鉄道(小田急)

2026年4月13日 (月)

新車の香り

ホームにいた電車(メトロ車)を見送って次を待っていたら、偶然にも運用開始2日目の新車でした。

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下回りもピッカピカ、まさに入学式を終えた1年生のようです。通常は他車と連結することが無い密着連結器には空気管が無いのですね。

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アクリル製ではなくステッカーになって残念な製造所銘版ですが、昔からの形状を踏襲していることは嬉しい。

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汚れの無い奇麗な車内、新車の香りが漂っていました。

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これで5000形も15編成となり、16本目も間もなく営業線に投入されるようなので、それにもまた早々に乗れると良いのですが。

 

2026年4月 9日 (木)

座間から海老名へ

座間から海老名までの区間距離は3.3キロですが、撮影しながらの歩行距離は4キロ以上だと思います。

最初は座間1号踏切、座間駅の直ぐ先です。

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いつかは歩いてみたかった線路に沿った道を、海老名方向に歩きます。座間1号の次は座間3号、座間6号踏切と続き、2、4、5号は在りません。座間6号踏切がこちら。

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7号踏切までの中間地点を少し過ぎた辺りに40キロポストがあります。

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次は座間7号踏切、ドラッグストア「ウェルシア」(踏切道の右手)の横です。

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ウェルシアの角から2000形を撮ります。

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さらに進んで座間8号踏切、大型トラックの駐車場角へ。

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少なくなりつつある8000形6連の急行でした。

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そしてなんとラッキー、60000形MSEの4両口が! 定期では見られない4両の本線走行、試運転列車でした。

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ロマンスカーはやっぱり展望席が無くては。展望ロマンスカーは、70000形GSEだけになってしまいました。

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次はハックドラッグの横、市道2号線が横切る座間9号踏切。

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ここで面白い注意看板に気付きました。描かれている電車は最新の5000形だから、新しいものなのですね。後で気付いたら、殆どの踏切に掲げられていました。

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次はクルマは通れない座間10号踏切が斜めに。次の11号との間に41キロポストがあります。

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そして座間11号踏切。

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座間12号踏切は国道246号の陸橋近くで1車線です。

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その先に13号は無く、座間14号踏切です。ここは交通量も多く、手前の曲線部分に41.5キロポストが在りました。

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海老名からの勾配を駆け上がって来る上りEXEを撮ります。

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41.5キロポスト方向から迫る3000形6連の急行を。

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次の座間15号踏切は1車線、海老名までの区間で最後の踏切となります。

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ちょっとズーミングすると、サクラを入れて撮ることができました。

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15号が最後の踏切でしたが、その先で線路を横切れるのは歩行者専用跨線橋。画像奥のブルーの橋ですが、意地悪な金網ガードで電車の撮影不能。この画像は市道62号線の高架橋手前から。

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海老名車両基地が右手に拡がりますが「関係者以外立ち入り禁止」が表示されていて下りて行かれません。

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車両基地の奥では箱根登山線用になった1000形が、構内を行ったり来たりと試運転していました。

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最後に海老名駅コンコースから、サクラと電車基地を撮ってこの日のウォーキング終了。

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相武台前から座間、海老名と営業距離5.6キロの線路に沿って歩いた距離はいったい何キロだったのだろう。この日のスマホには18,546歩とありました。

 

 

 

2026年4月 7日 (火)

サクラを求めて小田急沿線

サクラ開花の時期は、つい線路端に出向きたくなるものです。

半世紀前は玉川学園の見事なサクラを背景に、1978(昭和53)年はこんな位置での撮影が可能でした。

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翌年は校内開放日に、松陰橋の上からも。

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しかし玉川学園のサクラも老木化、年々その数を減らしてしまいました。

そこで撮影場所を相武台前-座間間へ変更することになります。

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が、ここも安全面から法面への立ち入りが出来なくなってしまい、老木の伐採も見られます。

そこで今年2026年はアングルを変えて臨むこととし、相武台前から線路海側を進み、緑が丘第2公園で撮ることにしました。

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やって来る車両は3000形、4000形、5000形と、ステンレス車ばかり。

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仕方の無いこととはいえ、やっぱり塗装車の方が華やかですよね。

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その点、アルミボディーの70000形GSEはバーミリオンを纏い華やかです。

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最古となった30000形EXEは鋼製車体なので塗装が不可欠。このブロンズカラーも貴重な2編成となりました。

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供養坂と言うらしいこの跨線橋からは、ピントを車両に合わせると手前の電線が邪魔になるので、サクラに合わせて撮ってみました。

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そのまま線路山側を歩き、以前撮っていたサクラを逆方向から狙ってみます。

