鉄道(国鉄・JR)

2024年4月14日 (日)

京都鉄道博物館へ(湘南電車)

OER3001氏誕生の前年に登場した“湘南電車”は憧れの存在でした。そのトップナンバーを見るのが楽しみでしたが、ゲート入場でまず目に入ります。

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これこれ、この顔。3枚窓でオデコの前照灯が飛び出ている。

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下から見上げてみます。運行窓の「086」は愛嬌です。

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連結器上部の台枠部分に足掛けがあったと思っていたら無かったのですね。

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側扉は3段窓でしたが、これは当時製造されていた73系用の流用だったからなのでしょうか。

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パンタもPS13、懐かしい~!

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奇麗に磨き上げられた車体は惚れ惚れするものですが、どこか妙な感じ。そう、雨樋に違和感あり。クハ86001の表記は柵で撮ることできず残念。

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車内を覗き込めば、父に乗せてもらった時の記憶が戻って来ます。

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妻面から覗けますが、アクリル板に自分の姿が映って見づらいのが残念です。グローブに収められた電球の室内灯が懐かしい。

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ここの展示車両は、ホームが設けられているので台車や床下が見られないことがとても残念です。

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モハ80001の表記の上になんと、「広島車両所 昭和60年11月修復」のプレートが! ここに付けなくてもイイだろうと思うのですが。

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まあ、いろいろ不満はありますが、午前中の早い時間だったのでまだ来館者も少なく、ゆっくり見学できたことで良しとしましょうか。

 

 

2024年4月10日 (水)

京都駅の変化

写真整理していて見つけた京都駅。半世紀の変化が確認できました。

50年前の1974(昭和49)年は未だ市電がありました。この写真に市電乗降場は写っていませんが、右のバスの向こうにありました。駅舎は一部に8階の塔のような部分があったものの、他は3階建てでした。

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昨年秋に撮った画像ではこんな状況に。

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だいたい駅舎など、OER3001氏にとっては“序での一コマ”なのでしっかり撮ったものではありませんが、こうして比較してみると様々なことが思い出されるものです。

 

 

2024年4月 2日 (火)

お茶の水

模型材料調達に、あの画材店に行ったついでに、お茶の水で楽しんでしまいました。

<その1>JR御茶ノ水駅、あの狭いホームの上に、しっかり建てちゃいましたね。神田川の工事用仮設もそろそろ解体できるのでしょうか。

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上の画像は停車前の中央快速東京行ですが、停車した位置は下の画像。随分先に行っているように見えますが・・・。

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停車位置の後方には2両分のホームが用意されていました。そうか、グリーン車挟んだ12両編成への準備だったのですね。

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<その2>丸ノ内線東京方面行ホームから、神田川渡って来る電車の撮影を試みました。最初は去っていく電車と来る電車のタイミングが合わず(涙)。

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乗る予定の電車を見送り、2本目も狙ってみました。しかしもう少し引いてからにすれば良かった(涙)。

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近づいてきたところでも狙ってみましたが、流れてしまいました(涙)。

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もう1本やり過ごし。3本目にチャレンジ。まあこの辺が限界のようです。

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ということでここで諦め、銀座に向かいました。

<おまけ>銀座での所用を終えた後は、上野方面に行くために京橋まで歩いてしまいます。東京スクエアガーデンと言うのでしたっけ、京橋駅に降りる階段縁で、ちょうどサクラが咲き始めていました。

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高層ビル背景にサクラ。う~ん、我が家界隈とはずいぶん違った光景に驚きました。

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これらは4月1日のことでしたが、決してエイプリルフールではありません。

 

2024年3月27日 (水)

初めてのスキー

孫娘が中学受験を乗り越えて無事1年の春休み、学校からバスで菅平でのスキー教室に行くと聞いて、我が身(ジイジ)も初めてのスキーが菅平だったと、ゲレンデの想い出話に盛り上がりました。

