鉄道(大手民鉄)

2021年3月 5日 (金)

東急線ワンデーパスで

3月2日夜、強風の影響で倒壊した足場が線路を塞いだことから、3月3日昼過ぎまで運休となっていた東横線。その現場を見たくて3月4日、期間限定で680円とお得なきっぷを買って出掛けました。きっぷとは言え、PASMOに書き込まれます。

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倒壊した足場はまだ完全に片付けられて居ない様子で、取り急ぎ線路に架かっていた部分だけ取り除いたという感じです。

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裏手に回ってみたら、本来ならもっと高かったであろう足場が途中で無くなって居る様子が確認できました。

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再び線路側へ回ってみます。正面が東横線自由が丘駅です。

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上り電車が自由が丘駅を発車しました。

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この電車、現場脇を通過して行きましたが・・・、

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中途半端な足場で心配です。

このビルは予備校校舎の新築、松井建設が請け負っていますが、補償はさぞ大変でしょうね。死傷者が出なかったことが幸いです。

東急ワンデーパスは、ここを見るだけのために買ったものではありませんので、この後は有効活用させて頂きました。

2021年2月16日 (火)

2月16日という日

母が95歳で旅だった日です。 漸く一年が経ちました。

それはそれとして、2月16日に撮影した画像を探してみました。 先ずは13年前の2008年、経堂駅で撮っていた中から、真っ白い富士山をバックに来たのは5053先頭の新宿行き急行。 後ろは8000形でしょう。

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まだ10000形HiSEも現役の時代でした。 すれ違った上りのロマンスカーが50000形VSE、その後ろ姿もありました。

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4年前の2017年には“都電”も撮っていました。 京王多摩センター駅に到着する10-000系を。

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2月16日撮影の鉄道関連画像の中から取り上げてみましたが、いずれも今は母同様に亡きものとなってしまいました。

 

2021年2月10日 (水)

10年前の今頃は・・・

“十年一昔”と言いますが、子どもの頃に感じた10年と、大人になってから感じる10年は、同じ時間なのに短く感じる理由もあるようです。 簡単に言えば、身体の成長と関係していると。

ふと、10年前のこの季節の記録を辿ってみると・・・刺激的な一瞬を捉えていました。

今は無き6000系、引退間近に登場時のリバイバルカラーとなった6416が先頭ですが、その後方にご注目あれ。

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通常カラーに続くはグレーです。 その後ろはステンレスの検測車クヤ!

この列車、折り返しで若葉台に向かったのも追いかけました。 

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10年前は、まだ6000系が細々活躍していたようです。

 

 

2021年1月15日 (金)

初めてのカメラで撮った京王電車

 昨年11月7日の「初めてのカメラと小田急電車」でご紹介した、画面サイズ24×24㎜ のボルタ判フィルムには、小田急電車と共にご近所の京王電車も撮影していました。 1962(昭和37)年夏の撮影です。

ただ、この時から既に小田急ファンとなっていたせいで、京王の撮影枚数は極端に少ない! このコマの前は晴海埠頭の展示場で開催された「鉄道博覧会」、このコマの後はお婆ちゃんという次第。

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撮影地は幡ヶ谷を発車した上りが急曲線を左に、その後直ぐに右に。 すると左(山側)に甲州街道となる所です。 この直ぐ後に代々木郵便局がありました。

こんな写真でも貴重な記録となるもので、写真の「新宿 東八王子」の方向板と「急行」運板もを掲げたデハ2723は、2年後に5070系新造のために電装品を供出しクハ2786に(1964年)に、さらにその5年後1969年にサハ2561となるのですから。 

 

 

2020年12月26日 (土)

送電併用架線柱

電力の送電を兼ねた、背の高~い架線柱のことを、正式には何と呼ぶのか知りませんが、ここでは「送電併用架線柱」とでもしておきましょう。

その「送電併用架線柱」があった場所として、OER3001氏の記憶には京王線の仙川-つつじヶ丘間の印象が強く残ります。 その送電併用架線柱撮影を目的とした写真ではないですが、1994年4月に撮影した橋本行き特急運用の6000系の上に写っていました。

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この時の撮影は、通勤時に気になっていた築堤、南側に咲き誇るアメリカハナミズキの群生を入れることでした。 背後はキューピーマヨネーズの工場ですが、ハナミズキと共に今は姿を変えてしまいました。

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1995年12月に撮影の、つつじヶ丘駅下りホーム先端から調布方を撮った写真にも、門型架線柱の上の送電線が確認できました。

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1996年10月には、千歳烏山-仙川間で仙川方向の撮影をしていましたが、送電線ははっきり確認できませんが、鉄柱は確認できました。

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多分、この頃から送電線の移設が行われていたようで、同じ年の12月に撮影した仙川-つつじヶ丘間には、送電用の鉄柱は無く、全て新しい専用架線柱になっていました。

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車両撮影ばかりしている身には、普段なかなか目を止めない構造物ですが、模型のレイアウト建設を考えると、もっとこうした写真を撮影しておくべきだったと反省します。

 

 

2020年12月25日 (金)

