鉄道(小田急)

2024年3月11日 (月)

ロマンスカーミュージアムへ

2年ぶり、4回目かな? 久しぶりのロマンスカーミュージアムは、出展写真家のお一人からのご案内がきっかけで、この日から始まった写真展「白いロマンス、ふたたび」を見るのが目的でした。

エスカレーターを下り、モハ1を過ぎるとロマンスカーギャラリーと称する代表的なこの空間。

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写真展はここで展開されています。

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15人の方々の素晴らしい作品と共に、VSE活躍の映像が流れています。

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ちょうどご案内頂いた方が会場に居られ、暫し歓談することもできました。

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写真は、⼩⽥急電鉄の歴史をまとめた企業年表が掲げられている<ロマンスカーアカデミアⅠ>でも展示されています。

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そんなロマンスカーミュージアム、収蔵車両が奇麗に維持されているのは彼女達の丁寧な清掃作業によるものです。伺ったところでは水拭きだそうですが、車体外板を丁寧に拭く他、手すりや溝も。「ありがとうございます」と声を掛けました。

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立ち入ることができる車内では、窓ガラス、壁面やテーブルを拭く他、1座席づつ粘着ローラーで埃を取っていました。

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本当に丁寧な作業ぶりに、小田急ファンとして嬉しくなりました。

写真展「白いロマンス、ふたたび」 は3月25日(月)までです。

 

2024年1月25日 (木)

「もころん号」遭遇

この日、銀行やら郵便局やらと出掛ける妻に同行。その合間にスマホで小田急アプリを探ると10分後に「もころん号」が来ると。

手近な歩道橋から、13:13下り唐木田行として小田急多摩センター駅に停車したところを。

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ズームアップして、隣の京王車両と並んで発車したところを。

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なんとラッキーなことに、到着直前の多摩モノレールとのトゥーショットが叶いました。

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折角なので唐木田から折り返して来る上りも、多摩中央警察署横の歩道橋で待ち構えました。

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近所に出掛けた序で、いつもコンデジを持っていることで、偶然の出会いも記録することもできました。

 

2024年1月19日 (金)

小田急の変電所(3)

「小田急の変電所(3)」はいつのことになるか? と記したのは1月13日のことでしたが、早くも「3」です。

この日、「もころん号」が唐木田車庫に数時間居るようなダイヤだったので行ってみました。組織上は喜多見検車区唐木田出張所だそうですが、道路からの入り口に掲げられている表札は「唐木田車庫」。屋根のある「庫」はありませんが「車庫」です。

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「もころん号」が午後の陽射しを受けて休んでいました。

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その唐木田車庫の全景がこれ。多摩線唐木田駅の先に拡がる敷地面積43,271㎡に留置線10線、洗浄線1線、列車検査線2線、引き上げ線1線を擁し、176両の収容能力だということです。

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この車庫の手前にある建屋他が、出力6,000kWを担う唐木田変電所のようです。変電所の表札は、車庫用地に入れば確認できるのかも知れませんが、外部からは確認できません。付近に東京電力の高圧鉄塔は見当たりません。

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変電所前には給電のための鉄塔が建っています。

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変電設備と給電鉄塔の位置関係はこんな状況ですが、給電鉄塔へのケーブルは地下から上がっています。

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線路を跨ぐビームの矢印部分に給電しています。

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ズームアップしてみると・・・、左から①百合丘-唐木田下り線、②百合丘-唐木田上り線、③唐木田構内、を示すプレートが掲げられています。

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このビームの彼方に、先の「もころん号」も確認できました。

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「もころん号」の唐木田車庫停泊を確認しに行った序でに実現した「小田急の変電所(3)」でした。


 

2024年1月13日 (土)

小田急の変電所(2)

小田急の変電所(1)」を掲載したのが2022.11.27のこと。その際(2)がいつのことになるのか、全く不明と記していましたが漸く(2)です。

ここは生田-読売ランド前間の海側(南)です。駆けて来た上り4000形が、厳つい鉄塔下を抜けて来ます。

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厳つい鉄塔を海・小田原方から見上げれば斯様な感じ。太い電線が何本も(数えるのを忘れました)海側に延びています。

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その先は五反田川(神奈川県川崎市麻生区および多摩区を流れる河川多摩川水系の支流で全長4.7kmの山地性急流河川
)を越えた高台へ。

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そこが、出力9,000Kwの小田急電鉄生田変電所です。

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電気の流れとは逆に、電車線から送電線、変電所と川上ならぬ電気の上流に目をやると、変電所の敷地に建つ高い高圧鉄塔から先に電線が伸びています。

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これは東京電力川崎支社が管理する「生田線」だと言うことです。

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この小田急電鉄生田変電所は、高圧鉄塔の生田線から受電しているのでした。

