鉄道

2026年6月 8日 (月)

相撲の街

両国と言えば国技館ですが・・・。

両国駅は1904(明治37)年に総武鉄道が両国橋駅として開業し、1931(昭和6年)に両国駅に改称されているとのこと。「両国」とは武蔵国下総国を指すのです。

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リニューアルされ「-両国-江戸NOREN」の一部となった旧列車ホームの駅名標に示された次は「房総」。

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電車ホームは1932(昭和7)年の建築なのでしょうか、上屋支柱に目が行きます。

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ありました、1972年に黄色い101系から撮った両国駅の光景が。キハ28他の急行「水郷」は9両編成だったのでしょうか。

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こんな歴史ある両国なのですが、やっぱり今は相撲が中心のようです。

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でもOER3001氏は、会社の先輩が開催された写真展を楽しんだ後は「ぶれっと」に立ち寄ってみました。

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店内は一人の客が大きな声で店主(従業員?)と大声で雑談中。とても居心地悪く何も買わずに退散しました。

 

2026年5月11日 (月)

リニュアルされた青梅鉄道公園へ

天気に恵まれたこの日、体調を崩されたお客様対応とかでJR中央線ダイヤは乱れ、青梅駅で待ち合わせた友に会えたのは20分遅れだったか。約2年半の休業期間を経て3月21日にリニューアルオープンした、青梅鉄道公園見学が目的でした。

角の看板も奇麗になりました。

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2026年3月21日(土)リニューアルオープンと描かれたボードの主役はオレンジ色のクハ201。

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子どもの時から数回は訪れているところですが、あらためて入り口横に設置された石碑に目が行きました。

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石碑の裏には国鉄総裁が十河信二だった1962年(昭和37年)10月14日、国鉄鉄道開業90周年記念事業の一環として開設したものだったと言うことが記されていました。晴海埠頭での「鉄道博」と同じ年でした。

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今回のリニューアルで追加された展示車両は全部で3両。先ずは入口右横のED60 1号機。

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道路から見えるD51 452の横に、クハ201-1が。

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その並び、E10 2とC11 1の隣にはクモハ115-1030。

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代わって解体された車両はありませんでが、残念なことに記念館にあったパノラマ(最近はジオラマと呼んでいましたが)は解体。一言で言えば“廃車車両を並べただけ”で、鉄道の学びの施設ではありませんね。

2023年に行った際には記念館内に歴史的な車両の模型が展示されていました。その中に101系も、オレンジとイエローが連結されて。

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それが・・・、青梅駅改札前に置かれたガラスケースに、撤去されたパノラマ模型で走行していた1/80の103系、201系、E233系と共に収められていました。

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入場料500円はまあ良いとしても、何だかな~と言うのが正直な感想でした。

 

 

2026年5月 5日 (火)

「子どもの日」ということで

4月25日付けで取り上げた「交通の図鑑」に、実はこれが挟んでありました。これも捨てられないな~。

64年前の1962(昭和37)年6月15日の「毎日小学生新聞」(タブロイド判)です。

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この日から、我が国の鉄道開業90周年の記念事業として、東京・晴海埠頭で開催された「鉄道博」がトップ記事です。

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ページをめくると見開きで国鉄のめざましい進歩として、展示物のいくつかが紹介されています。当時はまだ国鉄は花形でした。

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その中に、80分の1の模型列車が走るレール延長780メートルの大パノラマの製作中写真が。製作中の3人が見えますが、その後に出会った方だったのでしょうか?

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晴海の国際展示場まで線路を敷設して、歴史的な車両、新型車両などの実車が並べられたのは凄い。

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翌日1962(昭和37)年6月15日の「毎日小学生新聞」では、会場の様子が紹介されています。

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どういう理由があったのか、色鉛筆でマーキングや彩色しているのが今となっては可愛らしい。

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最終ページに「鉄道博記念クイズ」がありました。この機関車の名前はなんでしょう? 

