鉄道模型

2023年10月20日 (金)

関西私鉄を愉しむ

9月下旬に埼玉の友人別宅で開催された“田舎運転会”。久しぶりの関西遠征から戻ったOER3001氏は、関西私鉄車両を持っての参加となりました。

テレビカーと称して活躍した京阪3000系は1976年のペーパー自作。京都方Tc3500の屋根上に取り付けられた2組のTVアンテナは、0.5φ真鍮線をハンダ付けして作りましたっけ。

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当時、京阪の終点は京阪三条。今は地下化、延長されて出町柳まで。京阪の資本が投入された叡山電鉄デオ810形を製作することになったのは、京阪から叡電に出向されていたK氏のご案内で、修学院車庫を見学させて頂いたご縁からでした。貴船・鞍馬の山をイメージしたと、コバルトブルーの帯色を纏った813+814号車を1998年にペーパー自作。

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久しぶりに走らせたのは、初めて真鍮バラキットというものを組んだ近鉄12000系(1982年製作)と12200系(1983年製作)。近年になってチッブLEDで前照灯点灯化しました。

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合わせてAH氏の遺品として頂いたカツミ製の30000系ビスタ、残念ながら連結器の違いから併結運転は叶いません。

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偶然にもWK氏は京都模型製の阪急6300系を持ち込まれました。当時は4両だった筈の模型でしたが、近年ヤフオクで中間車を増備。LEDで前照灯点灯化していました。

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この地に近い東武鉄道の吊り掛け車7800系(KJ氏)や真鍮キットを組んだ急行型気動車(WK氏)も加わり、ここのオーナーのアメリカ蒸機貨物列車も交え、優雅なひと時を楽しませて頂きました。

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この機会を設定していただいたオーナー様に、改めて感謝申し上げます。

 

2023年9月30日 (土)

小田急が関西進出?

川西能勢口で開催された「ペーパーモデラー座談会」参加に際し、名刺代わりに持参したのは当然ながら小田急車。11車体連接の3100形NSE車を持参するのが最高なのですが、翌日からの行動を考えると11両を持っての移動はあまりに荷が重い。やむを得ず4両で済むロマンスカー2300形で済ませることとしました。

京阪勤務のHO氏が、丹精込めて製作された検車区モジュールに、掛員の誘導に従って入線させて頂きました。

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しかし良くできたモジュールで、ご自宅にはこれを含む大運転場があるとのこと、素晴らしいではありませんか。

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暫く撮影タイムを楽しませて頂きました。HOさん、ありがとうございました。

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折角関西まで遠征したので、しっかり反対側も撮っておきます。

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ここを占領していては申し訳ない。撮影タイムが終われば本来の京阪が。軌間が違う? そこは16番ゲージの良さです。

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気付けばOER3001氏作の小田急車にとって、初の関西出張となった次第です。

 

 

2023年9月26日 (火)

製作技法勉強会?

川西能勢口駅を降りたのは、度々TT氏からお誘い頂いていたこれに初めて参加するためでした。ペーパーモデラー座談会。所有している模型を走らせて楽しむ運転会ではなく、ペーパーを主材料として車体を作る人々が集まり、製作ノウハウや苦心点などを話題にするもので走らせません。

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川西市の施設であるアステ市民プラザ・マルチスペース2という会場では、既に多くの方々がいくつかのテーブルごとに、持ち寄った作品を肴に熱く語って居られました。

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その中、阪急ファンである主催者のTT氏が高校時代に製作されたと言う阪急顔のモックアップ。顔部分の技法確認のためであっても、ここまで仕上げるものかと驚きました。

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その氏が製作途上の車体を披露しています。

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その中で注視してしまったのがコレ。窓抜きはカッティングプロッターによるとのことですが、特徴的なサッシ表現に挑戦しています。サッシ部分はカッティングの後に裏から押し出して表現してみたとのこと。

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なるほど、サッシ部分が押し出されていることが目視できますが、写真では判りづらくてすみません。押し出した後は瞬間接着剤で固着しているようです。

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オデコの整形にはミリプット・エポキシパテ瞬着パテなるものを使用しているのだとか。新しい材料の情報も勉強になります。

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こちらは組み立て式ラック棚などの多穴式アングルを活用した屋根肩曲げ道具。

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アングル材と帯材とを所定ボルトで挟みます。程よいサイズを見つけたとのことですが、20m級車体にはボルトのピッチが合わず使えないとのこと。

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挟んだらこうして扱きながら曲げ癖を付けて行きますと、自ら実演してくださりました。

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続いては屋根Rの成形を実演してくれました。硬質ウレタンをマットにして、蕎麦打ちではありませんが麺棒ならぬ適度な直径の丸棒でゴリゴリと。

