鉄道(国鉄・JR)

2022年5月12日 (木)

【補足】モノクロ写真のカラー化遊び

昨日の掲載画像に関連し、きぬやまスカンクさまからのご教示もあり、重連のDD13が飯田町から牽引してきた客車列車について記しておきます。

新宿駅5番線に21:01に入線する列車は「急行・上高地」でした。

発車は22:35、なんと1時間半も5番線に停車していたのですからつぶさに観察できたわけです。とは言え、残念ながら客車の写真は撮っていなかったようです。

編成は下り方から

EF13+マヌ34+ナハフ(またはスハフ)+ナハ(またはスハ)×4+ナハフ(またはスハフ)+オロ61+オロハネ10+マニだったようです。

新宿を出ると立川、八王子、大月、甲府、茅野、上諏訪、岡谷、川岸、辰野、塩尻、松本(4:45)に停車。松本から先は篠ノ井線各駅に停車して、終着駅長野には7:56着。9時間21分の旅だったようです。

こんなことを調べていたら・・・、模型で再現したくなって来ます。EF13と最後尾のマニを用意しなければなりませんが。

2022年5月11日 (水)

モノクロ写真のカラー化遊び

骨折した右手首のギプスがまだ外せず、なにかと不自由な中でも、パソコンのキーボード操作は出来ますのでつい、昔撮ったモノクロ写真をカラー化して遊んでいます。4月10日29日に掲載した画像のように、素材による向き不向きがありますが、この画像は比較的雰囲気が出ているかと思います。

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確か、クラブ例会の帰り、新宿で乗り換えの時に撮ったもの。

飯田町から最後尾にオロハネ10を含む夜行客車列車編成を牽いて来た重連のDD13。この時の客車列車は「準急・穂高」だったか「急行・穂高」だったか、いや列車名は「穂高」ではなかったか? EF13が牽引していたと記憶しています。今思えば長閑な時代でした。

客車列車は「急行・上高地」だったようです。きぬやまスカンクさんからご教示頂きました。

 

2022年4月10日 (日)

モノクロ写真のカラー化

夢みたいな道具があることは知っていましたが、遊び心で入手してしまいました。

早速遊んでみたのでご紹介します。結論を言えば、鉄道写真には向きませんね。人物写真なら、服装の色が変わっていても、肌の色に違和感なければ、遊び程度に使えると思いますが・・・。

先ずは御殿場線電化で旧型国電が入った時代の写真。周りの緑が鮮やかすぎますが。スカ色の電車はなんとか見えます。酒匂川面から撮った先頭はクモハ60ですね。

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同じ日の午後、渋沢-新松田間に移動し、田植え風景を入れてNSEを撮っています。NSEのバーミリオンがなかなか赤くなってくれません。

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この画像は相当弄りました。SSEのバーミリオンが出るように弄ると、どうしても手前の緑が強くなりますので、別のソフトで加工してみたのがこれ、同じく渋沢-新松田間。

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所詮遊びに過ぎませんが、人物写真なら顔色がいきいきして楽しいです。

 

 

2022年4月 1日 (金)

満開のサクラ

今日から4月、都内各所でサクラが満開のようです。

OER3001氏にとって、サクラを入れた鉄道写真と言えば、先ずはここが定番のひとつだったのですが、近年は跨線橋も立派なものに架け替えられ、この場所にも立ち入れなくなってしまいました。

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京王井の頭線も、井の頭公園駅はサクラの下でしたが、今は強剪定されていてこの時のように雄大ではなくなってしまいました。

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今は高井戸駅の方が凄いかな。でも日中はほぼ逆光になるのが悩みです。

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都内ではありませんが、御殿場線にも良く出掛けていました。谷峨では小田急20000形RSEとJR371系との交換が撮れました。

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山北の桜祭りは有名です。20000形RSEが活躍しているときは、朝早く出掛けて半日ここで過ごしたのも良い想い出です。

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先日出掛けた巣鴨も、231系の時代は今よりサクラが大きかったように感じます。

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コロナ禍の影響か、提灯飾りが無いことも質素に見える要因かも知れません。

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サクラが満開になると必ず強風や雨に見舞われて、なかなか思うような撮影も出来ませんが、今年も近場に出掛けるべきかどうか悩みます。この地も撮りにくい場所になってしまったし、魅力的な車両も走らなくなってしまったし。

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そんなときは模型弄りに限りますね。

 

 

