想い出の光景

2021年7月29日 (木)

想い出の光景:31

当シリーズ前回の神田駅で撮った101系と103系の山手線、永くお付き合い頂いている巨匠からのコメント、ご希望を受けての続編として、京浜東北線を。

山手線の101系の103系への置き換えを進める一方で、京浜東北線への103系投入が始まりました。

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しかし主力は依然として新性能電車ではない吊り掛け車でした。クハ79先頭の鶴見行きが目前に迫ったとき、山手の101系がやっと発車しました。

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こちらは東京へ向けて走り去る磯子行き。最後部もクハ79の8両編成。何故かクモハ73アタマの写真は、このフィルムにはありませんでした。

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先の東京オリンピックから3年後のこの頃、東京の空はまだ広かったです。

 

 

2021年7月28日 (水)

想い出の光景:30

まだ高校生だったこの日、当時のカレンダーを確かめると木曜日。学校帰りだと思っていたのですが、春休み期間ですね。模型制作記事をある出版社に届ける序でに、15:30前後に神田駅で撮っていました。

カメラは東京駅方向に向けています。

「山手」と掲示されたバックシーンはカナリヤ色の101系、それとすれ違いでこちらに向かって来るのはウグイス色の103系。山手線の車両が103系に置き換え進む時代、京浜東北線はぶどう色の73系の天下でした。

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今では画面左に上野東京ライン、東北・上越・北陸新幹線が行き交う2階建ての高架橋が構築されてしまい、すっかり空が見えなくなってしまいましたね。懐かしい光景です。

 

2021年7月13日 (火)

想い出の光景:29

場所当てクイズです。ここ、ど~こだ?

下りホーム最後部から上り電車を。

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上りホーム最前部から下り電車を。

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もっと撮っておけば良かったと、後悔しても始まりませんね。

 

 

2021年3月24日 (水)

想い出の光景:28

「想い出の光景」シリーでは、No.16から12回にわたって代々木上原を取り上げてきましたが、いよいよ1978(昭和53)年3月31日に千代田線との相互直通運転が開始されることになります。新宿駅にもその告知看板が掲示されていました。

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代々木上原駅の改札にも、その掲示がありましたが、新宿に比べれば遙かに控えめです。

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その代々木上原駅で、直通運転開始前日の3月30日に、祝賀式典が開催されました。小田急、帝都高速度交通営団双方の装飾された直通運転用車両が並びました。

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プラットホームで開催された式典の後、装飾された9000形祝賀記念列車が地下鉄線に下って行きます。

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その後ろ姿もしっかりカメラに収めました。

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それからどのくらいの時間が経過していたか、代々木公園駅で折り返した祝賀記念列車が地上線に駆け上がって来ました。待ちに待った小田急車両の千代田線乗り入れ光景でした。

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この区間、今日では当たり前の光景が繰り広げられています。

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帝都高速度交通営団は東京メトロと変わり、6000系は16000系に世代交代しました。

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が、たまにはこんな光景も拡げられます。地下鉄から上がってきたのは小田急のロマンスカーMSE、60000形です。

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小田急側の直通運転用車両も、9000形から1000形を経て、今では4000形に世代交代。その4000形は地下線からのMSEを横に見ながら新宿へ向かっています。

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と、ここまでは日常的な光景ですが・・・、これは普段は見られない光景です。16000系が地下線に入らず、新宿に向かうという試運転ならではの光景。

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その試運転列車が、新宿から戻ってきました。

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ロマンスカーMSEは、6両編成時には貫通形のクハ62050形が先頭になるので、4コマ前の表情とは異なる姿も見られます。

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直通運転開始してから43年、曲線部に設けられた対向式プラットホームの代々木上原駅を知って居る人も少なくなったでしょうね。でもOER3001氏にとってここは、青春時代の想い出がいっぱいの地なのです。

 

2021年3月15日 (月)

想い出の光景:27

代々木上原界隈の想い出、想い出の光景:261976年4月)からほぼ2年間、撮影記録が途絶えていましたが、いよいよ千代田線の試運転が始まった1978(昭和53)年には先ず、3月5日の記録がありました。

新装なった代々木上原駅に進入してきたのは5000系でした。

思い起こせば千代田線が、北千住-大手町間で営業開始された1969(昭和44)年12月当時、6000系はまだ量産されていなかったことから、5000系を暫定投入していたものだった。

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その5000系が、東北沢方の引き上げ線に収まりました。代々木上原-東北沢間は、営団引き上げ線2線を挟んで複々線になっています。

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代々木八幡-代々木上原間を見れば、試運転の6000系が地下に潜って行きました。

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この時はまだ、千代田線乗り入れ用として用意していた9000形は地下鉄区間には乗り入れず、試運転の6000系を横目にしつつ新宿へ向けて走って行きました。

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9000形の新宿行き急行は「猪電」の運板を掲げていたのも貴重な記録となりました。

しかしそれにしても、これらカラーポジフィルムの発色が・・・(涙)。

 

2021年3月 4日 (木)

