今日の一枚

2021年5月15日 (土)

今日の一枚 No.115

このシリーズも115回目。ありましたよ、箱根登山鉄道115が。

強羅駅ですが、今とは配線が異なります。彫刻の森駅から来た電車は、先の方のホームに停車して乗客を降ろします。この写真では107他の2連が停車中です。その後に115の停車位置まで移動して乗客を乗せ、一旦渡り線を通って出発して行きました。

11519781225_070201__15

増加した乗客に対応すべく、115の停車する線路上までプラットホームを拡張したのです。これにて箱根登山の番号追いは終了となります。

 

 

2021年5月 3日 (月)

今日の一枚 No.114

114回目となった“今日の一枚”、意地になって114の画像で行きましょう。

114という車号は伊豆急にも居たはずですが、生憎撮っておらず、ここ箱根登山のものしかありませんでした。1979(昭和54)年の彫刻の森で撮ったときは、前照灯も大きく黒いものでした。

11419790415_070513_15

1987(昭和62)年に強羅で撮ったのを見ると、前照灯はシールドビームに交換されていました。

11419870531_131216_15

引退を前にした1997(平成9)年 、薄黄色と青の1950年代後期の塗装になっていました。この時シールドビーム前照灯は再び古いタイプのものに交換されていたのです。

11419970705_230816_15

“今日の一枚”とは言いつつ、114号の変遷を綴った次第です。

 

 

2021年4月29日 (木)

今日の一枚 No.113

「今日の一枚」 No.113はご期待(誰が?)にお応えして113を。

11319790415_070510_15

残念ながら113は、この車内から捉えた1979(昭和54)年4月15日の一コマしかありませんでした。

何度も行って、何回もシャッター切っていても、なかなか全車両を撮るというのは難しいものですね。

 

2021年4月23日 (金)

今日の一枚 No.112

「今日の一枚」シリーズの今回は112回目となります。ごくごく一部の方から「箱根登山は115までカバーできるだろうか」とのコメントも頂いておりますので頑張って探しました。

ありましたよ、101と連結していた2両編成で活躍していた112の姿が。小涌谷駅を発車した直後の箱根湯本行き。

11219881231_150405_15

1988(昭和63)年の大晦日、新年が一週間ほどで昭和を終えることになってしまうとは、考えもしないでシャッター押していました。

 

2021年4月18日 (日)

今日の一枚 No.111

ここの所続けてきた当シリーズは、回数と同じ形式または車号を取り上げてきましたが、そろそろネタ切れです。

そんな中、111がありました。伊予鉄道モハ110形、1978(昭和53)年5月の松山出張の際、仕事を終えた夕刻に松山市駅で撮っていました。

111_16

日鋼式密着自連の下に電気連結器という旧型電車とは思えない装備の電車は、1967(昭和42)年の横河原線電化に際して、伊予鉄道が導入した初の他社からの譲渡車です。元は西武鉄道モハ151形で、クハ410形とともにモハ5両、クハ3両が1965(昭和40)年~1966(昭和41)年にかけて、西武所沢工場で車体更新後譲渡されている。

書類上は西武所沢車両工場による新製だそうだが、1927(昭和2)年の川崎造船製と言った方が合う17m全鋼製車体。このあたりの詳細は、ぬか屋さんがご存じだろうと思いますので、コメント書き込みを期待するとしましょう

最後におまけで箱根登山の111も。

19881231_150407_16

箱根登山の111は、この時の撮影しかカラーポジはありませんでした。

 

 

2021年4月16日 (金)

今日の一枚 No.110

このシリーズの前回は、箱根登山のモハ109号を取り上げましたので、調子に乗ってモハ110号です。

まだ小田原から3線軌道だった1978(昭和53)年のクリスマス、単行で箱根湯本に来た110を収めていました。

110_19781225_070213__15_20210414185401

この場所では何度も撮っていますが、この時は国道を行き交うクルマ、歩行者が全く無い状態で撮ることが出来ていたようです。今ではこんなこと、出来そうにありません。

 

 

2021年4月14日 (水)

今日の一枚 No.109

このシリーズ、101回以来回数と同じ数字の形式、または車号の車両を取り上げてきましたので、109回目は引退して間もない箱根登山鉄道モハ2形の109号とします。

ただ、「今日の1枚」とは言っても特別編成とし、OER3001氏のライブラリーにあった109号の過去を紹介します。最初は引退間近の本年2月の姿から。

109_20210220_00103_17_20210410121301

平成にも馴染んできた1994(平成6)年夏、下回りが更新され、シールドビームの前照灯に、標識灯がステンレス製に変わっています。

109_19940724_201012_16

翌年の1995(平成7)年、紫陽花が咲き誇る季節にも取っていました。

109_19950624_210612_15

2年後の1997(平成9)年の紫陽花の季節にも出掛けていました。この時は、復刻塗装になった引退間近のモハ3形114号を従えて走ってきました。

109_19970607_230419_15

そして1ヶ月後にも再訪、この時は2両固定となったモハ1形の増結となっていたので、パンタが下ろされていました。

109_19970705_230810_15

翌1998(平成10)年の同じ季節に行ったときにはグリーンの旧塗装となって、方向板も復刻版となっていました。

109_19980627_250202_15

グリーンの復刻塗装は翌1999(平成11)年も変わらず、110号と手を組んだ2両編成で走っていました。

109_19990509_261113_15

複雑な経緯を持った109号、その間の改造や機器更新、塗装変更などは多岐に及ぶ車両でした。

 

 

2021年4月 2日 (金)

今日の一枚 No.108

108回目の今回も江ノ電で。

前回の107は、鎌倉海浜公園で保存されていますが、この108は自走可能な状態で、極楽寺車庫に保存されています。

108_16_108

毎年実施される「タンコロまつり」での一般公開も楽しみです。

 

 

2021年3月29日 (月)

今日の一枚 No.107

当シリーズ、調子に乗って107回目も「107」を取り上げます。107は江ノ電にいました。

107__16

極楽寺車庫は大勢の人で賑わっていますが、1000形ブルーリボン賞受賞での見学・試乗会での一コマで、この時は参加者を乗せての構内走行が行われました。

19800713_081205__15

この後、鎌倉市に寄贈され、鎌倉海浜公園で保存されました。

 

 

2021年3月25日 (木)

今日の一枚 No.106

当シリーズ106回目は「106」で。

秩父鉄道デハ100形。秩父の車番は小さくて判読しづらいですが、右の幕板部に「106」と確認できます。1950(昭和25)年~1954(昭和29)年にかけて日本車輌製造東京支店で製造された17メートル級電車で、1988(昭和63)年までに廃車されてしまいましたが、好ましいスタイルだったと思っています。画像は西武秩父から乗り換えた御花畑駅で1985(昭和60)年のゴールデンウィークに。御花畑駅も当時は単線でした。

106__16

もう一つあった「106」は京福電気鉄道モボ101形、通称嵐電の車両。1929(昭和4)年藤永田造船所で製造された15メートル級2扉車。御年92歳、未だに現役と言うのは驚きです。

106__16_20210323133801

さてさて、このシリーズ「今日の一枚」、ここのところ連載回数と同じ車番の画像を掲載していますが、次回はどうなることやら・・・。

 

 

より以前の記事一覧

フォト
2021年5月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

他社線ご案内

無料ブログはココログ