鉄道(路面電車)

2026年6月 6日 (土)

町屋で

夜からの会合のために出掛けた折、乗換駅での撮影を楽しみます。

京成スカイライナーと都電荒川線とのツーショットを狙ったのですが実りません。

20260530_0001_n16

都電の線路向こうに移動して再度試みますが、スカイライナーはともかく、一般車両とのツーショットもなかなか・・・。

20260530_0004_16

そうしているうちに、話題の黄色いのが来たではありませんか! 初めて見ました。

20260530_0009_16

総事業費約3500万円を投じたと言うリニューアルには、費用の一部はクラウドファンディング(CF)で約800万円を得たようです。

20260530_0016_16

それにしても三戸岡鋭治氏のデザインって、相変わらず車体にこれでもか!と言うようにやたらに文字書き込むのですね。OER3001氏としては全く評価できません。幕板部分には荒川線全駅名。腰部はTODENとTOEI TRANSPORTATIONとしつこいくらい、車号も目立たなくしてとんでもない。

20260530_0024_16

さらに良く見れば、デザイン規定が決められている筈の「東京都」のシンボルマークが弄られているではありませんか!

20260530_0026_16

大切な(筈の)シンボルマークが、斯様に改変されているのを、都として黙認しているのですか、とんでもないことだと思うのですが。都の職員にデザイン規定を順守する気が無いのか、大いに問題ではないでしょうか。

20260530_0028_16

たった一つだけ、OER3000氏が良いと思ったこと。それはどこにも「東京さくらトラム」と表示されていなかったことでしょうか。

20260530_0039_16

やっぱり「都電荒川線」ですよ、これは。西に傾いた陽射しを受けて、線路が光っていたのが印象的でした。

 

 

2026年4月19日 (日)

気になっていること

ここの所なかなか“手”が動いていないのですが・・・、何かと気になる題材があります。

その1>嵐電モボ1形 KYOTORAM

20260212_1019_n15_20260417062201

幸いパンフレットを入手していました。

Img_0027_16

車輪径はφ8.25、軸距離20.0㎜となる動力はアルモデルのC4021路面電車動力セット(アルパワーHO-20T)が使えるようだ。インダイレクトマウント台車はFS-94だが、YAMA模型のFS-93が類似している。
ワンアームパンタがな~、TOMIXの安価(とは言っても1,500円程度)なPT7113は市場から姿を消して久しい。

 

<その2>神戸電鉄1000系(デ1150形、サ1250形)

20260315_1032__15

先ずはそのものズバリの図面が無い。それでも手持ち資料の中からこの書籍。

Img_0026_16

似た車体のデ1350形はあるのですが、寸法が入っているのは他の資料同様に全長や全幅などの主要寸法だけで、窓割などは不明。特に屋根Rは図面の感じが違います。

Img_0025_16

台車や床下機器はどうにかなりそうなのに・・・、どなたか詳細図面などお持ちではないでしょうか?

 

ということで、この2題が気になるこの頃です。

 

2025年12月24日 (水)

オヘソライトはダサイ?

どこかのブログで、ヘッドライトがオヘソ位置なのはカッコ悪いといった記述があったことを思い出しました。

う~ん確かにこの時代は、オヘソライトの都電は邪魔者扱いされていましたので確かにダサイ。

19670611_0427_30

都電の撮影機会は極めて少なかったのですが、辛うじてカラーポジでも何枚か撮っていました。

19701004_010604_14

連節車でもオヘソライト。

20231025_0066_14

同じオヘソライトでも西ドイツ生まれのこちらは、カッコ悪いと思われなかったのは何故でしょう?