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阪急ファンだけに、長年にわたって阪急車作り続けて来ていろいろな技法を考えるものです。常に“課題”を頭に、ホームセンター他の店舗を調査、材料を見つける眼とひらめきが大切ですね。

なるほど、大変勉強になりました。

 

 

2023年8月23日 (水)

第22回国際鉄道模型コンベンション:2

初日の8月18日、先ずはこのブースに。ご本人は不在ながら、組み立て式の架線集電軌道をインターアーバンが調子良くグルグルと。ポールが外れないのがお見事でした。

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ここを最初に訪れたのはこのパンタ6基を某氏に譲るため。PS14あたりより大きなサイズでしっかりした作りです。

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同じパンタを搭載している1両が奥の電機とのことです。

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懐かしいカワイモデルのサウスショア電機にも似合いそうなパンタです。

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そのパンタとの物々交換で入手したのがこのモーター。ミネベア製だそうですが、いろいろと使い道がありそうなモーター。既に天賞堂製0-6-0の再生で使っていたものですが、もう少し欲しくなったもので。

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モハメイドペーパーさま他が展開されている零番三線式の会なるブースでは、小学生低学年の時代に遊んだ湘南電車他が、奇麗にレストアされて走り回っていました。

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蘇ったED10は、セリアコンテナ列車を牽いてスタンバイでした。この2日後にはぬか屋さまがさらにセリアコンテナ車を持ち込まれて走り込んだようです。

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毎回楽しいギミックを披露してくださるこてはし鉄道さま、今回はクレーンで上下するEF58の全検シーンを製作されて臨まれたのですが・・・、

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急遽ご本人が検査入場となってご不在。早くご回復されることをお祈りするばかりです。

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とれいんのブースでは同誌「紙成模型塾」の作例が展示されており、中村文人講師のTX-3000系も展示されていました。

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故・星野徹さんの遺品、しなのマイクロの真鍮キットを競作するという企画には、多くの同志が参加され見事に完成させていました。

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このブースを撮影されている方もそのお一人でした。

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チームおやびんは今回、ワンマン列車が競作テーマだったようです。その中で先ず目についたのがこの作品。

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7月の“多摩呑もレール”の集まりで見たこれが、見事に完成していました。

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なんと特製の線路を用意され、信号機と共に。

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見たことも乗ったこともまだない、北の新型車両を見事に完成させた御仁もいらっしゃる。

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なるほど、ワンマン列車って多くなりましたね。日頃からお付き合い頂いている方々の作品が並んでいます。

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あらためてその種類の多さに驚きました。路面電車だけではなかったようです。

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というわけで、今回のJAMでも多くの方々とお話しすることができ、多くの刺激、ヒントを土産に、帰路はお仲間との反省会と称する懇親会に大いに酔った次第です。

 

 

2023年8月21日 (月)

第22回国際鉄道模型コンベンション

毎年8月の盆明けに開催される展示会、JAMと呼ばれていますがそもそも「JAM」って何の略称なのでしょう? 国際鉄道模型コンベンションOffical Websiteを見ても説明は見つけられません。JAはJapan、MはModel・・・?

正確な意味は解らずとも「JAM」で知られているのが東京ビッグサイトで開催されるイベントです。最高気温は36℃と予報された8月18日の空は青く、夏らしい雲が。

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現役時代に何度も足を運んだこの地、木々もだいぶ成長しました。

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いつも気になるこのモニュメント。どうせならギザギザの歯の部分、テーパーが付けられなかったものだろうかなどと思いながら・・・、

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デッキを通り抜け、会場を目指します。

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ゆりかもめの東京ビッグサイト駅から歩くのが正当ですが、東ホールへは有明から歩く手もあります。

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一応正面ホールから入ると、正面に大きく東ホールへと案内が。

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有明から目指せば館内の無駄な通路を迂回させられることは無いのですが、正面からだとこの長~いベルトを利用します。

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やっとたどり着く「東1」、11時半頃には既に入場者の行列は無く、スムーズに入場できました。

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さて今回は、出店モデラーの話ではなく、OER3001氏が興味を持っている小田急ロマンスカーの新製品について。

1点目は天賞堂が発売予定の7000形LSE。2024年新春発売と予告されています。

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なんか顔のイメージが違うな~、という印象を持つのはOER3001氏だけ?

