鉄道模型(運転会)

2024年5月24日 (金)

グランシップトレインフェスタ2024(2)

OER3001氏が小学校に入学して、最初に手にした鉄道模型は交流3線式のOゲージ。そしてOゲージでペーパー自作したのが小学校4年生の時でしたが、5年生になってHOゲージのペーパー自作に挑戦したのでした。

線路(28吋エンドレスと直線4本)とパワーパック、それに動力車1両(モハ152)を買ってもらったのが神田は交通博物館近くの老舗模型店カワイモデルでした。優しいお姉さん(阿南ふみこさん)が親切に対応してくれたことが忘れられません。

そのカワイモデル今年3月に廃業してしまったので、懐かしい車両を走らせることとしました。先ずは真鍮未塗装車体を購入し、ペーパー自作のサハ78400を追加した73系4連は御殿場線電化当時の編成。

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OER3001氏の小学生時代は、“湘南電車”が人気。大学の後輩から得た傷んだ中間車を再生、真鍮未塗装車体のクハ86を加えて5連に仕立てています。

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ちょうどこの80系塗装を模したお仲間の185系と共演です。

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新性能電車が続々と登場した時代、“こだま型電車”151系は高根の花でした。それがつい最近になって、いわゆる終活をされていた方から譲って頂いた12両フル編成。窓縁の塗装が独特な美しい塗装がポイントです。

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これらL-3モーターに17:2ウォームギアとインサイドギア駆動で、調子良く周回してくれました。

ありがとうカワイモデルです。

 

2024年4月24日 (水)

シニアの運転会へ

YS氏宅で開催された運転会に、久々に参加させて頂きました。

今回は交流3線式のHOゲージ“Märklin”のレイアウトが開通したと伺っていたので、OER3001氏が所有する唯一の交流3線式HOゲージである西ドイツ国鉄420形電車2編成を持ち込みました。

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模型はMärklin規格のRöwa製品で、趣味人として尊敬していたAB氏の遺品で、ずっと収納されていたものです。ミュンヘンSバーンのブルー編成とフランクフルトSバーン(デュッセルドルフだったかな?)のワインレッド編成を持って行ったのですが・・・、

どちらも原因不明で不動。

手元にはMärklinの線路、コントローラーも無く知識も無いので修復できず残念です。

 

予想していたとは言え、持参車両が不動ではあまりに悲しいので、念のため16番車両も用意して臨みました。

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叡山電鉄810形。親友の結婚披露宴参列の時に訪れたのを記念して、ペーパー自作してから25年経過でしたが、何のトラブルも無く周回してくれました。

 

 

2024年4月 6日 (土)

シニアの運転会

ゆったりクロスシートに座って多摩川を渡ります。

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降りたところで暫し行き交う電車を眺め・・・

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シニアの運転会場に向かいました。この日のトップバッターは闘病中のMZ氏、流鉄(流山電鉄?総武流山電鉄?)の車両を持って臨まれました。いつもながらお見事なペーパー自作です。

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KT氏はクモニ?いやクモヤ145かな? 宮沢のキットだったとか。

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WM氏は高校時代から作り重ねたと言う73系のペーパー自作。3段窓に全金車を取り混ぜた4両でした。運転室仕切りが効果的ですね。

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HT氏はモデル8のキットを組んだ上田丸子のデキ未塗装を。2両の貨車を牽いて、勾配線も問題なく快走しました。

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OER3001氏の第1弾はセミクロスシート時代の小田急2320形。友人HI氏製作のペーパー自作を40年以上昔に譲り受け、後年台車交換やディテールアップを図ったものです。

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この時、隣の線路にKT氏のお召列車が登場。最初はC59です。

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お召列車は牽引機をEF53に代えて、ゆったり堂々とした走りを見せてくれました。

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OER3001氏の第2弾は小田急の初代ロマンスカー1700形ですが、上のお召列車を追い抜いたり上を跨ぐわけには行かず、運転には神経を尖らせました(笑)。

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IY氏はキットを組まれたと言う筑波鉄道のキハ821、国鉄キハ10 47のようです。

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霧で遅延した高速バスで駆けつけたというIM氏は、京浜東北線で活躍した209系、いや違います。試作車の901系に6扉サハを挿入した11両編成

