鉄道(地方民鉄)

2026年1月29日 (木)

日光モデル創業60th記念号―2

当日配布された記念品やしおりがまた素晴らしいものでした。

貸切列車参加者だけにくばられた記念品がこれ、アクリル製の16.5㎜ゲージの車両展示台。総合車両製作所(J-TREC)製だそうです。

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日光モデルのロゴマークが入っていて、他では入手できないもの。荷物にもならず良い配布品です。

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それがこんな袋に入れられて。受付を済ませた人々が熊谷駅の通路を散策していると目立つ目立つ、宣伝効果抜群です。

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その中に記念品と共に入れられていたA4版「旅のしおり」がまた素晴らしいのです。

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ごあいさつ、注意事項に加えて編成図と座席案内。

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ページをめくれば何と、手製の当日ダイヤグラム。秩父鉄道様の公式使用品ではなく、主催者が秩父鉄道様から頂いた運行時刻と、ホームページ掲載の旅客列車の時刻を手入力して仕上げたという力作です。従って残念ですが貨物列車は表示されていません。

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早朝に熊谷駅集合というのも大変でしたが、参加者は“乗るだけ”で楽しい思い出になりました。

ここまで諸準備された主催者のご苦労には頭が下がります。本当にありがとうございました。

 

2026年1月27日 (火)

日光モデル創業60th記念号

2026年1月24日(土)、強い寒波が南下している影響から、日本海側では大雪。関東の気温も相当冷え込むも、天気予報は晴れ。まだ日が昇らないうちの6:11発、快速急行に乗って出掛けます。

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新宿からは湘南新宿ライン高崎行、熊谷着は8:08。なんと2時間かからず1時間57分で到着、高崎行を見送ります。

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秩父鉄道改札口前で受付手続き後、ホームで記念列車の回送を待ちます。三岐鉄道カラーになったデキ303号機が先頭となって、熊谷駅に入線して来ました。

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後部には標準カラーのデキ301号機。

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12系客車4両を2両のデキ300形で挟み、特性ヘッドマークを掲げて羽生を見座します。

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電照式表示ではなく、鉄板の「団体専用」サボはイイですね。英語で「PARTY」とあるように、乗り込むやいなや車内ではパーティーが始まります。

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羽生駅でヘッドマークを青い301号機に付け替え、一路三峰口を目指しますが、その所要時間は3時間7分という“長距離列車”ものです。

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ダイヤは当日まで伏せられていた筈なのに、どこから漏れたのか、沿線の好適地には凄い人、ヒト、ひと。

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熊谷から積まれたお弁当は、前橋の名店・登利平の「鳥めし」。薄くスライスされた鶏肉、特性たれで大満足の美味でした。

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長瀞を過ぎ、親鼻の鉄橋を渡る頃は適度にアルコールも回り、楽しい会話で盛り上がりますが、河原を見れば「居るいる!」こちらを撮っている人が。

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三峰口では1時間28分と言う“ゆったり撮影タイム”です。あまりの寒さに駅前の蕎麦屋さんに駆け込む人も見られましたが、OER3001氏は広い構内を巡ります。

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こちらは終端部の踏切から、三峰駅構内を眺めます。ここに熊谷起点57キロのポストがありますが、向こう側には「56.7キロ(コロナ)」の表示もありました。

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“パレオエクスプレス”C58のための転車台も確認して来ました。

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熊谷方の303号機では、様々なヘッドマークを付け替えての撮影会。なんと“ばんえつ物語”なんて言うのも用意していたとは、主催者の熱の入れように感心します。

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そして、15:18三峰口を出発して熊谷までの2時間35分は、また大いに盛り上がった車内となりました。

総参加者は180人と紹介されましたが、入念に企画準備された借り切り列車。参加者も皆、満足されていたようです。主催してくださった日光モデルさま、ありがとうございました。合わせて16.5㎜ゲージを主に、鉄道模型の重要パーツを60年に渡って私たちファンに届けてくださったことに感謝し、益々のご発展をお祈り申し上げます。

