鉄道模型(国鉄・JR)

2022年5月18日 (水)

グランシップトレインフェスタ2022 -3

OER3001氏所属のサークルは、1階大ホールの北東角、テーブル46本を使用して、およそ13×4メートルのスペースで展開しました。

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我が国の鉄道開業150周年ということから、歴史的に話題となった列車を選択してみました。

先ずは1958年の特急“こだま”151系の12両編成。昨年入手していた憧れのカワイモデル製品のお披露目となりました。残念ながら急遽欠席となってしまったHarryセンセ製作の工場モジュールを横目に・・・。

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警報器と遮断機を備える第1種踏切(neko1675さん作)を通過、田植えを終えたばかりの田圃(コンテツさん作)に差し掛かります。

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そしてサクラ並木(OER3001氏作)の横を疾走。

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快調な走リを見せてくれました。

 

 

2022年5月13日 (金)

リハビリにハンダ付けチャレンジ

右手のギプスが外れなくても、なんとか20Wのハンダゴテが持てそうなので、ちょっとチャレンジしてみました。

先ずは手元にあったプリント配線板用銅張積層板片に溝切り。これが結構力が要るので難儀でした。それにCRDをハンダ付けしました。これを天井裏に収め、前照灯、尾灯のLEDを結線します。

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尾灯には1608サイズのチップLEDを使います。左右2コを直列にハンダ付けしましたが、ハンダゴテ持つのはどうということは無くても、相手が小さいので同じく難儀。車内にセットするには、もう少し右手の回復を待つことにします。

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車体と床板間の電気的接続はこの方法。車体裾の補強角材に0.1t銅板を挟み、床板の接点とビス止めします。

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手前が床板上面の接点、同じく1.0t銅板片です。ここにセンターピンからのリード線を繋ぎます。

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こんな作業もリハビリ代わりと言うことで、ゆっくり“社会復帰”を目指します。

 

 

2022年4月 8日 (金)

「こだま」デビュー

少年時代からの憧れだった151系「こだま」、昨年末に知人から譲り受けたカワイモデル製品12両フル編成。綺麗だったので殆ど手を入れることは無く、車号のレタリング(手書き)とサボ類の貼り付けの他、足回りのクリーニング程度で入籍。自宅ではフル編成での試運転にも無理があり、この度漸く、多摩川畔の模型店2階を借りて走らせて来ました。

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編成中の動力車は3両、L-3モーターによる17:2ウォームギア、インサイドギア連動。最大電流は1.2A、8Vで快調に走ってくれました。

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それにしても12両編成は存在感充分です。

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フル編成で走らせればディテールなど気になりません。

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小田急ファンにも憧れだった151系「こだま」、漸く入籍となりました。

 

2022年4月 2日 (土)

E5系“はやぶさ”試運転

「E5系“はやぶさ”試運転」とは言っても、3月16日の震度6強の地震で脱線した車両ではありません。模型のお話し。

先月下旬から我家に入場していた、辻堂海浜公園・交通展示館内ジオラマで走行しているE5系のこと。一部車両で破損した、特別仕様の車両間電気配線パーツの修復でした。実車は10両編成ですが、ジオラマでは2号車を抜いた9両編成。それを我家で試運転するというのは大変です。

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810Rのエンドレスに組成して、グルグル走らせるだけなのですが・・・。

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その全景をカメラに収めることは難しいです。

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こうすれば何とか編成全体が収まりますが。

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自宅に常設線路がある方が羨ましい。こんな時「あの方が近くに居られたら助かるのに・・・」などと思ってしまいます。4月4日に現地搬入・調整の後に、再公開は4月5日の予定。折があれば是非、現地を訪れてみてください。

 

 

2022年3月27日 (日)

BRTに乗る

あの3.11、東日本大震災で甚大な被害を受けた鉄道の復旧に際し、BRT(Bus Rapid Transit) に転換して復旧させたのが、気仙沼線 柳津-気仙沼間と大船渡線 気仙沼-盛間。まさか鉄道好きがBRT全線に乗ることになるとは・・・。

三陸鉄道で着いた盛、JRの線路があった筈のところはこの通り。

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駅舎の中に、Nゲージジオラマでその様子が展示されていました。

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線路があった場所は舗装されてしまいました。三陸鉄道からの分岐器が、JRの線路があった時代を伝えているようです。

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“2番線”が大船渡線BRTの乗り場。最初は陸前高田行きに乗車します。

