鉄道(路面電車)

2021年4月10日 (土)

都電6000形保存車

ここのところ府中界隈での情報が続いていますが、今回は都電6000形。6191号が、府中市郷土の森公園に保存されています。EB10を見に行った序でに、こちらもじっくり観察して来ました。

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6000形の諸元と共に、保存に至った経緯が紹介されていますが、府中市が東京都から購入したとのことです。

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先ずは乗降用の階段、手摺の無い側から。塗装が剥がれ、大分痛んでいますので早急に補修したい状態ですが、方向幕は「新橋」です。

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それでも折角なので、遊んでいる子供たちが映らなくなる機会を待って、側面を撮りました。

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反対側の顔、方向幕は「荒川車庫」と。

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車内見学用の階段と手摺がある反対側面にまわってみます。主抵抗器がありました。

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「新橋」の顔方向からも撮っておきます。これで全方向からの撮影が叶いました。

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下回りも観察しましたが、台車には主電動機が確認できます。下ろされていないのが幸いですが、主制御器が確認できませんでした。

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ここでは車内公開は相当前から出来ない状態で、荒れ放題の車内は物置にされていました。昔の鉄道車両が残っていること自体は嬉しいですが、斯様な状態では悲しいばかりでした。

 

2021年4月 6日 (火)

想い出の光景

今回は半世紀前、ちょうど50年前の今日の光景を。須田町交差点、岩本町方向を望んでいます。

都電は29番、方向幕は「葛西橋」、正面の高架橋は165系でしょうか。

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クルマは軌道を無視したような走りぶり、というより道路は駐車場か?

これじゃ路面電車は消えて行かざるを得なかったのでしょう。

 

2021年3月26日 (金)

バーゼルの路面電車-4

ここのところ、バーゼルの路面電車を取り上げていますが今回はその4回目。

バーゼルSBB駅から北に数百メートル歩いたところにHeuwaageと書かれた駅、停留所がありました。ホイヴァーゲと発音するのでしょうか。当時は終端駅だったのですが、今Googleマップで見ると路線延長して中間駅になっているようです。

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ヨーロッパらしい雰囲気の、とても魅力的な駅に、メーターゲージの路面電車と言うより立派な郊外電車らしき3両編成が停車していたのです。運行系統は「17」、日本流に言えば、デハがサハとクハを連結しています。“デハ”の車号は16と。

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あまりに魅力的な電車、スイスの街中にぴったりではありませんか。乗車することは出来ませんでしたが、前から、左から、右から、そして向こう側にまわって、時間の許す限り眺めてしまいました。

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駅舎の後方の三角屋根は図書館らしいです。今は右手の駅舎は取り壊されているようです。

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反対側の“クハ”は23。貫通扉中央の黄色い目玉様のマークは、市内電車に掲示された“不正乗車防止”のマークだと聞きました。ゾーン製の運賃で、乗車前にきっぷを買う必要があるのですが、悪意をもって無賃乗車しようとすれば出来ないことはないようですが、見つかった場合の制裁はかなりの高額と聞きました。

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午前10時20分頃からの数分間で、“クハ”も反対側面へまわって撮りました。

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“クハ”先頭の3両編成の姿もしっかり押さえておきました。

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この3両編成、発車を見届けぬままに、列車に乗るためにバーゼルSBB駅に急いだのでした。

この車両について、Web等で調べてみたものの詳細はまだ解らず仕舞い。バーゼル市交通局(Basler Verkehrs-Betriebe(BVB))だとしたら緑色の車両だったはずなのに、なぜこの青/白ツートーンカラーだったのか・・・?

ご存じの方が居られたらご教示頂きたいものです。

 

2021年3月20日 (土)

バーゼルの路面電車-3

バーゼルの路面電車-2」に取り上げた1980(昭和55)年晩秋のこと、フランス国内に向かう前に、バーゼルSBB/SNCF 駅から数百メートル離れたアエッシェン広場(Aeshenplatz)まで歩いていたようです。

緑色の路面電車がバーゼル市交通局(Basler Verkehrs-Betriebe(BVB)) なのに対し、黄色に赤帯車体の路面電車はバーゼル・ラント交通局(Baselland Transport(BLT))。

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「10」と「11」系統を掲げるのが黄色いBLTですが、この線路には緑色のBVBも走っていました。

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いかにも新型車両らしい好ましいスタイルの車両でした。

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ここがアエッシェン広場(Aeshenplatz)の停留所、駅なのか、ビルに囲まれた場所とは言え、なんとも長閑で好ましい光景に感激しました。

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駅の時計は11時近くを指していますが、どうもフランス国内への列車に乗ったのはこの後だったようです。

 

2021年3月16日 (火)

バーゼルの路面電車-2

バーゼルの路面電車については1979(昭和54)年の状況を取り上げていますが、今回はその翌年1980(昭和55)年晩秋に訪問したときの収穫から。この時はバーゼルに宿泊しました。

朝、「ちょっとフランスへの用があって」列車に乗るためにバーゼルSNCF駅に向かう途中で思いがけない車両に遭遇しました。工事用車両だと思いますが、キャブ内には車両と同じオレンジ色の作業服を着た職員さんがいっぱい乗っています。牽引する台車のような車両には何やら機材が積まれていました。

