過去vs現在

2022年4月 5日 (火)

過去vs現在-12

久しぶりに「過去vs現在」。フィルムの変色で見苦しい画像ですがお許しください。

30㎞/hの徐行予告標識があるのは、2回目の新宿駅大改良工事が進んでいた時代。2872先頭の準急・江ノ島、今は引退して見ることが出来ない車両と、新宿発では消えた行先。後方に見える跨線橋は、1973(昭和48)年12月20日まで使われていた旧南新宿駅のもので、取り壊し前です。参宮橋方に150m移転した、新しい南新宿駅上りホームからの撮影でした。

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ほぼ同じ場所からの現況は、車両はステンレスの3000形に代わり、延長されたホームには上屋が設けられたため、空が見えない景色になってしまいました。

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空を仰ぐには広角でなければなりません。そうすればニューヨークマンハッタンのエンパイヤステートビル擬きのDocomoビルを画面に入れることも可能です。

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1日平均乗降客数が3,000人強と、小田急の中では足柄駅と並ぶ最下位クラスだそうです。

 

 

2022年2月15日 (火)

過去vs現在-11

世田谷線を撮りに行ったので、こんなアングルも比較してみたくなりました。

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手元に上の画像を用意せずに行ったので、立ち位置が右に寄ってしまったようですし、季節もカメラも違うので、なかなか同じようには撮れないものです。

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それでもここ、山下駅から三軒茶屋方向を見る景色には、車両が高床80形から低床300形に代わった位で。23年間での大きな変化は無かったようです。

 

 

2022年2月14日 (月)

過去vs現在-10

今回は東急世田谷線・松原駅での一コマを。

そもそもこの1973年2月の一枚は、世田谷線の撮影目的で出掛けた訳ではなく、序でに撮っておいたという一コマですが、今になって見ると、道路から2段だけ高くなったプラットホーム、1両分しか無かった木製上屋、ステップを上がる車両と言うのも当たり前の想い出です。

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それから49年、この場面の今を撮りたくなって出掛けて来ました。

一段嵩上げされたプラットホームにはスロープで、上屋はプラットホームへのアプローチ部分を含めて全長にわたる鉄製に。車両はご覧の通り。

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背後のビルの1棟だけが、当時と変わらぬ姿を残していました。

 

2022年2月13日 (日)

過去vs現在-9

50000形VSE乗り納めとして昨日掲載した箱根湯本、ほぼ同じアングルで、34年前には就役間もない10000形HiSEを撮っていました。

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前面展望の連接車というのが小田急ロマンスカーのカタチだったのが、VSEの引退と共に消滅するのは悲しいことです。

20220209_1003_15(再掲)

箱根湯本駅周辺もつぶさに観察すれば、線路には保護柵が設けられて電車の下回りが遮られるようになってしまいました。石垣も手前に植栽が成されて隠れてしまいます。

さらに10年遡ること44年前は、ロマンスカーは3000形SSE車と3100形NSE車の時代。箱根湯本に到着しようとする花形の3100形NSE車を撮っています。

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先日の発車して行ったVSEの後ろを狙った一枚とほぼ同じアングルです。

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線路保護柵、石垣前の植栽に加えて、架線柱、道路標識など、変わったものを探してみるのも楽しいです。

 

2022年2月11日 (金)

過去vs現在-8

今は高架複々線となった豪徳寺駅。1973(昭和48)年9月の記録がありました。まだ夏の強い陽射しのため、ケープアイボリーの5155の顔が飛んでしまっていますがご勘弁を。8両編成の急行、後方は2400形です。

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同じ場所の今、とは言っても冒頭に記したように高架複々線となっているのでだいぶ変化しましたが、線形はほぼ同じです。同じ5000形を名乗る2代目5456が急行線を進んで来ました。

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下りホーム先端から経堂方向を臨むと、9004先頭の急行が、経堂検車区から始まる上り勾配を飛ばして来ました。まだ96芯ジャンパを使っている時代ですね。

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複々線となった今は、線路に勾配が無くなったようです。検車区は喜多見に移りましたが、検車区跡の場所には留置線が設けられ、出入りのポイントが設けられています。

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過去の写真を見て、同じ場所の今を辿るのが面白くなっています。

 

 

2022年1月26日 (水)

過去vs現在-7

昔の撮影ポイントの現在との比較、今回は東京駅1番線としてみました。

1967(昭和42)年9月17日、赤煉瓦の駅舎を背景に停車中の、101系特別快速を撮っています。赤煉瓦とは言っても、空襲で被災した3階部分は無く、屋根も簡素な形状。良く見ると壁面はモルタルのようにも見えます。