 

 

 

2026年1月17日 (土)

地方私鉄の写真展へ

昨年の写真展に行ってお知り合いとなった方の第2回写真展は、OER3000氏も好きな地方私鉄を対象としたものでした。

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往路は新綱島駅(東急新横浜線)下車、プラットホームから階段とエスカレーターで改札階(B1F)に上がり、改札を出て表示に従って歩けばミズキーホールへのエレベーターと、実に快適なアクセスです。会場入り口壁面に新綱島の駅名版があるのが面白い。

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作品は撮影できないので会場風景を。6×6版カメラ、モノクロフィルムでの撮影に拘った50点+αが展示されていました。

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OER3001氏も若い時に訪れ、乗った路線も多く、思い出が蘇ります。1月25日(日)までの開催、是非訪れて見られては如何でしょうか。

 

2025年11月18日 (火)

紅葉の箱根2025③

一日乗車券なので、彫刻の森から強羅までたった一駅でも電車に乗ります。「餃子センター」前のカーブは撮りやすい場所でしたが、線路脇用地へは立ち入れないようにされてしまいました。

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強羅駅ホームで新しいもの発見! 100形を模した記念写真撮影用の・・・、何と言うのでしょう、ボード? 本物のシールドビーム前照灯と尾灯が付けられていて、中央の窓から顔出します。

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2019(令和元)年台風19号で大きな被害を被った宮ノ下-小涌谷間の蛇骨橋付近は、立派な橋脚や擁壁などで蘇りました。

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早川橋梁(通称・出山の鉄橋)を渡ります。あまりに快適なので、そのまま箱根湯本まで。

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折り返し強羅行きとなるのですが、何とガラガラ。これ幸いと最前部席で再び強羅行きの乗客と化します。こういう時に3000形、3100形のアレグラの眺望性はサイコーです。

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またまた渡ります、早川橋梁を。3100形アレグラなので運転士さんの頭の上から前を見られます。もともと非電化路線だった東海道本線天竜川橋梁の鋼体を転用したため、トラス高さは5,283㎜と、電化線区のトラス橋としては低い。そのため架線の高さを低くできる剛体架線が使用されているのです。

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3100形アレグラの天地方向に大きい側窓は、ここを通る時には威力を発揮します。

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出山信号所では、山登りで最初のスイッチバック。今回発見したこと、それは・・・、

信号所の電車線上には饋電線が無い!! 信号所の先(入口)で、饋電線の本線はスイッチバックした方向に行ってしまう。ひぇ~!

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なんてこと観察しながら宮ノ下で降りました。ここには変電所があるのですよ。

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山登りのアレグラを見送って10分後、山から下りて来たのは100形。

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なんとなんと、車内は尾根遺産ばかりではありませんか。函嶺白百合学園の清楚なお嬢様は編み物に夢中です。

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山登りの2000形サンモリッツが到着しても脇目も振らず熱中しています。

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山を下り、大平台で山登りの3000形アレグラを迎えても、編み物は続きます。

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という訳で、この100形の男性乗客としては実に良き時間を過ごし、紅葉の箱根を後にしました。

 

2025年11月16日 (日)

紅葉の箱根2025②

早川の鉄橋近くの「出山」バス停には、10分も待てば箱根登山バスと伊豆箱根バスが来ます。狭い道路を歩く恐怖を避けてバスで戻り、再び箱根湯本から登山電車に乗りました。何せ一日乗車券ですから。

さっき降りた塔ノ沢駅に進入します。

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さて、今度は何処で降りようかと、行き当たりばったりの旅も楽しいものです。

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ここで山を下る上り電車と交換、ちょっとした停車時間があります。

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乗って来た車両はスイスはレーティッシュ鉄道のグレッシャーエクスプレス塗装編成(2005-2203-2006)でした。

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中間車の2203は、2022(平成22)年5月24日に天皇・皇后両陛下がご乗車されていた車両で、記念碑が箱根湯本駅に設けられています。