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小田急ロマンスカーの最新型、70000形GSEはSF氏のペーパー自作。フロントウインドウから見える座席の柄まで再現されて圧巻でした。

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OT氏はいつもと違う車両を展開されでびっくり。石炭列車の先頭に立つのはKATOのD51だと仰るも、見事なウェザリングでした。

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牽引機がD51の違うバージョンに代わります。

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さらに最近話題の台湾の電機まで。

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和気藹々と3時間以上を楽しみ、その後はまたいつものように反省会へ。反省会だか猛反省会だか知りませんが、いつしかアルコールも回って・・・。

 

 

 

2024年2月 6日 (火)

伝説の名車 京王帝都5000系で愉しむ

多摩川畔の模型店、2階運転場でのシニア運転会。今回は古くからの友人IM氏が長野から参加してくださると言うことから標記の通りとなりました。OER3001氏だってKTR5000を作っているよと、1次車登場時の5070系+5000系の6連特急を走らせます。

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吊り掛け駆動5070系の重々しいモーター音と、カルダン駆動5000系の軽快な音のハーモニーを思い出します。

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当時は正面と側面に、赤地に白文字の「特急」表示を掲げていたのが懐かしい。

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5000系はやがて、“京王”から地方私鉄数社に転じて活躍しますが、中でも富士急行で“富士登山電車”となって活躍する2両の模型製作では、あのデザイナーのお陰でやたらと車体に書かれた文字やマークなどの表現に苦労したものです。

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京王帝都と富士登山電車の共演を楽しみました。

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その後はIM氏が製作した3Dプリントによる5070系3編成と5000系1編成を加えて、往年の桜上水駅を思い出しながら並べて記念撮影。

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5070系+5000系2編成を並べると、連結部では“顔”が4つ。なんとも言えない満足感に浸ります

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と言うことでで今回も、仲間と共に幸せな数時間を過ごすことができ、その後の反省会ではさらに盛り上がった次第です。

 

 

2024年1月 7日 (日)

2023忘年運転会

元旦夕刻に発生した大地震と津波被災、その翌日の羽田航空機事故と、新年早々悲劇が重なり心苦しい限りです。そんな中、平穏な日々を過ごせていることに感謝・感謝です。

半世紀以上にわたりお付き合い頂いている方々などが、埼玉県内の別宅に集まって開催される忘年運転会、今回で3回目となりました。OER3001氏は皆様のご期待(?)に反し、いつもとはガラリと違う車両を持っての参加となり、小学生時代からコツコツ集めた車両から自作のもの、キット組み立てや近年のKATO製品などの2軸貨車群を抱えての参加です。

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これらはきぬやまスカンクさまが、最近レストアされた天賞堂製DD13旧塗装を持って来られるであろうと予測して、用意したのでした。1両でも充分牽けましたが、OER3001氏所有の新塗装バージョンとの重連も楽しませて頂きました。

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ぼっちぼちさまは福島交通の連接車5000形を。OER3001氏も作りたいと思っていた題材、お見事なペーパー自作品です。

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モハメイドペーパーさまは、みどりや製の京浜急行1000系ペーパーキットを利用、側扉間3側窓を4窓に切り継ぎした武蔵野急行2000系だったか3000系だったか。

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ぬか屋さまは、最近自作された5両の0番スイス風客車中、2両を持ち込まれました。モハメイドペーパーさまが小宮のキットで製作されたEF65に繋げて眺めます。

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連結器の高さなど確認のため、OER3001氏製作中の小田急2320形も仲間に加えて頂きました。

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渋~い8620蒸機が3両の渋~いペーパー自作客車を牽いて力走します。黒とぶどう色1号若しくは2号の塗料しか必要としない作品は、勿論きぬやまスカンクさまのものです。

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ドイツ好きのくまくまさまは、・・・説明を受けたのですがさっぱり忘れてしまいました(涙)。旧ドイツのお偉い方専用のS3/6機関車と客車だったかな。

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懐かしい塗装の東武8000系はぼっちぼちさまのペーパー自作。1969(昭和44)年10月に開催された、交通博物館の企画展のために製作したものでした。

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その企画展がこの「首都圏の鉄道展」、開場は確か3階。

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各社の新鋭車両を16番ゲージで展示すると言うので、揃わないものは皆で分担製作して臨んだものです。OER3001氏は相鉄6000系を製作しています。

