博物館

2025年12月 8日 (月)

小田急で阪急

妙なタイトルですが・・・、この日はロマンスカーミュージアムへ。

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目的はお友達でもあるこの方「阪急電車館 館長」のお話を拝聴することで、1時間半近くにも及ぶ熱弁でした。

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2026年2月2日(月)まで開催される、阪急電車の魅力と秘密に迫るイベント「Timeless&Graceful~小田急と阪急、伝統と優雅さの本質」のひとつでした。

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1階ロマンスカーギャラリーに模型や資料が並べられて、宝塚にあった「阪急電車館」が出張して来たようです。

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京都線の特急用6300系の模型は製作にも保管にも、特別の思いが込められていたようです。

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その6300系の転換クロスシート(特別料金不要)が、LSEの回転式クロスシート(有料)と並べられています。

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奥の10000形HiSEと20000形RSEの間では、「阪急マルーン」の2300系ミニ電車が、5インチゲージ特設線路で走ります。

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VVVFの音、車内アナウンスの音も出る、実車さながらの楽しいミニ電車でしたが、お隣にはしっかり開発時に製作された8000形のソリッドモデルも。

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大阪梅田駅や阪急車内の放送が響いたこの空間、来春からは50000形VSEが展示されることになっています。

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そのVSEは、喜多見車両基地からこの日未明に大野総合車両所(旧大野工場)に移動、収容されている姿を車窓から確認しました。

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保存されるのは新宿方10号車1両だけと聞いているのですが、残る9両と、50002編成はどうなるのでしょうね?

 

 

 

2025年10月11日 (土)

ロマンスカーミュージアム近況

首都圏以外からの来館者も増す中、10月1日から新たな企画展示が始まっています。小田急電鉄のニュースリリースに掲載されたキハ5000(5002)乗務員への花束贈呈式の写真は、高校時代のOER3001氏でした。と言うこともあって、近況を。

エントランスからエスカレーターを下りたゾーン、寄贈させて頂いた戦前の運行板(片瀬江ノ島ゆき)がガラスケースに収まりました。

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モハ1形の目前です。

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情緒ある車内も良いものです。

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モハ1形は1927(昭和2)年の小田原急行鉄道開業にあたり、日本車輛で18両製造され、当時の近郊区間(新宿~稲田登戸、現・向ケ丘遊園)に充当された乙号車。

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乙号車に対して甲号車と呼ばれたのが手荷物室を備えたモハニ101形(後の1200形)。同じく日本車輛で12両が製造されましたが、こちらは実車が保存されておらず、OER3001氏製作の1/80模型でガラスケース内に展示されているのですが、最近背景画が付けられました。

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企画展示は例によって1階のロマンスカーギャラリーに展開。

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OER3001氏が大切に保存していた「銀嶺」ヘッドマークは寄贈させて頂きました。

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また、キハ側窓の巻き上げカーテンも、ガラスケース内で公開されています。

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JR東海さまの協力でガラスケース内に収められた371系模型、こんなアングルで撮ると歴代ロマンスカー車両群と並べられます。

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背景のNSE、ヘッドマークが変わっていました。「もころん」ではありませんか。

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こう言う気配りで、お子様やママたちの人気を集められるのですね。本企画展は12月1日まで。いつか、そのうちなんて言っていると終了してしまいますよ。

いよいよ2年後には小田急も開業100周年、新型特急車両も仲間入りすることになっているので、ロマンスカーミュージアムも目が離せませんね。

 

2025年9月 5日 (金)

箱根ゴールデンコースのひみつ

小田急が小田原から先、箱根湯本までの線路を3線化(箱根登山鉄道1,435㎜軌間、小田急1,067㎜軌間)して、新宿から箱根湯本まで直通運転を行うようになったのは1950(昭和25)年8月のこと。今年で75年を迎えました。

その10年後、1960(昭和35)年9月には登山電車、ケーブルカー、ロープウェイ、観光船、バスによって箱根周遊ルート「箱根ゴールデンコース」が開通してからは65年。

それを期にロマンスカーミュージアムでは、企画展示「箱根ゴールデンコースのひみつ」が9月15日まで開催されています。

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前記の各種のりものについて、特徴や見どころが紹介されていますが、OER3001氏にはどうしても登山電車に目が向きます。我が国の粘着式鉄道における再急勾配80‰を、1/80の模型でわかりやすく紹介しています。

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登山電車の再急曲線であるR30(半径30メートル)も、1/80のアレグラ模型で。

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う~ん、我が家の登山線レイアウトの最急曲線は、もっときついR280㎜なのでした。

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いくらR30がきついとは言っても、模型レイアウトではスケールよりきつくしないとスペースに収まり切れませんね。

2025年9月 3日 (水)

「おとめ」復活!

