鉄道模型(小田急)

2021年10月18日 (月)

個人宅での運転会-4

運転を楽しむとなれば、やっぱりOER3001氏としては小田急も参加させなくてはなりません。

とは言え今回は“昭和”の香りに特化したので、小田急の模型もそれに合わせて選択しました。友人のYH氏がペーパー自作した2320形、寄贈されたのは1970年代半ばだったと思います。模型は当時の仕様そのものでしたが、当社に来てから正面の手摺や前照灯・標識灯のレンズ、サボ類を追加整備したものです。

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そう言えば一部の車両には形式の異なる台車も使われていたのを、カツミ製FS307に交換していました。

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4両編成中の動力車は1両、DV-18モーターと14:2インサイドギアという仕様ながら、軽快に走り回ってくれました。

 

 

2021年8月17日 (火)

床板できました!

面倒臭い地道な作業ばかりで何の見栄えのしない床板製作は疲れます。作業と言えば“基本の基”とも言える「穴開け」「切断」「ヤスリがけ」「ねじ切り」だけしか無いのに、です。

それでも2枚、やっとできました。

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元はと言えば、市販の床板では幅が広く収まらない。そして長さが長すぎる。車体が真鍮なら、車体幅から真鍮板の厚みプラスアルファを引いた寸法で収まりますが、ペーパー車体では強度を出すために外板厚が1ミリ近くになることが原因です。

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EN-22を修める穴も、地道に糸鋸で切ることをせず、穴開けとヤスリがけで仕上げたもの。まあまあでしょ。勿論、ビス穴にはタップを切っておきました。

 

2021年8月10日 (火)

床板加工中

ペーパー車体でも動力車は真鍮製床板とします。MPギアを使用することもありますが、ウエイト効果も狙えます。ただ、微妙なサイズ違いで市販の床板が使えません。仕方がないので・・・

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1ミリ厚の幅31ミリ、長さ240ミリの真鍮板に所定位置を罫書き、穴開け作業の修行です。

 

2021年7月30日 (金)

マイペースで進めます

新型コロナウイルス感染者数、東京都の新規感染者数が3,000人越と聞いても驚かなくなりました。

酒類の販売自粛や営業時間短縮、外出自粛などを国民に強要し、ワクチン接種は遅い。そんな中でのお祭りイベントでは、緊急事態だと言ったところで効果など???です。 OER3001氏はとにかく自己防衛に徹します。だってこの国の総理大臣は「自助だ」と仰るのですから。

と言うことでシコシコ進めているのですが、未だにこんな状況。

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10両も同じような車体を作っていると、とにかく集中力が続きません。

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幸か不幸か、軒並みイベントも無くなり、納期も無いので、休み休みマイペースで取り組んで行くだけです。

 

 

2021年7月 2日 (金)

久しぶりに

数人で運転を楽しんで来ました。会場はここですが、例の看板が無くなって閉店したか?という噂も流れていましたが・・・。

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しっかり営業しています。

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社長もこの通りお元気です。社長にお断りして店内撮影させて頂きました。

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その2階の運転場をお借りしての開催です。OER3001氏は昨年完成させた3000形SE車をメインとしました。

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自慢のミュージックホーンを高らかに、走り始めました。

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ジョイント部の通過音は、タタン、タタン、タタン、タタン、タタン、 タタン、タタン、 タタン、タタン。連接9台車ですから。

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次第に加速して行きます。

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奥の線路まで周回し、トラスブリッジを潜ります。

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トラスブリッジを潜ると難所の上り勾配にかかりますが、コアレスモーター2台で4台車駆動ですから問題ありません。

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そしてトラスブリッジを通過します。

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ここも軽快にタタン、タタン、タタン、タタン、タタン、 タタン、タタン、 タタン、タタン。

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目前を軽快に通過して行きます。

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その模様をカメラに収められるこてはし鉄道社長。

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ご熱心にカメラを向けられていました。

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この光景と、ミュージックホーンの音色に酔いながら・・・、20210701_0026_moment40

実は同時に、たかべーさんと共に、“アサヒ ザ・リッチ”でも酔っていたOER3001氏でした。 

(画像はアサヒビールホームページより)

新型コロナ感染再拡大が心配な時ですが、2回目のワクチン接種を終えて5日経過。個人的には相当安心して趣味活動再開ができそうです。

 