19880716_141714_n14

都心を行き交う無人運転のこちらもオヘソライト。

20230224_0029_16_20251217130201

堂々20m車体の長編成列車にだって、オヘソライトは存在しますよね。

20230607_2001__16

スーパーエクスプレスとして1957(昭和32)年に登場したロマンスカーだってオヘソライトでした。

1964_3000se

ミュージックホーン高らかに疾走していたのが懐かしい。この画像はスカートの穴が楕円ではなく円形の第4編成です。

19661000_0006_n_28

SE車が改造されると聞いて、元の姿を記憶に留めるべく乗ったものです。

19670819_0029_14_20251217121801

そしてその後、栄えある歴史を刻んだSEは、製造時の姿に復元されてロマンスカーミュージアムに保存展示。

20251006_0047_14

華やかに登場した東武スペーシアXだって、オヘソライトじゃありませんか?

20251119_1018_n14

「オヘソライトはダサイ」と思うのは個人の見解ですが、“デザインのチカラ”って凄いですよね。オヘソライトの自由形特急列車なんて、考えてみるのも楽しそうです。

2025年11月26日 (水)

東武日光軌道線

東武日光駅前広場の一角に保存された100形を見るのも、今回の目的のひとつでした。

20251119_1085_15

日光軌道線は、1962(昭和37)年のことだったと思う小学校の修学旅行時に見たくらいの記憶しかありませんが、宿泊が神橋手前の線路沿いだったこともあり、ED610が貨車を牽いて上って来るのを旅館の窓から見ていました。

保存車を駅側からぐるりと一回りして観察します。

20251119_1080_15

パンタ側台車

20251119_1081_15

床下中央部

20251119_1082_15

非パンタ側台車

20251119_1083_15

非パンタ側

20251119_1086_15

非パンタ側正面

20251119_1096_20

反対側側面

20251119_1084_15

反対側の床下①

20251119_1088_15

反対側床下②、中央部はカメラの引きが取れず撮影不能。

20251119_1089_15

パンタ側

20251119_1090_15

パンタと言うよりビューゲルか。

20251119_1094_15

と言うことで、左回りに周囲を記録。ま、万が一模型製作となった際には大いに参考になることでしょう。

1953(昭和28)年に宇都宮車両で10両(101~110)製造された、全長12,350×全幅2,200×全高3,552 mm、定員96名の車両。日光軌道線廃止後は全車岡山電気軌道に譲渡され、3000形(現在2両が現役)として活躍。その中から3010(110)が日光軌道線時代の塗装に復元され、2020(令和2)年3月から展示されているのですが、車体には番号が描かれていないのが残念です。

 

2025年2月27日 (木)

四ツ谷見附橋

ここ何回か、先に訪れた新宿歴史博物館に関連した記事を掲載しています。

20250219_0034_16

正面左側の庭園では、紅梅が楽しめました。

20250219_0051_16

玄関の左側に、1913(大正2)年に完成し、道路拡幅のために1991(平成3)年に掛け替えられた四谷見附橋の説明パネル。

20250219_0088_16

その横には、再利用できなかった部材の一部として保存された、高欄の一部が展示されています。

20250219_0089_16

架け替えられた現在の四谷見附橋がこれ。

20250219_0102_16

赤坂離宮(現在の迎賓館)の外観と調和させたという、ネオ・バロック様式の橋梁でしたが架け替え前の姿がここ八王子市の長池公園に復元されています。

20240410_0002_16

橋の中央にはしっかり右から「しはけつみやつよ」とあります。

20240410_0013_16

高欄部材の一部は別に説明が添えられて保存されていますが、

20221102_0015_16

鉄道ファンならこれをしっかり見なければいけません。東京市電→都電の軌道部分の一部も保存され、その構造もしっかり確認できるのが嬉しいです。

20221102_0016_16

何より自然にも恵まれ、四季折々の姿を楽しむことができるのです。

20221102_0003_16

都市の拡大で、架け替えを余儀なくされた橋梁ですが、110年を経た今も、その優雅な姿を維持してくれていることは素晴らしいこと。「新宿グランドターミナル」構想とやらで工事が進む新宿ですが、100年経っても通用するデザインであることを願うばかりです。

 

 

2025年2月25日 (火)

