鉄道

2021年3月18日 (木)

マンサードルーフの駅舎

先日、東急線ワンデーパスを使って出掛けた折、乗り換え以外ではほとんど乗降した記憶が無い駅で下車してみました。NHK大河ドラマで注目が集まる渋沢栄一らによって開発された高級住宅地、世田谷区だと思っていたら大田区だったのですね。

小田急沿線で育ったOER3001氏にとって、「調布」は1913(大正2)年の京王電気軌道開業以来京王の駅だと信じていましたが何と、その10年後の1923(大正12)年、目黒蒲田電鉄開通の時の駅名が「調布」だったとか。1926(大正15)年1月1日に「田園調布」に改称したということです。

1923年から1926年までの3年間、多摩川左岸に2カ所の「調布」が存在していたことを知りました。

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東横線、目蒲線の地下化に伴って1990(平成2)年に解体されたマンサードルーフの旧駅舎は、2000(平成12)年に見事に復元、街のシンボルとなっています。

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マンサードルーフと言えば小田急にも。向ヶ丘遊園駅は1927(昭和2)年開業以来の駅舎が現役です。

20180710_0005_25(2018年7月撮影)

とは言いますが、1997(平成9)年5月撮影の画像とは少々異なるようです。当時は2階窓下の立体感、窓左右に2本づつ縦に装飾があったのですが・・・。

19970510_0015_15(1997年5月撮影 )

折角大切に残すなら、もう少し心遣いが欲しかったのですがね。東急さんの復元は立派です。小田原急行鉄道の社紋を残していることだけは良しとしましょうか。

因みにこちらを向いている女性は、面識の無い単なる通行人でした。

 

 

2021年1月13日 (水)

今日の一枚 No.95

1966(昭和41)年6月のようです。 新宿駅3番線に停車するクハ76 057を最後とする37M列車、甲府行を撮っていました。 勿論カメラはハーフサイズのCanon demiなのでアップに耐える画像ではありません。

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ただこれだけの写真なのですが・・・、クハの正面背後に見える“Keio”の文字は京王線新宿駅上の京王百貨店で、画面右上には、その後小田急百貨店の一部となる地下鉄ビルが建設中(帝都高速度交通営団建設)で、その間にはまだ小田急百貨店の本館となるビルの姿は見えません。

現在小田急百貨店となっているビルを含む一体が2029年、48階・高さ260メートルの高層ビルに生まれ変わるというニュースが発表され、今の西口開発の歴史を見て育った立場として年輪を感じます。 ちょうど先週から書店に並んだ雑誌に、興味深い記事が掲載されました。

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著者は建築家の乾純氏。 多面的に活躍されて居られる方のようですが、まさかあの方と同姓同名の方がいらしたとは驚愕です。

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その雑誌がこれ、なかなか読み応えある内容です。

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鉄道好きには駅は魅力的な場所ですが、「駅」の捉え方だけでも多くの視点があります。 その駅について、コロナ禍で利用が自粛されている折、知識を広め、深めてみるのも一興かと思います。

 

 

2020年12月10日 (木)

再び_凄いポイント

2019年6月19日付け「凄いポイント」の続編ですが、今度は下りホームの先端から。 再び乗り換えの時間があったものですから、ゆっくり観察しました。

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複合分岐器と呼ぶらしい手前の左右2器は、その先でダブルクロスに繋がります。 なんだかんだでここで20分ほど見入ってしまいました。

模型で省スペースを余儀なくされる場合、随所に斯様な配線を採り入れることができればかなり効果があるのですが・・・。

2020年12月 3日 (木)

MSE

MSEと聞いて思い浮かべるのは青いロマンスカー。

「多彩な運行が可能な特急列車」という意味で "Multi Super Express" の頭文字を取ってMSEと名付けられましたが・・・。

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ほぼ改良工事を終えた代々木八幡駅を、上り方の踏切から撮っていました。

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ふと、その遮断機に目が止まりました。 見慣れた遮断機ですが付けられているプレートに目をやれば何と!!

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日本信号株式会社製造の「MSE形電気踏切しゃ断機」と言うのだそうです。

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折角なので、「MSE形電気踏切しゃ断機」が下りた踏切で、MSEを撮りました。

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「MSE形電機踏切しゃ断機」のMSE形とはどう言う意味なのか、日本信号株式会社のHPで製品情報を調べてみましたが、残念ながら判りませんでした。

 

 

2020年10月 1日 (木)

ロムニー鉄道

英国のドーバー海峡沿岸の海岸線を走るロムニー・ハイス・アンド・ディムチャーチ鉄道ではありませんが、同社とともに美しい湖水地方の森林を走るレイブングラス・アンド・エスクデール鉄道の2社の協力を得て、1990年に修善寺に開園した「虹の郷」園内を走る軌間15インチ、全長2.4㎞の鉄道です。

なんと言っても目玉は蒸気機関車(OER3001氏はSLとは言いたくありません)です。 この機関車はNorthern Rock II(ノーザン・ロックⅡ号 )と名付けられたもので、1989年レーブングラス・アンド・エスクデール鉄道製とありますが、同社で使用されていたものを譲渡されたものなのでしょうか。

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OER3001氏は、開園から間もない1993年8月に初めて訪問しました。

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きれいに磨かれた蒸機は、電車好きのOER3001氏でさえ気に入ってしまいました。