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踏切だった場所では、BRTが通らない時は一般車の誤進入を防ぐための遮断機が設けられています。BRT接近に伴い、遮断機がが上がり、一般車側は停止して通過を待ちます。

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車窓に広がる風景は、3.11の津波が如何に酷いものだったのかを伝えています。

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単線を道路に転換したので、対向車とのすれ違いは出来ません。要所要所に待避所が設けられ、対向車と交換するところは鉄道のシステムです。

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高台に移転した陸前高田駅は、立派な駅舎ですが、線路はありません。ここで気仙沼行きに乗り換えでした。

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これがあの“奇跡の一本松”。右には津波で全壊した陸前高田ユースホステルの建物が残されています。堤防が造られたことで見ることが出来なくなった広田湾に面したこの辺り一帯が、高田松原だったのですね。

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気仙沼でも駅舎にはNゲージジオラマが展示されていました。

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洒落た駅舎になっています。

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ここからは一ノ関方面への線路があります。

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残念ながらここから気仙沼方面は、線路は撤去されてしまったのです。

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OER3001氏は気仙沼線のBRTに乗り換えます。

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山間部で続くトンネル、線路があって気動車が往来していた姿が偲ばれます。

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ここでも“列車交換”です。

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BRTの終点は柳津駅。左側の道路を来たBRTは、乗客を降ろして車庫に行きました。ここからは線路の上を走れます。

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僅か10分程の乗り換え時間で、この柳津駅の様子も刻んでおきました。終わってみればBRT区間全線走破などという貴重な体験、二度目は無いでしょうね。

 

 

2022年2月26日 (土)

前照灯の製作

暫く放置しようと思ったのですが、つい手を出してしまいました。

2012ウォームホワイト色LEDを使います。リード線はいつものウレタン線ではなく、被覆電線を使用し、電極にハンダ付けした後、熱収縮チューブで保護しています。

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これを先に製作した真鍮パイプの中に収めようという次第。

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こんな感じ。真鍮パイプ内でのLEDは、速乾アクリアを充填して位置を固定しました。

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オデコにセットしてみたらぴったり。速乾アクリアで接着した後で隙間にパテ充填。

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塗装後にLEDを仕込むのは至難の業なので、この手順とした次第。勿論塗装の時は前照灯を詰め物でマスキング。塗装後にレンズを入れる計画ですが、それこそ暫く放置予定ですからいつのことになるやら?

 

 

2022年2月25日 (金)

暫く放置、後雨樋など

本命工作は材料調達がままならず小休止。浮気の0番もパーツ調達ができずに放置状態。そんなときはこれを少々ということで、考えていた雨樋は実車に拘る気も無いので、好みで張り上げタイプとすることにしました。おでこ部分の処理も実車とは異なります。

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中間車も張り上げ屋根で仕上げることとして、妻板の縦樋形状を小田急2400形に似たものとした次第。

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側扉クツズリはタックラベルから切り出して楽をしました。貼った後にサーフェーサー塗っておけば剥がれませんから。

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ということで、4両がキャンプファイヤーになって、暫くまた放置です。

 

2022年2月24日 (木)

ハコにしました

“竹割”した屋根を接続し、ハコにしました。

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パテ盛り、整形の後、少しお日様が顔出した時間を利用して、 ベランダでのサフェサー吹き、研磨を繰り返しました。

・・・というところで、これも暫く放置になります。必要パーツの調達後でなければ次の行程に掛かれませんから。要するに、下着の台紙に加えて補強材と床板材料さえあれば、ここまでは作れるということです。今回は床板をアガチス材から切り出しましたが、ペーパーで作った車両もありますから。

 

 

2022年2月21日 (月)

“竹割”で

妻板は「日本の車輌スタイルブック(1967年 機芸出版社)」からコピーした妻板を使ってハコにしてみたら・・・

展開幅が広すぎました。仕方なく屋根中心で“竹割”して組みました。

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手抜きの工作で始めたのに、結果的に手がかかることになってしまいました。

 

2022年2月20日 (日)

中間車プライマーがけ

内張に窓枠、側扉を罫書き、窓抜きしました。

あ、下着の台紙板紙を使ったので“紙の腰”が柔。放っておくと中桟などが捻れたり切れたりしそうで不安ということで、裏面にシンナーで薄めたラッカープライマーを染み込ませるように塗っておきました。

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実に懐かしい行程。思い起こせばアイボリー紙に出会う前の1970年前後は、この方法が“標準”だったのです。

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