都電とロマンスカー

先に取り上げた新宿歴史博物館には、鉄道好きには見入ってしまう“鉄道車両”が展示されています。

その1、都電5000形があることは前回のコメントでも触れました。忠実に再現されたレプリカですが、実車そのもの。正面から見ると良い顔しています。「驛宿新」の方向幕と覗ける車内灯のグローブが良いですね。

20250219_0072_16

1930(昭和5)年から製造された5000形(当時は東京市電気局)のこの姿での活躍を、OER3001氏は知りません。窓枠は車体色ではなくニス仕上げだったのですね。

20250219_0070_16

運転台には三菱電機製の主幹制御器、KRL型という実物が。

20250219_0069_16

「安全地帯」と表示された停留所とともにセットされています。

20250219_0062_16

台車と車輪は実物でD-12、レプリカの車体は思えない調和が取れていますが、当時の色はグレーだったのでしょうか。

20250219_0064_16

参考になるかなり細かい実車図面も展示されていたので、模型を製作する時には大いに役立ちそうです。

20250219_0065_16

 

その2は小田急ロマンスカー3100形NSE。先頭部分を模したこれ、なんと表現すれば良いでしょう。

20250219_0081_16

内側の運転台を造形するのに作ったものです。実際の運転台は展望室の天井上にあるため、運転士は足を延ばして座る状態でしたが、主幹制御器や制動弁、計器やスイッチ類の配置はこんな感じでした。

20250219_0082_16

座席も窓1個分の4脚8人分がセットされ、実際に座ることもできます。この他に乗降用側扉も展示されています。

20250219_0085_16

これらはロマンスカーミュージアムができる以前から展示されていたのですが、なぜ新宿区立のこの歴史博物館に収蔵されることになったのか、残念ながらその経緯を良く知りません。

 

2025年2月 6日 (木)

ルーツを探る

天気も良い平日、ここで降りて外に出てみました。。

20250130_0010_16

漢字で「道灌山下」とあるのに英文では「Ookan-yama」と「shita」が無いのは何故だ? 失礼ではないか(笑)。

20250130_0012_16

ここに行ったのは「駒込動坂町」を歩いてみること。OER3001氏祖父の代からの本籍地なのですが、戦後世田谷に転居したようなので、物心ついた時から話でしか聞いていない地でした。

20250130_0053_16

「狸坂」もそうですが、この辺りには「きつね坂」とか「むじな坂」など、その昔はかなりの山だったようです。

20250130_0013_16

歩いていると由緒ありそうな建築物に出合いました。

20250130_0014_16

東京都指定有形文化財「半床庵」という茶室だそうです。

20250130_0015_16

こんなのもあったのですね、ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」と言うことで、土日だけ開館するとのこと。

20250130_0017_16

「駒込動坂町」と思われる場所で「動坂公園」を見つけました。

20250130_0021_16

その先に歩くと「駒込動坂町」からは外れますが「神明都電車庫跡公園」が目に入りました。

20250130_0052_16

此処だったのですね、近年奇麗に修復された保存車両と言うのは。

20250130_0047_16

乙1形の乙2号。

20250130_0023_16

6000形と共に、諸元や経歴が掲示されています。

20250130_0029_16

6000形6063号の状態も本当に良く、嬉しい限りです。

20250130_0030_16

道路に面した側にあるプラットホームは9時から17時まで開放されて、車内も覗けます。

20250130_0032_16

行先が「新明町車庫」と言うのも良いですね。交通博物館が近かった須田町から走って来た系統だったのですね。ほっこりすることができた平日の午後でした。

 

 

2025年2月 2日 (日)

都電杉並線の写真展へ

ちょうどライラック編成が入線して来ました。

20250131_0003_15

改札を出た先、電車が見える場所があるではありませんか。すっかり都会になってしまいましたが踏切もあって、東京の郊外電車というカラーを充分残しているような帝都線、いや井の頭線。