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それにしても朝から、ホテルを出たら直ぐに撮影できるように用意しておかないとチャンスを逃してしまいますね。折角なのでその後に続いてきた「18番」も収めておきました。

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それにしてもバーゼルの路面電車って、花巻電鉄を思い出すようなスリムなサイズですが、残念ながら全幅などの詳細は掴めずにいます。

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車内は斯様な3列シート。

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ハンドル形の主幹制御器で運転します。

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フランスでの所要を終えて、夕刻に戻ったバーゼル市内。路面電車を降りたのはここでした。右側のビル前に保存車両が置かれていました。

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それがこれなのですが、残念なことに“手ぶれ”です。左の赤い部分に書かれたドイツ語は「鉄道模型100周年」。そう、展示会場でした。

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展示会は夜まで開城しているので、昼間はフランスへ、夜はこの展示会へと、慌ただしくも充実した一日でした。

 

 

2021年3月10日 (水)

チューリッヒの路面電車

バーゼル(Basel、Bâle)の路面電車を見た日、次に向かった場所はチューリッヒ(Zürich)でした。スイス連邦鉄道(SBB,CFF,FFS)のチューリッヒ中央駅(Zürich Hbf)は、チューリッヒ湖(Zürichsee)から流れるリマト川に突き当たるような形の頭端式です。

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この中央駅前から、路面電車は縦横に路線を伸ばしています。駅周辺をちょっと歩き出せば、路面電車に出会えるのは最高です。写真を見て気付きましたが右のワーゲンのナンバー、「ZH」とあるのはチューリッヒなのですね。

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ボビー車が付随車を連結した2両編成です。

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こちらは3車体連接車の“重連”、堂々としていてカッコイイです。

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ボギー車の単行が、軽快に見えてしまいます。

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3車体連接の重連は、どうも「7」系統に充当されているようです。

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リマト川に架かる橋の上ですが、河川への電力線が!

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チューリッヒ中央駅前に戻ってきました。ヨーロッパの街には必ずと行って良いほど、歴史上の人物像が建てられていますが、この方は何方だったのか・・・? 

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路面電車の停車場と並んで、トロリーバスの停留場もありました。電車と同じ塗装です。

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人物像の直前を、3車体連接車が発車して行きました。アルフレッド・エッシャー(Alfred Escher)と言う人物、スイスの政治家で起業家、鉄道王とも賞されていた人物の像だと言うことを、今になって知った次第。

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リマト川を渡って来たのはこの当時の最新型車両“トラム2000”、電気品は三菱電機製だと聞きました。2車体連接車の重連です。

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先の3車体連接車がボギー車を連結した運用もありました。

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日本語地図に「バンホフ通り」と記載されている、チューリッヒ中央駅前から伸びる歩行者・路面電車専用道路が、鉄道好きにはこの上ない天国です。

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永世中立国ということもあるのか、スイス国旗を大切に掲げた街並みがまた素晴らしいです。

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銀座通りをこのように都電と歩行者専用にすることを考えなかった日本人。悲しいとしか言えませんね。チューリッヒは環境保護視点から、市内交通を路面電車、トロリーバスを柱とする交通政策を採っているようで、大いに学ばなければならない筈です。

 

2021年3月 2日 (火)

バーゼルの路面電車

1979(昭和54)年7月19日、ベルンの路面電車を見た後はICに乗車、フランス、西ドイツ(現ドイツ)と国境を接するバーゼル(Basel)に向かいました。スイス国鉄の駅は「バーゼルSBB」ですが、フランス国鉄の「バーゼルSNCF」と一体となった駅で、プラットホームに事実上の国境が設けられているという、日本人には驚愕のものです。

こちらがそのバーゼルSBB駅の正面。SNCF駅は右方向になります。左のビル屋上に、今は無き「SANYO」のロゴマークが見えたのに違和感を抱いたものです。

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しかしこの駅前が路面電車のターミナルとなっていて、グリーンの電車が頻繁に発着しています。

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あまり新しい車両には出会えず、まだボギー車や2車体連接車が主流でした。

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こちらはどう見ても西ドイツ製デュヴァグ(Duewag)カーです。

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今では広島電鉄にも、芝生の軌道が出来ましたが、この当時は軌道に芝生が敷かれている姿に感動したものです。

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ここも然程長くない滞在時間で、たくさんの路面電車を記録することが出来ました。

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短い休暇の最大活用の慌ただしい旅、この後はまた他の地へ向かいました。

 

 

2021年2月27日 (土)

ベルンの路面電車

アムステルダムの路面電車を見た後は、憧れの国際列車TEE乗車を堪能したのですが、このことはまた別の機会にご紹介するとして、その夜はベルンに一泊。翌日の過激行動前の“朝練”をベルンで行いました。

