日記・コラム・つぶやき

2021年2月22日 (月)

変わる新宿西口

OER3001氏は1959年から、新宿駅西口を小学校への通学で利用していたので、トレーラーバスが発着する光景から立体広場への変貌を遂げる過程を目の当たりにして育ちました。 国鉄駅は「西口」と言わず「青梅口」ではなかったかと。

小田急の改札口はその青梅口の南側に、そして京王はその西側に木造の駅舎を構えていたように記憶していますが・・・。 

一番先に建ったのが1962(昭和37)年11月開店の小田急百貨店ビル(当時は東京建物ビル)でした。この時はまだ広場の立体化は未着工、屋上展望台からは富士山と共に、発着するトレーラーバスバスが良く見えました。

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1963(昭和38)年に京王線新宿駅地下化完成、翌1964(昭和39)年に京王線の地下駅、京王百貨店が完成。地下広場は1966(昭和41)年に完成すると翌1967(昭和42)年 、小田急本館が完成するという矢継ぎ早の変革でした。

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小田急、京王と、戦時中は同じ“大東急”だったものの、ライバル同士が競うことになったのですが、その百貨店に“秘密の橋”があることをご存じでしょうか? 

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非常時の避難通路として、ライバル同士が協力して設けられた“架け橋”です。この新宿西口を象徴するビルも、2022年度から取り壊し、あらたに地上48階建てのビルに生まれ変わるという計画が、小田急、東京メトロから発表されています。 消えないうちにしっかりまた撮影しておこうと思っていますが・・・、

その新宿西口に来月、あらたな模型店が開業すると言うのです。それがこの“IMON”ビルと表示されたビルの3階。ヨドバシカメラ・カメラ総合館の隣だというので序でに状況を見てきました。

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入口は左側の「IMON」表示の入口からエレベータのようです。

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ヨドバシカメラでもホビー館で模型取り扱っているだけに、果たしてどんな店になるのか、大いに楽しみです。

因みに、メトロフリーきっぷを買っていたので丸ノ内線にたった一駅、新宿→新宿三丁目まで乗車して、地上に上がってみればこの異様さ。

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新宿三丁目の交差点からの伊勢丹。堂々とした昭和の香がする立派なビルなのに、シャッターが閉まっていてまさか閉店!?と思ってしまう光景は、コロナ禍で入口を地階に集中した結果でしたがなんとなく残念。

新宿は歴史ある東より西、西高東低がトレンドなのかな?

 

2021年2月20日 (土)

新宿で撮る

新宿へ出た序でに暫し撮影タイムなのですが・・・、まさかANAJA751Aを撮るとは思っても見ませんでした。 話しには聞いていましたが、こんなに低い高度とは!

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NTTdocomoタワーをかすめるように・・・。

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折角なので別の飛行機でも狙ってみましたが、ビルの時計を入れると迫力がありません。

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本来ならカメラはこのように下に向けるのですが、残念ながら架線柱やらビームやらが邪魔して思うように撮れません。

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その場所はここ、バスタ新宿の3階テラス、写真の「JR新宿駅」とある上です。

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上を向いたり下を見たりと首の運動をしながら気長に待つ気で居れば、結構楽しめる場所のようです。

 

 

2021年2月12日 (金)

江ノ島散歩(2)

と言うわけで、海岸へ向かってみればこの通り。 陽春の富士が見事です。

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♪「浜辺の歌」の歌詞が作られた場所だったのですと。 あらためてその歌詞を読んだら、納得です。

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左に江ノ島が。

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歩道に吹き寄せて堆積した砂を、大型重機がかき寄せていました。

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海岸をのんびりウォーキングして、ここで歩道橋を渡って目的地に向かいました。

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あまりに良い天気で気持ちが良かったので・・・、お仕事打ち合わせ終了後、再び鵠沼海岸駅まで歩いてしまいました。 17,000歩を越えたわけです

 

 

 

 

2021年2月11日 (木)

江ノ島散歩(1)

としましたが、江ノ島には行っていません。 お仕事の打ち合わせに出掛けた折に、折角なので少々足を伸ばしてみた次第。

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日中は春の暖かさという天気予報通り、気持ちの良い昼時間。 緊急事態発令中と言うこともあって、人が少なく撮影に最適です。

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片瀬江ノ島駅の上屋はなかなか見物だと思っていましたが、よ~く観察してきました。

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車止めの正面には、新江ノ島水族館をPRする水槽がありますが、ちょっと待てば見入っていた乗客も居なくなって撮影できました。

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改札口の天井には凝った彫刻が飾られていたこと、今回初めて気づいた次第です。 人手が少ないと遠慮せずにキョロキョロできます。

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その外観も、青空の下で人を入れずに撮れたのが嬉しい。

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半世紀ほど前にここで撮影した時を思い浮かべながら、ホーム先端へも回って見ました。 当時のホームは6両長までだったのに、左のホームは10両用に延長されています。

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もう一つ向こうの踏切まで行ってみました。 やっとダブルクロスを入れて撮れました。