2021年6月 8日 (火)

大失敗からなんとか・・・

ここのところ模型製作関連を取り上げなかったのには訳があって・・・。

窓抜きを終え、屋根のビードを貼り終え、側扉を貼って箱に組もうと思っていたところでとんでもない失敗に気付き、長らくその落胆から立ち直れないで居たのです。

それは側扉の1カ所、所定寸法より1.5㎜広く抜いてしまっていたことでした。しかも纏めて3両分を罫書いていたので合計6カ所の側扉を。

新たに3両分作る気にもならず、斯様な方法で修復することとしました。1.5㎜の幅詰めです。裏から見るとそれが良く判ります。

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表面には側扉枠が重なります。屋根ビードが終わっているのに、幅詰めした部分は後でパテで平滑にしなければなりません。

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同様の1両は箱にして、とりあえずラッカープライマーを塗っておきました。

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漸く気力が戻って来たようです。気を取り直してサフェーサー吹いて研きましょうか。

 

2021年5月27日 (木)

サイドビュー第2弾

ロマンスカーではないステンレスの通勤車3000形、その1次車第4編成。OER3001氏が模型化した編成の山側を収められました。

Tc1(6号車):3254

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M1(5号車):3204

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M2(4号車):3304

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M3(3号車):3404

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M4(2号車):3504

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Tc2(1号車):3554

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因みにペーパー自作の模型はこれ。2018年の関東合運で快走してくれました。

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2021年5月11日 (火)

エンドウ製NSE入線

「完売御礼」との広告が掲載されるほどの人気製品、それなりに大枚はたいて購入したのだが・・・。

届いた訂正版の車号インレタを入れ、号車番号を入れて「入籍」。エンドレスを敷設して走らせてみました。

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問題点その1:先ず編成組成が大変なのなんのって、連接部分の連結・開放が思うように出来ません。無理して押し込むと直ぐに壊れそうです。

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小一時間かかって漸く11両組成。走行性には問題なく、スローも効くし音も静かで不満はありません。

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しかし走らせてみると気に入らない箇所が見えてくるものです。

問題点その2:ヘッドマークが明る過ぎて、折角の愛称が読めません。照度を下げる方法を考えます。

問題点その3:室内はシートカバーを掛けたいのですが、説明書に解説が無く思うように分解できません。無理に分解すると壊れそうです。

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問題点その4:ワイパーが貧弱です。交換する予定です。 

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問題点その5:カーブに於いて連接台車の心皿位置が、車体中央線上から内側に移動します。本来連接台車は前後車体から伸びた梁を心皿で受けるので、ここを支点にして曲がります。しかし伸縮カプラーに台車を吊したような構造なので、曲線区間への入出時に車体偏位が生じます。

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従って、折角のシリコンゴム幌が捻れることになります。

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曲線内側はなんとか見られるのに残念です。よく見ると台車がこちら側に張り出しています。

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問題点その6:パンタグラフはお粗末。碍子と一体の台枠のため、碍子はパンタと同色のシルバー。さらに、シューを上げようと引っ張ると、台枠から出た止め金具が外れるてしまいました。これではパンタの上げ下げは恐ろしくて出来ません。パンタは交換する予定です。

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問題点その7:各車とも床下に冷房ダクトの立ち上がり部がありません。加えてトイレ付の4号車、8号車に問題大ありです。

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①トイレの換気窓が磨りガラス状になっていますが残念! 

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ここは塗りつぶしの板なのでした(実車画像左矢印)。

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②次に、床下にトイレ用の水タンクがありません(実車画像中央矢印)。

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③さらにコンプレッサーもありません(実車画像右矢印)。

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問題点その8:喫茶カウンターの3、9号車にも実車と異なるところがありました。喫茶カウンターの窓が磨りガラス状となっていますがブー! 

