鉄道(大手民鉄)

2022年5月 2日 (月)

今日の一枚 No.142

名車と言われた車両のひとつ、京王帝都電鉄5000系。

あれは1963(昭和38)年だったか、グリーン単色塗りだった京王線に華々しくデビューしたパノラミックウインドウ、アイボリー車体。帯と言うには細く、線と言うには太い深紅のラインを纏ったデザインが新鮮でした。

しかし良く見れば、空気バネ台車の4連に対し、2連は吊り掛け駆動車。2700系の足回り流用の5070系(後の5100系)でした。

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世が“平成”となった1989年春、吊り掛け駆動の5100系が引退となりました。

本線でお別れ運転実施の後、若葉台での撮影会。これが5000系引退の始まりでした。重く甲高いモーター音を響かせての本線走行は、老体に鞭打って走らせている、そんな感じもしたものでした。

 

 

2022年4月30日 (土)

京阪の想い出

関西私鉄の記録に触れていたら、OER3001氏は結構京阪好きだったことを思い出しました。とは言え、今の京阪では無く、この時代の京阪ですが。

鴨川畔を行き交っていた時代、京阪三条駅に居るだけで楽しかった記憶があります。この画像、現特急車と2世代前の特急車ではありませんか!

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京阪三条からの京津線は魅力満載でした。いつかは作りたいと思いつつ、未だに模型製作していませんが、諦めたわけではありません。

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一度は撮ってみたかったこの場所に行ったのは、東海道新幹線300系の試乗会に参加した日。もっと居たかった場所でしたが時間的余裕が無く、数列車しか撮っていませんでしたが、8000系を撮れたので満足でした。

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右手が不自由なままでは、回復後にやりたいことがどんどん増えてきます。

 

 

2022年4月29日 (金)

関西私鉄の記録から

右手の不自由が続いているので、模型製作はお預け状態。仕方ないので画像探しをしていたら、関西私鉄の懐かしい時代がありました。小田急ファンでもしっかり撮っているのですよ。模型製作に必須の屋根上を撮ろうとしていたのでしょうか?

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折角なので、モノクロ写真のカラー化ソフトでちょっと遊んでみました。雰囲気は出るものですね。

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ついでに京阪も。こちらでの撮影は、模型製作に大いに役立ちました。おそらく今はこの場所に上がれないかも知れません。

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これもカラー化してみました。まあ何とか雰囲気は・・・。

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阪急京都線の特急も、京阪特急もそれなりになるものだと気をよくして5扉車5000系もカラー化してみたら・・・、

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とんでもないことになってしまいました。特急カラーの5000系誕生ではありませんか!

モノクロ写真カラー化ソフトはあてになりません。記憶が一番です。

 

 

2022年4月 4日 (月)

今日の一枚 No.142

この顔が出たときは衝撃でした、帝都高速度交通営団6000系。小田急との相互直通運転が開始された1978(昭和53)年、玉川学園前駅で。

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恐らくサンフランシスコのBARTの影響を受けたデザインだったのでしょうが、そのBARTを初めて見たのは1983年秋のこと。

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初めてのアメリカ出張の時、路面電車(MUNI)LRTの車庫があるバルボアパークまで利用しました。当然ながらアメリカの鉄道は右側通行なので、営団6000系とは運転台位置が左右反対。

 

2022年4月 1日 (金)

満開のサクラ

今日から4月、都内各所でサクラが満開のようです。

OER3001氏にとって、サクラを入れた鉄道写真と言えば、先ずはここが定番のひとつだったのですが、近年は跨線橋も立派なものに架け替えられ、この場所にも立ち入れなくなってしまいました。

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京王井の頭線も、井の頭公園駅はサクラの下でしたが、今は強剪定されていてこの時のように雄大ではなくなってしまいました。

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今は高井戸駅の方が凄いかな。でも日中はほぼ逆光になるのが悩みです。

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都内ではありませんが、御殿場線にも良く出掛けていました。谷峨では小田急20000形RSEとJR371系との交換が撮れました。

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山北の桜祭りは有名です。20000形RSEが活躍しているときは、朝早く出掛けて半日ここで過ごしたのも良い想い出です。

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先日出掛けた巣鴨も、231系の時代は今よりサクラが大きかったように感じます。

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コロナ禍の影響か、提灯飾りが無いことも質素に見える要因かも知れません。

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サクラが満開になると必ず強風や雨に見舞われて、なかなか思うような撮影も出来ませんが、今年も近場に出掛けるべきかどうか悩みます。この地も撮りにくい場所になってしまったし、魅力的な車両も走らなくなってしまったし。