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反対側から「各停・相模大野」の表示の片瀬江ノ島行きが来ました。 この前の鵠沼海岸駅を出ると行先表示を切り替えるので、終点で待っていても「各停・江ノ島」は撮れないのです。

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お仕事の打ち合わせ場所まで海岸を歩くことにして、歩き出したら後方で踏切警報機が鳴り出して・・・。

思わずCedarさまの真似して“隙間電車”を。

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この日の歩数は17,000歩を越えました。

 

2021年2月 5日 (金)

シニアの遠足

気象庁が 1951年の統計開始以来、最も早い「関東地方で春一番が吹いた」と発表した日、“シニアの遠足”がありました。 前日に同世代お仲間、とは言ってもOER3001氏より若干年上の方々にメール。 緊急事態宣言発出中でもあり、都合の良い人だけご参加をというもの。 参加条件は「コロナウイルスの持ち込み禁止」というだけ。

ここで集合です。

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小田急多摩線の唐木田駅から“遠足”開始です。

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先ずはここを横目に見て・・・、

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洗車している4000型から水飛沫が立つ姿を見てから、

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いよいよ「多摩よこやまの道」へ入ります。 進路は右へ。

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早速、小さな展望台から唐木田車庫を見下ろします。

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整備された自然道を進むと・・・、ここからの眺めは鶴見川河口だそうで、房総半島まで見えるのだと。 しかしこの日は少し霞んでいて残念!

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通称尾根幹線と呼ぶ南多摩尾根幹線道路を越えます。 向こうが本日の出発地方向です。

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反対方向は相模原に向かいます。

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ここを越えて、長池公園に入ります。 「夕日の展望台」からの眺めを楽しみますが、午前中ではあまり感激できる眺めは得られません。 ここはやっぱり夕方に限ります。

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長池公園に別れを告げて、少しだけ尾根幹線の歩道を歩きます。

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そしてここからは右方向の「尾根緑道」に入ります。

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椿が鮮やかに咲いていました。

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大きく成長した桜並木になっている「尾根緑道」を、お仲間のシニアが歩いて行きます。

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この道、モグラさんも良く訪れているようで、至る所にその証拠が。

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このあたりで、お互いにいつまでも元気で居られるようにと願いながら、記念写真を撮っておきました。

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これは梅の一種でしょうか? 季節を感じながらのウォーキングが楽しめます。

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この「尾根緑道」は、第二次世界大戦末期に陸軍が製造していた戦車の走行テストに試用されていた道路。 通称「戦車道路」でした。

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それだけに道幅も広く、地盤もしっかりしていそうです。 ここにLRTを敷設したら良いのにな~などと思いながら歩きました。

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こんなに自然を楽しめ、ソーシャルディスタンスも確保できる場所なのに、所々に斯様な表示、「マスク着用」を呼びかけていました。

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西側の開けた展望台から、京王相模原線が望めることを確認して、ここ都立小山内裏公園から抜けることにしました。

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鉄仲間のシニアですから、電車の撮影は必須です。 多摩境駅付近から橋本方向を眺めていたら、来ましたちょうど。

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幸か不幸か、駅付近に適当なお休み処もなく、やって来た本八幡行きに乗車することに。

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ということで、この日の“シニアの遠足”はこれにて自由解散。 また温かくなった頃に、お花見でもと言う約束を交わしてお開きとしました。 多摩市をスタートし、町田市、八王子市と歩き、帰宅後に歩数計を確認したら19,000歩越え、良い運動となりました。

ご一緒頂いたモハメイドペーパーさま、ぬか屋さま、大変お疲れ様でした。 そしてありがとうございました。 次回も元気で再会できますように、健康維持に努めましょう。

 

 

 

2021年2月 1日 (月)

よこやまの道をウォーキング

コロナ禍の緊急事態宣言の中、2月に突入しました。

思うように出掛けられない日々が続きますが、地元多摩市には「よこやまの道」という散策路が整備されています。 長くお付き合い頂いているモハメイドペーパーさまは、ついに後期高齢者になられたと仰りながらも、その健脚ぶりには感心するばかりです。

ほぼ5年差のOER3001氏も負けてはいられないと、天気の良いこの日のウォーキングは地元の「よこやまの道」を歩いてみました。 向かった先には斯様な光景が広がりました。 小田急唐木田車庫ですが、あれっ? 一番右の線路が1線?