市ヶ尾線

先日のO,OJゲージ運転会であざみ野に行った折、好天にも恵まれていたのでちょっとだけ電車も撮影してみました。

最新型の2020系が撮れることを願っていたのですが・・・、ちょうど来たのは東急では無く、残念ながら東武の車両でした。 それでも仕方なく連続撮影を試みます。

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と言うよりこの時の撮影目的は、日頃から楽しませて頂いている「Cedarの今昔写真日記」に取り上げられていた架線鉄柱でした。 

実は、この架線鉄柱なるものを良~く観察すると、「東急電鉄田園都市線」ではなく「東京電力市ヶ尾線」だそうです。 しかも、この鉄柱は電車の架線ビームは無く、完全な送電のための鉄柱でした。

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ここ、あざみ野付近は送電専用の鉄柱ですが、確かに他では電力送電と架線支持を兼用した鉄柱もありました。 例えばここ、京王線は仙川-つつじヶ丘間もそうでしたが、1996年12月には既に撤去されてしまっています。

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京王線には送電鉄柱兼用の架線柱が多くあったと記憶していましたので、写真を探してみました。 中河原-聖蹟桜ヶ丘間の多摩川橋梁もそうだったと記憶していたのですが・・・、1989年5月撮影の写真を見ると、所謂「門」型とはちょっと異なっていたようです。 懐かしい7000系オリジナルです。

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同じ場所の燃す少し前の時代、1976年6月撮影の中に、望遠で撮ったものがありました。 一部「門」型も見られますが、左右の柱を上方に伸ばしているだけのようなカタチです。

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それも今日では無くなってしまい、あの味気ない鋼管の架線柱に更新されてしまいました。

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あざみ野で見た送電用鉄柱から逸れにに逸れて多摩川橋梁まで、失礼いたしました。

 

2020年12月18日 (金)

丸ノ内線の今

模型材料の探索と調達で、お茶の水に行きました。 折角行ったのなら、一つの目的を遂げただけではもったいないということで、聖橋で暫しの撮影タイムです。

あまり好きではありませんが、「丸い」2000系への置き換えも大分進んで来ました。

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従来からの02系には外観上2種類があります。 先ずは正面非常口赤帯部分に斜線が入った編成は、側面にサインカーブが描かれたバージョンです。

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下はそれがないバージョン。 どちらが多いのか把握していませんが、ちょっと待っていれば必ず両者に出会えるはずです。

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この間、およそ15分でしたが、寒い冬になれば橋の上は結構冷えます。 「丸い」2000系ばかりに置き換わらないうちに、02系もしっかり記録しておくべきですね。

 

 

2020年12月14日 (月)

都心の小さな踏切

京王電鉄の新宿~笹塚間は、「京王線」と「京王新線」の複々線となっており、地下の「京王線新宿駅」と、都営新宿線との接続駅となっている「新線新宿駅」から、平行しながらもそれぞれ別ルートで進み、高架の笹塚駅で「京王新線」を間に挟む形に並びます。

と、ここまで聞くと、その区間に踏切などあり得ない感じですが・・・、実は小さな踏切が存在します。 その名は「幡ヶ谷3号踏切」、クルマは通れません。 踏切の向こうは、ビルの谷間を抜ければ甲州街道となります。

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複々線区間の単線踏切で、電車は左から右方向にしか来ないのに「←/→」の表示があるのも滑稽です。 踏切から笹塚駅を望みます。

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踏切から新宿方向を望みます。

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京王線新宿行き電車は、笹塚駅4番線を発車すると勾配を駆け下りて来て、その幡ヶ谷3号踏切を通過。

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そしてだんだんと地下トンネルに向かって行くのです。

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甲州街道上に、首都高速道路4号線の橋脚を建設すると同時に、その下部に京王新線を新設する工事を同時に進めた関係から、京王新線は在来京王線とは別ルート。 京王線笹塚駅の上下線の間に新線を入れることになれば、どこかで立体交差させることになります。 結果は京王線上り線が、新線の上を越える必要があり、斯様なこととなった次第。

面白い踏切だと思いませんか?

 

 

2020年12月11日 (金)

今日の一枚 No.92

すっかり変貌する渋谷駅界隈ですが・・・、OER3001氏にとって渋谷は東横線始発駅、あの広い改札から見渡せた頭端式のプラットホームが印象的でした。

ある日仕事で訪ねた得意先の新築社屋。 そのロビーからの眺めは、カメラを向けざるを得ないものでした。 仕事鞄に常時デジタルカメラを忍ばせてしていて良かった!

東横線渋谷駅の全貌を収めることができました。

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応接室へのご案内を待つ間の一瞬が、素晴らしいプライベートタイムとなりました。

東急は今、全力で事業基盤である渋谷という街を大改造していますが、こんな素晴らしいターミナルを失ったのは悲しいです。 鉄道会社である以上は、始発駅を大事にして欲しかったと思うのですが・・・。

 

2020年12月10日 (木)

再び_凄いポイント

2019年6月19日付け「凄いポイント」の続編ですが、今度は下りホームの先端から。 再び乗り換えの時間があったものですから、ゆっくり観察しました。

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複合分岐器と呼ぶらしい手前の左右2器は、その先でダブルクロスに繋がります。 なんだかんだでここで20分ほど見入ってしまいました。

模型で省スペースを余儀なくされる場合、随所に斯様な配線を採り入れることができればかなり効果があるのですが・・・。

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