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蒸機は投炭、給水などの運転整備に時間がかかるようで、朝方はディーゼル機関車が登場することが通常のようでした。 当時「SL列車が走る虹の郷」と宣伝していたこともあり、開園時間早々に訪れたのに、走っているのはディーゼルのみ。 事務所にクレームを付けに行ったら、午後から走らせますとの回答でした。

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とは言えこちらのディーゼル機関車もなかなかのもの。John Southland II(ジョン サウスランド Ⅱ号)と名付けられ、1988年のT.M.A社とあります。

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赤い客車を牽いて走る姿は好感が持てます。

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昨年、運営していた「伊豆市振興公社」が、同園の経営難を理由に運営から撤退したことから、存続が危ぶまれましたが、新たな指定管理者の元で運営が継続されたようで一安心です。

機関車は蒸気機関車2両、ディーゼル機関車2両の4両が在籍、常時2両で運行している筈です。 既に子供も親となったので、今度はゆっくり訪問してみたくなりました。

 

2020年8月21日 (金)

今日の一枚 No.73

グリーンピア二本松が閉園になるとの情報を得てから、最後の活躍を綺麗な姿でとの願いから、有志と「あだたら号」の化粧直しを申し出てた思い出がありました。

開園前の機関庫での整備の際、機関車をピカピカに磨き上げ、前梁の剥げていた塗装を綺麗に赤く塗装してあげました。

残念ながらこの日はしとしと雨で、「あだたら号」の涙だったのかも知れません。

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梅雨未だ明けない季節、園内は黄色い花が鮮やかでした。 ご一緒した皆さま、その節は大変お世話になりました。 この日のこと、深く思い出に残っています。 

2020年8月 8日 (土)

今日の一枚 No.69

気軽な工作に取り組んでいる筈なのに・・・、参考にしたくなってしまいました。

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グリーンピア二本松で走っていたナローの「あだたら」客車。 このとき結構しっかり観察するとともに、ディテール撮影をしていました。 まさか今になってこの写真が役立つことになるとは・・・。

 

2020年8月 1日 (土)

今日の一枚 No.67

今日から8月。 2月以来の新型コロナウイルス感染拡大との戦いを始めて半年、趣味生活にも様々な支障が生じています。 こんなことや東日本大震災、それに伴う福島第一原発事故など、起こることを考えもしなかった18年前・・・。

福島県のグリーンピア二本松に、可愛らしくも本格的なナローの蒸機列車が走っていました。 「あだたら」と名付けられた列車が、園内の1.3㎞ほどのエンドレスを周回していました。

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B20をヤフオクで落札してから、こんな光景が欲しくなってきてしまいました。

 

2020年1月21日 (火)

出会いそして旅立ち

昭和を代表する洋画家・宮永岳彦(1919~1987)は、油絵のみならず、デザイナーとしても活躍しています。 なかでも画期的なロマンスカーとして登場したSE車3000形のカラーリングは、宮永画伯によるものということを、OER3001氏はその当時(小学2年生)から知っていました。

地下化されて「エキウエ」なる商業施設もできた下北沢駅のコンコースに、「出会いそして旅立ち」と題された壁画が飾られています。SE車がリアルです。

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左方にもSE車が! 側窓が間引きされているのが気になりますが、色彩は結構忠実です。

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全体像はこれ。 中央に「君の名は・・・」を連想するカップル、真知子と春樹でしょうか?

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SE車の正面は右側に。

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左側に側面と箱根ロープウェイのゴンドラが。

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小田急の宣伝ツール制作にも携わって居られたということからでしょうか、小田急グループの経営理念“かけがえのない時間(とき)とゆたかなくらし”にそって、氏が制作してきた観光ポスターをもとに再構成されたとのことです。

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これも立派な芸術です。 駅で車両以外に目を向けて来ました。

 

2020年1月18日 (土)

たまには駅で列車以外を

小さい頃から何度も利用した、始発駅らしい線路配置の上野駅。 広く大きな改札口(中央改札)の上に描かれた壁画がシンボルでした。 先日、あらためてその壁画を鑑賞したところ・・・。

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「自由」という壁画らしく、猪熊弦一郎作だそうな。 昭和26年12月の製作らしく、昭和59年、平成14年と2回に渡る修復作業を経ているとのこと。 ということは、OER3001氏がこの壁画を最初に見たときは、まだ設置間もなくのことだったということです。

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この改札口もとっくに自動改札となってしまい、ずらり並んだラッチ上方に、 東北、上越、常磐などの列車案内札が掲げられていた光景は遥か昔の物となってしまいました。

改札を入ると、女性像が目に入ります。

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これは一体・・・? と思って近づいてみると、朝倉文夫作の「三相」という作品でした。 昭和25年の作品だとか。 それにしてもこの作品名とともに像をカメラに収めると、実に微妙なアングルです。 

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ここに設置されたのは昭和34年、その経緯も掲げられていました。

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女性像の後方15番線の前には、「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを 聴きにゆく」という啄木の歌碑が。 昭和60年の東北新幹線の上野駅乗り入れを記念してこの場所に設置されたらしいのですが、その前の経緯を知ることはできませんでした。

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今はすっかり「始発駅」ではなく「通過駅」となってしまった感がある上野駅ですが、たまにはこうした芸術や文学に触れるのも良いですね。 

 

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