鉄道模型(民鉄)

2021年8月 2日 (月)

2320タイプ-5

他の製作の作業工程の都合から、ちょっとこっちを弄ることにしました。

悩んだあげく、正面から除いて後ろまでスケスケというのが気になって、乗務員室仕切りを設けることにしました。面倒なことに非貫通側は全室運転台、貫通側は半室運転台のようです。RM LIBRARY 143 銚子電気鉄道(下)に掲載されていた小さな竣工図頼りにペーパーでちょこちょこっと。そしてそこまでやったら室内も塗っちゃえと言うことに。

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塗料はタミヤカラーXF-59デザートイエロー、天井はXF-2フラットホワイトでちょこちょこっと手塗り。貫通側の側面は想像です。

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全室運転台側はこんな感じで。ここまで終えたところで、仕切りの運転台背後って、ガラス窓だったのだろうか? 小田急の旧型車は板で客席からの眺望は不可能だったのですが・・・。ご存じの方いらっしゃったらご教示ください。窓塞ぎは容易ですので修正したく思います。

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いや~それにしてもタミヤカラーは乾燥が遅い。それを良いことにまたしても暫く放置と決めました。

 

 

2021年7月15日 (木)

2320タイプ-4

ホントに暫く放置していたのですが、不安定な梅雨空では撮影に出られないので、ほんのちょっとだけ進めてしまいました。

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屋根上にベンチレーター、ランボードとパンタを仮置き、様子を見ました。パンタ台は角材から作っています。

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手持ち在庫のパーツを生かそうとしていますが、パンタだけは安価なTOMIXパーツを新規調達しました。

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様子を見たので一安心。これでまた暫く放置です。

 

 

2021年7月 7日 (水)

2320タイプ-3

すみません、なんだかんだと言いつつも、先の常態になって気づいた隅柱のRを付けました。そうしたらウインドウシル、ヘッダーと雨樋貼ってやりたくなって、序でに扉下の靴摺もと、結局ここまで進めてしまいました。

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中途半端で放置するのも気がかりだったもので、つい。

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これでホントに、暫く放置することにします。

 

 

2021年7月 6日 (火)

2320タイプ-2

この先は暫く放り出しの公算大。浮気はここまでで本業に戻りましょう。などと言っておきながら・・・。

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白いままにしておくのも気になるので、プライマー塗ってオデコ成形してから、サフェーサー吹いて研いて。

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サフェーサー吹いて研いてを3回ほどやってしまいました。

この常態になって気がつくことが。隅柱のRが殆ど無いじゃありませんか。だから人様が設計されたキットは嫌いです。これをそのまま進めるか、それとも削ってRを付けるか、などと考えていたら面倒くさい。えい、ホントに暫く放置することにします。

 

 

2021年7月 5日 (月)

2320タイプ

OER3001氏にとって2320と聞けばこれなんですが・・・。

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(2009年5月17日 グランシップトレインフェスタ2009にて)

 

小田急では無く上田丸子電鉄にも居たのですね、2320が。

どうもいけません、また浮気の癖が出てしまいました。16番ペーパーキット、上田丸子電鉄モハ2320タイプでした。

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聞いたことの無いメーカー品、先日“いさみや”に伺った際に見付け、特に買いたいものは無かったのですが、お元気な社長に忖度してしまいました。

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パッケージを開けると炭のような臭い。なるほど、レーザーカッターで抜いた臭いなのですね。

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おでこは好きでは無い積層式です。角材も床板もレーザーでカットされています。

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ということで、ちょっと手を出してみたらこの通り。

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当社の仕様と異なりますが、一応ここまではメーカー設計に従って組んでみました。

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この先は暫く放り出しの公算大。この種のペーパーキットって、OER3001氏には扱いづらいのです。やっぱりペーパー自作がイイ! 浮気はここまでで本業に戻りましょう。

 

 

2021年3月23日 (火)

伊予鉄モハ134の元車両

昨日の「今日の一枚 No.105」で取り上げた伊予鉄モハ105の隣に写っていたモハ134、ぬか屋さまから頂いたコメントに、懐かしい想い出がありました。

早速。京王帝都時代の画像を探してみましたが・・・、残念ながら実車の画像は見つかりません。と言うか、撮っていなかったようなのでこれでご勘弁ください。

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京王帝都電鉄時代、しかも1,067㎜軌間の井の頭線時代です。井の頭線から1,372㎜軌間の京王線に転じた後に1,067㎜軌間の伊予鉄道へと渡った車両。1/80縮尺の16番ゲージ模型では、京王線も同じ16.5㎜ゲージですがね。

