鉄道(小田急)

2024年7月 1日 (月)

7月になりました!

7月と言えば、まだ梅雨が明けないものの、いよいよ夏本番と言う感じです。

今年が多摩ニュータウンへの鉄道として、小田急多摩線が開業してから50年目ということですが、その多摩線に走った「湘南マリンエクスプレス」を思い出します。

1990(平成2)年のゴールデンウィークに運転された「江ノ島・鎌倉エクスプレス」が、多摩線におけるロマンスカー運行の最初だったと思いますが、夏季には列車名を「湘南マリンエクスプレス」として運行されました。

19910707_171510__13(小田急多摩センターー小田急永山間)

1991(平成3)年には3100形NSE車が充当されましたが、最初の 1990(平成2)年は3000形SE車でした。

19900805_170116_16(黒川ー栗平間)

5両のSE車で始めた多摩線からのロマンスカーは、SE車重連の10両編成での運行もあり、ゴールデンウイークと夏休み期間だけと言うこともありましたが、行楽シーズンの人気を集めていたようです。

 

2024年6月11日 (火)

企画展示「鉄道が街にやって来た~多摩ニュータウン鉄道開通50周年~」

『京王相模原線、小田急多摩線、 多摩モノレール「多摩センター駅」より徒歩5分』と称していますが正直なところそれぞれの改札口から5分はかからないでしょう。特に京王相模原線、小田急多摩線の改札口出て南を見れば、正面に構えているのが多摩市立複合文化施設「パルテノン多摩」です。

そこで11月2日まで開催されている企画展です。


ミュージアム企画展「鉄道が街にやって来た~多摩ニュータウン鉄道開通50周年~」 - パルテノン多摩公式サイト (parthenon.or.jp)

小田急ファンで京王にも親しみを持っているOER3001氏が、実は途中からこれにご協力させて頂くことになりました。詳細は追ってご案内させて頂くことになりますが、ニュータウン開発と鉄道の関係、興味深い内容ですので是非一度ご覧頂いては如何でしょう。

 

2024年6月 7日 (金)

小田急多摩線開業50周年(3)

1974(昭和49)年6月1日の開業日こそ、当時最新鋭の9000形6両編成や4000形3両編成が走りましたが・・・。

それは一種の開業イベントだったようで、翌週にはABF車の4連が充当されていました。

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この日の編成は1909-1959-1960-1910他。

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それに2100形2103-2153+2104-2154編成も加わっていました。

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その後は乗客数の実態に合わせてABFの2両編成が充当されるようになってしまいました。

 

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小田急多摩センターまでの延長開業は1975(昭和50)年4月23日のこと。水曜日だったこともあり、残念ながら会社勤めの若い身。休暇も取れなかったのでその日は見に行くことができませんでした。

後日に撮った新百合ヶ丘ホームでの1910形、撮影日は不明ですが、乗客の服装から夏前だったと思われます。

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ABFの2両編成では1900形(1910形)での運行に良く出合いました。

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出掛ける都度に、新百合ヶ丘や多摩センターで撮っていました。多摩センターではお隣の京王相模原線では5000系の6両編成が発着しているのに、小田急はたった2両ですよ。

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こちらは永山を出た後狙い。この時代、前照灯ケーシングのカラーは黄/紺時代の紺でした。

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多摩センターから折り返してきたのを撮りましたが、2両編成では後が写りません(涙)。

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乗客もまばらだったので、乗ってしまえば車内では好き放題。側窓全開にして向こうから来るのも撮りましたが、小田急多摩センター駅を発車して間もなくのこの場所、今では右の丘は住宅地、さらに前方には歩道橋が掛けられて。

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2年ほどABF車2両編成の活躍が続きましたが、いよいよそのABF車も引退と言う時、ヘッドマークを掲げた4両編成の惜別列車が運行されました。この頃の前照灯ケーシングのカラーはアイボリーでした。

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小田急多摩センター駅の先、現在では唐木田までの本線となっている下り線に止めて、撮影会も開催されました。この時のヘッドマークは小田急が用意したもの(右)とOER3001氏が製作したもの(中央)の2種が掲げられています。