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フェンス越しに変電所内部が覗けますが無人。ふと、テロに襲われたら大変なことになってしまいます。

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東京電力生田線から受電し、生田変電所から流される直流1,500V他の電源を受けて、青空の下、今日も多くの電車が行き交います。

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さて、「小田急の変電所(3)」はいつのことになるか? 小田急の変電所は29か所もあるようですから、本気で調べるのは気が遠くなります。

 

 

 

2024年1月11日 (木)

撮り初め

日に日に増える死者数、寒さと闘いながら避難を続けざるを得ない能登を思うと・・・、ちょうど2024年の撮り初めから帰って来た時、駅前で市の社会福祉協議会がお見舞い金の募集をしていました。迷うことなく協力させて頂きました。

この日の目的は、年末に撮れなかった小田急「もころん号」の新宿方を撮ること。朝、小田急アプリで時間を調べ、光線状態の良さそうな地に向かいます。最初は読売ランド前-生田間で小田原からの快速急行新宿行を。光線状態は予期した通りでしたが、右手の派手な黄色い建物と「すき屋」の看板処理が難儀でした。

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新宿で折り返し、唐木田行急行(新百合ヶ丘から各停)で戻って来ます。それを一応、小田急永山で待ち受けてみましたが、フロントガラスが空を写して室内の「もころん」が判りにくい。

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そこでこれを押さえておきました。

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小田急永山は唐木田から折り返した新宿行(新百合ヶ丘から急行)を狙うのが目的です。どうせ午後の陽射しは車両に届かないだろうと踏んで正解!

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この場所、直前に年配の鉄1名が来ました。

これで一応、「もころん号」の両正面を撮ることができたので良しとしますか。あとは「機会あればまた」ということに。

 

2024年1月 3日 (水)

初詣

コロナ禍を経た人々の行動変化に対応して、大晦日の終夜運転を取りやめた鉄道路線も少なくありません。

そんな折、小田急関連の情報をアップされているOdapediaでは、「初詣号」「ニューイヤーエクスプレス号」を取り上げられました。このサイトを運営されている方はOER3001氏よりお若いので、初めて「初詣号」 が運転された1969年1月1日のことはご存じない筈です。

そこで、これがその「初詣号」1号(と言ったかどうか不確かですが、事実上の第一列車)です。新原町田(現町田)駅始発の新宿行。この当時はホームから降りて撮影しても特に叱られるようなことはありませんでした。

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小田原方を撮ってから新宿方に移動。出発前でまだ前照灯を点灯させていませんが、運転室下部の通過表示灯はしっかり点灯しています。

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この日、希望学部合格を祈念して最前部左の11号車1148座席を確保、新宿までの乗車を楽しみました。この願掛けの効果があったかどうかは別として、浪人することなく進学できたことに感謝です。

この写真が小田急の「初詣号」「ニューイヤーエクスプレス号」 の始まりだったという事実。ハーフサイズのCanon demiでの撮影故、ボケボケなことはお許しを。

 

 

2023年12月29日 (金)

キャラクターラッピング車両

12月25日にアップした「もころん号」に寄せられたぬか屋さまからのコメント、お孫さんのお気に入りは「ドラえもん」とのこと。

そうでしょうね、「ドラえもん」は広く人気がありますから。小田急にも「ドラえもん」ラッピング編成があった時期がありました。向ケ丘遊園跡地で9月3日に開業する「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」に因み、「小田急 F-Train」として2011年8月3日から運行されました。

3093×10の前後両側面を捉えることを目標に、この日はまず朝の多摩線で新宿方・山側を。

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小田原方・海側は9月になってから東海大学前-秦野間の金目川付近で狙いました。

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新宿方・海側は伊勢原-鶴牧温泉間に移動して捉えていたようです。

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東西方向に路線がある小田急で、逆光となる山側は撮りづらいものです。小田原方・山側は玉川学園前-町田間のカーブ外側からなんとか。

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人気を博したこの編成も、東京都から「デザインがミュージアムの広告に当たり、許可申請をせず、絵などの面積が基準を超えており、条例に抵触する」との指摘を受けたことから9月30日で終了となってしまいました。

ファンなどから復活を望む声が寄せられ、キャラクターの絵柄を小さくしキャラクター数を増やすことで既定条件をクリアした上で、「F-Train II」として2012年7月20日から運行を再開されたが、その姿を収める熱意は薄れ、通勤時に出合ったこの画像だけでした。

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そもそも車体を広告媒体にするというのはこれから始まったのではと記憶しています。今は解体工事が進む小田急百貨店の全館完成をアピールするために、2600形5連(後に6連)2本、4000形3連1本が充当されました。

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向ケ丘遊園で開催される「フラワーショー」のアピールで登場することになる「フラワートレイン」、2666×6が1982年に登場します。この当時の多摩川橋梁では編成全体が楽に撮れたものです。