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ぶらぶらと座間駅に歩く途中、狭い踏切の向こうに見事なサクラ。それならこうして見ようと、通過するEXE-αを狙ってみたのですが・・・、

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あと1メートル手前でシャッター切れればサイコーだったようです。

結局この日は海老名まで歩きましたので、それも近日ご紹介することとしましょう。

 

2026年3月14日 (土)

過去vs現在-15

久々の標題「過去vs現在」、前回は2023年6月30日の発信の「-14」でしたが、その時のテーマが参宮橋でした。

1971(昭和46)年当時はまだ、デハからデニとなった1300形が、塗色は栗色(チョコレート色とか茶色とか表記されることも多いが、ここでは“小田急師匠”の故・生方良雄氏の呼び方で)のままで新聞輸送に充当され、参宮橋駅を通過!

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このアングルで時々撮影していたようで、1973(昭和48)年には夕方、ABFM車の2両×3の6両編成の各停を撮っていました。

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このアングルでの今を撮りたく出撃しましたが、この季節ではもう少し遅い時間でないと陽が当たらなかったのが残念。

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1974(昭和49)年、ラッシュタイムの上り急行には1800形も充当されていました。改造されていたとは言えどTR-25(DT13)台車のMc-Tc2両×4の8連は圧巻でした。

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そこを、今では10両編成が日常的に行き交います。

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今昔比較の光景を求めて出掛けてみましたが、本来なら昔と同じ季節&時間帯で撮らないといけないかも知れませんが、それより昔と同じアングルで撮影できる場所が残っているだけでも嬉しくて。

 

 

2026年3月12日 (木)

登戸1号踏切閉鎖

去る3月3日の終電後、向ヶ丘遊園駅東方にあった登戸1号踏切が閉鎖され、新たに歩行者用跨線橋が設けられています。これで小田急線では、代々木上原駅から向ケ丘遊園駅まで12.3㎞が、踏切無しとなりました。

2018年、惜しまれつつ引退した7000形LSEによる最終列車を撮ったのがこの踏切(正確には踏切を目前にしたホーム先端)からでした。

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踏切が閉鎖された後も、ホームからはこんな撮影は可能です。

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海側(画面右側)から見た閉鎖された登戸1号踏切は、一方通行の標識が残っていますがネットのフェンスで遮断されました。

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歩行者には階段とエレベーターが用意されていますので早速上がってみます。

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跨線橋はご覧の通り、すっかり半透明のガラス(樹脂?)で塞がれ、行き交う電車を見るのは無理。

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それでも腰の高さに開いた僅かな隙間からなら、コンデジの小さなレンズなら辛うじて向けられました。

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小田原方は、向ヶ丘遊園駅構内がなんとか収められます。2番線を急行・小田原行が通過して行きました。

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隙間以外には階段からどうかと思ったものの、海側は全滅。山側だと上り4番線がわずかに確認できるほか、ホームの先端だけ見ることができました。 

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まあこの跨線橋を利用しての撮影はできませんね。 諦めてこのエレベーターで降りました。

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北口駅前広場では、バスターミナル整備も大分進んだようです。

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ギャンブレル屋根の駅舎も奇麗に保たれているのが嬉しいです。開業時に新原町田(現・町田)、本厚木、大秦野(現・秦野)、新松田の駅舎も同じような形状でしたが、現存するはこの向ヶ丘遊園(旧・稲田登戸)駅だけに、大切に維持してもらいたいものです。

 

2026年3月 8日 (日)

小田急の展望ロマンスカー展望

OER3001氏は小田急が「ロマンスカー」を名乗るなら、3100形以来の展望室設置は必須条件と思っています。

白い50000形VSEが引退した今、たった2編成の赤い70000形GSEにしか展望席は無いのですが、ふとこの写真を眺めていて、これも過去のものだったと言うことに気付いてしまいました。展望席の通路、最前部にはアテンダントが! 今はこのサービスも終了してしまいました。

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2月27日の終電後(2月28日未明)、白い50000形VSEの新宿方50001が、ロマンスカーミュージアムでの展示に向けて、大野総合車両所から海老名に1069×4に推進されて回送されたことは、既に多方面で公開されているのでご存知のことと思います。

同じ場所(参宮橋6号踏切)で撮っていたVSEではアテンダントのサービスは確認できず、オッサンが2人陣取っていただけでした。

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VSEの一世代前の10000形HiSEまでは、展望席に加えて連接構造というのがロマンスカーの定番でした。

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その前に登場していた7000形LSEは後年、HiSEに合わせた塗装になって活躍していました。