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鉄道友の会として企画した惜別記念列車、OER3001氏は乗車していたので外観は撮ることができませんでしたが、お仲間がしっかり沿線で記録してくれていました。

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五月台-栗平間の場所、今は住宅地となっていて、この時の面影は背後の送電鉄塔だけが頼りです。

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まさに多摩ニュータウンへのの足として建設された鉄道の、開業当時の苦しい姿。その後の変化を経て今日に至っています。

 

 

2024年6月 5日 (水)

西武に行った小田急8000形

モハメイドペーパーさまのレポートに刺激され、早速26日に行ってみました。師匠の教え通りにまずはロケハンかたがた狭山ヶ丘へ向かい、車椅子スペースから連写モードで撮ります。

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狭山ヶ丘からの戻りは丁度40000系が来たので、10号車パーソナルゾーンの大きな側窓から撮ります。

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これで状況が判りましたので、小手指で下車。車両基地終端まで歩くのを諦めたモハメイドペーパーさまと違って、車両基地に向かってみることにしました。山側の道路を行くと、フェンスの間にコンデジのレンズを入れて斯様なのが収められました。

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車両基地終端までは1.2キロくらいかと。2、3人が眺めていましたが、ここでもコンデジはフェンスの隙間にレンズを入れられるので便利です。肉眼では良く判りませんでしたが、東急の車両も後方に居たのですね。

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踏切を渡って海側の道路を小手指駅に戻りながら、8000形横を行く本線の40000系とツーショット。

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新宿方8251の姿も、池袋行き準急の6000系と共に撮っておきます。

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西武の池袋方が、小田急車の新宿方となったことに気付きました。と言うことは・・・、

国分寺でJR中央線と並ぶことになった時、小田急新宿駅に於けるJR中央線との向きは変わらないと言うことですね。どんな西武仕様に改造されるのか、楽しみです。

 

 

2024年6月 3日 (月)

小田急多摩線開業50周年(2)

開業日の下り一番列車に使われた9404×6でしたが、この日はその後多摩線を走ることは無く・・・、若しかしたら6両編成の列車が多摩線に充当されたのは開業一番列車の特別運用だったようです。小田急永山駅折り返し時に「箱根湯本 江ノ島」や「新宿」の方向幕を掲示していたのが滑稽です。

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小田急永山駅を出て沿線を歩いてみることにして、永山隧道の向こう(黒川方)に行ってみれば、建設工事中の京王相模原線軌道部への立ち入りが出来たではありませんか。永山隧道を抜けて来た上り4000形4022×3を撮っておきました。

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新百合ヶ丘から来た1700形4連が諏訪隧道を抜けて来ましたが、その上部に「電車見橋」はまだありませんでした。

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諏訪隧道方まで足を進めて、小田急永山で折り返した1700形1703×4を撮った京王相模原線との間が、1991年の台風21号による土砂崩壊に乗り上げた2600形が現地解体された場所になるとは。

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丁度画面左が現はるひ野駅。京王相模原線が未開業だったからこそ撮れたアングルです。

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同じく左方が現はるひ野駅。1703×4が通過中の道路予定だった隧道は、その後の計画変更で盛土になりました。もったいない土木工事をしたものです。

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沿線撮り歩きしつつ黒川へ。黒川隧道を抜けて来た1703×4が、黒川駅停車の制動を掛けています。当時は6両対応だったホームは現在、架線柱1本分延伸。背後の隧道右手はその後、西光寺の墓地となりました。

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50年前の黒川-小田急永山の光景、当たり前ですが大きく変化したものだと驚きます。

 

 

 

2024年6月 1日 (土)

小田急多摩線開業50周年(1)

1974(昭和49)年6月1日、小田急多摩線が開業しました。

小田急多摩センターまで計画の内、この日開業したのは小田急永山まで。新百合ヶ丘からの下り一番列車に充当されたのは当時の最新型車両であった9000形、9404×6でした。

