鉄道(地方民鉄)

2021年7月12日 (月)

今日の一枚 No.125

当シリーズの125回目、伊豆急行クモハ125の勇姿とします。

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この時はまだ、Google Map などというものに出会っては無く、地図と睨めっこしつつ線路に沿って歩いて行ったものでした。迷いつつ、ファインダー覗きながらポジションを決めるという当たり前の行為が今、情報化社会の中に有ってマニュアル通りに撮りに行くというカタチに変わりつつあることが悲しいです。

 

 

2021年7月 9日 (金)

一畑電鉄が心配

ここのところ続いている線状降水帯がもたらす豪雨災害、熱海の土石流に心が痛みます。

一方山陰地方も相当な被害が発生しているようで、首都圏には詳細な報道が届いていませんが、一畑電鉄も大変なようです。

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地方のローカル私鉄は、ただでさえ沿線人口減少などの影響で厳しい経営を余儀なくされているのに、さらに自然災害で痛めつけられては・・・。何とか復旧してくれることを祈るばかりです。

 

 

2021年6月29日 (火)

今日の一枚 No.123

西の方の話しによれば、当時の塗色になって最後まで残った山陽電鉄3030×4のお別れ運転が、6月26日に行われたようです。

山陽電鉄の車両は永年神戸川崎車輌、川崎重工製の車両で、電装品が三菱電機と、小田急にも似た感じがして惹かれていたものでした。

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これは1972(昭和47)年製の3050-3051-3530-3630と思われます。確か西代で撮っています。今は線路が地下化されているのですね。

ここまで入力した後でファイルを見ていたら、下の画像が見つかりました。先頭が3050ですから同じ編成でした。

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1983(昭和58)年の出張時の空き時間を使っての寄り道でしたが、ここは御影辺りだったでしょうか。真面目にフィルム整理していなかったので記憶が薄らいでしまいました。

 

 

 

2021年6月16日 (水)

今日の一枚 No.121

首都圏も梅雨入りとなり、鬱陶しい天気が続くようで、毎日の線路端へのウォーキングにも影響します。そんな中での「今日の一枚」は伊豆の海辺を回送する100系電車を。拡大して車号を確認したらなんと「121」でした。

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この時は下田方からクモハ110+サハ180+クモハ1100+クハ1500+クモハ110+サハ+クモハ100または110の7両編成だったようです。

スマートだった100系にも冷房装置が搭載され、屋根上が不揃いな姿に変わっていました。

 

2021年6月10日 (木)

今日の一枚 No.120

120回目の「今日の一枚」、これを掲出するのを待っていました。伊豆急行クモハ110形の120号。

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1961(昭和36)年の年の暮れに華々しく開業した伊豆急が用意したのは、全長20メートル裾絞り車体に広幅窓が並んだスマートな車両群。120は開業時に用意されたクモハ110形111~120の最終番号でした。

 

2021年5月20日 (木)

今日の一枚 No.116

当シリーズ116回目、有りました116の画像が!

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阪急で嵐山に行った帰路、京福嵐山線を利用しました。嵐山駅に到着しようとしている車両を撮っていましたが、これが116号でした。1932(昭和7)年に田中車両(現・近畿車輛)で7両製造されたモボ111形(111-117)の1両だそうです。

 

2021年5月19日 (水)

三線軌条

事例の少ない三線軌条だが、小田急沿線に生まれ育ったOER3001氏にとっては小田原から先、箱根登山線への直通で身近な存在でした。

しかし2006年以降、小田原-箱根湯本間は小田急車の運行となったことから、入生田以東の標準軌は撤去されてしまったのは寂しい。箱根湯本に向かうEXE-αが三線軌条となる入生田駅に到着、上り電車と交換です。

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到着した上りのEXE-αは三線軌条です。

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入生田に箱根登山の検車庫があるので、標準軌登山車両の入出庫のために三線軌条となっています。

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入出庫にしか使われない標準軌線路と、狭軌線路とでは光り方が違います。

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ちょうど良く、標準軌2000形“サンモリッツ”の回送が来ました。車体幅は2,520㎜です。

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プラットホームとの間隔も開いています。

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床下機器も良く見えます。この間隔を無くして乗降時の安全性向上のために、箱根湯本までを小田急車の運行としたのでした。

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“サンモリッツ”が入庫して行きます。

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ゆっくりと検車庫に入って行きます。

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その直後の分岐器、標準軌が反位です。

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狭軌が定位に切り替わるのを待ちました。向こうの安全側線に繋がる分岐器も、狭軌が右に切り替わっています。

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そこに、車体幅2,900㎜のEXE-αがやって来ました。先程の“サンモリッツ”との差が歴然とします。

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プラットホームとの間隔もこの通り。

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EXE-αが通過して行った後、待避していたMSEが三線軌条区間に入って行きました。

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入生田駅での滞在時間、結構長いものとなってしまいました。

 

 

2021年5月18日 (火)