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翌1983年は「フラワーショー」が「葉祥明の世界」であることから2669×6の下半をピンクとし、葉祥明のイラストが描かれたステッカーが貼付されました。相模大野駅の光景は今とは大違い。

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1984年には8052×4と8257×6が特別塗装の「イベント電車」として登場、小田急の歴代車両のカラーを纏っていました。海老名での相鉄も懐かしい塗色です。

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広告規制に関する様々な条例があるようですが、同じようなデザインでもあちらはOK、こちらはNGなんてことが無いように統一してもらいたいですね。東京都の場合、都バス車体に見るラッピング広告などを見るとどうも納得がいかなくて・・・。

さて2023年も残すところ今日を入れて3日、今回を最後の投稿とさせて頂きます。ほぼ隔日で発信した拙ブログにお付き合い頂きましてありがとうございました。新年は1月1日からの発信を予定していますので、またお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

 

 

2023年12月25日 (月)

もころん号

小田急の子育て応援プロジェクトとして登場したキャラクター「もころん」をラッピングした「もころん号」を撮って来ました。

小田急アプリで運行状況が確認できるのがありがたい。冬至のこの日は新宿-本厚木の各駅停車運用でした。

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それにしても陽が低い冬、5000形の流線形顔は反射があって撮りづらい。それでも小田原方の顔はまあまあ収められましたが、今後の課題はこの新宿方の正面。

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改めて走行している光景を撮りたいものです。

 

 

2023年12月 7日 (木)

VSEに遭遇

日常の買い物からの帰り道、高架橋に唐木田に向かうVSEの姿! なに! 今日も走らせてたの!? と、引退まで平日も含めて稼ぎまくっているようですね。

一瞬戸惑いながらも自宅に帰って直ぐ、ダイヤも知らないのにイチかバチかと唐木田に直行することとしました。

いつもの場所から駅を望むとご覧の通り。1番線に停車中のVSEを多くの人が眺めています。2番線では下校する大妻の女子たちもVSEに注目しています。

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どう頑張ってもこの場所からしかカメラを向けられないので、ここで頑張ることとしました。

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折り返し時間が判らないまま、寒くなってきた中で我慢します。その甲斐あって、VSEを追うように小田急から消えて行くのであろう8000形とのツーショットが得られたのはラッキーです。

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1時間近い折り返し時間だったようで15時49分だったか、だいぶ陽が落ちた頃に漸く発車。ミュージックホーン高らかに鳴らしていたので急遽動画に切り替え。下は動画からの切り取りです。

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後追いは静止画にしました。屋根上など全く汚れを感じない奇麗な姿。これで引退ですか!(涙)。

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あれれ、最後部展望席には女性スタッフ2枚が座り、両手を振っていたではありませんか。

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良~く見ると、女性スタッフの後には男性社員の姿も。

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ず~っとこうしながら行ったのでしょうか?

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少なくとも唐木田から小田急多摩センターまでは、高架線で線路脇にファンは居ないのに、です。

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SSEの引退時には考えられなかったような対応に、心が動かされた感じでした。

 

2023年12月 5日 (火)

VSE 再び惜別乗車

残る1編成もいよいよ引退が2週間後となったこの日、縁あってその貸切列車に乗車することとなりました。団体専用のVSEが、1号線に入線して来たのは11時20分過ぎのこと。

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新宿駅はグランドターミナルに向けて大工事が進行中で、様々な仮設機器などで少々息苦しく感じます。

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出発までの時間を利用して、今までやったこと無いことを試みます。車体中央のライン幅、バーミリオンは70ミリ。

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その下の黒いラインは7ミリでした。

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定刻に出発し、先ずは秦野へ。その後は折り返して新百合ヶ丘。一旦引き上げ線に入り、唐木田へと言う行程。

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3号車、8号車天井にある天窓。好天に恵まれ晩秋、いや初冬?の陽射しが注ぎます。

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指定された座席は9号車、50101でした。日本車両で作られたのは平成16年、2004年ですよ。20年にもならない短期間の活躍なのです。

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唐木田へ向かう途中、京王相模原線を行く9000系と並走しました。

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唐木田では一旦車庫線に収容された後、新宿へ向かって発車です。

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新宿では5号線到着、地下7番ホームから下車します。

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この線に特急車両が入線すること自体が滅多に無かったことなのです。工事中の暗いイメージが、VSE引退に似合うのでしょうか?

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4時間も車内で過ごせた今回の貸切乗車。写真は殆ど撮れませんでしたが、連接車の走行音を残そうと、連結部の動画撮影に興じていた次第。

何度も乗ったVSEですが、いよいよその終焉が目前に。やっぱり寂しいものです。

 

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