2022年3月28日 (月)

線路のある気仙沼線から仙石線へ

BRTで着いた柳津に、キハ110-124が到着しました。折り返し13:30発のこれに乗りますが、その前に辺りを一回りです。

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到着したキハ110-124の先に伸びるのは線路を撤去したBRT専用路です。

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立派な車止めが構築されて、先へ行くことはできなくされました。

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駅名標も、先はマスクされてしまいました。

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20分で石巻線との接続駅 前谷地に到着します。ちょうど向こうから女川行きが来ました。

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13:50到着、13:52発の女川行きへの乗り換えは同じホームで容易です。

女川行きだから乗務員も女性! ここでは気動車運転資格を持つ女性運転士は3人だけだとか。ラッキーなことです。

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鹿又だったでしょうか、列車交換でした。

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途中の石巻手前では、右から近付いて来た仙石線と併走、ちょうど仙石東北ラインのハイブリッド気動車HB-E210系が前を走ります。

東北本線松島駅と仙石線高樹町駅間の接続線を設け、2015(平成27)年から運行開始した列車です。

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宮城県第二の人口を擁す石巻市だけに、石巻駅も賑わいが感じられます。こちらは石巻線の気動車キハ110系。ホーム向こうにはコンテナ列車も見えます。

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仙石東北ラインのハイブリッド気動車HB-E210系。交流20,000Vの東北本線と直流1,500Vの仙石線を通るため、交直両用車を製造するよりハイブリッド気動車を選択したようです。

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直流1,500Vの仙石線は、首都圏から“都落ち”した205系、改造された3100番台が活躍、どちらも4両編成です。

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貨物列車の牽引は新型の電気式ディーゼル機関車DD200が担い、9号機が入換中でした。

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ここではまだ仙台方面に向かわず、再び石巻線の先を目指します。

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向かった先は石巻線の終点、女川。女川駅は3.11の津波で、停車中のキハ40もろとも流さていました。現駅は内陸部へ150m移設されています。

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改札を抜けると、緩い坂の向こうに女川港の海が目に入ってきます。

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復興された駅前通りと、ともに魅力的な駅舎です。

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9分の折り返し時間で、街をゆっくり見ることは出来ず、急いでホームに向かいます。

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再びキハ110-240の乗客となります。

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震災で甚大な被害を受け、内陸側に500m程移設された野蒜駅では3分停車、ハイブリッド気動車HB-E210系との交換です。

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仙石東北ラインとの接続駅である高樹町でも3分停車。

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交換する205系はラッピング編成でした。

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この後、次駅の松島海岸駅へ向かいました。そして・・・、まさか自らが被災することになるとは考えてもいませんでした。

 

 

2022年3月24日 (木)

「SL銀河」用客車

東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)からの観光復興を後押しする目的で誕生した「SL銀河」は、岩手県営運動公園に保存されていたC58 239が注目されますが、釜石線の陸中大橋-足ヶ瀬間の上り勾配区間に於ける機関車補助として、JR北海道の札沼線電化で余剰となった気動車を譲受して改装した“客車”も、鉄道ファンとしては見逃せません。

釜石駅で機関車から切り離された“客車”は、翌日の上りに向けて自力走行により転線して来ました。

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折角なので順番に4両全てを観察します。花巻方1号車はキハ142-701(←キハ142-201←オハフ51 30)、DMF13HZE形 (300PS) を2基装備する。

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2号車はキサハ144-702(←キサハ144-103←オハフ51 10)。

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3号車はキサハ144-701(←キサハ144-101←オハフ51 7)。

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そして釜石方の4号車はDMF13HZD形 (450PS) を1基を搭載するキハ143-701(←キハ143-155←オハフ51 27)という編成。

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この車両だけ台車は他のDT-22A・TR-51Aではなく、2軸駆動式の空気ばね式ボルスタレス台車N-DT150A・N-TR150Aを使用する。

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塗装は一見、青15号のような単色と思うが実は、各社の前後で明度が異なる「青」が使われ、釜石方からだんだん明るい青になっていたのでした。

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秋田新幹線E-6や「サフィール踊り子」E261系、「TRAIN SUITE 四季島」などのデザインを担当した、(株)KEN OKUYAMA DESIGNによるデザインプロデュースだとか。

一応“客車”のディーテールも取材してきましたが、決して模型製作など計画しませんので(笑)。

 

2022年3月23日 (水)