箱根路へウォーキング:2

箱根路ウォーキングの目的は保存車両を見ることではありましたが、それだけで済ませてしまうにはもったいない。当然線路に近づきます。

最初の市電を見た後、国道1号線を歩いて東海道線を潜ります。音がしたので振り返ったら、小田原行きが通過して行きました。

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小田原を出た箱根登山線はその辺りで大きく右へカーブして大久寺という寺、墓地を右にします。寺を入れて撮ろうか場所探しましたが余り良くなく諦めました。

次は箱根板橋駅先の板橋踏切から、背後の国道1号を跨ぐ橋梁を越えて近づく小田原行きを狙います。

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振り返って箱根板橋駅、ここで箱根湯本行きとの交換です。

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次は国道1号を跨ぐポニートラス橋を小田原方から。ちょうどGSEが来てくれました。

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光線状態の良い湯本方からも撮りたいと構えていたら、EXEが来てくれました。箱根登山線の橋梁と言えば、早川に架かる出山のトラス橋ばかりが有名ですが、こちらもなかなか魅力的な橋梁だと思っています。

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足を進めます。早川左岸を進む国道1号に沿って、登山線は山肌にへばりつくように建設されています。

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その光景をなんとか収めたかったのですが、結構ワイドなレンズでないと収まりきれません。

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相模湾を背後にしたアングルも良いですが、山肌に沿うように走る光景もまた良しです。

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東風祭というバス停が、風祭駅の手前にあります。ここで線路を越えた反対側に行ってみます。

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これを撮りたかったのです。運良くVSEがゆっくり慎重に下って来ました。

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VSEと風祭駅で交換した小田原行きが来ました。

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先の撮影場所上には小田原厚木道路が通ります。

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風祭駅での交換もあります。この時はEXEと。風祭と言えば老舗蒲鉾店「鈴廣」、箱根駅伝の小田原中継所としても有名です。

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鈴廣のカフェ107となって保存された箱根登山107号を見た後、さらに歩き入生田へ。EXE-αが28.6‰勾配を上がって来ました。

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そこにはこれ、箱根登山検車区が。

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ちょ先の先のEXE-αが折り返して来て、検車区横を通過します。

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検車庫内を除いた後で、検車区横を駆け上がって来た箱根湯本行きを捉えます。

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この後はここ入生田からの標準軌、狭軌併用軌道を観察してウォーキング終了、電車に乗ることとしました。

 

 

2021年5月17日 (月)

箱根路へウォーキング:1

年2回届く株主優待乗車証の使用期限は5月31日と11月30日。その残分消化を兼ねて、天気に恵まれると聞いた日のウォーキングは、ちょっと遠くへ出掛けてみることとしました。

この日のテーマは保存車両を観る。小田原駅から昔仕事した商業施設を見たり、無くなった模型店「機関庫」の跡を訪ねたりと散策しつつ、ここへたどり着きました。

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(一社)小田原路面電車協会が保存する元箱根登山鉄道小田原市内線モハ202です。

長崎電気軌道151となっていたのを、大変な苦労の後に引き取って小田原内に設置したということですが、 その車両自体の出自は王子電気軌道402だそうで、紆余曲折を経た車両。小田原市内線に居たのは市内線廃止の1956(昭和31)年までの数年間だったようです。

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多くの地元企業や有志によるクラウドファンディングをもって実現した、小田原市への里帰りだったということです。

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車内も運転席も長崎軌道時代のままのようです。

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それでも設置に協力してくれた地元企業の貢献は大きい。ういろうの会社なのですね。ここではレストランを営業しています。

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そこから箱根駅伝ランナーが走る国道1号を歩きます。箱根板橋を過ぎ、たどり着いたのはここ風祭にある老舗蒲鉾店である鈴廣が経営するカフェ107。

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ここに保存されて以来、車窓からは見ていても訪ねてみたのは初めてでした。

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プラットホーム状のテラスで飲むオリジナルビールは最高です。

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車内にも自由に入ることが出来ますが・・・、あれ? 天井にエアコンが!

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107横の紫陽花が咲き始めたようです。

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折角なのでウォーキングはさらに先を目指しました。

小田原を出た箱根登山線は、今は狭軌の小田急1000形で運行します。箱根板橋、風祭、入生田を経て箱根湯本ですが、その入生田へ。

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ちょうど庫内では最新型車両がジャッキアップされていました。

ということでこの日の累計歩数は15,900歩となった次第です。

 

 

 

2021年5月15日 (土)

今日の一枚 No.115

このシリーズも115回目。ありましたよ、箱根登山鉄道115が。

強羅駅ですが、今とは配線が異なります。彫刻の森駅から来た電車は、先の方のホームに停車して乗客を降ろします。この写真では107他の2連が停車中です。その後に115の停車位置まで移動して乗客を乗せ、一旦渡り線を通って出発して行きました。

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増加した乗客に対応すべく、115の停車する線路上までプラットホームを拡張したのです。これにて箱根登山の番号追いは終了となります。

 

 

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