鉄道(大手民鉄)

2023年2月 2日 (木)

電車に乗ってウォーキング

この日のウォーキングは趣向を変えて、電車に乗って出掛けることにしました。大人一人680円で東急全線が一日乗り降り自由と言う“東急線ワンデーパス”をPASMOに書き込んで出発。渋谷での井の頭線からの乗り換えだけで相当な歩数が稼げます。

先ずは横浜IMONへ向かい、必要な材料調達。

東急新横浜線開業を2か月後に控え試運転も始まったようですが、ここで暫し撮影です。賑やかなラッピング編成が来たと思ったら、SDG'sトレイン。3月までの運行予定だから、撮れる時に撮っておかねばという感じですね。

20230126_0030_17

それにしても賑やかなラッピング。

20230126_0031_15

初めて三田見た都の6500形。どうも好きになれないカッコ悪いデザインです。

20230126_0034_17

東急5000系をベースの横浜高速鉄道みなとみらい線Y500系はなかなか良いのではないでしょうか。2004(平成16)年登場とは言え陳腐化していません。   

20230126_0035_17

残念ながら試運転の相鉄車両には出会えませんでしたが、東武やメトロの車両にも合わず。ちょっとしたひと時を過ごしてからここへ。田園調布駅です。

20230126_0051_17

1923(大正12)年建造の旧駅舎、2000(平成12)年に田園調布駅のシンボルとして移築復元された姿に落ち着きます。暫しこの街を歩いた後、東横線、大井町線、田園都市線経由で、中央林間から小田急線での帰宅。19,164歩のウォーキングとなりました。

 

2023年1月31日 (火)

営団6000系との出会い

103系1000番台登場の頃」に触れたら、乗り入れ先の営団6000系についても触れておかなくてはいけません。

1960年代後期は、次々に誕生する新型車両に心が躍っていたように思います。中でも帝都高速度交通営団が登場させた6000系のスタイルには驚かされたものです。世界初のサイリスタチョッパ制御というのも新鮮でした。

千代田線未開業の1968(昭和43)年に登場した第一次試作車3両(6001-6002-6003)は、東西線で各種試験が行われていました。その魅力的な姿を目の当たりに出来たのは翌年の夏、深川車庫でした。

19690830_0002_13

それまで見たことが無かった左右非対称の正面デザイン。非常口が開けられた姿を見られるのは嬉しかったです。

19690830_0004_13

既に多くの試験を実施していたことから、この時は側面のスカートが外された後だったのが残念。

19690830_0009_13

この3両にはそれぞれ、三菱電機製チョッパ制御、超多段式抵抗制御、日立製作所製チョッパ制御装置が搭載され、比較検討されていました。この時代の営団で20m車体が走る路線は東西線だけだったので、東西線用5000系と並んでいました。

19690830_0017_n13

同じ時に、第二次試作車の6両編成(6011-6012-6013-6014-6015-6016、後年改造・改番)も見ていました。一次試作車での側面スカートを省略したことから、台枠下が低くなっていたのが印象的でした。

19690830_0006_13

斬新なスタイルの6000系が千代田線に投入されたのは1971(昭和46)年3月のこと。それまでの千代田線車両は、東西線と同じ5000系の3両編成(後に5両編成化)でした。

その後、1972年の鉄道友の会・ローレル賞を受賞。綾瀬駅での授賞式後、綾瀬車庫まで乗車し、この写真を撮ることが出来ました。

Img_20201121_00110_13

今はインドネシアに渡って大活躍している仲間も多いようで、名車だったことは確かなようですね。

 

2022年12月 1日 (木)

富士山麓電氣鐡道 日帰りツアー

この趣味を持ってきたことで、若い時から鉄道で働く多くの人々に出合い、お付き合い頂いていることで、豊かな趣味生活を楽しめるようになったと思います。今回もそのお一人であられる京王電鉄OBからのお声掛けを賜り、元京王5000系を訪ねる日帰りバスツアーに参加できました。

旅の始まりは京王線北野駅南口ですが、OER3001氏はJR八王子駅みどりの窓口前からの参加です。

20221126_0003_15

8時10分までの集合に、流石電鉄会社OBだけに、ゆとりを持って集合していました。

20221126_0004_15

この表示が掲示された京王のバスに乗ります。

20221126_0010_15

八王子ICから中央道へ入り、9時42分には最初の見学先であるリニア館へ。ここの見学内容は前回をご覧ください。

20221126_0008_15

リニア館見学を終えて、一同を乗せたバスは河口湖駅へ向かいます。河口湖駅では3番線に、京王時代のアイボリー塗装となっている2両編成「団体専用」貸切列車が待機しています。