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そんなときは模型弄りに限りますね。

 

 

2022年3月20日 (日)

VSEの想い出 -10

50000形VSEが定期運行から引退して早1週間。想い出を綴ってきたこのシリーズ、これまでに記録してきたシーンをご紹介して終えようと思います。

2017年春には、相武台前-座間間の“お立ち台”には上がって行かれないように柵が出来てしまい、やむを得ず場所を変えて撮りました。

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翌年にはこんなアングルでサクラを絡めて撮りました。

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よみうりランド前-百合ヶ丘間のカーブでは1000形との離合も。

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9月には新宿2号踏切から。

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11月に開成-栢山間で撮ったのは、前照灯が中央2灯のみの点灯でした。

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2019年5月には、新宿2号踏切に掛かる跨線橋から。

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2020年1月の代々木八幡-代々木上原間、霙が舞う寒い日でした。この頃はエバンゲリオンとかなんとかのステッカーが貼られていていました。

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2月には改良工事が終了に近付いた代々木八幡駅の新しいプラットホームから。

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この日は、代々木上原方に移動しても撮っていました。

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気候が良くなった5月は開成-栢山間へ。田圃にはまだ水を入れていないときです。

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2日連続で撮影していたようで、翌日は箱根登山線内へ。東海道線とのツーショットを期待していましたが叶いませんでした。

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12月には代々木八幡-代々木上原間に。箱根ゴールデンコース60周年ステッカーが貼られています。

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箱根板橋に向かって33.3‰を下りてくる姿、露出合わせに苦労する場所です。

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2021年8月の暑かった日、油断しているときにやって来たのは、コンデジで流してみました。

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70000形GSE登場により若干陰が薄くなったようでも、まだまだ我が国を代表する優秀な車両です。消え去る前にドタバタ撮るのではなく、こうして日常を記録してきて良かったと思っています。最終運行日となった3月11日、OER3001氏は喧噪の中には行かず、自宅で想い出に慕っていました。

 

 

2022年3月 5日 (土)

新5000系の昼休み

斯様な標題にした今回は、朝晩の“京王ライナー”が主な任務となる新5000系の昼間の姿を。

この日、廃車解体作業の都営10-300系を見た後、久しぶりに若葉台基地の奥まで足を運んでみました。公道からはこの季節でも枯れた雑草が邪魔をして、手前は良く見残念ですが残念です。右から3番目の線路に、新5000系が居ました。

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その左は都営10-300系、9000系が2本と続き、また新5000系が。

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さらに、検修庫を挟んだ2線目にも新5000系。

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全6本の新5000系の内の3本は、若葉台で昼休みです。それにしても稼働率が低い車両ですね。それなのにさらに1編成が、間もなく登場のようです。今度はリクライニング機構が備わった座席になるようで。

 

2022年2月15日 (火)

過去vs現在-11

世田谷線を撮りに行ったので、こんなアングルも比較してみたくなりました。

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手元に上の画像を用意せずに行ったので、立ち位置が右に寄ってしまったようですし、季節もカメラも違うので、なかなか同じようには撮れないものです。

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それでもここ、山下駅から三軒茶屋方向を見る景色には、車両が高床80形から低床300形に代わった位で。23年間での大きな変化は無かったようです。

 

 

2022年2月14日 (月)

過去vs現在-10

今回は東急世田谷線・松原駅での一コマを。

そもそもこの1973年2月の一枚は、世田谷線の撮影目的で出掛けた訳ではなく、序でに撮っておいたという一コマですが、今になって見ると、道路から2段だけ高くなったプラットホーム、1両分しか無かった木製上屋、ステップを上がる車両と言うのも当たり前の想い出です。

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それから49年、この場面の今を撮りたくなって出掛けて来ました。

一段嵩上げされたプラットホームにはスロープで、上屋はプラットホームへのアプローチ部分を含めて全長にわたる鉄製に。車両はご覧の通り。

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背後のビルの1棟だけが、当時と変わらぬ姿を残していました。

 

2022年2月10日 (木)

今日の一枚 No.139

首都圏の天気予報では、南岸低気圧の発達に伴うかなりの降雪が予想されています。そんな中、久しぶりの「今日の一枚」シリーズは、降雪の中での東京メトロ16000系を。

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今は見られなくなってしまった唐木田発「急行・我孫子」での運用、小田急永山駅上りホームから捉えました。この時の目的は別にあったのですがね。

 

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