鉄道(大手民鉄)

2024年5月28日 (火)

860,000アクセス到達

ほぼ1か月で10,000アクセスを上積みというペースで一昨日5月26日の夜に、総アクセス数が860,000に達しましたのでやはり「86」を。

ずばり東急デハ80形の86、最初は1973年の姿を。渋谷-二子玉川園の玉川線と砧線廃止の後に残った世田谷線、前部幕板部にあったマーカーライト(方向指示灯)が撤去され、グリーン1色塗装になってなっていたものの、オデコ前照灯でそれまでのイメージを保って活躍していました。

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その後車体更新工事や小改造を重ね、前照灯の腰部移設・シールドビーム2灯化や、台車、駆動装置なども交換されていまいた。

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2000年の撮影時には低床式の300形導入が開始されていたので、300形に交じって活躍を続ける80形に、特別な思いを込めてレンズを向けた思い出があります。

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最後に「86」ならやっぱり湘南電車の先頭に立つクハ86を。しかしいざ探してみるとなかなか良いのが見つからない(涙)。これは出張の帰りに名古屋駅で捉えていた1コマ。

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という訳で860,000アクセス到達記念。これからもマイペースで続けますのでよろしくお願いいたします。

 

 

2024年5月 8日 (水)

半世紀の変化

冒頭からクイズ。フィルムが変色してしまい見苦しいですが54年前の1970年、2600形NHEと3100形NSEが離合するこの光景は一体何処でしょう?

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その先は斯様な光景でした。カーブするプラットホームに建つ駅名標でお判りですね。

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ほぼ同じ場所での、とは言っても高架化されていますが今は斯様な感じです。

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メトロから小田急への乗り換えの合間を利用して、EXEや2000形を撮っていました。

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千代田線との相互直通運転が開始されたのは1978(昭和53)年3月31日でしたが、その前日に式典が行われました。

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この頃は未だ比較的楽に撮影できたのですが、今では保安設備も多くなり、電線や設備など“邪魔”が増えてしまいしたが、何とか小田急&メトロが捉えられないかと頑張ってみますがなかなか上手く行きません。

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仕方ないのでふと、上に目をやると・・・、これはJALのA350ですか、機体に大きく書かれているのですね。

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続いて同じくJAL、こちらはB787ですか?

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いやいや、次々にやって来るではありませんか。今度はAir DoのB767が。

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駅も変わりましたが羽田空港も様変わりしたことによって、羽田に降りる航空機が次々に上空を通るようになったようです。

 

 

2024年5月 6日 (月)

銀座線レトロ編成に乗る

「東京地下鉄株式会社では、銀座線1000系(特別仕様車)について2024年5月3日(金・祝)~6日(月・祝)に4日間限定で室内灯を暖色系に変更するとともに、予備灯を点灯させ、銀座線開業当時のレトロをさらに感じられる状態で運行します。」

この報道を知り、できれば乗りたいなと思っていたところ、模型材料調達に出掛けざるを得なくなった機会を利用して乗ってみることにしました。この駅で到着を待ちます。

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14:54、若干遅れ気味での到着で、流石に大型連休中。車内にはスーツケースを引く外国人含めて多くの乗客。

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乗客にカメラを向けるわけにもいかず、とりあえずリコ式をイメージした吊手(皮ではないけれどつり革?)を。

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例の予備灯が点灯されています。室内灯も色温度を下げて暖色系に、昭和30年代の雰囲気を醸し出しています。

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この灯具には確か「KOITO」とブランドが入っていたように記憶していますが、復刻品はどうなのでしょう?

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何とか乗客の居ないところで撮りたいと思って渋谷まで乗りましたが、混雑で2分遅れ。慌ただしい折り返し時間で全員の降車が完了しないうちに、列に並んでいた乗客が乗り込んで来るので撮れたのはこの1コマだけ。

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外観を撮りたくとも渋谷駅は引きが取れません。

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渋谷で乗り込んだ乗客もこのイベントを知っていたようで、早速写真を撮っている女性も見られました。

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この日の外出目的だった模型材料調達、入手できたのはMDF板と車輪だけ。乗客用のフィギュアは良いものに出合えず諦めました。

 

 

2024年4月26日 (金)

850000アクセス到達

あれから約1か月、一昨日の4月24日午前中に85万アクセスに到達しました。改めまして、このブログをご覧頂いている方々にお礼申し上げますとともに、引き続きよろしくお願い申し上げます。

“85”に因んだ車両画像探してみました。ずばり玉電→東急世田谷線には80形で85が在籍していました。

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グリーン1色よりクリームとの2色塗装時代の方が好きでしたが、残念ながら撮影できていません。後に前照灯をオデコから窓下に移設して2灯化されました。山下駅ホームから撮っていたようですが、上を跨ぐ小田急線が複々線化されても景色はあまり変化していません。