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新百合ヶ丘駅も今とは大きく違って閑散としていた中、上下ホームの上屋には数か所、開通祝賀の看板が掲示されていました。

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早速下り一番列車で小田急永山に向かうと、到着した1番ホームには、早朝にもかかわらず見物客と思われる人々が集まっていました。ホーム上屋から下がる表示は「新百合ヶ丘・向ヶ丘遊園・新宿 小田原・箱根湯本・片瀬江ノ島方面」と、小田急線全ての行先。

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2番ホームには発着案内など無く、ホームの先(小田急多摩センター方)で線路には車止めが設けられています。

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多摩線に3か所ある隧道の内、西端の永山隧道を抜けて来た下り列車が1番ホームに到着します。一応2番ホームにも出発信号機が設置されていますが、線路配線の状況から2番線への入線は1番線へ到着後、一旦上り線に出てから折り返して2番線に入線しなければなりません。

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この写真でお判りいただけるかと。1番ホームには1704×4が到着しています。右方は工事が進む京王永山駅で、京王相模原線の開業は4か月後の10月18日、京王多摩センターまでした。

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1番ホームで折り返した4022×3が、渡り線を通り新百合ヶ丘へ向かいます。小田急永山までの暫定開業だったこともあってか、車両の方向幕には「小田急永山」の用意も無く、「新百合ヶ丘ー永山」の運板が掲げられていました。

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新宿方4022には、前日の開業記念式典で使用されたヘッドマークが掲げられていました。

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50周年を迎えた小田急多摩線。何度かに分けて、その歴史に触れたく思っています。

 

 

2024年5月12日 (日)

つばめ

複々線の小田急が多摩川を渡って最初の駅である登戸は、JR南武線との乗り換え駅でもあります。

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ここから隣の向ケ丘遊園駅までは上り線が複線、下り線が単線と言う状態ですが、複々線化に向けて山側(右)の区画整理も進みました。

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その登戸駅、改札口を監視する防犯カメラにツバメが!

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改札口のコンコースにはツバメの巣が見られます。

ツバメは、カラスやヘビ、猫などの天敵が近づきにくい人通りの多い場所に巣を作る習性がある一方、多摩川ではツバメのエサになるハエやハチなど飛翔性昆虫が多く発生するため、登戸駅はツバメの巣作りに適しているようです。

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クラウドファンディングを利用して集めた資金で製作された「ツバメのフン受け」が設けられています。この活動は2014年から続けられていたのですね。ツバメの飛来調査や観察を続けるNPO法人バードリサーチの活動です。

JR駅の構内にも同様の巣があるようですから、乗降機会には是非とも可愛い姿を楽しんでは如何でしょう。

 

 

 

2024年5月 8日 (水)

半世紀の変化

冒頭からクイズ。フィルムが変色してしまい見苦しいですが54年前の1970年、2600形NHEと3100形NSEが離合するこの光景は一体何処でしょう?

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その先は斯様な光景でした。カーブするプラットホームに建つ駅名標でお判りですね。

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ほぼ同じ場所での、とは言っても高架化されていますが今は斯様な感じです。

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メトロから小田急への乗り換えの合間を利用して、EXEや2000形を撮っていました。

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千代田線との相互直通運転が開始されたのは1978(昭和53)年3月31日でしたが、その前日に式典が行われました。

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この頃は未だ比較的楽に撮影できたのですが、今では保安設備も多くなり、電線や設備など“邪魔”が増えてしまいしたが、何とか小田急&メトロが捉えられないかと頑張ってみますがなかなか上手く行きません。

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仕方ないのでふと、上に目をやると・・・、これはJALのA350ですか、機体に大きく書かれているのですね。

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続いて同じくJAL、こちらはB787ですか?

