鉄道

2022年9月22日 (木)

鉄道150年 記念切手

発売となった9月21日、一応買っておきました。折角なので2シート。

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シート左下の標記を見たらなんと、OER3001氏が勤めていた会社。他所の会社でなくて良かった。やはり嬉しいものです。

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取り上げられた車両で一番は当然これです! ただ、おそらく経堂工場に搬入直後の写真から起こした画と思われ、パンタグラフが上がっていないのが残念。こう言う所、しっかり監修して欲しいですね。

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二番目はこれですよ、151系特急電車。運転台が2階にと宣伝され、パーラーカーを含む豪華さは夢のような存在でした。

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そして三番目はモハ90、暗いチョコレート色ばかりだった国鉄電車の中、オレンジ色を纏って現れた101系は衝撃的でした。

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夢の超特急と言われて登場した0系新幹線は、当時はイマイチ好きになれない存在でしたが、1号機関車から新幹線に加えてED75とEF510の寝台特急までが描かれた切手シートが、またコレクションに加わりました。

2022年9月 9日 (金)

東京駅

小学生の頃、「国鉄の駅で、日本で一番高いところにある駅は?」という問いかけがありました。

鉄道が好きだったOER3001氏は、地元の小田急線全駅を暗記していたなど、クラスメイトより“もの知り”だと自信があったので「小海線・野辺山!」と答えたら・・・、なんと「東京」だと。

なんで?? 全ての列車は「下り」で発車するからということで、標高ではなかったのです。それは良いとして、東京駅という存在は何か特別なものを感じざるを得ません。丸の内駅舎は壮観で素晴らしい存在だと思いますが、その全景はなかなかカメラに収めきれません。

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背後に高層ビルが建ち、少しアップしなければ威厳が伝わって来ません。

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ここまでアップすれば何とか。とは言え、この中央部の屋根は北口、南口のドーム経常に比べると貧相です。

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折角なので、和田蔵門まで下がって御幸通りの街灯を入れてみましたが、今度は背後のビルや屋上サイン、クレーンが邪魔になります。

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雨が降り出しそうな天気だったので人出が少なかったですが、好天時だと撮影に苦労します。

 

 

2021年12月 4日 (土)

ゆりかもめ

60歳定年退職後の2.5年ほどは、毎日ゆりかもめでレインボーブリッジを越えて通勤していたものでした。そのゆりかもめも、2020東京オリンピック・パラリンピックもあり、駅名は変るは車両も置き換えられるは。

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久しぶりに乗る機会がありましたが、開業時に用意された7000系車両(上)はすっかり新型に置き換えられていました。

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その新型も、良く見れば新型(7300系)と最新型(7500系)があるようで、最新型バージョンでは前部標識灯が目立つようになっています。

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昼間でも青く光っていて目立ちます。

 

2021年12月 1日 (水)

郵便ポストでも

電車を模した飲料自販機について触れましたが、何と郵便ポストにも有るようです。

古くはこれ、品川駅ナカの設けられたポストがクモユニ擬きになったのはいつだったでしょうか。画像は2005(平成17)年12月にガラケーで撮ったものなので画素数も粗くお見苦しいですがご参考まで。

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新京成の自販機画像と共に、八千代運転所さまが斯様なものを送ってくださりました。ポストの側面が電車の正面になっています。

_70_20211130210703(八千代運転所さま提供)

品川駅のように線路と車輪は有りませんが、反対側も顔。形式、自重等の標記はありません。側面に描かれた窓には格子が描かれている拘りようです。

_70_20211130210701(八千代運転所さま提供)

この洒落た郵便ポストはここ、郵便局が同居するJR江美江見駅の駅前に設置されているとのことです。

_70_20211130210702(八千代運転所さま提供)

見ていて実に楽しいですが、この土地の方で無い人が、郵便物を投函しようとするとき、果たしてここにポストが有るよと知らせることが出来るでしょうか?

以前、銀座通りの郵便ポストが、こんな色に塗られていたことがありました。

1(2005年撮影)

景観を重んじてのことからだと思われますが、どうだったのでしょう? OER3001氏としてはユニバーサルデザインの視点から、郵便ポストはアカであるべきと思っています。

 

 

2021年11月30日 (火)

電車の飲料自販機

前々回、ここでロマンスカー意匠の飲料自販機を取り上げたところ、八千代運転所さまからご親切に新京成もあるよと画像を送られました。北習志野駅のホームに、8801-1が堂々と鎮座して居られます。こちらは並べた自販機2台で1両を模しています。

_70_20211129150201(八千代運転所さま提供)

横に回って見ると・・・、側扉は売店の入口だそうで。

_70(八千代運転所さま提供)

飲料自販機をラッピングして電車に見立てるって、楽しいものですね。八千代運転所さま、ありがとうございました。

しかし売店と一体化するとなると・・・、どうも元祖は藤沢駅のこちらでしょうか。

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画像は14年前の2007(平成19)年の時で、まだ出来たばかりで綺麗でしたが、今は少々お疲れになっているかと。

 

 

2021年11月29日 (月)

驚愕! 

