要時間はまあまあ。地下の仙台仙石線ホームから5番線に上がってみれば9:26に白石行きがあるようですが、今既に10:10。いつ来るのでしょう?

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隣のホームからは、ANAが臨時便を飛ばすと言う仙台空港に向かう電車が発車して行きます。

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それを見送りながら、いつになったら来るのか判らない白石行きの到着を待ちます。

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やっと、白石行きの到着です。いよいよこれで!。

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発車したのは何時だったか覚えていませんが、これまた女性運転士。霙が降る中ビュンビュン走る、カッコいいな~!

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乗務員室には地震後の線路点検のための要員が、計測器具をセットして乗っていました。

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被災地を走る車両だけあって、車内には斯様な表示が。前日の夜中は、津波注意報の緊急放送やスマホの警報に度々緊張していただけに、備えが大切であることは身をもってわかります。

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途中で何度か停止信号に遭いながらも何とか白石に到着したものの、白石で発車を待っていた福島行きは、どんな事情が生じたか判りませんが運転見合わせに。急遽代行バスが用意されました。

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左のオレンジ色に乗ります。この時白石駅には冷たい霙、いやほぼ雪が舞っていました。

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代行バスは「やまびこ223号」が脱線した東北新幹線高架線の下を行く国道4号線で福島に到着。

ここからは動いているはずの東北本線でしたが、いつ来るか判らないとの情報に、同行のたかべーさんの判断から迷うこと無く一目散で バス案内所 へ。 運転を再開していた常磐線を利用することとして、路線バスでいわきを目指します。

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NHKの取材班が、行列の取材中でした。

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13:50発予定の福島交通バスも、10分ほど遅れて満席で出発です。

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途中渋滞にも遭いながら、16時過ぎて小雨降るいわきに到着。ここまで辿り着ければ安心です。

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いわき発17:15の水戸行きに乗れば、途中駅できぬやまスカンクさんから差し入れを頂きました。

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緊張の連続だった旅行の後半、水戸18:38発品川行き車内で漸くほっとすることができました。差し入れのおつまみとハワイアンビールがどれほど癒やしてくださったことかきぬやまスカンクさん、ありがとうございました。

今回の体験で得た教訓①スマホ充電ケーブルと予備バッテリーは必携のこと。(持って行って助かりました。)②常備薬は多めに持参すること。③靴下、下着の類いはプラスワン。④PETボトル飲料と軽食類は必携。というところでしょうか。備えあれば憂い無しです。

 

 

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