ジイジのスキーは高校時代の親友4人と、上野から信越線の急行“信州”(だったかな?)に乗って始まりました。菅平へは上田から路線バス。持って行ったフィルムの1コマ目はバス待ち時間で撮った真田傍陽線の駅構内。

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この年の4月20日に丸子線を廃止し、それまでの上田丸子電鉄から上田交通に社名変更してもなお、駅名は「電鉄上田」だったように記憶していますがどうだったでしょう。その上田駅に入線して来る真田傍陽線の車両が2コマ目。フィルムに光が入ってしまいました。

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駅舎に表示されていた駅名は「電鉄上田駅」です。それから2年後に、真田傍陽線も廃止されてしまいました。今となって思えば、この時真田まで真田傍陽線で行っておけば良かったと後悔しますが、菅平に行くのにその途中まで真田傍陽線を利用するなど、選択肢に無かったのだから、廃止されるのも仕方がないことです。

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スキーを楽しんでいる写真は無く・・・、初めてのスキーですから写真など撮る余裕、というより転んでばかりでしょうからカメラなど持っていられません。フィルムに記録されていたのは宿でワイワイ楽しんでいる光景だけ。

年が明けた1月2日に帰路に着いたようです。EF62の貨物列車を撮っていますが何処の駅だったのでしょう、上田かな?

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タキ43000(43013)も撮っていました。

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そして次のコマが、すっかり暗くなった横川駅のプラットホーム。ブレた1コマですが、ずらりと並んだ洗面台に「名物・峠の釜めし」と「碓井温泉・あたご荘」の広告。こんな時代だったのですね。帰路の169系車内から撮っていました。

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同時に停車中の下り列車、モハ30003も。デジカメの時代だったらもっと撮っていたでしょうに(涙)。

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この後は、169系車内での友人たちと戯れる光景でフィルムは終わっています。孫娘が行っている菅平スキーの思い出でした。

 

2024年2月20日 (火)

乗換えの間に

JR川崎駅、ホーム最後部で乗る予定の電車を待っていたら、早速やって来ましたE233系1000番台が。

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意外に面白そうな場所だったので乗車予定電車を見送り、発車して行った東海道上りの231系10両の後追いを。

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後追いだけじゃ消化不良なので、下り列車も狙いました。

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これ以上ここに居ては約束時間に間に合わない!

乗るべき電車も撮りましたが、先の列車も含めてワイパーの拭い跡が見事で・・・。

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ワイパー拭い跡は近づいてもはっきり判ります。

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深夜に雨が降ったからなのでしょうかね。この姿を模型で再現するとすれば・・・、いやそんなことはやりません。

 

 

2024年1月23日 (火)

820000アクセス到達記念

昨1月22日夜、82万アクセスに到達しました。790000アクセス到達(10/12)から約3ケ月、800000アクセス到達(11/14)から約2か月なので、1か月でおよそ10000アクセスということになりますが、勝手気ままに書いているのに訪問してくださる方々に感謝申し上げます。

“82”に因んで探した画像はこれ、スカ色のクモユニ82です。登場から間もない1966(昭和41)年の新宿駅でクモニ83と2両で。「回送」表示を掲載しているので、甲府か松本行きの115系に連結する前なのか、解放された後かと思われます。一斉にハトが舞いました。

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ハーフサイズカメラでの撮影ですが、懐かしい光景が記録されています。

背後の建築中ビルは、西口の小田急本館(小田急百貨店)で、その並びに小田急百貨店のマークを掲げたビルは、地下鉄ビルです。建築中のビルと合わせて、「小田急全館完成」となったのはこの翌年のこと。

その小田急本館は現在解体工事が進み、新たな高層ビルに生まれ変わろうとしているのですから。半世紀後にそうなることなど誰が想像できたでしょう。

 

2023年12月19日 (火)

続:品川へ

高輪の物流博物館を見学しただけで帰るのは実に勿体無い。最初はJR品川駅の通路を高輪口に向かう時、地下の泉岳寺から高架線に上がって来る京浜急行の光景に目が行きました。この光景もやがて過去帳入りになるのですから。

