鉄道(路面電車)

2021年10月25日 (月)

今日の一枚 No.134

前回、都営地下鉄10-000系試作編成を“都電”として取り上げたので、今回は正当“都電”を。

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残念ながらカラーフィルムで都電、あまり撮っていなかったのですが、浅草雷門前を行く24系統の6065を。手前のタクシーの屋根が少々邪魔ですが、良く見れば道路信号機の意匠が懐かしいです。

2021年8月18日 (水)

決して忘れません

同日2度目の発信で恐縮ですが、既に8月6日、7日と2回に渡ってここで取り上げましたが・・・、

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今年のその日に運転された“原爆電車”の動画が掲載されました。是非ご覧ください。

原爆の瞬間も走った広島電鉄 運転士が見た「特別な朝」:朝日新聞デジタル (asahi.com)

 

 

2021年8月11日 (水)

今日の一枚 No.127

1978(昭和53)年4月、この地への出張に恵まれた夜のフリータイムは、迷うこと無く伊予鉄道松山市内線へ。市内を巡る環状線に乗ってみると、まるで東急世田谷線のように、鉄砲町、清水町、高砂町、木屋町とか、まさに市内の町を抜けて、古町(こまち)へ。この古町がまた何と魅力的なところか!!

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古町は伊予鉄道の中心的機能を果たす地で、高浜線との接続駅。隣には車両工場を擁します。

なんと、乗ってきたこの59号はその高浜線を横切るように進み、国鉄松山駅前に向かうのです。直接吊架式を進んで来たビューゲルが、高浜線のシンプルカテナリーを擦りながら再び直接吊架式区間へ。余談ですがこの先大手町では再び両線が直角にクロスすることになり、ビューゲルから火花が散ることになります。

何とも魅力的な電車ではありませんか、伊予鉄道!

2021年8月 7日 (土)

続けて広島を

折角なので、昨日に続けて広島の話題です。

“被爆電車”として有名な650形は、1942(昭和17)年木南車輌製造で651 - 655の5輌が製造されました。3年後に被爆することになるとは・・・。

現在は651号と652号の2両が、主に朝のラッシュ時に運行されている他、653号が当時の塗装に復刻され、イベント電車として貸切運行されることがあるようです。

2006(平成18)年の出張時には、その651号にも出会い、乗車することができました。

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宇品へ行ってみたのですが、「広島港」と名称変更された後でした。

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早速車内に。懐かしさを感じるニス塗りに緑色モケットの座席。

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運転台を見れば、大きなマスターコントローラーは三菱製。ワンマン対応機器が増設されていますが、このマスコン、ブレーキ弁で被爆したのだと思うと、こみ上げてくるものを感じたものです。

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車内には当車の由来が掲示されていました。

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残念ながら6日の平和記念式典でのあいさつで、用意された原稿の重要な部分であった筈の「わが国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要だ」を、読み飛ばしても気付かない首相の国民として、平和維持に一抹の不安を抱えます。

 

2021年8月 6日 (金)

ヒロシマを忘れない!

今日、8月6日という日は人類として忘れてはならない日です。“ノーモア・ヒロシマ”

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍のB29爆撃機エノラ・ゲイが、広島市上空約9600メートルで世界初の原子爆弾リトルボーイを投下し、上空約600メートルで爆発してから76年の歳月が流れました。

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OER3001氏が初めてここを訪れたのは、原爆投下から32年経った時でしたが、それから44年が過ぎてしまいました。

広島の電車は魅力的ですが、年月の流れと共に車両も大きく変っていますね。出張で訪れたこの時は、空いた時間を有効活用。さまざまな電車が走る光景にすっかり魅せられてしまいました。

21年後の1998年にも、出張で広島に行けたようで、帰りの新幹線の時間まで、駅前で何枚か撮影していました。その中に、貴重なものを発見、元京都市電とすれ違う左側は653号!

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2006年に一度引退しながらも、“被爆電車”として現在まで大切に保管されている653号現役時代の姿でした。

 

 

2021年5月20日 (木)

今日の一枚 No.116

当シリーズ116回目、有りました116の画像が!

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阪急で嵐山に行った帰路、京福嵐山線を利用しました。嵐山駅に到着しようとしている車両を撮っていましたが、これが116号でした。1932(昭和7)年に田中車両(現・近畿車輛)で7両製造されたモボ111形(111-117)の1両だそうです。

 

2021年5月17日 (月)

箱根路へウォーキング:1

年2回届く株主優待乗車証の使用期限は5月31日と11月30日。その残分消化を兼ねて、天気に恵まれると聞いた日のウォーキングは、ちょっと遠くへ出掛けてみることとしました。

この日のテーマは保存車両を観る。小田原駅から昔仕事した商業施設を見たり、無くなった模型店「機関庫」の跡を訪ねたりと散策しつつ、ここへたどり着きました。

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(一社)小田原路面電車協会が保存する元箱根登山鉄道小田原市内線モハ202です。

