鉄道(地方民鉄)

2021年2月21日 (日)

モハ2形 109号の引退の前に

箱根登山鉄道のモハ2形、109号が3月21日にラストランという告知がされています。 間際になれば相当な「密」になることが予想されるので、まだ大人しいうちに出掛けてみることにしました。

ちょうど良くEXE-αが来たので乗ったら、トントン拍子にここまで。 

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今回はこの辺りでゆっくり撮ることにしました。 モハ2形(109)はモハ1形(104、106)との3両編成、しかも3両とも違う塗装です。

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望遠で撮った後にコンデジでも1枚。

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急いで路地を抜けて先回り、上って行く後ろ姿も撮れました。

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再び山を下りてくる所も。

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大平台でスイッチバックして、箱根湯本に下りていきました。

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こちらは大平台から上ってくる所。ここの踏切は「大平台出口踏切」と言います。因みにこの右下の踏切が「大平台入口踏切」、登山線の踏切名称は面白いです。

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と言うことで、実車は来月引退することになっていますが、“当社”の109号は不滅です。小さなレイアウトでは実車に似た風景は再現できませんが、一応雰囲気だけは・・・。

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カメラ位置を可能な限り低くして。

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5コマ目の画像同様に、縦アングルでも撮ってみましたが。

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模型の世界では想い出はず~と残せますから最高です。

 

 

2021年1月28日 (木)

今日の一枚 No.97

ここのところ度々アップしてるハーフサイズカメラ“Canon demi”で撮った一枚から。

時は1967(昭和42)年1月の113系、伊東駅構内と思われますが、正面には「伊東-伊豆急下田」のヘッドマークのような運板が。 伊豆急線内の列車として、国鉄車両が運用されていたようです。 先頭からTc-M'-M-Ts-M'-M-Tcと、1等車サロ111を入れた7両編成です。

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モノクロフィルムゆえ、塗色が判りませんが、スカ色だったのではないでしょうか。

開業から5年を経過した伊豆急でしたが、この頃は国鉄からの直通運転ばかりではなく、国鉄車両による自社線内運用も少なくなかったのでしょうか。

 

2021年1月26日 (火)

今日の一枚 No.96

製作再開のスイス風フリーの電車は登山電車風ですが・・・、1965(昭和40)年1月の箱根登山鉄道にはこんな電車もいました。 ハーフサイズカメラ“Canon demi”での撮影です。

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強羅駅の片隅、とは言えどプラットホームからよく見える場所に、いつもこうして止まっていたことを思い出します。

色褪せた感じの小豆色、ブリル21-E形台車の2軸車、屋根にはビューゲルが載ったかわいらしいスタイル。 ユ1形と称して、その昔は温泉地旅館への食材輸送を担っていたらしいが、撮影時は既に鉄道資材等の運搬に従事していましたが、1976(昭和51)年に廃車されてしまいました。

 

2021年1月11日 (月)

雪、雪、雪・・・

昨日のつづき、富山ライトレール乗車後は富山地方鉄道に向かいました。

はっきり言って好きでは無い、あのデザイナーが関わった電車に乗って、宇奈月温泉を目指したのですが、日本海側を走ってきた線路は電鉄石田駅を過ぎた当たりから進路を右に取り、電鉄桜井、いや今は電鉄黒部と名を変えた駅からはいよいよ黒部川に沿うように山肌を登っていきますが、それに伴って積雪量が増して行きます。

スノープロ-で線路上の雪を飛ばしながら力強く登ってたどり着いた終点、宇奈月温泉駅ではこんな状況に驚愕です。

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辛うじてプラットホームの縁は、乗降可能なように除雪されていますが、連結器から下は雪に突っ込んでいます。 到着する列車が線路上の雪を押しながらたどり着いた結果、一層雪が積み上がっているのでしょう。

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車止めが何処なのか、さっぱり判別できません。 ホーム上屋の積雪も1メートルほどです。

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2021年の豪雪では随所で運転見合わせを余儀なくされ、懸命な除雪作業が行われていると言うことです。 このコロナ禍にあって、地域の足を確保する事業に携わる方々には頭が下がる思いです。

 

2021年1月10日 (日)

豪雪が心配

寒波が南下して、降り続く日本海側の豪雪を心配しています。

2012年2月の降り続く雪の中、石川県工業試験場からのご依頼で金沢まで行く機会がありました。 ちょうど金曜日だったので1泊、翌日は富山で電車見物としました。

富山駅北口、初めて目にするLRT・富山ライトレールはブルーの0606編成がやって来ました。

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早速乗り込みます。 ユニバーサルデザインを徹底し乗車も楽々です。

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プラットホームとの段差はありません。

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車内には、デザインしたGK(GKデザイン機構) のプレートとともに、鉄道友の会ブルーリボン賞のプレートが。

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降りしきる雪の中を行く車内は温かくて静か、快適です。

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途中駅では0607編成と交換しました。

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そして終点・岩瀬浜。 一面の雪で、何処までが鉄道用地なのか、よく判りません。 その昔、ここにはスカイブルーのクモハ73+クハ79の2両編成がやって来た時代があったことを記憶しているのは、かなりの年配者になってしまいました。

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そのスカイブルーのクモハ73+クハ79の時代を回想しつつ、富山駅に引き返したら、積雪はもっと深いものになっていました。

今日の富山はこんなものじゃ無いんだろうな? 被害が出ないことを祈るばかりです。

 

 

2020年12月17日 (木)