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今は解体されて再開発が進む元「ホテルパシフィック東京」側から駅を見ると、港南口の高層ビル群を背景に、京浜急行の電車が見えるではないですか!! JR品川駅などは建物が無く、階段・エスカレーターの上り口があるだけ。 駅前の国道1号と線路の間にあったビル群が全て取り壊されたお陰で、港南口ビル群まで見通せるようになっているのです。

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高輪ゲートウェイ方向に眼をやればご覧の通り。 OER3001氏にはここで京成の車両が見られるという事、未だにしっくり来ないのですが・・・。などと言っては京成ファンに失礼ですよね。

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歴史を記録しておくという意味からは、やっぱり電車は京浜急行ででなければ。因みにOER3001氏は「京浜急行」と書かせて頂きます。「京急」はどうもしっくりしません。小田急、京王帝都、東横、目蒲、池上の時代がカラダに合っているようで(笑)。 今は「京急〇〇」となっている蒲田、川崎、鶴見・・・久里浜など、1987(昭和62)年までは「京浜〇〇」でしたから。

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高輪はこのへんにして、八山橋へ向かいます。ここも改良工事たけなわで、写真撮影の名所もいつまでなのか? 先ずは山側から下り電車を。

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海側に転じて上り電車を。

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定番はやっぱり海側からの下り電車でしょう。しかし最初に来たのは北総鉄道の車両。

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やっぱりここは、赤い車体の京浜急行でなければ。

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それにしても1000系、もう「新」を付ける必要がなくなっていますが、随分とバリエーションが増えたものです。

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たった1編成しか無い、千葉ニュータウン鉄道の9800形に遭遇したのはラッキーということでしょうか。

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でもやっぱりここでは赤い電車ですよね。快特・京急久里浜行きの2100形を撮って切り上げました。

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架け替えが計画されている八山橋橋梁を行く京浜急行と、下の東海道線とのツーショットが叶わないか、暫くチャレンジしてみましたがそう上手くは行きません。

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何とか収められた都営車と東海道線とのツーショットで、この日は打ち切ることにしました。

 

2023年12月17日 (日)

品川へ

渋谷、新宿と大工事が行われている中、品川も負けてはいません。ちょっと来ない間に、なかなか凄いことになっていたのですね。

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その話題はまた別の機会にと言うことで、今回は高輪へ。とは言ってもこの新高輪プリンスホテルは関係ありません。ここを右に見つつ、左へ行きます。

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目的地はこの建物。さほど大きくはありませんが何か風格を感じます。

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「MUSEUM OF LOGISTICS」直訳すれば物流博物館。斯様な存在をつい最近まで知りませんでした。

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訪れた目的はこれ。SNSで開催を知り、思い立って出掛けることにした次第です。

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残念ながらその企画展は撮影禁止なので、入手した図録(500円)他から展示内容の一部を紹介しましょう。まず注視してしまったのがこの光景。1/30の模型が良くできていて素晴らしかったこと。貨車の積み荷まで作られていました。

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明治時代の構内配線図など、見ていて飽きませんでした。

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貨物輸送がコンテナになろうとする時代、あのチキ5000形に積むコンテナの素材は、鋼鉄、アルミ、木台で試作していたのです。

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汐留駅が閉鎖される前年の写真。今は駅舎が復元されていますが、この時はその影もカタチもありません。

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築地市場に門司からの鮮魚列車が直行していたことなど、どれも懐かしく見入ってしまいました。

代わって常設展示場は撮影OK。入るとすぐ、1/80の鉄道模型他で解説が。

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貨物ターミナルのジオラマが楽しい。鉄道はNゲージですが、コンテナを牽いたDLが前後していました。

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鉄道貨物ターミナルの横はトラックターミナルにはトラックが出入りしています。その奥はコンテナターミナル。コンテナ船の積み下ろしが見られます。その奥は空港。航空貨物の取り扱いが展開されています。