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彫刻の森まで乗車して下車、彫刻の森美術館の脇道へ入ります。

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目的地はこの近く。以前に見つけて名前が気に入っていた踏切でしたが、踏切名称と向かって来る電車を撮るのには無理があります。

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主目的は、右側にある「後藤良二 交叉する空間構造 1978年」を入れて撮りたかったからでした。彫刻家・後藤良二は1951年北海道生まれ、OER3001氏と一つ違いということもあって興味が湧いたのでした。

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でもあまり良くわからない画像になってしまったので、電車の後姿を牛乳屋踏切から。

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さらに、ススキを絡めて撮っておきました。

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1000形ベル二ナにはやはり登場時のこのカラーが似合いますね。

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レーティッシュ鉄道カラーにされたこちらも悪くは無いのですが、幕板部のイエローラインは本来「1等」の区分なのです。承知の上でこうしたのかどうか?

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最後の画像を撮った場所には、評判の「餃子センター」があるのですが、この日は臨時休業。インバウンドの観光客がひっきりなしに来ては、貼り紙を見て残念がっていました。

 

 

 

2025年11月14日 (金)

紅葉の箱根2025①

この日はここから、この切符で始まりました。箱根登山電車1日乗車券、これはこの日の行動にはお得です。

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先ずは小田急の1000形で箱根湯本へ。1000形は11月27日から「赤い1000形車両」運行と発表されていますが、青帯の姿も来春からは見られなくなりそうです。 

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箱根湯本からは1,435㎜ゲージ、直流750V、最急勾配80‰、最小曲線半径30mの登山区間へ。乗換えた車両が運良く2028年1月で引退と発表されている100形(モハ1形)に乗れました。

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足回りは既にカルダンドライブに変更されているので吊り掛け音は聞けませんが、箱根湯本駅を後にします。

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一駅だけ乗って、塔ノ沢で降りました。「パーミル会」のヘッドマーク付けたベルニナと交換。

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この日の100形は104+106の2両、モハ2形の108は入生田車庫でした。

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ここから歩道を歩いて国道に下り、その狭い国道の渋滞するクルマの横を慎重に歩き、坂を上って行った所がここ。

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昭和33年11月竣功とありますから、小田急はWN駆動で登場した2220形と同じ年だったようです。

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この吊り橋です。

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ここから早川橋梁(通称「出山の鉄橋」)を渡る電車を撮ります。単純下路ダブルワーレントラスというこの鉄橋は、現存する日本最古の鉄道橋だとか。橋長61.0 m、河床からの高さは43mで、現存する唯一の錬鋼混合200ft桁として登録有形文化財に登録されているものです。

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強羅を目指す列車は、鉄橋を渡った後2つのトンネルを左カーブで80‰勾配を進み、出山信号所でスイッチバックします。

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下を流れる早川からの高さは凄いです。ここに登って行く歩行路は全くありません。

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ちょっとアングルを変えて、紅葉の間から顔出す2000形サンモリッツを狙ってみました。

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でもやっぱり、ここでは鉄橋を左右一杯に入れたアングルが最適でしょうか。

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43mの高さも入れた縦アングルも一考かと思い試してみたものの・・・、やっぱりイマイチ。この早川の河原まで降りることができたら、また違う味のものが撮れたのでしょうけれど、果たして河原に下りる術があるのでしょうか?

 

2025年10月 9日 (木)

神戸電鉄-④鵯越

鈴蘭台を後にして次駅までは3.9㎞と比較的長い距離。それもそのはず2018年までは、途中に菊水山と言う秘境駅もあった。長短3カ所の隧道もあり、この隧道を抜ければ目的地。

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「鵯」と言う字、普段見ない漢字なので難読ですが、「鵯越」となれば想像もつくのが面白いです。

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源平合戦の史跡として有名(とは言っても、OER3001氏はNHK大河ドラマで記憶)ですね。

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上りホームに当時の地図と共に、

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解説のパネルが設置されているので、歴史好きには嬉しいでしょう。