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ペーパー自作で完成させて間もなくの2011(平成23)年5月、こてはし鉄道さまに乗り入れました。早速見付けた沿線の子どものに注目されてしまいました。

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中央駅に待つ大勢の乗客も、見慣れない車両に驚いていたようです。

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このアングル、OER3001には下北沢の小田急線ホームから見上げた光景とダブってしまいます。

 

 

 

2021年2月23日 (火)

復旧

地震で被害を受けた東北新幹線は、漸く復旧となるようですが、架線柱損傷で運休していた弊社箱根登山線も復旧となりました。

損傷した手前の複線用を急遽調達、新しいものに交換しました。

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同時に、奥の架線柱も含めて、碍子に白を入れたので、以前より実感的になったと思っています。

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ベルニナも早速走り出しました。

 

2021年2月21日 (日)

モハ2形 109号の引退の前に

箱根登山鉄道のモハ2形、109号が3月21日にラストランという告知がされています。 間際になれば相当な「密」になることが予想されるので、まだ大人しいうちに出掛けてみることにしました。

ちょうど良くEXE-αが来たので乗ったら、トントン拍子にここまで。 

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今回はこの辺りでゆっくり撮ることにしました。 モハ2形(109)はモハ1形(104、106)との3両編成、しかも3両とも違う塗装です。

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望遠で撮った後にコンデジでも1枚。

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急いで路地を抜けて先回り、上って行く後ろ姿も撮れました。

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再び山を下りてくる所も。

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大平台でスイッチバックして、箱根湯本に下りていきました。

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こちらは大平台から上ってくる所。ここの踏切は「大平台出口踏切」と言います。因みにこの右下の踏切が「大平台入口踏切」、登山線の踏切名称は面白いです。

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と言うことで、実車は来月引退することになっていますが、“当社”の109号は不滅です。小さなレイアウトでは実車に似た風景は再現できませんが、一応雰囲気だけは・・・。

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カメラ位置を可能な限り低くして。

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5コマ目の画像同様に、縦アングルでも撮ってみましたが。

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模型の世界では想い出はず~と残せますから最高です。

 

 

2020年10月18日 (日)

DC運転

友人の別邸の広いホールに敷設した線路で、DC“を”走らせてきました。 DCとはキハのことですが、運転は当然DCで。 ややこしいですね、直流電源での運転です。

先ずはキハ22の単行。 色調が気に入らないのですが、天賞堂製品を買ってしまいました。 毎週のように頻繁に札幌出張していたときに、千歳線を2両編成で走るのに惚れてしまいました。

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次はキハ25、200番台。 古~い鉄道模型社のキットを塗り替えたもの。 1972年に知人から譲受しました。

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そしてキハ35、500番台です。 高校生の時、カワイモデルが製品化しました。 1968年に塗装済み車体を購入し、スノープロウなど自作しています。

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ここまでが国鉄車両で、次はJR車両のキハ101。 フルーツラインと名付けられた左沢線専用車両は、地元クラブの運転会に招かれたことを切っ掛けに、地元に敬意を表して2016年にペーパー自作しました。 

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続いては民鉄車両の部で、鹿島鉄道キハ431、“とな会”の「乗って作った! 青春18きっぷの旅」に参加して、2006年にペーパー自作。20201015_0011_15

さらに2007年ペーパー自作の小湊鐵道キハ200。 初期車と後期増備のユニット窓車の2連です。 これも“とな会”「乗って作った! 青春18きっぷの旅」の参加が切っ掛けですが、それより以前に、小湊鐵道の運転体験に参加し、他車とベンチレーターが異なるキハ204を運転したことも、製作の理由でした。

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友人が期待していたであろう小田急の電車は一切持たず、非電化区間を好む友に敬意を表し、我が家のDC総出場となりました。

えっ、小田急のキハはどうしたって?

はい、目下製造中なのです。

 

 

 

 

2020年10月 6日 (火)

京阪特急

こんな写真がありました。 ペーパー自作の京阪特急3000系。 

1975年7月、初めて手に入れた自分の城で、友人を招いて模型談義した際の撮影です。

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5階ベランダのアルミ製手摺の上部に置いて。 手摺上部は山形をしていたので内側傾斜、ちょうどインカーブで撮った感じです。 まだPT48パンタグラフは製品化されていなかった時代、PS16の台枠とシューを生かして自作しています。

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どうしても逆光になってしまうのですが、緑豊かな地だったので、背景が生かせないかと苦心したのですが・・・。

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この3000系、本来は3+3の6連にしたかったのですが、力尽きて未だ3両のみ。 6連になる日は来るのでしょうか?

 

 

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