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80系サロ85から改造されて、クハ85となったのも居ました。出張先の松本駅で撮っていました。300番台サロからの改造されたこの車両、なんとなく好感が持てました。

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他にはあまり思いつかないので85✖✖とし、小田急8000形6両編成の小田原方先頭車を。形式はクハ8050でも車番は8500です。8000形登場は1983(昭和58)年のこと、海老名車両基地で見学・撮影会がありました。ネガカラーフィルムが黄変して見苦しいものになってしまいました(涙)。

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翌年登場した8257×6は小田急歴代の車体色、開通時から1960年頃までの一般色であったチョコレート、初代特急車から採用されたイエロー、SE車以降のロマンスカーで採用したバーミリオンを、アイボリーをベースにデザインされた特別色で登場。イベント列車として活躍しました。相鉄の新6000系塗装も懐かしい。ポジフィルムは変色していません。

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8000形のイベントカラーでは、1986年には向ケ丘遊園で開催された「蘭・世界大博覧会」宣伝の特別色が登場していました。ここ新百合ヶ丘ですが、今は駅周辺は商業施設、ホテルなどが建ち並ぶように変貌してしまいました。

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標準色はケープアイボリーにロイヤルブルーの帯ですが、それまでの車両が貫通扉に帯が無かったのに、正面全体に帯が巻かれたデザインになっています。急行・箱根湯本行の表示も懐かしいですね。この場所は海老名-厚木間。今は高架になってしまいました。

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急行列車では前6両が小田原行、後ろ4両が江の島行きに相模大野で分割と言う運用が主体でした。この写真では後方4両はステンレス車体の1000形と、異形式連結は当たり前でした。鶴川-玉川学園前、和光大学のテニスコート横からの撮影でしたが、今はここに入れなくなってしまいました。

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その8000形も徐々に引退する仲間も増え、6両編成の凡そ40両が“サステナ車両”として西武鉄道に譲渡されると報道されています。40両とは小田急、西武両者の報道発表ですが、6×5=30、6×7=42なので、7編成の譲渡になるのかな。

“85”に因んで、1973年以降の画像を掲載しましたが、車両とともに周囲の環境の変化も興味深いものです。

 

2024年4月 2日 (火)

お茶の水

模型材料調達に、あの画材店に行ったついでに、お茶の水で楽しんでしまいました。

<その1>JR御茶ノ水駅、あの狭いホームの上に、しっかり建てちゃいましたね。神田川の工事用仮設もそろそろ解体できるのでしょうか。

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上の画像は停車前の中央快速東京行ですが、停車した位置は下の画像。随分先に行っているように見えますが・・・。

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停車位置の後方には2両分のホームが用意されていました。そうか、グリーン車挟んだ12両編成への準備だったのですね。

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<その2>丸ノ内線東京方面行ホームから、神田川渡って来る電車の撮影を試みました。最初は去っていく電車と来る電車のタイミングが合わず(涙)。

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乗る予定の電車を見送り、2本目も狙ってみました。しかしもう少し引いてからにすれば良かった(涙)。

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近づいてきたところでも狙ってみましたが、流れてしまいました(涙)。

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もう1本やり過ごし。3本目にチャレンジ。まあこの辺が限界のようです。

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ということでここで諦め、銀座に向かいました。

<おまけ>銀座での所用を終えた後は、上野方面に行くために京橋まで歩いてしまいます。東京スクエアガーデンと言うのでしたっけ、京橋駅に降りる階段縁で、ちょうどサクラが咲き始めていました。

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高層ビル背景にサクラ。う~ん、我が家界隈とはずいぶん違った光景に驚きました。

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これらは4月1日のことでしたが、決してエイプリルフールではありません。

 

2024年3月23日 (土)

東急世田谷線

“玉電”が無くなって、三軒茶屋-下高井戸間だけが世田谷線として残りましたが、車両の世代もすっかり入れ変わり、1999(平成11)年から2001(平成13)年にかけて登場した軽量セミステンレス製車体、IGBT-VVVFインバータ制御の300系になっています。

高校時代から慣れ親しんだ下高井戸駅、過日の「池袋 鉄道模型芸術祭」に出展されていた1/80の模型を見て、久しぶりに出掛けてみました。京王線の高架化工事も進んでいるので、線路を斜めに横断する踏切も見られなくなります。

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軌間1,372㎜という共通点を持つ歴史から、世田谷線は京王線下りホームに寄り添うカタチになっています。

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この雰囲気を上手く縮小されています。

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一方の三軒茶屋駅は、1996(平成8)年に完成したキャロットタワーに隣接。

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レンガ調外壁のモダンな雰囲気です。

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アーチ状の上屋が特徴です。

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それを模型ではかなり簡略化。今後アーチ状上屋を製作するのでしょうか?