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それらを読んでいると、隧道の向こうから粟生行きの1100系が、50‰勾配を上って来ました。

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鈴蘭台で撮っていた「神戸新開地 喜楽館」のヘッドマークを掲げた1103-1202-1104です。

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鵯越に停車して再び、50‰勾配に向かって発車して行きました。

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登山鉄道を経営する鉄道事業者7社(株式会社小田急箱根、富士山麓電気鉄道株式会社、大井川鐵道株式会社、アルピコ交通株式会社、叡山電鉄株式会社、南海電気鉄道株式会社、神戸電鉄株式会社)で構成された「全国登山鉄道‰会」の1社として、この光景を捉えておきたかったのです。

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今度は三田行きの5000系、5017-5118-5117-5118の4両編成です。

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ここから鈴蘭台までは山間部をSカーブと隧道が続きます。

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なんとまたラッキーなことか、「全国登山鉄道‰会」ヘッドマーク掲示編成の到着です。

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新開地に向けて、「全国登山鉄道‰会」のヘッドマークを掲げた編成は隧道へ。

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50‰下り勾配に差し掛かる後姿もまた良いものかと。

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因みに「全国登山鉄道‰会」のヘッドマーク掲示は、9月17日から11月30日まで。加盟各社は以下のように発表されていますのでご参考まで。

会社名 掲出車両
小田急箱根 ベルニナ号 1編成(1003-2202-1004)
富士山麓 6000系 6501号編成1編成
大井川 クハ600形 1編成
アルピコ 20100形 1編成(20101-20102)
叡電 800系 1編成(811-812)
南海 2300系 4編成
神戸 1100系1編成 1編成(1107-1204-1108)

 

2025年10月 7日 (火)

神戸電鉄-③鈴蘭台で

久しぶりに訪れた神戸電鉄ですから、短時間でも中身の濃い時間を過ごします。公園都市線、有馬線の後は三田線に粟生線が交わる鈴蘭台に向かいます。50‰の勾配を下り、2面4線のホームを擁する鈴蘭台駅に到着します。

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三田方面からの列車が到着するのは一番左の1番線。前回紹介の有馬口とはホーム番線の順序が違うんだ。ここは上り(新開地方面)が1番線なのに、有馬口の1番線は下り(三田方面)だった!

1番線から前方には留置線が1線、オレンジとシルバーグレーのメモリアルトレインとなった1357編成(1357-1358-1359-1360)が留められていたではありませんか。有馬線ではスプリンググリーンとシルバーグレーの1151編成(1151-1251-1152)にも出会えると言う、この日は何というラッキーか。

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乗って来た新開地行を見送ります。

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間もなくして、4番線側に留め置かれていた5000系横を、新開地から50‰勾配を駆け上がって来た三田行6000系が。

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新開地駅は駅構内を挟んで下り方は、左の粟生線、右の有馬線ともに50‰の上り勾配に掛かります。

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粟生線からの1104先頭の3両編成(1104-1202-1103)が、50‰勾配を下って来ました。

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掲げられたヘッドマークは「神戸新開地 喜楽館」。2018年7月11日に開館した上方落語の定席だとか。

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今度は三田からの5000系新開地行が、50‰勾配を下って来ました。

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と言うように、ここ新開地は結構頻繁に列車の往来があるので、車両撮影は効率的だと思います。そんなホームの先端で、熱心に絵を描いている男性が居られました。なかなかの腕を持つ方と思われましたが、あまりに真剣なご様子故、お声を掛けられませんでした。

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まだまだ飽きない場所なのですが40分程でここを切り上げ、新開地行で50‰勾配を下ることとしました。

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新開地からは左に車両基地出入りの線路を見つつ、車庫の横で右カーブ。さてさてこの先はどんな展開に・・・。

 

2025年10月 5日 (日)

神戸電鉄-②有馬線へ

公園都市線を極めた後は、横山に戻って新開地行の列車に乗ります。

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で、目指すはこちら、有馬口です。ホームは右から1番線、2番線と、OER3001氏乗車の2008は3番線に入線します。