20221126_0035_15

この「5863」の京王時代の1枚がありました。府中競馬正門前駅でのものです。

19830702_110517__14

因みにこの編成は2009年6月からはこの塗装にされており、アイボリー塗装となったのは2012年10月からのこと。なんだかんだで既に10年なのですね。

20100812_0083_15 

早速乗り込んだ車内、座席モケットや腰掛袖部が現役時代とは異なるものの、天井のイメージは京王帝都そのものです。

20221126_0051_n15

1996年に撮影していた写真と比べてみてください。

19961103_220703_5000_n14

鴨居上部のスピーカーは、富士急に転属したときに覆われたカバーが外され、KTRのデザインがしっかり見られます。

20221126_0054_15

富士急転属で「1001」と改められた車番の上に、京王時代の「5113」が表示されています。

20221126_0053_15

京王時代の「5113」、1984年笹塚駅で撮ったのがありました。

19840503_111207_n14_20221127165301

しかし運転台の番号は「1001」のまま。おそらく富士急としての車籍は「モハ1001」のままなのでしょう。

20221126_0056_15

団体専用列車となったアイボリーカラーの2両編成、スイッチバックの富士山駅では約30分の運転停車。ここでも充分撮影ができました。

20221126_0068_n15

嬉しいことにここでお弁当が積み込まれ、車内で頂きます。特別包装紙が何とも言えません。

20221126_0082_15

お弁当を食べていたら、つり革の1本にピンクのハート形のものがあることに気付いた次第。

20221126_0084_15

貸し切り列車は東桂で25分の撮影タイムです。先ずは「特急・高尾」のヘッドマークを掲げて。

20221126_0093_15

次は「陣馬」に掛け替えて。お行儀良く和やかな撮影ができました。

20221126_0094_15

貸し切り列車は大月までは行かずにここで折り返し、河口湖を目指します。河口湖到着後は定期列車の合間を縫ってJR車両も休む車庫線に入れ替えです。

20221126_0117_15 

ここからが撮影タイム本番。参加者一同の集合写真撮影後に、富士登山電車となった1200形と並べて、ヘッドマークを掲げた雄姿を収めます。

20221126_0128_n15

が、OER3001氏の目的はこれでした。実車が乗るレール上にペーパー自作の模型を置いて、実車と模型のツーショット。

20221126_0132_n15

全体で20分程しか無かった撮影タイムだったので、模型の傾きを修正できないままとなってしまいましたが、参加の皆様方のご協力もあって実現したものでした。

20221126_0136_n15

模型とのツーショットを終えて最後は、大晦日から元日にかけて運転された「迎光号」の撮影。

20221126_0140_15

大満足の一日を楽しんだ後は、渋滞などどこ吹く風というくらい順調な中央道で高尾山口、八王子みなみ野、多摩境の各駅で希望者が下車、お開きとなりました。

この企画にお誘い頂いたM村さまはじめ京王OBの皆さま、富士山麓電氣鐡道の皆さまに心からお礼申し上げます。

 

 

2022年10月31日 (月)

山王川改修事業

11月11日深夜、線路切換工事のため、新松田~小田原間で一部列車が運休と報道されています。その場所を見て来ました。

足柄駅を出てしばらくの所を流れる山王川は、箱根外輪山の一部である明星ヶ岳(標高924m)付近を水源とし、北東に流下後、久野丘陵を経て足柄平野を貫流し、小田原市浜町で相模湾に注ぐ流域約26㎢、幹線流路延長約4.1kmの河川とのこと。

たびたび水害を発生していることから、川底掘り下げと川幅拡大等の改修工事が行われているようです。ちょうどGSEが下って(箱根湯本行)行きました。

20221028_0039_15

昨年の8月にはこんな状況で、仮囲いは有りませんでした。

20210802_2051_15

下流側を並走する伊豆箱根鉄道大雄山線が、立派なPC桁だった理由が解りました。山王川のこちら側は改修済みだったのですね。

20221028_0040_15

小田急の上流方には西耕地橋が架けられており、そこから通過する電車が見えると言えば見えますが・・・、通過して行ったのは折しも最新の5000形5061×10の試運転でした。

20221028_0060_15

足柄1号踏切から小田原方を望みます。既に下り線(左)は大きく仮線に迂回、元の下り線の一部が出庫線として使われています。現上り線の右側に、切り替える仮上り線が敷設されていました。

20221028_0080_15

足柄駅の跨線橋から見るとこんな状況。なるほど、迂回した下り仮線に設けられた分岐器に出庫線を繋ぎ、上り線を仮線迂回させた後は、上下線の橋梁を撤去すると言う事なのですね。

20221028_0128_15

河川改修が終わって、新しい橋梁を上下線が行き交うようになるのはいつなのでしょうね。神奈川県や小田原市のホームページにも、完工時期の記載はありません。

 

2022年10月25日 (火)

京急蒲田

コロナの影響で3年ぶりの開催となった鉄道模型ショー。京急蒲田駅近くの大田区産業プラザ(PIO)での開催と、これまでと変わらないものの、会場は1階の大展示ホールから、2階・小展示ホールと4階・コンベンションホールの2か所に変わりました。お陰で4階のテラス(?)から、行き交う京急空港線を眺めることができました。折角なのでカメラに収めます。