「おとめ」、3100形NSE車全盛の頃に走っていた特急列車の名称です。

小田急OBの某氏が大切に保管されていた所蔵品を頂いたのは2018年3月2日のことでした。

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いろいろと整理していて、ロマンスカーミュージアムに寄贈させて頂きました。やはり展示車両に掲げて頂けたら生き生きしてきます。

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となりの3000形SE車は「乙女」。

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暫くは「おとめ」「乙女」並んでいるようです。

 

 

2025年9月 1日 (月)

ロマンスカーミュージアム近況

大御所モハメイドペーパーさまが未だに訪問されていないロマンスカーミュージアムに、中京地区在住のシグ鉄さまがお越しになられたとは嬉しい限りです。

歴代のロマンスカー5車種の実車が保存展示されているので、それに眼が行くのは当然のこととして、エントランスから最初に広がるヒストリーシアターでは、お気付きになられなかったようなので、所要序でに現況を確認して来ました。

海老名駅からのペデストリアンデッキを進み、2階入り口からエスカレーターを降りると展開されます。開業時のモハ二101形に取り付けられていたハンドブレーキハンドル他に3題のガラスケースが並びます。

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その最初は小田急創業者、利光鶴丸と開業時の資料。

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その左が“中興の祖”ともいえる安藤楢六と戦後の歩み。

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最初のケース内に展示の開業時の車両モハニ101形は、OER3001氏のペーパー自作です。

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開業時に用意された近郊用のモハ1形は実車が保存展示されていますが、新宿~小田原間直通に用いられた長距離用モハニ101形は他に展示模型が無く、貸し出している次第。

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左のケース内は、大東急から分離後の1948年から1957年の3000形SE車登場までの特急車両。1600形はOER3001氏所蔵品ですが、初めて喫茶カウンターを設けて登場した1910形はOER3001氏のペーパー自作。

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1951年登場の1700形(展示は3次車)。

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1955年、カルダン車で登場の2300形と、黄色と青で塗り分けられた当時の特急色3形式」は、いずれもペーパー自作模型でした。

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まさか好きで作って来た模型作品が、こうしてミュージアム見学順路の最初のゾーンに展示されることになるとは、思ってもいないことでした。

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モハ1形の目前で。

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この展示は、一応今年度末までの契約となっていますが・・・、

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OER3001氏も来月にはいよいよ「後期高齢者」の仲間入り。“万一”のことが起きてもこれらの模型の行先には不安は無さそうです。

 

 

2025年5月 2日 (金)

「武蔵野鉄道開通110周年」展へ

4月26日のモハメイドペーパーさまのブログで知って、急遽OER3001氏も練馬区立石神井公園ふるさと文化館へ出掛けました。

石神井と名の付いた駅、西武線に「上石神井駅」と「石神井公園駅」があったはずだが、「石神井公園」はそのどちらからもちょっとした距離。ならばと、往路は西武新宿線を利用、「上石神井駅」隣の「上井草駅」から歩くこととし、帰路は池袋線「石神井公園駅」 へ歩きました。

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1階の入口を入ったホールに、Nゲージ模型と共に企画展のポスターが置かれています。

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企画展は奥の階段を上がった2階の左側。因みに右側は常設展示場で、練馬区の歴史を見ることができます。

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入口には女性係員が常駐して、撮影禁止表示が無いものは撮影可ということも案内しています。

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展示は、西武池袋線前身の武蔵野鉄道が開通してからの沿線の歩みということで、決して鉄道ばかりではないのですが、どうしてもOER3001氏は鉄道の歩みに目が行きます。

最初に目に入るのは実物のサボ類と車両の模型。模型は全てNゲージというのが少々残念に思うのは年寄りでしょうか。1/150のサイズでは、なかなか車両の特徴が伝えにくいと思うのですが。

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ほとんどの車両は、「館所蔵」と表示されていましたが、展示協力者として菊田鉄男、菊田優子お二方のお名前がありました。

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その中で、明らかに市販品ではない自作と思われるこれは? 説明パネルを写していなかったのですがデハ130形でしょうか。

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有名な“オワイ専用列車”まで製作されていたのには驚きます。この貨車はト31形がベースで、台枠より下部は西武鉄道、車体は東京都が所有していたとのこと。(Wikipedia)

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別ゾーンでは、その記事が掲載された社内報「西武」も掲示されていました。

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社内報「西武」には、興味深い内容も掲載されていました。見事な三枝分岐器があったのですね、上石神井駅構内だそうです。

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その設計図も掲載されていて、37Kgレールの9番だったとのこと。1960(昭和35)年9月発行の記事ですが、電気運転区間での採用は我が国初のことだったようです。

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この企画展は6月8日まで。

この後、常設展示場にも回りましたが、「練馬大根」が有名になった経緯や昭和の暮らしなど、興味深く観ることができましたが、そのことはまた機会を改めてということにしましょう。

 

2025年4月14日 (月)