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台車や連接部の感じは良いのですが。

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2点目はエンドウが計画している3000形SE、SSE

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原型SEも、改造SSEも、フォルムはなかなか良いと思います。

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同社の3100形NSEでがっかりした連接構造(ドローバーに取り付けられた台車)は改善され、台車中心で編成が折れるという当たり前の姿になりました。

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その連接部、ホロを外した状態で、社員氏が説明してくれました。

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課題は、スケールに忠実に作った床下機器。既に3000形SEを製作済みのOER3001氏の経験では、実際に組み立て式レイアウトを走らせると床下機器が線路面に接触することがあるのです。

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エンドウの社員氏もそのことをご存知だったようで、発売時にどんな状態になっているのか楽しみです。

が、おそらくOER3001氏はこれらの新製品を買うことは無いでしょうね。模型はやっぱり自作ですよ、自作に価値ありですから。と言っておきながら、気が変わることも?

 

2023年7月30日 (日)

ちょっと体調崩してしまいました。

多分その原因はこれかと。久しぶりの開催となった“多摩呑もレール”の集まり。いつもこの集まりの後には模型熱が上昇するのですが、今回はちょっと違う発熱でした。

いきなり綿密な調査によるこだわりの工作を見せられてしまいました。

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ペーパーキットの車体をここまでリニューアルした挙句、こだわりの主抵抗器。

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実車同様に、50系客車をベースに窓埋めや窓抜きを重ねてここまで来た北海道の気動車(だったかな?)。

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加えてこれも同様の工作で塗装に掛かった2両。正面は新製ではなく、わざわざ客車キットの妻板に窓を抜いたのだと。

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何だかんだで卓上に並びました。

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それだけでは収まらず、奇麗に光ったまま長期熟成中だとか仰る留萌の気動車。

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これが103系とは思えないほどに手を加えたJR西日本・加古川線バージョンは完成車両でした。

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それはそれは楽しい数時間を過ごしたのを1日目として、3日目夜からだるさ、4日目朝に38.3℃の発熱で元気なくしている時、この日のメンバーからコロナ感染との知らせ。

5日目も解熱せず一日中37℃台を彷徨っていましたが、6日目朝にほぼ解熱したので医者に行って処方されたのは喉の痛みを和らげる薬だけ。

コロナ感染だったかどうかは医者曰く「結局は対症療法しかないからいまの症状から検査しなくて良いでしょう」ですって。

と言うことで、コロナ感染の疑いは晴れないものの、同居家族にも体調悪化は無く一安心でした。

考えてみればこの日集まった5人のうち3人は既にコロナを経験した人。1人が新規感染で1人が疑い晴れずという状況なので、それだけ国民に浸透したという事なのでしょうね。

2023年6月20日 (火)

心は青春時代に

母校(高校)の同窓会から、コロナ禍で4年ぶりとなる学園祭に於いて、同窓会展示に協力せよとの要請に従い、鉄道模型の展示となりました。準備日午前、シニアを中心に教室で机配置や開梱、設営が進みます。

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最年長のOER3001氏は、後輩各氏の心遣いで肉体的作業を軽減され、こうして準備作業の記録係を務めます。

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教室内44台の机配置を現場で調整しつつ、Nゲージの3エンドレスを中心に展開することになりました。

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OER3001氏より若い多くのメンバーはNゲージ中心。現役高校生も当然Nゲージです。そんな中で16番ゲージは、最寄りの京王線車両の自動往復運転としました。

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線路長の制約から初代5000系の2両編成(5070番台)と、富士急へ転属し富士登山電車となった2両編成を適宜入れ替えて。

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自動往復運転なので一日中触る必要なく、もっぱらOBメンバーでの語らいが主。当然その語らいは日中だけで終わる訳はなく、準備日に加えて開催2日間の合計3日間、まあ良く飲んだ、良く食べたものです。

という訳で、観客を迎えた会場の撮影を失念していました。

 

 

2023年5月15日 (月)

スパークリングワインから始まった運転会

YS氏宅に展開された組み立て式(?)レイアウトでの運転会、今回は10両編成の最新作試運転をと目論んで参加させて頂きました。

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ところが、悲しいことに走り出すとカーブやポイント部で脱線。線路側に課題があるのか車両側の問題なのか? とにかくここでは写真を撮って試運転中止となりました。

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やはり運転会では、持ち込んだ車両でトラブルがあった場合には、1車種だけではあまりにも寂しい。

2車種持ち込んで良かった! 鉄道150年記念の一環(?)として先日入手した1号機関車と客車を用意していました。

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良く走りましたが、低速走行だとクロッシング部がプラスチックのKATOのポイント部分では停車することがあります。

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ホイルベースが長いか、ボギー車でなければKATOレールでは悲しい思いをすることを再認識しましたが、スパークリングワインや特別純米吟醸酒をチビチビやりながらの運転会は、大層楽しいひと時でした。YSさん、ご参集頂いた皆さま、今回もありがとうございました。

 

2023年5月13日 (土)

1号機関車と客車

1872(明治5)年の我が国の鉄道開業時、用意されていた機関車は総数10両。全てがイギリスから輸入した1B形だったとのことで、後の110形、150形、160形、190形などとのことです。