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ぼっちぼちさま製作の東武8000系は最下段、その上はWD氏製作の営団5000系アルミ車でした。

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この日の運転会、OER3001氏は小田急のホッパ列車(ED1012牽くホキフ300-ホキ300-ホキㇷ300)も。

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加えて貨物ではなく荷物、デユニ1001も。

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田舎での開催だったこともあり、この日はクルマで駆けつけていたメンバーも居ましたので反省会の酒宴は翌日に。なんと2日間にわたる忘年会でした。

 

2023年12月27日 (水)

IMON渋谷店レイアウトジャック

大袈裟なタイトルで失礼します。

「オジちゃんの模型電車走っているの見た~い」と言う親族の要望から、IMON渋谷店のレンタルレイアウトを使わせて頂くことになりました。16番を走らせることができる線路は「平坦線」と「勾配線」どちらも複線が用意されていますが、この日に使わせて頂いたのは「勾配線」の複線。勾配線の外線には車庫線2線がありますが、その手前側線路へのカーブがきつく、連接の3000形SE車は出入りできなかったのが残念。

ご要望に応えるには“音が出る”派手な奴が良いと3000形SE車としましたが、併せて同時代に製造された2220形の4両固定編成で、1950年代後期の小田急線を楽しむこととしました。

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3000形SE車(三木キットベース)は2020年、2220形(ペーパー自作)は2012年の作品で、3000形SE車のモーターはCANON LN12両軸コアレスモーター(IMON)なのでした。2220形は同じくコアレスモーターでCANON LN15。

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両車とも勾配をものともせず快走します。

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同時代の車両が行き交う光景にうっとり。

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開場には段々と親族が集結。みんな「ジイジ」の趣味に驚いていたようです。

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この日は友人たかべー氏もアメ車蒸機が牽くホッパ列車を持って駆けつけてくださり、ドラフト音で子供たちを楽しませてくださりました。

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充分に楽しんだ後は地階に移動、ガザやウクライナで悲惨な戦争が続く折にも拘わらず、総勢16人で年の瀬大宴会(?)を楽しませて頂き、平和のありがたみと幸せに感謝、感謝の年の暮れでした。

 

2023年12月13日 (水)

遂にVSE引退

12月10日、遂にこの日がやって来ました。2005(平成17)年に華々しくデビューした50000形VSEの最終走行日が。

まあ「最後」と言うと必ず大騒ぎになる線路際や駅。幸運(?)なことにOER3001氏は公開運転会がありその会場に。そこで模型のVSEを走行させて、実車の引退を静かに見送りました。

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収容線内で入れ替え開始です。

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模型では引退はありませんので「Special Thanks & Forever !」のステッカーは不要です。

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さあ、本線走行の準備が完了しました。

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まずは、いつもの踏切で待ち受けます。1/150のNゲージではありませんから、線路の繋ぎ目ではしっかり聴くことができます。連接車特有のタタン、タタン、タタン、タタン、タタン 、タタン 、タタン 、タタン 、タタン 、タタン 、タタンと、10車体ですから11回です。NSEやLSEは12回でしたね。

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もう、普通鉄道で連接車両の通過音を聞くことができなくなったって、本当に寂しく思います。曲線区間での乗り心地など、ボギー車に比較して断然優位だったのに・・・。

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白い車体、流れるようなフォルム。

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車体全長に渡る長~い側窓と窓下のバーミリオンストライプ。

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実車撮影では避けますが、走る模型撮影では架線柱も入れて流すのです。

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OER3001氏の模型の世界では、連接車両はSE、NSE、LSE、そしてこのVSEと、全て現役です。あっ、HiSEが抜けてた! 何とかしないといけませんね。

 

 

2023年12月11日 (月)

物語を感じる模型に遭遇

風邪の病み上がりOER3001氏、何とか横浜野毛での公開運転会準備日に間に合いました。サークルのメンバー共々ゴゴイチで現地着、2時間ほどで設営完了の後、明日の公開に向けて各自楽しみながら試運転。

 

そんな中、実に楽しい列車に遭遇し、心が温かくなった気がします。作者のAN氏のご許可を頂き、ここで紹介させて頂きます。EF58が牽く夜行列車、秋田行き「鳥海」だそうです。1970年代後半の列車だったでしょうか。

