カメラ

2020年11月 7日 (土)

初めてのカメラと小田急電車

メイカイフレックスというカメラをご存じだろうか? 戦後の1948(昭和23)年頃から製造された2眼レフだが、主に小学生用だったらしい。

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これを1961(昭和36)年頃、知り合いの大学生から頂きましたがその大学生は、少年の時に雑誌の懸賞で当たったものだと言っていました。 大切にされていたもののようで、本革のケースを開けると内側に毛筆で住所と名前が丁寧に記されているものでした。

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本体はこのようなもので、「写真を撮るには絞りとシャッター速度を決めてね・・・」と説明を受けるのですが、絞りはf6.3、11、16の3段階、シャッタースピードはS、B、25と表示された3段階、ピントは固定焦点のようです。

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裏蓋を開けてフィルムを装填しなければなりませんが、使うのはボルタ判という画面サイズ24×24㎜のもの。 パトローネに装填されて居らず、裏紙があるタイプでしたので、小学生では取り扱いにも 神経を使いました。

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フィルムのブランドは“みのりフィルム”。

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嬉しくて嬉しくて、小学5年生だったOER3001氏は早速フィルムを買ってもらい、電車を撮りに最寄りの千歳船橋駅へ。 ここにあげる画像は、正方形の画面からスキャンニングする際に上下方向をカットしましたが、カメラの傾きや未熟だった撮影スキルには目をつぶって頂きたい。

先ずは通過する上りのSE車。 列車名は“明星”であることが読み取れます。

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プラットホームから下りの通過も撮っています。 “せんごく”と読み取れました。 当時はロマンスカーの列車名は全列車異なっていましたから、当時の時刻表があれば時間が特定できるはずです。

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当時はまだ全車活躍していたHB車の1200形、車号は1203と読めます。 車体更新されていますが、パン田はまだ横型碍子の大型、三菱Sー514なのでしょう。

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1600形も撮っていました。 1606ですね。 パンタグラフはHB車同様に三菱Sー514です。

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が、同じ1600形の上り方向1605のパンタグラフはPT42に換装されているではありませんか。 経堂止まりの各駅停車です。

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2220形は準急相模大野となっています。 2224が先頭ですが、この時は未だトイレ付きで4両固定編成の美しい編成でした。

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当時増備されていた最新鋭HE車2400形ですが、各駅停車運用時の字幕は、折り返し時に字幕操作が不要な「成城学園 新宿」だったのですね。 そう言えばこの時の画像を見ていて、「成城学園」「向ヶ丘遊園」「相模大野」と、表示面積の制約から一部は小さな文字になっていたようです。

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ろくでもないアングルですが新製直後の2475の先頭部を。 ジャンパ線や足掛け位置など、その後は改造されているので、当時の模型製作に参考になる一枚となりました。

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この2475Fは1961(昭和36)年の製造なので、これら一連の撮影も同年であると推測されます。 ロマンスカーにもまだNSE車3100形が登場していない、岩戸景気に沸く60年前の記録となりました。

 

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