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中間には車両基地のある上町駅が上手く配置されていました。

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実際の上町駅は曲線部で用地に余裕が無く、上下線でホームは踏切を隔てて配置されています。

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車庫のに徒歩で近づくことができないので、先の踏切からズームせざるを得ませんでした。

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下高井戸から世田谷線で三軒茶屋に向かい、そこから線路に沿って歩いて小田急線豪徳寺駅まで。この日はそこで小田急に乗って帰宅しましたが、世田谷線全線徒歩もそう苦ではありませんよ。良いウォーキングになります。

 

2024年3月 1日 (金)

神宮前1977

「神宮前」と言って、営団地下鉄・銀座線の駅を連想する人はどのくらい居るだろうか? 営団・神宮前駅は、1938(昭和13)年に東京高速鉄道の青山六丁目駅として開業、翌年に神宮前駅に改称。戦時中の1941(昭和16)年から帝都高速度交通営団の駅となり、1972(昭和47)年の千代田線開業の時に表参道駅に改称されました。

明治神宮前(東京メトロ:東京都渋谷区)、橿原神宮前(近畿日本鉄道:奈良県橿原市)、近江神宮前(近江鉄道:滋賀県大津市)など、アタマに神宮名が付き明確ですが、「神宮前」は愛知県名古屋市熱田区の熱田神宮の前なのに「熱田」が付いていません。

830000アクセス達成で掲載したクモニ83に頂いたシグ鉄さまからのコメント(この写真は非常に興味深いです。西口側(画面右)にまだ名鉄百貨店がない!現在そのビルも壊されましたから、二世代前の姿と言えます。この時撮られた名鉄写真もご紹介下されば幸いです。)に嬉しくなり、標記のタイトルで名鉄のご紹介です。

この日の出張、一体どこに行ったのか記憶はありませんが、当時は名古屋市内、常滑、知多半田などに行く機会があった筈です。日帰り出張は用件を終えれば帰るだけ、帰りの新幹線は陽が沈んでからとして、明るいうちは電車を撮っていました。

クハ2313を先頭に、常滑線の6連の到着です。今は配線が変わっているのでこれも貴重な記録かも知れません。

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右方の名古屋本線、豊橋方から入線して来たのがブルーリボン賞を受賞したばかりの6000系、慌てて撮ったのでした。

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豊明行き各停(名鉄では普通と言うようですが)となって折り返して来ました。

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この後改札を出て、駅北側の跨線橋に上がっています。名古屋方面に向かうパノラマカーと交換するのは河和行きのモ808他の4連。

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跨線橋で振り返れば、今度はモ2905を先頭に鵜沼行き準急が発車して行きます。広幅の側窓で好みのスタイルでした。

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また、逆を見ます。パノラマカーは7000系でしょうか、弥冨行き準急を見送ります。その右手には貨車も留置されていたのですね。

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“パノラマカー”と言っても前面展望席の無いバージョンも登場していました。名古屋止まりの特急を担っているのは7700形なのでしょうか。それにしてもここ神宮前の踏切は凄かった。名鉄と国鉄で一体何線の線路を越えていたのだろうか。

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跨線橋の東側に寄ってみると、隣の国鉄線路が良く見られます。岡崎行きで来た4連、先頭にはクリーム/赤帯塗装と混結でした。

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クリーム/赤帯塗装が来ないかと待っていたのかも知れません。ク2855先頭の岐阜行きが来てくれました。

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踏切は名鉄4線、国鉄5線の合計9線もあったようです。名鉄線路を越えて来た人が、今度は国鉄踏切で待たされていました。

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この踏切も今ではエレベーター完備の歩道橋に生まれ変わったと聞きます。安全になったのは良いですが金網のフェンスで電車が撮りにくくなってしまっているようで・・・(涙)。

 

2024年2月 8日 (木)

東京スカイツリーを入れて

友人のお誘いで久々の浅草へ。天気も良く、早めに到着した時間の有効活用と、墨田川畔での撮影を楽しみました。

抜けるような青い空を見上げ、アングルを定めていたら・・・、いきなり「リバティ」が発車して行きました。

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折角なので、2020年東武墨田川橋梁横に新設された「すみだリバーウォーク」を渡って向こう岸に渡ってみました。空の青さとスカイツリーの高さを表現したく、「東京ミズマチ」を入れて縦位置で。

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でもやっぱり列車を撮るには横位置の方が合いますかね。「りょうもう」が撮れました。今度機会があれば、この向こう側の橋からの撮影も試みたい。

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約束時間が迫って来たので再び「すみだリバーウォーク」を渡り河岸から。運良く「スペーシアX」が来てくれました。