長崎電気軌道151となっていたのを、大変な苦労の後に引き取って小田原内に設置したということですが、 その車両自体の出自は王子電気軌道402だそうで、紆余曲折を経た車両。小田原市内線に居たのは市内線廃止の1956(昭和31)年までの数年間だったようです。

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多くの地元企業や有志によるクラウドファンディングをもって実現した、小田原市への里帰りだったということです。

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車内も運転席も長崎軌道時代のままのようです。

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それでも設置に協力してくれた地元企業の貢献は大きい。ういろうの会社なのですね。ここではレストランを営業しています。

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そこから箱根駅伝ランナーが走る国道1号を歩きます。箱根板橋を過ぎ、たどり着いたのはここ風祭にある老舗蒲鉾店である鈴廣が経営するカフェ107。

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ここに保存されて以来、車窓からは見ていても訪ねてみたのは初めてでした。

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プラットホーム状のテラスで飲むオリジナルビールは最高です。

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車内にも自由に入ることが出来ますが・・・、あれ? 天井にエアコンが!

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107横の紫陽花が咲き始めたようです。

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折角なのでウォーキングはさらに先を目指しました。

小田原を出た箱根登山線は、今は狭軌の小田急1000形で運行します。箱根板橋、風祭、入生田を経て箱根湯本ですが、その入生田へ。

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ちょうど庫内では最新型車両がジャッキアップされていました。

ということでこの日の累計歩数は15,900歩となった次第です。

 

 

 

2021年4月10日 (土)

都電6000形保存車

ここのところ府中界隈での情報が続いていますが、今回は都電6000形。6191号が、府中市郷土の森公園に保存されています。EB10を見に行った序でに、こちらもじっくり観察して来ました。

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6000形の諸元と共に、保存に至った経緯が紹介されていますが、府中市が東京都から購入したとのことです。

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先ずは乗降用の階段、手摺の無い側から。塗装が剥がれ、大分痛んでいますので早急に補修したい状態ですが、方向幕は「新橋」です。

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それでも折角なので、遊んでいる子供たちが映らなくなる機会を待って、側面を撮りました。

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反対側の顔、方向幕は「荒川車庫」と。

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車内見学用の階段と手摺がある反対側面にまわってみます。主抵抗器がありました。

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「新橋」の顔方向からも撮っておきます。これで全方向からの撮影が叶いました。

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下回りも観察しましたが、台車には主電動機が確認できます。下ろされていないのが幸いですが、主制御器が確認できませんでした。

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ここでは車内公開は相当前から出来ない状態で、荒れ放題の車内は物置にされていました。昔の鉄道車両が残っていること自体は嬉しいですが、斯様な状態では悲しいばかりでした。

 

2021年4月 6日 (火)

想い出の光景

今回は半世紀前、ちょうど50年前の今日の光景を。須田町交差点、岩本町方向を望んでいます。

都電は29番、方向幕は「葛西橋」、正面の高架橋は165系でしょうか。

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クルマは軌道を無視したような走りぶり、というより道路は駐車場か?

これじゃ路面電車は消えて行かざるを得なかったのでしょう。

 

2021年3月26日 (金)

バーゼルの路面電車-4

ここのところ、バーゼルの路面電車を取り上げていますが今回はその4回目。

バーゼルSBB駅から北に数百メートル歩いたところにHeuwaageと書かれた駅、停留所がありました。ホイヴァーゲと発音するのでしょうか。当時は終端駅だったのですが、今Googleマップで見ると路線延長して中間駅になっているようです。

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ヨーロッパらしい雰囲気の、とても魅力的な駅に、メーターゲージの路面電車と言うより立派な郊外電車らしき3両編成が停車していたのです。運行系統は「17」、日本流に言えば、デハがサハとクハを連結しています。“デハ”の車号は16と。

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あまりに魅力的な電車、スイスの街中にぴったりではありませんか。乗車することは出来ませんでしたが、前から、左から、右から、そして向こう側にまわって、時間の許す限り眺めてしまいました。

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駅舎の後方の三角屋根は図書館らしいです。今は右手の駅舎は取り壊されているようです。

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反対側の“クハ”は23。貫通扉中央の黄色い目玉様のマークは、市内電車に掲示された“不正乗車防止”のマークだと聞きました。ゾーン製の運賃で、乗車前にきっぷを買う必要があるのですが、悪意をもって無賃乗車しようとすれば出来ないことはないようですが、見つかった場合の制裁はかなりの高額と聞きました。

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午前10時20分頃からの数分間で、“クハ”も反対側面へまわって撮りました。

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“クハ”先頭の3両編成の姿もしっかり押さえておきました。

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この3両編成、発車を見届けぬままに、列車に乗るためにバーゼルSBB駅に急いだのでした。

この車両について、Web等で調べてみたものの詳細はまだ解らず仕舞い。バーゼル市交通局(Basler Verkehrs-Betriebe(BVB))だとしたら緑色の車両だったはずなのに、なぜこの青/白ツートーンカラーだったのか・・・?

ご存じの方が居られたらご教示頂きたいものです。

 

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