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いやいや、次々にやって来るではありませんか。今度はAir DoのB767が。

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駅も変わりましたが羽田空港も様変わりしたことによって、羽田に降りる航空機が次々に上空を通るようになったようです。

 

 

2024年4月28日 (日)

豪徳寺

小田急線は新宿から各駅停車で9駅目の豪徳寺駅。

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駅の名前は大谿山豪徳寺という寺院から。彦根藩主・井伊家の江戸における菩提寺で、井伊直弼ほか井伊家の墓所が。

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城山通りからの参道を進むと山門。

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山門をくぐれば仏殿が。

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その左には三重塔と、立派な建築物も多く見られる寺院です。

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その中、招福殿がこの寺のシンボル(失礼)かも知れません。

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鷹狩り帰りの井伊直孝が、寺の門前にいた猫に手招きされ立ち寄ることに。その後の雷雨を避けられた上、和尚との話も楽しめ、その幸運にいたく感動したことから、福を招いた猫を「招福猫児(まねきねこ)」としてお祀りするようになったとか。

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招福殿には、家内安全、商売繁盛、開運招福を願う多くの参詣者が訪れ、願が成就したお礼として、数多くの招福猫児が奉納されています。

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その豪徳寺、複々線の小田急線が行き交いますが・・・、

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ほぼ同じ場所で撮っていた50年前の写真。新宿行4両編成の1800形がホームを後にするところです。

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 半世紀を経て小田急線の姿は様変わりしましたが、井伊家菩提寺の豪徳寺も少しづつ変化していたようです。

 

 

2024年4月26日 (金)

850000アクセス到達

あれから約1か月、一昨日の4月24日午前中に85万アクセスに到達しました。改めまして、このブログをご覧頂いている方々にお礼申し上げますとともに、引き続きよろしくお願い申し上げます。

“85”に因んだ車両画像探してみました。ずばり玉電→東急世田谷線には80形で85が在籍していました。

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グリーン1色よりクリームとの2色塗装時代の方が好きでしたが、残念ながら撮影できていません。後に前照灯をオデコから窓下に移設して2灯化されました。山下駅ホームから撮っていたようですが、上を跨ぐ小田急線が複々線化されても景色はあまり変化していません。

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80系サロ85から改造されて、クハ85となったのも居ました。出張先の松本駅で撮っていました。300番台サロからの改造されたこの車両、なんとなく好感が持てました。

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他にはあまり思いつかないので85✖✖とし、小田急8000形6両編成の小田原方先頭車を。形式はクハ8050でも車番は8500です。8000形登場は1983(昭和58)年のこと、海老名車両基地で見学・撮影会がありました。ネガカラーフィルムが黄変して見苦しいものになってしまいました(涙)。

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翌年登場した8257×6は小田急歴代の車体色、開通時から1960年頃までの一般色であったチョコレート、初代特急車から採用されたイエロー、SE車以降のロマンスカーで採用したバーミリオンを、アイボリーをベースにデザインされた特別色で登場。イベント列車として活躍しました。相鉄の新6000系塗装も懐かしい。ポジフィルムは変色していません。

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8000形のイベントカラーでは、1986年には向ケ丘遊園で開催された「蘭・世界大博覧会」宣伝の特別色が登場していました。ここ新百合ヶ丘ですが、今は駅周辺は商業施設、ホテルなどが建ち並ぶように変貌してしまいました。

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標準色はケープアイボリーにロイヤルブルーの帯ですが、それまでの車両が貫通扉に帯が無かったのに、正面全体に帯が巻かれたデザインになっています。急行・箱根湯本行の表示も懐かしいですね。この場所は海老名-厚木間。今は高架になってしまいました。

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急行列車では前6両が小田原行、後ろ4両が江の島行きに相模大野で分割と言う運用が主体でした。この写真では後方4両はステンレス車体の1000形と、異形式連結は当たり前でした。鶴川-玉川学園前、和光大学のテニスコート横からの撮影でしたが、今はここに入れなくなってしまいました。

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その8000形も徐々に引退する仲間も増え、6両編成の凡そ40両が“サステナ車両”として西武鉄道に譲渡されると報道されています。40両とは小田急、西武両者の報道発表ですが、6×5=30、6×7=42なので、7編成の譲渡になるのかな。

“85”に因んで、1973年以降の画像を掲載しましたが、車両とともに周囲の環境の変化も興味深いものです。

 

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