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三田からの列車は左の単線から入線、右方が有馬温泉への単線です。単線と単線の両線が一緒になって、ここから複線で新開地に向かうのですが、解りやすい配線です。

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3番線は横山から乗って来た2000系が停車中。右の4番線には有馬温泉行の6500系が停車中です。

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有馬温泉行の発車を待つ間、思いがけず三田線から「教習」運用の3000系が入線、ラッキーでした。

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さてさて、有馬温泉に向かいます。緑深い単線をカーブして進みますが、レールを背中合わせに溶接した架線柱が一部で使われているのですね。

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真新しい架線柱に交換された区間も増えた山間部を進み、この隧道を抜ければ有馬温泉駅です。

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隧道抜けたらなんと、有馬温泉駅には旧塗装に戻った1150系が停車しているでは有馬線か。

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この駅は前の大阪万博の時、1970年8月に撮っていたこの写真の印象が強烈でした。

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しかし今は、隧道上にはホテルが建設されてしまい、当時と同じアングルでの撮影は叶わなくなってしまいました。仕方が無いのでその隧道を眺めてから スプリンググリーンとシルバーグレーのツートンカラーの1152に乗車。

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この運転台、三菱電機の主幹制御器と制動弁なのはどこか小田急の香りがします。

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どうです? これは新性能化された旧4000形の運転台。似てるでしょ。

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運転台背後の室内色も、OER3001氏には落ち着きます。

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ほら、車体の大きさこそ違えど、似たような香りでは有馬線か。(冷房化された旧4000形)

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などと楽しみながら、1152はゆっくり有馬口1番線へ。

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オデコの2灯並列前照灯だって、小田急っぽいと感じます。

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こうして有馬線を堪能し、次の地に向かいました。

 

2025年10月 3日 (金)

神戸電鉄-①公園都市線へ

 川西能勢口での会合の夜は慶応義塾大学の三田(みた)ではなく、JR宝塚線(どうもしっくり来ない、福知山線でしょ。)で三田(さんだ)に向かいました。朝を迎えて1123室のカーテンを開けたら、三田駅が良く見えること。

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朝食もパスして早速撮影地に。先ずは神鉄三田駅を。

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それから予め調査しておいた武庫川橋梁へ向かいます。武庫川って阪神じゃなかったか?と思って調べたら、この川が阪神の武庫川になるのですね。

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生憎というかラッキーと言うべきか、曇りだったので逆光も気にせず、線路の両側から撮れました。「特快速」って朝しか無いのですね、ラッキー!

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先のは2000系、今度は5000系だと言うことだが、OER3001氏にはどこが違うのか良くわからん。調べたら車体は同じで2000系が抵抗制御、5000系はVVVF制御だったのですね。

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6500系と言うようで、日本鉄道史上初のフルSiC採用新造車両だそう。外観的には6000系と間違えそうです。

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廃車も進む3000系も来てくれました。日本初の「抑速定速度運転機能」が装備された車両です。

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さて、1時間ほどで武庫川橋梁での撮影を終え、三田駅付近で朝食後2駅乗車。横山で降ります。新開地への線路は左へ。トンネルに向かうのが公園都市線。

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ちょうど公園都市線からの三田行列車が到着です。

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到着した三田行の反対側には公園都市線ウッディタウン中央に向かう2000系が。これに乗って終点を目指します。

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公園都市線は単線ですが、複線化が可能な用地と設備が準備されています。

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最初の駅はフラワータウン、2つ目の南ウッディタウンで列車交換です。

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終点のウッディタウン中央も1面2線のホーム。

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その先は車止めですが、将来の延伸計画などあるのでしょうか?

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1991年に横山からフラワータウンまでの2.3キロ、1996年にウッディタウン中央までの全線5.5キロが開業していますが、それにしてもメルヘンチックな駅名が続きますね。その先の延伸計画、いや延伸構想もあったようですが・・・。

 

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