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元祖展望ロマンスカーは何と言っても3100形NSEです。折しもHiSEとのすれ違い。この時代が車種も豊富で全車展望&連接車両で、最も華やかな時代だったように思います。

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さてさて、ロマンスカーミュージアムでの50000形VSEの収蔵、展示開始も今週19日と目前となりました。

小田急は来年2027年に開業100周年を迎えます。新型コロナウイルスで企業活動も大打撃を被り、様々な計画が狂ってしまったようですが、いよいよ30000形EXE(残念ながら30000形だけSuperExpressを名乗れなかったのですよ)の置き換えで新型車両を登場させるとのこと。

「きらめき走れ、ロマンスカー」のコンセプトで設計されるボギー車7両編成の80000形だそうで、水色になるとか。GSEの色違いと言われないような新機軸、期待したいのですが・・・。

 

2026年3月 6日 (金)

偶然遭遇:もころん号

時間的制約が無い外出、偶然乗り合わせたのがこれじゃあ落ち着きません。いや、悪い意味ではなく、いくら空いているからとは言っても「乗っている場合じゃないでしょ」ということです。

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新宿方向へ行くのに、このまま座って行けば良いものを・・・、

わざわざ座れない快速急行で先回りして、これを撮影することにしたのです。狛江駅で降りて直ぐ、やって来ました、さっき降りた急行「もころん号」が。

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一応後追いで、新宿方とは違うカラーの小田原方も撮って。こういう時は、ホームドアって邪魔ですね。

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この運用が判ったなら、新宿で折り返して来る下り「快速急行」も撮らねば。一駅移動して、喜多見で待ちました。

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フロントに、制服着用の「もころん」がしっかり座っていました。

ということで、当初の予定を変更してしまった次第。天気に恵まれましたが、花粉の飛散悲惨💧な状況でした。

 

 

2026年2月12日 (木)

雪が降ったら撮りに出なきゃ!

2月8日(日)、前日夜からの降雪で朝はかなりの積雪になっていました。こんな時期に総理大臣が高石早苗で良いかどうかを国民に問うとかなんとかの選挙? OER3001氏には全く理解できません。

期日前投票を終えているので、この日は午前中の用事を済ませた後、雪が降ったら喜んで外に出る子供のように、カメラを持って外に出ました。

最初は、まだ除雪が行き渡っていないこの場所から。停電などもあった影響で、ダイヤはメロメロ。JR車が線内折り返しです。

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JR千代田線への直通運転中止の影響から、4000形も線内折り返し運用に充当されていたようです。

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その後、“雪国”と化した風景での撮影をしたかったのでここへ来ましたが、先客が2名。一緒に撮るのには抵抗感もあったのでこれを撮っただけで直ぐに退散。

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こちらに移動したら、先のJR車が再び。「急行・新百合ヶ丘」も珍しいですが、そもそも多摩線内は全駅停車なのに「急行」と言うのも滑稽です。あくまでも本来は「急行・我孫子」で、新百合ヶ丘から先は運休なのです。

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同様の運用に就く4000形。JED表示は1/500秒シャッターではダメでした。

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5000形は「急行・新宿」。

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これを撮ったところで退散しました。なにせこの時の気温は-0.4℃と、防寒対策して行ったとは言っても手が・・・。

 

2026年1月23日 (金)

思わぬ拾いもの

ちょっと出掛けたついでの公園ウォーキング。遠くに電車を望める場所でアプリの列車走行位置を確認すると、間もなく発車する様子、コンデジで狙っていたら出て来ました。後追いでメトロ16000系の上りが撮れました。

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となるとこの後直ぐに下りが来る筈と、場所を移動せずに待っていたらなんと、5000形もころん号ではありませんか!

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ラッキー! 

それなら、10分後の折り返しを待って後追いを狙おうと、今度は撮影ポイント移動。ブルーとオレンジが上下逆転する配色の新宿方を捉えます。

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当然ながら最後尾も。

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マンションが背後になる場所でズームするのには少々抵抗を感じますが、冬の午後の柔らかい光を受けて走る列車を撮ることができた、楽しいウォーキングでした。

 

 

2026年1月15日 (木)

5000×2=10,000

ちょっと出掛けた帰りに遭遇した偶然。

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手前から小田急5000形、その向こうには京王の5000系、さらにその奥には都営の10-000系(正確には10-300番台ですが)まあ良しとしましょう。5000+5000=10,000なのです。

加えて上方には、折しも広告ラッピングを剥がして全身真っ白状態の多摩都市モノレールの1000系が。

なんと言う偶然、ラッキーな瞬間。この直後にモノレールは手前へ、小田急が左に発車した後を追うように京王が引き上げ線に移動して“THE END”でした。

 

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