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応募すると抽選で賞品が当たります。 その賞品に時代を感じます。

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1等はふたりで、一人にカメラ(オリンパス・ペン)、もう一人は顕微鏡(オリンパス・ミック)とのこと。

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どちらも小学生には高嶺の花でした。

勿論、小学生だったOER3001氏も小雨舞う日に、知り合いの大学生のお兄さんに連れて行ってもらいました。ボルダ版フィルムの玩具カメラで撮ってもらった展望車デッキでの一枚。今じゃこんなブレ写真は撮れませんね。

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我が国の鉄道は既に開業から154年、OER3001氏は既にこの約半分を見て来たと言うことなのですね。まだまだしっかり先を見るぞ~!

 

2026年1月19日 (月)

もう一つの展示会へ

綱島での地方私鉄写真展の後は、国際的な繁華街とされる六本木へ。とは言ってもOER3001氏は遊興のためでなく、「JIDAデザインミュージアムセレクションvol.27」を見学するためでした。

JIDAとは、公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会の略称。鉄道界でも名を耳にするGKインダストリアルデザイン(N'EX、宇都宮ライトレール等)、福田哲夫氏(N700S他)、南井健治氏(近畿車輛)らも属し、OER3001氏も仕事で交流していた団体でした。

会場はJIDA本部事務局が置かれているAXISビル4階のギャラリー。

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今回の展示作中で鉄道関連は京福嵐山線のモボ1形“KYOTRAM”

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伊予鉄7000系

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台湾鉄路公司E500型電気機関車と特急用EMU3000型電車

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鉄道技術展でも展示されていたが、これらはやはり工業デザインとしても価値あるものと言うことでした。魅力的な車両の登場は嬉しいですよ。

因みに、車体にアルファベットやロゴマークを諄いほど描きまくり、車内は木、木、木の車両ばかり作られるあの方のお名前と会社は、JIDAの会員には見当たりません。それがチョッピリ嬉しいような・・・。

 

2025年11月30日 (日)

鉄道技術展

鉄道技術展、今年も行って来ました。

いきなり「鉄道技術」とは関係なさそうですが、Nゲージのモジュール展示に目が行きました。

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「小田急電鉄賞」だそうで、町田駅を模したモジュール。夏に行われた「鉄道模型コンテスト2025」の受賞作だったのですね。

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撮り方によってはリアルです。ちょうど通過する列車がJR西日本だったというのはご愛敬か。

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受賞作を繋げ、エンドレスにしての展示でした。

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OER3001氏の眼は、どうしても模型に向きます。「地方鉄道応援プロジェクトin鉄道技術展」の嵐電ブースに展示されていた“KYOTORAM”モボ01のモデルに見入ってしまいました。

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大井川鉄道のブースではなんと、鳥塚亮社自らがグッズ販売されていましたよ。(OER3001氏は何も買いませんでしたが・・・)

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外国企業が並ぶコーナー、保線機械に見るブランドを見つけました。

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その中にHOゲージ。バラスト突き固めをしながら、ゆっくり進行しています。なんと、メルクリンの製品にあったのですね。日本円換算で10万円ほどだそうですよ。

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小田急ブースもありました。なるほど、安全運行を担う現業員のEラーニングをプレゼンテーションしていたのです。

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今回もいろいろ見られて価値あるものでしたが、車両メーカー出展は近畿車輛と総合車両製作所のみで、日本車輛や川崎車両は見られず。また、GKデザイングループなどの姿も無く、その意味では少々寂しかったかな。

 

2025年4月 2日 (水)

卯月の記録

入学、進級、入社、異動など、新生活スタートの思い出がある卯月、4月になりましたが、退職してご隠居の身になってからはさして新しい生活も無いので、ちょっと振り返ってみることにしました。

先ずは10年ひと昔という10年前の2015年。4月になって最初に撮影していた鉄道ものがモノレール。多摩動物公園の京王れーるランドに行っていたようです。

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ふた昔前の2005年は昼休みを利用して、勤務先からほど近いこの場所に出掛けていたようです。201系が元気だった時代で、お堀のサクラにも勢いがありました。