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いやいやそんなことはありません。 多摩清掃工場の擁壁に1線隠れていました。 この一番右側の2線が、将来JR相模線方面に延伸されると上下線になるのですがいつになることやら。

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停車していた最新5000形のテールライトは昼間でも良く見えます。「各駅停車 新宿」の表示でしたが、これは新百合ヶ丘から急行に変わる運用です。

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折角なので車両基地全景を収めるために左に移動してみました。

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その後再び「よこやまの道」に入ります。 一段と高い場所、木々の間から眺める車両基地も風情を感じます。

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少し右方向に歩いて、清掃工場の殆ど煙を見た記憶が無い煙突が青い空に伸びる姿、左下に電車基地が見えます。

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この後は自然環境豊かな道を進みます。 一部先日の残雪も少々残る霜柱の小道を歩くのは気持ちが良い。 これで7,000歩ほどとなりました。

 

 

 

2021年1月21日 (木)

ホームドア設置工事中

至る所で進むホームドアの設置。 個人的にはドアの無いホームの方が好きですが、時代的にそれは無理なのでしょうね。 JRや東京メトロ、東急などに比べて小田急のホームドア設置は遅いと思っていますが、これまでに新宿(5・6番ホーム)、代々木八幡、代々木上原(1・4番ホーム)、東北沢、下北沢、世田谷代田、梅ヶ丘の7駅に設置され稼働しています。

2022年度までに、1日の利用者数10万人以上の駅に設置するという計画で、直近では登戸駅で設置工事が始まりました。 1月19日、所用で出掛けた際に、その状況を見てきました。下りの1・2番ホームには、9日、16日の深夜にホームドアが輸送されて設置されました。

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左側、上り3・4番ホームは未設置、3月に設置されるようです。

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そこでふと、気になったことがあります。 多摩川からの風が冷たい登戸駅では、停車時間が長い列車は車内温度保持のために、1両当たり1カ所の扉を残して他の3扉を閉めます。 ホームドアもこれに対応するのでしょうか? 新型 QR コードによる「ホームドア自動開閉制御システム」の活用と発表していますが、きめ細やかな運用ができるとなると大いに楽しみです。

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完成まではドアが開いたままの光景が続きますが、その間は視覚障がい者などの転落防止に、警備員が監視しています。

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その登戸駅に、真冬の夕日を浴びてEXE-αが多摩川を渡ってきました。

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そして、開いたホームドア前を通過して行きました。

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それにしても、ホームドアというやつの融通性の無さって、なんとかならないものでしょうか。 20メートル4扉車のドア間隔に合わせたドア配置の優等列車専用車両の設計なんて、限界があると思うのですが。 高速化、乗り心地を追求すれば、例えば連接車に優位性がある筈ですが、台車間ホイルベースとホームドア対応という制約下では、到底無理があるのでは無いでしょうか。

 

 

2021年1月16日 (土)

つい無駄買い

友人がアップしたSNSが原因で、斯様なものを入手してしまいました。

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JR貨物のコンテナ、その正体は金属製小物入れ。 16番ゲージには大きすぎ、0番では小さすぎる中途半端なサイズですが、何よりもその値段に負けて6個入手してしまいました。 どう使うかは後で考えます。

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100円ショップ“Seria”で買ったと言う情報から探し回り、やっと入手できた1個100円、6個で税込み660円也。

このブログで心動かされた方は、100円ショップセリアの店舗検索してみてください。 全店取り扱いの商品では無さそうですから。

 

2021年1月14日 (木)

都営地下鉄1号線

緊急事態宣言の中、不要不急ではない模型のパーツ調達という目的で渋谷へ、乗り換えの明大前で1コマ撮影です。 この場所を見ると、必ず東京山手急行(とうきょうやまのてきゅうこう)電鉄のことに思いを馳せます。

実現しなかった戦前の構想ですが、写真の構造物がその事実を今に伝えてくれているのです。

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目的を達成したら、感染予防のために即退散です。

ちょうど乗り合わせた電車は都営の車両。 この中吊り広告に目が止まりました。

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空いている車内を見渡せば、同じものが窓上にも。

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初めて東京都営の地下鉄が開業してから60年だそうです。 都営1号線として浅草橋-押上間が開業したのが1960(昭和35)年12月4日、当時の都知事・東 龍太郎 によるテープカットのポスターでした。

東 龍太郎という都知事、OER3001氏が小学生の時に描いた絵が「金賞」で、その賞状に「東京都知事 東 龍太郎」とあったことから強烈な記憶となっていましたが、高校時代の都知事選では美濃部亮吉を密かに応援、選挙権を得た最初の選挙では、投票用紙に「みのべ亮吉」と欠いたことも忘れられません。

因みに同じ車内には、大江戸線全線開業20周年のポスターもありました。

 

 

2021年1月 2日 (土)

2021 初日の出

自宅近くの小山(丘?)に登り、初日の出を拝むのが習慣になっていますが、コロナ禍の元旦も、希望に満ち溢れるようなエネルギーを感じることができました。

今年は予報通り寒い朝で、気温はマイナス4度。 6時52分、邪魔している雲の稜線が輝き始めました。

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ま~だまだ、雲が薄い部分が赤くなりました、6時53分。

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5時54分、面白いカタチの雲から昇ってくる光のアタマが確認できました。

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ゆっくりゆっくり昇って6時55分、強烈な光が目を刺します。 コロナで不安が増大するなか、2021のエネルギーに希望を感じる日の出でした。

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小山を下りて公園へ。 7時10分、いつもの定点観測地から望む富士山は、初日のエネルギーを受けた優しい表情を見せてくれました。

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なんとか穏やかな生活に戻って欲しいですね。 

 

 

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