時折利用する駅ですが、改めて見ると驚かざるを得ません。一体ここは何だろう?と思うほどの床面の表示。これだけベタベタという感じでは、表示なのか床面デザインなのか判らなくなる京急品川駅の下りプラットホーム。

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そして上を見れば、広告ばかり。肝心な列車案内などが埋もれてしまいます。

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正直に言って首都圏の民鉄駅で最悪の環境デザインだと思います。再考しませんかね、京急さん。そうか、大規模改良工事がかんりょうすれば、きっと心地よい駅になるのでしょうね。

 

 

2021年11月28日 (日)

ロマンスカー自販機

「ロマンスカー自販機」とは言っても、ロマンスカーを売る自販機では無く、ロマンスカー意匠の飲料自販機です。

左が3100形NSE、右が7000形LSE、海老名のロマンスカーミュージアム前のペデストリアンデッキで発見しました。

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LSEの横へ回って見ると、ご丁寧に背面にも妻板の意匠が。

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反対側へも回ってみたら、しっかりNSEと作り分けられているではありませんか。

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電車を形取った自販機って、他でも見かけた記憶はありますが、背面まで表現していたなどというのは、ここで初めて見た気がします。

 

 

2021年10月19日 (火)

桜木町駅のイベント

友人ノッチさんから斯様なイベントがあることを知り、わざわざ出掛けるべきか悩みながらも、客車内に入れるということで出掛けることにしました。

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ところが、なかなか手強い。簡単には行かせてくれません。この謎解きとかいうものにチャレンジしなければならず、あの東大出の柔らかい頭が必要です。謎1だって「テイキケン」と判明するのにかなり時間が要ったし、これ全部解くのにいったい何分必要なのか?

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でもなんとかクリアして、1872(明治5)年10月14日、新橋からここ横浜(現・桜木町)に走った列車に。

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1号機関車と呼ばれる機関車ですが、展示されているのは110。これは当時イギリスから輸入した10両の機関車の内の10号機で、後に110形とされたものです。

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その当時の客車というのがこれ。レプリカではありますが、念願叶って車内に立ち入ることが許されました。他の見学者が居なくなるのを気長に待って撮れました。

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天井照明はガス灯を模したLEDが、いかにも頼りなく、明るさ不安定な様子を再現していました。

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だ~れも居なくなったところでこの一枚。

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機関車にしっかり連結されて、桜木町に展示されています。

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この客車の側面には良く判らない表示。しかし英語標記をみて解りました。二等車ですから上から2番目のクラスだったようです。

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そうですよね、この背もたれの無いロングシート状の客席。

下等車だと前後方向に移動できない左右の側戸から乗降する向かい合わせ座席でしたからね。なんだかこんな模型もイイものだななどと・・・危ないアブナイ、明治の汽車に手を出したら大変大変。

 

 

2021年10月12日 (火)

1964年田端

前回の東京オリンピック“TOKYO 1964” の開会式は、忘れもしない10月10日。統計的に“天気の良い日”として決められたからでした。IOCが今のような商業主義ではなく、米国の都合に合わせる必要も無かったからこそで、前日までの雨が止み、青空にブルーインパルスが描いた5色の輪を見たものでした。

そんな1964(昭和39)年10月に、父が撮影していた写真の中から田端機関区を見付けました。EF80 34と読めるようです。

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もう一枚はEB10の1号機、パンタはPS13ですね。

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父は何をしていたのか、仕事では結構外回りをしていたようで、その途中で撮った東京のシーンが興味深いです。画像は何れもハーフサイズカメラによるもので、画像修正ソフトで加工しています。

 

 

2021年10月10日 (日)

C5631号機

立派な建物の中に保存されたC56 31号機を見てきました。

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日頃はあまり近寄りがたいとは思わない靖国神社の中にある遊就館。1階入口部分だけは無料で見学できると聞き、出向いてみました。

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ご存知のファンも多いことでしょうが、第二次世界大戦では90両のC56が南方に徴用されたそうで、この31号機は七尾機関区所属だったと。

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あの泰緬鉄道の開通式に参加した機関車と紹介されています。

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1977(昭和52)年までタイ国鉄で活躍した後、関係者の尽力によって1979(昭和54)年に「靖国神社に奉納された」と紹介されています。タイ国鉄時代の連結器と、なんだかよく判らない空気管が付いたままの姿です。

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動輪周りは良く研かれていて今にも動き出せそうです。

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「神社に奉納された機関車」ですから、なかなか理解しづらいこともありますが、鉄道ファンとして見学できることにはそれなりの価値があると思います。

説明パネルには美しそうな文章が記されていますが、全長415㎞の泰緬鉄道建設は1年3ヶ月という早さ。これに鉄道第5、第9聯隊を中心に、連合軍捕虜や現地住民など約17万人が従事したということを知ると、随分酷いこともしたのだろうと、心が痛みました。

保存機関車を見て、複雑な思いになり、次に向かった場所は「昭和館」でした。

 

 

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