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さらに10年遡った三つ昔前は・・・、裏高尾に出掛けていたようで、115系が元気でした。

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さらに10年遡ってみようと画像を探したのですが、まだフィルム時代だっただけに頻繁な撮影はできておらず、1985年の4月は見つけられませんでした(涙)。

 

2025年3月 9日 (日)

J.Wally Higginsさんの写真展

今日しかない! と急遽出掛けてきました。

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山の手線田端駅を降り、左向こうのビルがその会場です。

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オフィスビルなので土曜日は閑散としています。エレベーターで目指すは17階。

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エレベーターの扉が開くとこの案内。

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一応受付で記帳すると、その向こうが会場。嬉しいことに撮影OKですって。

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カナリヤ色の山手(やまて)線と言われた101系や

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御徒町駅横にあった引き上げ線に休む“ハチマキ”が入った401系の姿も懐かしい。

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今月で無くなる「新京成電鉄」の古い記録も興味深いですが、

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OER3001氏の眼はやはりこちらに。

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何度も足を運んだ東北沢駅が懐かしい! 下り急行のHEを退避するABFM、上り線には1800形だぁ。

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この写真展はサンエー印刷とフォト・パブリッシングによるものだけに解説も結構いい加減でした。多摩センターでのABFの画像など1970.5.11撮影とあるが、小田急多摩線の多摩センター開業は1975.4.23。

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他にも荒っぽい解説があったものと思われますが、この時代の井の頭線3000系には興味津々。だって今、まさに模型製作進行中なのですから。あれっ、ワイパーがFRP部分と同色だ!

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先日、新宿歴史博物館で見た5000形の現役時代も。

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上野の懸垂電車(モノレール)と交差する都電動坂線だと。OER3001氏の本籍地近くを走っていたのですね。

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会場から見下ろす風景がまた良かったです。残念ながら「こまち」や「つばさ」と併結しない単独「はやぶさ」が。

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今にも雪が舞って来そうな寒空だったことで、屋外も逆光を気にせず楽しめた次第です。

 

2025年2月21日 (金)

驚愕の“新宿”

ここのところ変わり行く新宿西口に触れてきたところで・・・、凄いものを見て来ました。解体前の小田急百貨店ビル(正確には小田急ビルと地下鉄ビル)、西口広場などが具に再現されたジオラマ。

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西口だけではなく、新宿駅周辺が正確に作られているではありませんか!

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東側から見ると、西口高層ビル群が正確に再現されています。

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右手前には「伊勢丹」、駅の手前は「マイシティ」、JRのプラットホームを越えたところに「小田急百貨店」と「ミロード」、「京王百貨店」。

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南側に移動してみれば、代々木駅のプラットホームとあのエンパイヤステートビル擬きのNTTドコモビル、新宿御苑。

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OER3001氏としては、この画角が気がかりでした。右の白い小田急ホテルセンチュリーサザン、左の青い山野学院ビルの間。

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ズームしてみると、しっかりあの元小田急電鉄本社のビルまで正確に。

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そして線路が伸びる南新宿駅のプラットホームまで正確でした。

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このジオラマは1/1000で作られたそうで、一連の再開発工事が始まる前の2020年の様子だということ。「安田生命ビル」も「スバルビル」も、ここでは見ることができます。

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それはここ、新宿歴史博物館

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4月13日まで、「写真と絵画でみる昭和30年代の東京風景」という魅力的な企画展示が開催中です。

 

2025年1月29日 (水)

しばうら鉄道工学ギャラリー

東京ビッグサイトでの展示会視察後、夕刻からの予定まで時間があったので、ゆりかもめ新豊洲駅を下車。豊洲方面に向かって軌道の右側を歩くと直ぐ、芝浦工業大学附属中学高等学校の校舎が目に入ります。自動連結器や車輪が並べられた壁面の中が、しばうら鉄道工学ギャラリー」です