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先頭部を真横から撮って、ここでの撮影は終了。

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浅草での約束(宴)に向かった次第でした。

 

2023年12月19日 (火)

続:品川へ

高輪の物流博物館を見学しただけで帰るのは実に勿体無い。最初はJR品川駅の通路を高輪口に向かう時、地下の泉岳寺から高架線に上がって来る京浜急行の光景に目が行きました。この光景もやがて過去帳入りになるのですから。

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今は解体されて再開発が進む元「ホテルパシフィック東京」側から駅を見ると、港南口の高層ビル群を背景に、京浜急行の電車が見えるではないですか!! JR品川駅などは建物が無く、階段・エスカレーターの上り口があるだけ。 駅前の国道1号と線路の間にあったビル群が全て取り壊されたお陰で、港南口ビル群まで見通せるようになっているのです。

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高輪ゲートウェイ方向に眼をやればご覧の通り。 OER3001氏にはここで京成の車両が見られるという事、未だにしっくり来ないのですが・・・。などと言っては京成ファンに失礼ですよね。

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歴史を記録しておくという意味からは、やっぱり電車は京浜急行ででなければ。因みにOER3001氏は「京浜急行」と書かせて頂きます。「京急」はどうもしっくりしません。小田急、京王帝都、東横、目蒲、池上の時代がカラダに合っているようで(笑)。 今は「京急〇〇」となっている蒲田、川崎、鶴見・・・久里浜など、1987(昭和62)年までは「京浜〇〇」でしたから。

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高輪はこのへんにして、八山橋へ向かいます。ここも改良工事たけなわで、写真撮影の名所もいつまでなのか? 先ずは山側から下り電車を。

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海側に転じて上り電車を。

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定番はやっぱり海側からの下り電車でしょう。しかし最初に来たのは北総鉄道の車両。

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やっぱりここは、赤い車体の京浜急行でなければ。

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それにしても1000系、もう「新」を付ける必要がなくなっていますが、随分とバリエーションが増えたものです。

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たった1編成しか無い、千葉ニュータウン鉄道の9800形に遭遇したのはラッキーということでしょうか。

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でもやっぱりここでは赤い電車ですよね。快特・京急久里浜行きの2100形を撮って切り上げました。

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架け替えが計画されている八山橋橋梁を行く京浜急行と、下の東海道線とのツーショットが叶わないか、暫くチャレンジしてみましたがそう上手くは行きません。

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何とか収められた都営車と東海道線とのツーショットで、この日は打ち切ることにしました。

 

2023年11月27日 (月)

西武国分寺線

大手私鉄が大手私鉄から中古車両を導入するとのニュースが流れています。しかも戦後の箱根山戦争と言われた戦いを繰り広げた一方が、その相手であった“敵”からと言うのですから、当時を知る世代には信じがたいものです。

小田急8000形を譲り受けて使う予定の線区が国分寺線。ぬか屋の徒然日記で取り上げられていたので思い立ち、天気が良く暖かいうちにと急遽出掛けてみました。JR中央線と並ぶ国分寺駅から乗ります。

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乗車する車両は後期形9次車にあたる2049編成。

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縦型マスコンとこのブレーキ弁を見ると何故か安心します。

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最初はまず、一駅乗って恋ヶ窪のホームから。この区間は複線になっていて交換します。

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もう一駅行って、何方かの最寄り駅で降り、ホームから一枚。

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ここは国分寺行きが対面のホームに入るかと思っていたら、それは朝方と夜間だけだったようです。

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小川まで乗ったのは2+4の6連。前パンていうのはなぜかカッコイイですよね。

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次の列車を待つ間、いきなり来た拝島線はドラえもんです。

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ドアが開いている間に覗いた車内、これは楽しいですね。

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側扉もなかなかのものですよ。

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小平に向かって発車して行ったのを見送ります。

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代わって国分寺行きが拝島線を横切って入線です。

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小川で並んだ国分寺線は、前パンの2+4編成と6両固定編成。なぜかラッキーな気分でした。

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折り返して複線の恋ヶ窪で、去っていく国分寺行きと向かって来る東村山行きを撮ります。

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線路に沿った道を鷹の台方向に歩きます。この時期の低い陽射しが側面に注ぎ、露出調整が難しいです。

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戸倉通りに開けた場所があったので、初冬の澄み切った青空が奇麗だったこともあり、国分寺線らしい風景を収めてみました。

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その踏切近くでの東村山行き。絞りで悩んだ1枚です。

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結局恋ヶ窪駅に引き返し、気になっていた跨線橋に上がってみましたが、目前のビームが何とも邪魔。

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ここは駅を向いて撮るしかなさそうです。

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長閑で模型的な路線だと思う国分寺線。ここにこれが走るようになるのですよ。

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どんな塗装になって活躍するのか楽しみです。

 

 

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