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心が温かくなった、それはこんな所から。スハフ42 2077の乗客の姿、それぞれに作者の思いが込められたような姿ではありませんか。

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オハ47 2210の車内も同様。いくら量産品の人形を使ったとは言え、それぞれに着色し自然な感じに仕上げているのはお見事としか言えません。

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グリーン車スロ62 2034の乗客の衣装は、普通車に比べて高価なものに見えるのですから不思議なもの。

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B寝台スハネ16 2175に目を移せば、検札中の乗客専務が。そしてその並びにはコートが掛けられているではありませんか。

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赤いコートの持ち主がどんなレディなのか、気がかりなのはOER3001氏だけではないはずです。

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ついつい、各寝台に目が行ってしまうのですから・・・(笑)。

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ん、A寝台オロネ10 2077は殆どカーテンが閉められていましたが1か所だけ、こちらに目を向ける女性が。何を思っているのか気になりますよね。

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デッキ部のソファの腰を下ろすお方、眠れないのでしょうか?

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とてもとても全車両を記録することはできませんでしたが、つぶさに観察すればそれぞれに物語があるようです。「運転会」ではなく「鑑賞会」に切り替える必要がありそうです。

ANさん、心温まるひと時をありがとうございました。

 

2023年12月 9日 (土)

シニアの運転会

多摩川畔の模型店2階で開催されるシニアの集まり、今回は残念ながら欠席。どんな車両が集まったのだろうか?

数日前から喉に違和感を抱えていたのが遂に発熱、37度台なのでここのところの寒暖差による風邪のようです。発熱前に定期通院でドクターに喉が痛いと訴えたものの、こまめにうがいをという程度。考えてみればここの所の医薬品供給不足も背景にあったのかな?

ということで、前回のシニアの集まりに持参した車両を。この日は「京王帝都」で臨みました。先ずは井の頭線に居たたった1両の荷物電車デニ101。

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京王線では1950(昭和25)年日立製の2600系。ペーパー自作です。

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後年は前照灯を2灯化し、2700系等との混結で活躍しましたが、OER3001氏にとっては前照灯1灯でサハ2650を挟んだ3両編成時代が好きです。

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まあ今更「好き」と言っても、当時は小田急に比べてなんと泥臭い電車だと思ってあまり興味は無かったのですが・・・。

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加齢とともに、小学生の頃に見た車両を製作したくなってしまうのですから可笑しなものです。

2023年10月22日 (日)

第21回鉄道模型関東合同運転会 in 埼玉けんかつ

正式な表記はタイトルの通りですが、「関東合運」と呼んでいるイベントです。

OER3001氏の本年は、「小田急の昭和30年代と今」と勝手にテーマを定めての参加でした。とは言え最初は、友人が懐かしい天賞堂製の軽量客車編成を持って行くというので、その時代に発売されていたDF50で牽引させて頂きました。

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昭和30年代のと言えば先ずは1957(昭和32)年に華々しくデビューしたロマンスカー3000形SE車でしょう。

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今回もミュージックホーン高らかに、と言いたいところですが広い会場では控えめにしか聞こえないのが少々残念です。

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翌年1958(昭和33)年には4両固定編成でWN駆動としたカルダン車2220形が登場します。小田原方2両目に設けられたトイレが珍しく、小学校の帰りに乗り合わせると用も無いのにトイレに入ったものでした。

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踏切で電車を眺めることも多かった当時はまだ吊り掛け車が多く、カルダン車が来るとかん高いモーター音と軽快な通過音で判ったものです。

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1960(昭和35)年になるとハイエコノミカルカーと銘打って、2400形HE車が登場しました。2灯並列になったヘッドライトと両開き扉というのが新時代を感じさせました。

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踏切を通過するのを見ていた小学生のOER3001氏にも、クハとデハの車輪径が異なるのは判りました。遊んでいた根津山(現・世田谷区立羽根木公園)から遠くを行くHE車を眺めて、先頭車と中間車の車長が随分違うのだなと驚いたことを覚えています。

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「今」編は千代田線へ乗り入れる4000形10両編成。

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そして最新の5000形10両編成。

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ペーパー自作の車両を中心に準備日含めての3日間、存分に走らせることができました。

 

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