今日の一枚 No.93

高校生だった1967年5月、伊豆への家族旅行の帰りに修善寺駅で撮った一枚です。  

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3両編成の先頭はモハ57、検査出場後間もないと思われ、綺麗な車体でした。 国鉄モハ30の戦災車を自社大場工場で復旧させた車両だそうで、よく見ると両運転台だったようです。 当時あまり知識を持たなかったので、単なる17m旧型国電としか思っていなかったのですが、今になってその経歴を知りたくなって調べようにも、なかなかその資料に出会えないでいます。

 

おまけ;

三島に向かう電車の中から、途中で交換した車両を撮っていました。 韮山ではモハ63。

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そしてここは何処でしょう。 大場かも知れませんがモハ59。19670517_0008_15

どれも個性的な“17m旧型国電 ”でした。

 

 

2020年11月29日 (日)

大雄山へ

開成でクヤ試運転の撮影後は小田原まで足を伸ばし、久しぶりに大雄山線に乗ってみることにしました。

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発車を待っていた電車はこれ、5005(Mc)-5006(M)-5503(Tc)という編成です。

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ヘッドマークを掲げていますが、それはこれ。 伊豆箱根鉄道グループが100周年だそうです。

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驚いたのはその大雄山線の「0」キロポストは車止めの位置に立っていて、駅中央では無いのです。 何度か訪ねている大雄山線でしたが、これまで気づきませんでしたし、もしかして全国的にも珍しいのでしょうか?

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終点の大雄山駅まで乗り、駅構内を見渡せる踏切に回りましたが、折しもそこに下り電車が入線してきました。

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興味があったのはここに止められているコデ165でした。 パンタは下ろされていても、全貌は綺麗に見ることができました。

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向こう側にも回り、ちょっと民間の駐車場から撮らせて頂きました。

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全車両がステンレスの5000系になった今の大雄山線ですが、OER3001氏の思い出は所謂17メートル旧型国電ばかりだった頃。 写真を探していたら165ではなく153のカラーがありました。 まだ架線電圧が1,500Vでは無かった1971(昭和46)年11月、大雄山駅構内での撮影です。

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このモハ153の元は国鉄クモハ11 499で、同じ国鉄からの譲受車クハ16 525、クモハ11 462から転じたクハ182、モハ156と3連を組んでいました。

現存のコデ165は、純粋な国鉄からの譲受ではなく、架線電圧昇圧後に譲受した相鉄モハ2024なのです。

いかん、いかん、旧型国電に想いを寄せては。 また作りたい題材が増えてしまいそうで・・・。

 

 

 

2020年11月25日 (水)

大井川鐵道を訪ねて

今や大井川鐵道と言えば、きかんしゃトーマスを模したSL列車で有名ですが・・・、

50年前の年の暮れ、趣味界の大御所にお声掛け頂いてご一緒したことが良き想い出です。 こんな“新車”が搬入されたと聞いてのことでした。 前照灯がカッコイイですよね。

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最大の特徴は寸又峡温泉への誘客のためか、車体に描かれた色っぽいイラスト。 

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いつか、これを模型製作するかも知れないと思い、一通りの写真を撮っておきました。 大鐵では海、山ではなく何と呼ぶのでしょうか、こちらは金谷に向かって左側。

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こちらが金谷に向かって右側です。 

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台車はD-18。

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このモハ310、クハ510と組んだ2両編成ですが、名鉄3800形を譲受して改装したもので、なかなか好ましい姿でした。

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オール転換クロスシートで、大井川を眺めながら走ることになるのですが、残念ながら営業列車には乗らず仕舞いでした。

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しかし模型的には実に好ましい電車だと思っています。 我が社の工場は満杯なので、この電車に取り掛かることは叶いそうにありませんが。

 

 

2020年10月30日 (金)

箱根登山鉄道崩落箇所

10月24日に取り上げた箱根登山鉄道の災害復旧状況ですが、災害前に撮影していた画像が見つかりました。 1994(平成6)年7月24日の記録です。 強羅行きが登って来て、ここ蛇骨橋近くの石積みのような橋脚にガーターブリッジが架かる、半径30m曲線にさしかかります。 

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復旧工事ではこの橋脚を確認できる場所まで近づけませんでしたが、何らかの影響があったのではないかと思っています。 右手にカーブを曲がり、電車は木立の陰に隠れて行きました。

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スキャニングを進めているネガフィルムから見つけた次第ですが、フィルムはかなり黄変したものが多く困っています。

 

 

 

2020年10月25日 (日)

3線軌道

箱根登山鉄道の起点は小田原なのに、小田原から箱根湯本までは箱根登山鉄道の車両は走っていません。 

輸送力増強のため、同区間は新宿からの特急ロマンスカー以外の普通列車には小田急の1000形4両編成が、ベルニナカラーを纏って走ります。 いつしか1,435軌間も外されてしまい、箱根登山鉄道の車両は走ることができませんが、鉄道知識の浅い一般乗客は、赤い車両だから登山電車だと思っているかも知れません。

標準軌1,435㎜の箱根登山車両は、箱根湯本の一駅手前、入生田の車庫から強羅までしか走れなくなってしまいました。

箱根湯本から小田原行きの1000形に乗車、前方を注視します。 ここ入生田までは1,435㎜軌間と1,067㎜軌間の3線で、ベルニナカラーの1000形が待っている下り線は1,067㎜軌間です。 

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1,067㎜軌間の小田急車は車庫線には入れず真っ直ぐ進み、安全側線の分岐器から1,067㎜区間に侵入します。

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車庫線に向かう1,435軌間、早速待ち受けるのは、狭い構内を有効に使うために設けられたダブルスリップなのですね。

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ダブルスリップと言い3線分岐器と言い、箱根登山鉄道の軌道はなかなか面白いです。

 

 

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