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2017年4月、芝浦工業大学附属中学高等学校の開校に伴い、大学図書館の保存資料等を中心に「テクノロジーギャラリー」構想・計画の基にオープンした施設です。附属中高の前身が、旧鉄道省が設置した東京鉄道中学であり、鉄道とは非常に縁が深いのです。

学校の門を入り、受付で記帳して入校許可証をもらって入場する仕組みです。開館日はWebで確認するのが良いでしょう。

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展示室の外には200系新幹線の「鼻」が置かれ、その左にはこんな歯車が展示されていました。

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1954年に直角カルダンで登場した小田急2200形のスパイラルベベルギア(曲がり歯傘歯車)で、米国Gleason社のNo.26 Hypoid Generatorで切削され、Tocco社の高周波焼き入れ装置で熱処理されたという、当時の最高技術によって誕生したとのこと。

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廊下に向かったウインドウに、菊池文雄氏の模型作品が並べられていました。OER3001氏が小学生の頃、「模型とラジオ」誌に“〇〇形の作り方”を書かれていらした方は、東芝にお勤めだったのですね。

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0系新幹線と921形総合試験車。

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ED45かな? 交流電機が牽く“タバコのパッケージ”で作った貨車や当時の人気車両が見られました。

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OER3001氏にとっては何よりもSE車。パーツ類が少なかった時代に苦労して製作しておられます。

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名鉄パノラマカーも。背後の近鉄ビスタカーも、少年にはハードルが高すぎる存在でした。

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展示室内に入ると結構な広さ。中央に実物運転台が置かれ、Nゲージが運転できるようです。

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シーナリーなどは稚拙ですが、実はここの生徒たちによる鉄道研究部では、毎年のようにその種の競技で優れた賞を受賞しているのです。

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残念ながらくつろぐことはできませんが、窓辺にはリクライニングシートやボックス形シートも並んでいます。

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展示品を具に見れば、歴史上貴重な資料であることがわかります。

わざわざここだけを訪問するには少々物足りない気もしますが、序でに立ち寄ってみる価値は相当大きい施設でした。

 

2024年6月27日 (木)

神戸・川崎車輛

OER3001氏が鉄道に興味を持ち始めた小学生時代、3年生だか4年生の時だったか、車内妻板上部に製造所のプレートが取り付けられていることを知りました。当時の小田急線では吊り掛けのABF車までは真鍮エッチング製、カルダン車からはアクリル製に変わりましたが、2200形の1次車は真鍮だったかな?記憶がはっきりしません。ABF車でも車体更新されて車内が化粧板になったのはアクリル製でした。

そして覚えたのが「日本車輛」「川崎車輛」「東急車輛」。何れも学校で習った「車両」ではなく「車輛」だったことを鮮明に記憶しています。

神戸に行ったのなら、「川崎車輛」をこの眼で確認しないわけには行きません。和田岬線に乗ったのも、それが理由でした。和田岬駅から歩き始め、神戸市電を見たら直ぐ運河。「兵庫運河」だったのです。運河の右手に、青いシートが掛けられた完成車両が何両か見えました。

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兵庫運河を渡ると左側が川崎車輛の工場地。その先の“隙間”を、和田岬線の207系が通過して行きました。

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この先を左折すれば、工場の中央を横切れる公道なのですが、そこから工場方向へは「撮影禁止」と大きく表示されています。

紳士的なOER3001氏は、首から下げたコンデジで隠し撮りなどと言うことは致しませんでしたが、EF510、JR北のH100、JR西227系のような姿を確認しつつ通り抜ければ、もう一つの橋向こうに、社屋の前に0系新幹線と憧れのこだま型電車が並べられているのが見えます。

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残念ながら土曜社休日と言うことでもあり、敷地内には立ち入ることはできないので、公道からその姿を眺めるしかありません。

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それでも社屋のロビー内、ガラス越しに台車や模型が展示されているのが見えます。台車は1949(昭和24)年に製造され山陽電気鉄道831に装着されたOK-3形だと言うことです。

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結局この日は、和田岬駅から兵庫駅を通り過ぎ、神戸高速線大開駅まで歩くと言う、良い運動になりました。

 

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