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それが3階部分を再建し、ドーム状の屋根も修復された美しい駅舎となり、中央線は高架になって駅舎の3階部分の高さになりました。撮影に出掛けたこの時、偶然にも209系が。

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本来はこの233系が定番なのですが。

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昔撮った場所を訪ねてまわるのも楽しくなって来ました。

 

 

 

2022年1月23日 (日)

過去vs現在-6

小田急新宿駅の過去と現在の比較、一応今回で区切りを付けたく思います。

新宿1号踏切と言うこの場所からの1968(昭和43)年5月の撮影、と言うよりここは南新宿駅下りホーム端から撮ったものです。新宿西口の14階建て小田急百貨店のビルも、左端には京王百貨店も確認できます。

踏切脇には貨物ホームがありますが、これより以前はここに小田急砂利株式会社の社屋もあり、相模川からの砂利を積んだ貨物列車も入線していました。

そこを花形の3100形NSE車の「あしがら」が通過します。

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現在でも新宿1号踏切はありますが、1973(昭和48)年12月21日から南新宿駅は西方へ150メートル移設され、さらに新宿駅の改良により地上/地下の分岐器位置も新宿1号-2号踏切間に移設。さらに線路上に人工地盤を構築しているので、当時と同じアングルでの撮影は暗闇となりました。

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やむなく新宿2号踏切からの撮影ですが、この50000形VSEの定期運行も残すところ2ヶ月を切っていますので、これも過去の記録になる日も近いですね。

 

2022年1月22日 (土)

過去vs現在-5

小田急新宿駅が地上と地下の二層式となったのは1964(昭和39)年のことで、当時は珍しがられたものでした。

その後、何度かの改良工事を経ていますが、地上ホームは特急、急行などの優等列車、地下ホームが各駅停車の発着というのが基本でした。

1967(昭和42)年5月の撮影の中に、地下9番ホーム(5号線)に停車するHB車編成のデハ1217-クハ1351他+クハ1352-デハ12181410-1460の4連の姿を捉えていました。時既に地上14階・地下3階建の小田急新宿駅ビルの完成に伴う最初の改良工事が行われている時で、HB車の新宿口充当最後の時期です。(後記:当時の記録があり、後方2両が1410-1460であったことが判明しました)

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同じ光景の今日を撮りたくて2022(令和4)年1月19日、上のプリントを持って同アングルの撮影を試みて来ました。

20220119_1003_15

入線してきたのは1000形1095Fの10連です。ホームドアも設置され、同じようなアングルで電車を撮るのには無理がありますが、ホームドアのお陰で線路が随分と柱に近付いた印象ですが、柱の位置は変わっていません。

 

2022年1月19日 (水)

過去vs現在-3

鉄道が好きになり、写真を撮ったり模型を作ったりとして来て数十年。自ら撮影した過去の写真は、カメラも腕も、現在とは大きな差がありますが、だからといって現在のカメラと腕をもって再チャレンジしたくとも、それは絶対叶うものではありません。過去には過去の、一枚に写された光景から、様々な情報が得られることが楽しくなってきてしまいました。

今回は小田急新宿駅の光景から。1966(昭和41)年12月18日、国鉄線寄りの1号線に停車するのは3000形SE車の「はこね」です。なんと、奥の2号線にも3000形SE車が。この年3月に3100形NSE車は全6編成となり、主力になっていたのに、珍しい光景です。

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時は変わって2021年9月27日の光景から。左側の特急乗車ホームだった1番ホームは、使用停止になっています。天井照明も蛍光管からLEDに。ホームの柱も耐震強化が施されて一回り太くなりは基本的には変わらずも、スマホ等充電機能を持つベンチが設置され、空調装置も設置されています。

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この時の車両は30000形EXE。今やEXE-αに改装された編成が主流となり、この原型が見られるのも時間の問題かも知れません。

 

 

2022年1月18日 (火)

過去vs現在-2

列車の撮影では、気に入った撮影地に何度も出向きます。撮影対象の車両が代わるのは当然としても、過去と現在を比較して、あらためて時代の変化を感じます。

京王線中河原-聖蹟桜ヶ丘間の多摩川橋梁での写真を比較してみました。1986(昭和61)年5月4日の撮影では、被写体は6000系の8連でした。

19860504_130401__n15

 

変わって2021(令和3)年8月4日の撮影の中に、8000系8連がありました。同じ8両編成ですが・・・、

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橋梁の架線柱が鉄材トラス製から鋼管製へと大きく変わっています。京王線では近年、この鋼管製架線柱への更新が至るところで見られるようになり、鉄材トラスやPCの架線柱の記録も貴重なものになって行きますね。

 

 

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