内藤新宿

江戸時代に設けられた宿場の一つ、内藤新宿(ないとうしんじゅく)。甲州街道に存在した宿場のうち、江戸日本橋から数えて最初の宿場であり、宿場内の新宿追分から甲州街道と分岐している成木街道(青梅街道)の起点でもあった。現在の住所では、東京都新宿区新宿一丁目から新宿二丁目・三丁目の一帯にあたる。地名から四谷新宿と呼ばれることもある。(Wikipediaより引用)

新宿歴史博物館で、その内藤新宿の復元模型を見ることができます。

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賑わう街道の様子が再現されていて、模型ファンとして見入ってしまいます。

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1915(大正4)年、京王電軌軌道が現在の新宿三丁目付近に新宿追分駅を設けます。現在の初台駅との間に位置した新町駅と結んだことで、府中までの運転を開始します。

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伊勢丹のビルを背後に、省線新宿駅に向かう150形151号、風格を感じカッコ良いではありませんか。四ツ谷新宿の模型から、つい京王電鉄の歴史にふれてしまいました。

 

2025年3月 5日 (水)

地下鉄博物館へ

久しぶりに地下鉄博物館に行ってみました。このテーマ展示が目的の一つでした。

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西洋からの外国人まで入館されていたのには驚きました。平日ということもあり、今回はこのシミュレーターで運転トライ。

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車体も前後左右に動くため、運転(操作)しているOER3001氏にも、力行/制動、曲線区間での左右動が伝わって来ます。

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“遊び”はこの程度にして、今回は模型を中心に見ることに。中でも御茶ノ水の模型には見入ってしまいます。

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目線を下げると、なお実感が。

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展示模型のように、実際には丸ノ内線、中央快速線、中央総武緩行線の上下全ての列車が行く光景は、なかなか捉えられません。

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良~く見てみれば、模型では丸ノ内線線路が低すぎる(国鉄線が高すぎる)ような気がしますが、なにか特別の解説がなされていたのだろうか? 気になるとまた近日、訪問してみたくなります。

2025年2月27日 (木)

四ツ谷見附橋

ここ何回か、先に訪れた新宿歴史博物館に関連した記事を掲載しています。

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正面左側の庭園では、紅梅が楽しめました。

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玄関の左側に、1913(大正2)年に完成し、道路拡幅のために1991(平成3)年に掛け替えられた四谷見附橋の説明パネル。

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その横には、再利用できなかった部材の一部として保存された、高欄の一部が展示されています。

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架け替えられた現在の四谷見附橋がこれ。

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赤坂離宮(現在の迎賓館)の外観と調和させたという、ネオ・バロック様式の橋梁でしたが架け替え前の姿がここ八王子市の長池公園に復元されています。

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橋の中央にはしっかり右から「しはけつみやつよ」とあります。

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高欄部材の一部は別に説明が添えられて保存されていますが、

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鉄道ファンならこれをしっかり見なければいけません。東京市電→都電の軌道部分の一部も保存され、その構造もしっかり確認できるのが嬉しいです。

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何より自然にも恵まれ、四季折々の姿を楽しむことができるのです。

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都市の拡大で、架け替えを余儀なくされた橋梁ですが、110年を経た今も、その優雅な姿を維持してくれていることは素晴らしいこと。「新宿グランドターミナル」構想とやらで工事が進む新宿ですが、100年経っても通用するデザインであることを願うばかりです。

 

 

2025年2月25日 (火)

都電とロマンスカー

先に取り上げた新宿歴史博物館には、鉄道好きには見入ってしまう“鉄道車両”が展示されています。

その1、都電5000形があることは前回のコメントでも触れました。忠実に再現されたレプリカですが、実車そのもの。正面から見ると良い顔しています。「驛宿新」の方向幕と覗ける車内灯のグローブが良いですね。

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1930(昭和5)年から製造された5000形(当時は東京市電気局)のこの姿での活躍を、OER3001氏は知りません。窓枠は車体色ではなくニス仕上げだったのですね。

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運転台には三菱電機製の主幹制御器、KRL型という実物が。

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「安全地帯」と表示された停留所とともにセットされています。

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台車と車輪は実物でD-12、レプリカの車体は思えない調和が取れていますが、当時の色はグレーだったのでしょうか。

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参考になるかなり細かい実車図面も展示されていたので、模型を製作する時には大いに役立ちそうです。

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その2は小田急ロマンスカー3100形NSE。先頭部分を模したこれ、なんと表現すれば良いでしょう。

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内側の運転台を造形するのに作ったものです。実際の運転台は展望室の天井上にあるため、運転士は足を延ばして座る状態でしたが、主幹制御器や制動弁、計器やスイッチ類の配置はこんな感じでした。

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座席も窓1個分の4脚8人分がセットされ、実際に座ることもできます。この他に乗降用側扉も展示されています。

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これらはロマンスカーミュージアムができる以前から展示されていたのですが、なぜ新宿区立のこの歴史博物館に収蔵されることになったのか、残念ながらその経緯を良く知りません。

 

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