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実車は透明ガラスなのですよ。

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税込み162,250円の製品ながら問題点がたくさん、ちょっと満足できない買い物となってしまいました。プラだから云々という言い訳は通じないはずです。残念ながらKATOやTOMIXの製品と比較すると、完成度は低いと言わざるを得ませんでした。

弊社のNSEは2編成となりましたが、自分の頭で考え、自分の手で作り上げたペーパー自作車両の価値を再認識できた次第です。

 

2021年4月12日 (月)

3000形SE車

オレンジバーミリオンとグレーの間にホワイトラインを纏って登場した、ロマンスカー3000形SE車のデビューは衝撃的でした。OER3001氏が小学生となったの1957(昭和32)年のことでした。

その憧れのSE車模型を漸く完成させたのは、昨年夏のことでした。

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コロナ禍は第4波に差し掛かった今、“ロマンスカーミュージアム”開業まで7日となりましたが、5月のグランシップトレインフェスタが予定通り開催されることを祈るばかりです。

これまで撮っていたSE車現役時代に撮影した画像を出して見ました。初めて撮ったのは5年生だった1961(昭和36)年、ボルダ版フィルムのカメラを手に、千歳船橋駅を通過する「明星」を。この写真だけが原型の姿だったようです。

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中学生になっていた1964(昭和39)年には35㎜ハーフサイズカメラのCanonDemiを買って貰い、たびたび代々木上原-東北沢間にあったホッパー引き込み線に向かい、その築堤から井の頭通りの踏切を向いて撮っていたことがありました。「はこね」が通過して行きます。この時代になると床置きのクーラーを積んだため、両側面に1カ所通風のためのルーバーが設けられています。

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築堤から降りた線路横からも「はこね」を撮っていましたが、当時はこんな場所に入れたし、入っていても叱られない、タイフォンも鳴らされない良い時代でした。SE車の左に、乗ってきた自転車が写っていました。この自転車で、良く出掛けていたものでした。

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この年の暮れには、家族で箱根に出掛けていたようで、お決まりの箱根湯本駅に停車する姿を撮っていました。国道を行き交うクルマも少なかったようです。

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高校生になって、1966(昭和41)年には経堂駅を通過する「はこね」を撮っていましたが、この頃は理由はわかりませんがベロを出したように、非常用連結器を出したままでの運用が定着していました。

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同じ1966(昭和41)年、高価だったカラーフィルムを奮発して東北沢駅で「さがみ」を撮っています。スカートのタイフォン穴が楕円形ではない正円なので第4編成(3031~3038)でした。

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1967(昭和42)年には一眼レフを入手していて、35㎜フルサイズで撮れるようになっていました。この年にSSE改造が始まり、改造前の記念乗車を企んで「えのしま」に乗ったときの撮影です。

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原型に復元されたSE車ですが、細かいことを言えば「原型」にできる限り近づけたもので、外観では屋根、モニターはSSE改造で屋根上クーラーにした時の幅が狭いままです。

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塗色も、製造時に指定されていたマンセル値「N5」のグレーではなく、SSE時代の黄色みを帯びた色となっています。ともあれ、“ロマンスカーミュージアム”に収蔵されたSE車をいつでも見られるというのはありがたい。開業したら是非行ってみることにしましょう。

 

 

2021年1月23日 (土)

夢見ていたもう1両

小学4年生で初めて全自作のOゲージ小田急電車を完成させた時、同様の企図でもう1両夢見ていた証拠も取ってありました。

モーターは高いし、その電装技術も無いので、計画した車両は「クハ」に限り、湘南電車につなげて夢を膨らますのです。 その2作目はクハ1650形でした。

床板となる5㎜厚の板は難なく入手できた筈で、2枚購入。 1枚を屋根板とすべく両肩を削って弓形に近い断面にするのですが、小学生用工具のカンナでは苦労したようでガタガタです。

床板には復元バネが入った連結器胴受けと自動連結器、ボルスターとエアタンクが付けられ、黒く塗装されていました。

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屋根板ではかなり夢を膨らましていた様子が見られます。 パーツのブリキプレス製ベンチレーターを押し込み、ボイール紙のランボードが付いていますが、その間には学校の砂場から持ち帰った砂が撒かれています。 ヘッドライトは電線が切れた廃品をダミーとして接着していました。

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そしてその裏側、すなわち天井には例によって竹ひごとボール紙片から作られた蛍光灯、スピーカーを模したボタンが付けられ、実車に乗車したときの雰囲気を再現しようと夢見ていたのです。

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これらも単なるガラクタの一つなのは事実ですが、やっぱり捨てられずに半世紀、残してしまいました。 作者が著名人だったら、こんなものも博物館の一角に収まるのかも知れませんが、ただ手元に置いて、昔を偲ぶことしか出来そうにありません。

 

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