そもそも蒸気機関車というものにそれほど興味を持たなかった電車ファン・OER3001氏にとってはどうでもよいことでしたが、どうしたことか、ひょんなことからカツミ製品の「1号機関車とその客車」を入手してしまいました。

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“1号機関車”とされているのは前述の150形で、Vulcan Foundry社による1971(明治4)年製だとか。しかしその当時のスタイルはFile:JGR-150SL(original).jpg - Wikimedia Commonsによればこのような姿だったようです。

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模型は1984(明治17)年から翌年にかけて神戸工場で改造された後の姿のようで、原型に対してボイラー位置が209mm(8 1/4in)高くされ、キャブ直前の蒸機ドームを前方に移設、キャブ側面の開放部が狭くされた姿です。

従って、客車との取り合わせも含めて、開業時の姿とは言えないようです。

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勿論塗色も黒だったようで、模型のようなグリーンの時代がいつ頃だったのか、知る由もありません。

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開業時の客車は全て、イギリスから輸入した部材を新橋工場で組み立てたそうです。上等車(定員18人)10両、中等車(定員26人)40両、緩急車8両が輸入されたものの、開業時には中等車の内26両は定員52人の下等車に改造されていたとか。

1両目は荷物車に見えますが、上記の区分ではどれにあたるのでしょう。

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2両目の客車は中等車なのか改造されていた下等車なのか? 

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最後部の3両目、これを緩急車と呼んだのかどうかブレーキ装置を備えていますが側面外観は2両目と同じ。

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中・下等の区別は座席だけの違いだったようですから、外観だけでは判別できませんね。外部デッキ付きの上等車が欲しくなります。

とりあえずカツミの製品はこれらの3両編成を1号機関車が牽引します。

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我が家に来てから機関車は一旦分解。各部調整の後再組立てしたらスムーズに走るようになりましたが、ウエイトバランスが芳しくなく第2動輪の軸重不足。そこでキャブ天井に鉛板を収めてみました。

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客車も車輪清掃と軸受部への注油などをしたら、転がりも実に良くなりました。前述のように開業時の1号機関車と客車と言うのは怪しいですが、150年前のこと故イメージ重視で良しとしましょう。

撮影のためにセットした築堤ですが、高輪で出土した築堤を模した線路が欲しくなります。たまにはのんびり、こんなのを走らせて明治を偲ぶこととしましょうか。

 

 

2023年4月19日 (水)

天賞堂&カツミ 古(いにしえ)の鉄道模型展 -2

その2はカツミ編。天賞堂の展示ブースの反対側に、ガラスケース4本で展示されていました。

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正面に掲載のメッセージボードに、株式会社エーツーに買収されて子会社になったことは語られていません。

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そのカツミと言えばこれが原点の一つかも知れません。EBやEDの自由形電機、いや当時は“電関”と言っていたものです。

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クリスマスや誕生日に、こんなセットを買ってもらった経験者も多いのではないかと思います。デパートのガラスケースで良く見たものです。

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しかしその少し前の時代は3線式Oゲージが、子どもたちの“友”でしたね。タップ式トランスで速度制御し、進行方向の切り替えは床下の転換スイッチ。国鉄の新性能電車は高額で買ってもらえませんでした。

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新幹線のセットもあったのですね。手前のHOゲージと比べると大きくて短い!

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そのカツミの歴史が、雑誌に掲載された広告で懐かしく思い出されます。

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OER3001氏が誕生した頃はこんな広告だったようです。フレッシュな構想で軌道を邁進するのだそうです。

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しかしOER3001氏が刺激を受けたのは、下段の1959(昭和34)年の広告、完全にHOゲージ中心になっている中で、KD26、FS307という私鉄電車の台車が発売されたという内容でした。当時Oゲージでの新型電車用台車はDT23しか無く、小田急好きな少年にとっては嬉しい内容。これを期に、1/80スケールに転向することとしたものでした。

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その頃、1号機関車や弁慶・義経にも憧れましたが“見るだけ”の存在。

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キットはしっかりした奇麗なパッケージに収められていました。ほぼドライバーで組み立てられるものが多かったような。

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OER3001氏に購買意欲は湧きませんでしたが、満鉄パシナは一目置く存在でした。

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本店に行くと天賞堂同様に、外国型Oゲージも多く展示されていたことを思い出します。

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今回の展示を見ると、所有の有無はともかくとして、趣味人生の歴史を振り返ることができたような。他にもたくさんのメーカーがあるにしても、天賞堂、カツミという2社は、今までの趣味人生を支えてくれた大きな存在だと思います。買収されたとは言っても、この先も続いてくれることを願っています。

 

 

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