20250131_0010_15

目的地は永福町駅から住宅街を縫うように歩いて20分弱の杉並区立郷土博物館。杉並区指定有形文化財となっている長屋門が入り口です。

20250131_0011_15

すると中に本館が。入館料100円を払って入ります。

20250131_0013_n15

常設展示場などがある1階から階段を上がります。

20250131_0053_15

2階回廊で開催されている故・道村博氏の都電杉並線写真展を観るのが目的でした。

20250131_0023_15

回廊壁面に掲示された写真は全部で26枚だったか、撮影OKと言うのが嬉しいです。

20250131_0022_15

その中から主なものを取り上げれば、昭和30年代の蚕糸試験場前。

20250131_0026_15

同じく昭和30年代の天沼陸橋。広々していてクルマも少なかったのですね。

20250131_0032_15

昭和30年代の荻窪など、まだビルも少ない。

20250131_0033_15

昭和30年代の杉並車庫。

20250131_0039_15

そして昭和38年11月30日、営業最終日の装飾された電車や、

20250131_0047_15

富士銀行の看板も懐かしい鍋屋横丁の光景など。

20250131_0049_15

期間は4月20日までなので、まだ充分日があります。都電唯一の1,067㎜軌間だった杉並線の懐かしい光景を楽しまれては如何でしょうか。

 

2024年11月14日 (木)

伊予鉄道_市内線の魅力②

大手町のダイヤモンドクロッシング、なかなか鉄道線と市内線のツーショットは撮れません。仕方ないのでガタガタガタガタを真横から眺めます。それにしてもこのモハ2100形って何ともな~。

20241023_1042_14

モハ5000形になって少しはスマートになったような気がします。

20241023_1057_14

当初から広告ラッピングに対応できるデザインにしていたのでしょうか、「伊予鉄」カラーは維持されています。

これ撮影してから“あれっ??” パンタの位置が違う!

20241023_1038_14

古町駅で交換する5100形2両で、パンタ位置が違うことを確認。そうだったのですね、運用経路で逆向きになることもあったようです。

20241022_0177_n17

もう一つ感激。JRで移動するため松山駅前に来て大手町、西堀端方向にズーミング。この位置で高浜線が横切るタイミングだったらサイコーなのですが。ややっ、来た車両は2005号。

20241023_0099_16

2005号は34年前に古町駅の高浜線横断シーンで捉えていた車両ではありませんか!

19900708_161808_40

それが今は今治タオルのラッピングを纏ったオレンジカラーに。

20241023_0036_16

元気な姿に再会でき、なんとも感激でした。元京都市電、頑張れ!

 

2024年11月12日 (火)

伊予鉄道_市内線の魅力①

伊予鉄道の市内線と言えば、観光用として復元登場した坊ちゃん列車が有名です。2001(平成13)年に登場し、2編成で土日祝日に運行されています。この日は平日のため運行は無し。道後温泉駅の引込線に1編成が展示を兼ねて停められていました。

20241023_1003_16

道後温泉駅の風情ある駅舎はリニューアルされて、今も堂々とした姿を見せています。

20241023_1009_16n

34年前と殆ど変わりありません。変わったのは発着する車両だけ。この時は冷房化改造された1963(昭和38)年製のモハ50形71号でした。

19900707_161719__13

市内の繁華街・大街道を入れて撮ってみたかった1コマ、低床式の新型車両の導入が進んでいる市内線ですが、1964(昭和39)年製・元京都市電の2000形が味を添えてくれました。。

20241022_0222_n16

この市内線の最大の魅力、OER3001氏にとってはここです。先のダイヤモンドクロスに加えて鉄道線の横断、堂々と鉄道線を横断して行きます。

20241022_0148_16

右奥はJR松山駅前から来た大手町線(軌道法に基づく「軌道」)。それが鉄道線である高浜線の上下線を横切り、左端の城北線(鉄道事業法に基づく「鉄道」)へと進みます。

20241022_0152_16

この情景はこちらでお楽しみください。

 

フォト
2026年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

他社線ご案内

無料ブログはココログ