東北へ

震度6強を記録した地震に見舞われることになる旅、そもそもはこれから始まりました。東京駅7:16発「つばさ101」の入線を待ち受けます。

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向かったところはここ、イーハトーヴ (宮澤賢治)。

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最初の目的は、客車の老朽化に伴い、2023(令和5)年春をもって運行を終了と発表された「SL銀河」試運転の撮影でした。OER3001氏は所謂“SLファン”ではありませんが、鉄道ファンの一人として、“客車”と表現されている気動車にも興味があり、今回の旅となりました。

お仲間のたかべーさんの運転するレンタカーでの追いかけが始まりました。最初はここ、土沢の手前だったようです。

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次の場所が12分ほど停車する宮守の手前で。

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しっかり気動車の後方も撮っておきます。

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そしていよいよ、今回の一番の目的地であった宮守川橋梁に向かいます。2002(平成14)年に土木学会選奨土木遺産、2009(平成21)年に近代化産業遺産に認定された橋梁です。かつて読んだ「銀河鉄道の夜」のモチーフとなった橋梁ということで、童話での空へ駆け上がるイメージを求め、川面から見上げる角度で収めてみました。

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撮ったら乗って移動という“体育会系撮り鉄”で向かった場所は、遠野より手前の道路との併走区間でした。鱒沢-荒谷前だったようです。

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綾織付近でも撮れました。

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足ヶ瀬の小さな踏切では同業者20人は集まったでしょうか。何とプロカメラマンA氏にお声がけ頂きました。

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この日の最後は陸中大橋の発車を。

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釜石では転車台で向きを変え、専用の庫に収まります。

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これでこの日の計画終了! 夜の部へと向かいました。

 

 

2022年3月21日 (月)

再訪:「想い出の光景:11」

2020年12月16日掲載の「想い出の光景:11」の地を再訪してきました。

この日の目的は、あの3.11被災地の現状を、この目で見ることでした。釜石から石巻まで海岸線に沿って移動、松島で宿泊と予定していました。石巻からの仙石線205系先頭車から見えた松島海岸駅です。

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ここで下車、乗ってきた電車がトンネルに入っていくのを見送ります。

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そうです、ここが1967年5月にトンネルから出て来たクモハ73を撮っていた地です。

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島式プラットホームに、ぶどう色クモハ73を先頭に後部には仙石色(気動車色)のクハ79が停車しました。

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それが55年後の今は、島式だったホームは下り専用、上りホームが新設されていました。ホームの石積みに当時が偲ばれます。

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55年前にホーム仙台側にあった踏切の姿はありません。駅立派なものに立派なものに変わりました。

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観光客を出迎えるに相応しいものになっていたのは好ましいことです。

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駅前から少し歩けば松島周遊観光船の乗り場。その海岸には「3.11東日本大震災伝承板」が設けられていました。

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ここへ来て本当に大地震を体験することになるとは、この時は思ってもいませんでした。

温泉に入った後、生ビールと宮城県の地酒で、地元産品での夕食を堪能して就寝しかけた23時36分、最大震度6強の地震で目を覚まされたのでした。

 

 

 

2022年3月 6日 (日)

今日の一枚 No.140

都立高校なども合格発表が終わり、卒業式のシーズン。ちょっと画像を探っていて“通学列車”を見付けました。奥羽本線米沢駅、まだ国鉄時代の8月下旬。こんな旧型客車での通学が日常だったのですね。

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出張の帰りに撮っていた一枚でした。

この後忘れもしない、帰路の特急「つばさ」は指定席が無く自由席に乗ったら福島までは座れませんでした。夏休みを終えて東京に戻る学生団体や旅行客で溢れていて、ビジネスだったOER3001氏には過酷な列車旅となりました。

それも今となっては懐かしい想い出。

 

 

2022年2月28日 (月)

ちょっと得した気分

小田急東京メトロパスというお得なきっぷを活用していたので、日暮里の模型店に行った帰りは西日暮里まで歩いてみます。

金杉踏切で電車来ないかなと待っていたら、ちょうど警報器が鳴り始めてラッキー! 初めは上り接近の表示、続いて下り接近の表示も。やって来た上りはこれでした。

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ちょうどビームの影がかかって残念~!

と思う暇も無く振り向いて下りを構えます。下りも特急ではありませんか。

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上下ともE657系の特急と、序で撮りにしてはなんかラッキー、得した気分になりました。

 

 

 

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