生憎ここだけは手持ちフィルム本数の関係から、ネガフィルムでの撮影。最初は朝陽を受けてホテルから程近くの、有名らしいカラフルな噴水のモニュメント前から一枚。1354 年、ベルン初の病院を設立したアンナ ザイラーの像だそうですが、貴重なフィルムでその像は撮っていないのがOER3001氏。フィルムがかなり黄変していてがっかりです。

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この日もまた、ベルンからICで移動する関係から駅に向かう路上での撮影でした。大きな荷物を抱えながらの撮影は楽ではありません。3車体連接が来ました。

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駅方向への曲がり角で、交戦状態の良い場所を見付けました。これは古いボギー車が付随車を牽引しています。

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今度は3車体連接が。前々画像と同型ですが、こちらは「12」号のようです。オデコの「9」は運行系統のようです。

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今度はボギー車の2両編成、「121」号です。古い歴史を感じるベルンの街並みに、このグリーンとクリームのツートーンカラーは良く似合うと思います。

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ベルンをもっと歩いて見たかったと思いつつ、僅かな時間でここを去るのはとても残念でした。

 

2021年2月24日 (水)

アムステルダムの路面電車

マンハイム(Mannheim)の路面電車を撮った後は再びICに乗り、北に向かいました。 ちょっとした距離、500㎞くらいだと思いますが、国境を越えて夜遅くに到着した地はオランダのアムステルダム(Amsterdam)。

なんとかホテルに荷物を置き、有名な夜の運河に向かってみました。 運河に沿って、所謂“飾り窓”街が! それはそれは何とも眩しい光景でした。

1979(昭和54年)年7月18日 の朝7時15分、窓から外を見れば、そこは王宮(Koninklijk Paleis Amsterdam)前のダム広場(Dam)に面した部屋ではないですか。 今思えば随分と凄いホテルだったようです。

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簡単に朝食を済ませ、早速活動開始。 7時45分、アムステルダム中央駅(Amsterdam Centraal)に向かう黄色い路面電車が次々に通ります。

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ダム広場の国立モニュメント(Nationaal Monument)と王宮を入れて撮りたかったのですが、王宮の塔が高くて入りきれませんでした。

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8時近くなると通勤者も多くなり、自転車で急ぐ人も路面電車と併走です。

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折角なのでとりあえず来た電車に乗ってみました。

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ところが昨夜遅くに西ドイツからオランダに入ったため、両替所はどこも開いて無く、ギルダー(NLG=Nederlandse gulden)が無く、手元には西ドイツマルクだけ。 降車の際に訳を言ったら優しく「この次でいいよ、良い旅行を」と言って優しく見送ってくれたのです。

オランダ人に感激し、東京駅のモデルとなったと伝え聞くアムステルダム中央駅(Amsterdam Centraal)前で撮影です。思っていたほど大きくなく、東京駅の方が遙かに大きく、少々立派で残念でした。

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流石に駅前は人が多いですが、それでも東京都は比べものになりません。

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電車は次々に来ますので、駅前だけで充分観察できます。

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停車場も人の往来が自由。 みんな自己責任でしょうか、思うがままの方向目指して歩き出します。

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8時22分になったところで、車道を歩くカップルに目視されてしまいました。

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親切なオランダ人に出会いながら、深夜に着いたアムステルダムには10時間も滞在しませんでした。 慌ただしくこの後は、国際列車TEEに乗ることになっていました。

 

2021年2月15日 (月)

マンハイムの路面電車

カールスルーエの路面電車を見た1979年7月17日、再びICに乗ってマンハイム(Mannheim)に急ぎました。

マンハイム中央駅(Mannheim Hbf)に到着、 駅舎中央の時計は16時を示していました。  午前中にハイデルベルクで見たのと同じ「OEG」オーベルライン鉄道 (Oberrheinischen Eisenbahn-Gesellschaft)の電車が大通り方向に向かって発車しました。

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この駅と直角に交わる広々とした道路を「OEG」 が加速して行きました。

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16時2分過ぎでしょうか、今度は3車体連接のデュヴァグ(Duewag)カーが。

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続いて同じデュヴァグ (Duewag)の2車体連接が、渡り線を渡って手前の線路に。

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次の電車は前照灯が1灯のバージョン、初めからその線路です。

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今度は赤い帯のが。 ここまででおよそ10分間です。

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いや、もう、次々に発着しています。 今度は「OEG」が。

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振り向けば3列車が続々とですが、「OEG」でない方はマンハイム交通とでも言うのか知りませんが、帯の色が赤、黒と存在していたようです。

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ちょっと歩いて見ました。 「OEG」は両運転台で、進行方向のパンタを上げますが、マンハイム交通(勝手にそうしましたが)は終端ループなので一方方向にしか進みません。 右側の車両はその後部です。

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書き忘れましたがここも軌間は1,000㎜、メーターゲージでした。

ただ路面電車を見る目的で訪問したマンハイム、1時間もあれば充分の収穫と言うことで、朝はフランクフルト、昼前にハイデルベルク、昼過ぎにカールスルーエ、そして夕刻にこのマンハイムと、一日で4都市の路面電車を見て回ることができた次第。 

この後ICで宿泊地だったフランクフルトまで戻ったという、慌ただしくも充実した一日でした。

 

 

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