ステンレス地の1000系がやって来ました。

20221022_0005_15

上下に京急を収めたくなるのが人情? しかしなかなか良いタイミングになりません。

20221022_0021_15

「京急蒲田駅」という壁面とともに、上下の京急電車を撮りたかったのですが・・・。このカットは京成になってしまいました。

20221022_0018_15

ここに来た目的は撮影ではないので、これ以上タイミングを待つのを諦め、会場内を楽しんだ次第でした。

 

 

2022年9月16日 (金)

遠い日の記録から

OER3001氏が通った中学は、あの大女優になった吉永小百合さんと同じ、渋谷区立中学校でした。とは言っても、吉永さんを見たのは中学1年の時。既に高校生、いやもしかしたら高校卒業後? 校庭で黒山の人だかりでした。

その想い出深い中学の修学旅行は、155系「ひので」での京都・奈良でした。

宝もののハーフサイズカメラCanon・Demiで、バスの車中から慌てて撮っていた一枚がなんと貴重な記録。バスは四条通りを東に向かっていたのでしょうか、いや五条通かな? 鴨川沿いを走る京阪は1000系ではないですか!

1965

もう一枚、電車が写っていました。フィルムの巻き上げがコマ外れで次のコマとダブってしまっているのが残念ですが・・・。

「34」と車号が読み取れます。複雑な経緯を持つ33-34の2両編成ではないですか! レイルロード刊「

京阪電車形式集.3」の25ページを読んでその経緯を知りました。前方の34は後方の33より側窓が1個多く、全長も1m程長いという貴重な記録。この場所いったいどの辺りだったのでしょうか?

19652jpg

その後、これをご覧になった大津市在住のkoganemaruさまからご教示がありました。現在の琵琶湖ホテル前あたりから浜大津方面を撮っていたようで、当時は軌道際まで湖だったということです。道路と線路の間が用水路のように見えた訳が判明しました。koganemaruさまありがとうございました。(2022.9.18追記)

フィルムを全てデジタル化したお陰で、小さなコマに写った画像も、モニターで大きく見ることができて発見した次第です。せっかくこんな貴重な電車が走っていたのに・・・、ただバスに乗せられて神社仏閣巡りに終わった修学旅行。自由時間があったらどんなに素晴らしかったことか。

 

2022年9月 6日 (火)

今日の一枚 No.146

半世紀以上のお付き合いを頂いているモハメイドペーパーさまのブログにも、遂に登場「今日の1枚 」が! OER3001氏の「今日の一枚」とは微妙に異なる「今日の1枚」という拘り(?)も。

取り上げられた一枚はターコイズグリーンの京阪10000系。2006年10月22日に交野線・郡津での撮影でした。なんと、同じ10002編成を1年前に宇治線宇治で撮っていました。

05102122008980

おそらく撮影後はコレに乗って、反対側の10052の運転台を撮っていました。

05102122009210000_80

OER3001氏もこの撮影が目的で訪れた訳ではなく、京都での国際フォーラムに出張した帰路の寄り道でした。それでもこうした“努力”が、今は見られなくなってしまったターコイズグリーンの貴重な記録となっています。

2022年8月10日 (水)

ちっとも涼しくないよ!

つい、いつも眺める複雑な分岐器。所用で外出したこの日も、乗り換えの合間につい見入ってしまいました。

20220803_0003_15

これ、模型に有ったら省スペースになるのですが。

折り返しの都営車と並んで、ヘッドマークを掲げた8000系も入線して来ました。

20220803_0006_15

ヘッドマークは「高尾」ですが、良く見ればその上に「清涼」の文字が!

20220803_0007_15

いや~、この状況下では高尾山行っても「清涼」なんて無理でしょうね。

 

 

2022年8月 2日 (火)

渋谷の青ガエル

すっかり様変わりを続ける渋谷。こんな日常的だった光景もすっかり過去帳入りに。

20070804_0571_50

これは15年前の2007(平成19)年8月4日、業務での外出時、15時前の記録でした。この時は綺麗な姿でしたが、残念ながらパンタは下がったままでした。今は大館の地ででどうしているでしょう?

 

2022年7月29日 (金)

失敗写真でも歴史の記録

デジタルではなく、高価なリバーサルフィルムを購入して撮っていた時代。それなのに現像があがってみれば、露出失敗のとんでもない写真!

落胆したものですが、フィルムのデジタル化を進めたとき、悩みながらも一応廃棄せずに取っておいた一部を、画像ソフトで補正してみました。

1981(昭和56)年3月、京王永山-若葉台間の電車見橋から。2010系4連+2000系2連の、外観が揃った6連です。

19810300_000000_a_n14

同じ時、電車見橋の東側に移動して撮っていた6739×8は、快速・岩本町行きです。

19810300_000000_c_n14

まだステンレス車体の7000系も登場しておらず、グリーンの車両も6000系も大活躍だった時代。40年経った今では、電車見橋にも高いフェンスが設けられてしまい、撮影にも制約ができ、付近にはビルが建ち、景色が様変わりしてしまいました。

 

より以前の記事一覧

フォト
2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

他社線ご案内

無料ブログはココログ