想い出の光景:26

想い出の光景:25」からほぼ半年後の1976(昭和51)年4月の記録がありました。

代々木八幡-代々木上原間の高架化工事が進捗に伴い、廃止された踏切に変わって架けられた跨線橋から代々木八幡方向を望んでいます。代々木八幡駅の改造工事模様については別途取り上げたく思っていますが、この時既に上りホームは山側への移設工事が完了しているようで、敷設された線路への切り替えを待つような線形です。

上りはNSE車、下り急行はHE車と言うのも懐かしい時代です。

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振り返って代々木上原駅方向を見れば、高架線には線路が敷かれ、架線工事も進んで居ます。折しも通過して行った9000形の走る位置は、完成後は千代田線の線路位置になる場所です。

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海側へ回って、代々木八幡方向を望みました。完成間近となった新線の先が、HE車が走る線路への接続を待っていることがわかります。

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間もなく小田急線が高架に切り替えられ、現小田急の線路部分に営団線の線路工事となって行きます。

 

 

2021年2月28日 (日)

想い出の光景:25

代々木上原駅付近変貌の記録、「想い出の光景:24」から3ヶ月後の1975(昭和50年)年8月 には、改札口前の踏切まで高架橋の鉄筋が建ち始めました。

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2ヶ月後の10月になると、高架橋はすっかり出来上がっています。線路はまだ元の位置なので、高架橋の下になった踏切を電車が通過していきます。

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その踏切からの光景は斯様な感じになりました。下り電車の通過です。

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東北沢方向を望むと、駅舎が無くなっています。遙か先の高架下に仮駅の看板が見えています。

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その状況が次の画像。元のプラットホームの東北沢方終端辺りから向こう側に、仮ホームが設けられています。そしてその上には新駅ホーム上屋の鉄骨が確認できます。

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上り仮ホームに停車中の5159他4連新宿行き、その上方には新駅ホーム上屋の鉄骨が確認できるので、この仮ホームはほぼ現在のプラットホーム位置と一致します。

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その上りホームが次の画像ですが、曲線区間に設けられていたプラットホームがほぼ直線になりました。

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SSE車の下り「あさぎり」が通過する画像では、新宿方が僅かに曲線区間に掛かっていることが確認できます。

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こうして徐々に徐々に、千代田線接続の設備が構築されて行きました。このシリーズはまだ続きます。

 

 

2021年2月25日 (木)

想い出の光景:24

前回の「想い出の光景:23」から3ヶ月後の1975(昭和50年)年5月には、代々木上原駅前の踏切脇に完成予想図が掲示されていました。左方の代々木八幡駅から右方の営団引き上げ線終端までが、結構詳細に描かれていました。

ほぼこの通りに完成している現在ですが・・・、一つだけ実現していないのが高架ホーム下側(北側)に描かれている駅前広場。まだこの計画が生きているのでしょうか?

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まだ1800形が現役バリバリの頃ですが、この頃に事実上の4両固定運用になり、両端に出る先頭車だけ貫通扉をステンレス製の新しいものに交換、窓が上下方向に拡大されました。そして方向幕が手動から電動になりました。

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プラットホームの時計が15時5分を指している時、新宿15時00分発の「あしがら」が通過して行きました。

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この線路位置、今はメトロの線路になった場所、NSE先頭車の先に確認できる踏切が井の頭通り。そこが現在のホーム下ということになりますが、開業からこの時代まで、小田急の線路位置は変わっていなかったのです。

 

2021年2月18日 (木)

想い出の光景:23

このシリーズは、ここ暫く代々木上原を取り上げていますが、今回は1975(昭和50年)年2月の記録を。 カラーポジからのスキャンニングですが、どれも色が薄くなってしまっているのはお許しを。

だいぶ高架橋が出来てきて、駅舎が右の高架橋下に収まっています。 下り「あしがら」が通過して行きました。

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その場所から代々木八幡方向を望んだところですが、既存線路の両側には高架橋が連続してきました。

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そこからもう少し代々木八幡方向に移動して海側から見下ろしたら、下り本厚木行き各停の2600形NHE車が通過するところでした。

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今度はその先の、八幡3号踏切だったと思われる代替跨線橋に上って、夕刻の代々木上原方面にカメラを向けています。 3000形SSE車は「さがみ」、これも懐かしい想い出です。

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まだ高架橋は繋がっていませんが、急ピッチで工事は進んでいました。

 

 

 

2021年2月14日 (日)

想い出の光景:22

今回も代々木上原の想い出、1974(昭和49)年です。

フィルムを節約して撮っていたこともあり、最悪の色になってしまっていますが、ここは代々木上原駅東の山側から。 地下鉄9号線乗り入れ工事たけなわの時に降雪。 仮柵の向こうですれ違う上下列車は2600形NHE車(左)と4000形です。

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その場所を、上りホームから見ていました。 新宿行き各停は4063が最後尾、まだ日中は3両編成が走っていたのです。

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上りホームから東北沢方向を見れば、山側には鉄筋コンクリート製連続ラーメン形式の高架橋が建ち始めています。

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この後、みるみるうちに長閑だった光景が変わって行きました。

 

 

 

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