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この博物館、なんとシニアの入場料は100円。公益財団法人 利用運送振興会なる法人が営んでいたのです。企画展は1月21日までです。年末年始は休館が続きますが、都合を付けて見学されては如何でしょうか。

 

2023年11月15日 (水)

80アクセス到達記念

昨日14日、拙ブログは80万アクセスに到達しました。ご覧頂いている方々に感謝申し上げます。ということで今回は「80」を。

OER3001氏の生まれは“湘南電車”運用開始と同年なので、80系電車を取り上げなければなりません。しかし80系が東京駅を発着していた時代にはカメラを持って出掛けることなどできませんでした。辛うじてあった写真が1967(昭和42)年撮影のネガカラーでした。おそらく定期運用ではなかったのでしょうね。

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国鉄(日本国有鉄道)で「80」を名乗る車両としては、常磐線の寝台特急「ゆうづる」を牽引していたEF80形電気機関車をあげなければなりません。平(現いわき)まで牽引して来たC62からバトンタッチした直後の姿。朝陽がどうしようもない方向から射していて何とも撮りづらかったものです。

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何故か「80」は常磐線に集中していたのでしょうか。気動車特急「はつかり」の80系。平駅の歩道橋から上野行の後をハーフサイズカメラで撮っていました。

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先頭のキハ81は、独特の風貌でしたね。

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80系気動車ではその後の増備両数からこちらのキハ82を連想する人が多い筈です。この当時は北海道で大活躍していました。

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代わって国鉄ではなく東京急行の80形を。80形の入籍も“湘南電車”運用開始と同年なので親しみを覚えます。

玉電の渋谷-二子玉川園間と砧線が廃止された後も、三軒茶屋-下高井戸間は世田谷線として残り、80形他の車両が2両編成で活躍していました。

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なぜかこの当時は世田谷線を度々撮影していますが、残念ながらクリームとグリーンの2色塗装時代を撮っていなかったのが悔やまれます。この当時81はまだ正面窓上のマーカーライトは撤去されていませんでした。

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80形はやはり、オデコに前照灯を載せたスタイルが好きです。こちらの86はマーカーライトが撤去されていたのですね。

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ということで、OER3001氏がペーパー自作した1/80の模型は、それより前の時代の姿で1970(昭和45)年の製作ですから御年53歳。

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前照灯が窓下に移設され2灯化された姿にも趣はありますが・・・。

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それでも吊り掛け式駆動のモーター音を轟かせて走っていた頃が懐かしいです。

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ということで「80」に因んだ企画を閉じようと思います。

 

 

2023年10月18日 (水)

京阪→JR→阪急

SANZEN-HIROBAから大阪へ。折角なので複々線区間の森小路でちょっとだけ撮影します。

OER3001氏にとって京阪3000系と言えば2扉クロスシートの特急車なのですが、今は中之島線開業のシンボルとして2008年(平成20年)に登場したこちらの車両。コンフォート・サルーン(COMFORT SALOON)の愛称を持つようです。

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旧3000系は2013(平成25)年に引退。以来特急を担っている8000系は、ダブルデッカー者とプレミアムカーを含む8両編成として活躍中だが、気付けば最初の編成が登場してから34年。そろそろ動きが出ても不思議じゃありませんね。

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通勤型車両として2012(平成24)年から登場の13000系は、いつの間にか京阪最大両数を誇るまで増備されていたとか。

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複々線区間での離合を撮って、一連の“京阪三昧”は終了としました。

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京橋で京阪と別れ・・・、

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向かいのJR京橋駅へ。

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環状線で大阪駅に来てみれば、何度も出張で止まった大阪第一ホテルのビル(大阪マルビル)が目に入りました。聞いてはいましたが取り壊し中。周辺に高いビルも無く、高層階から大阪駅や寝台特急の姿を眺めるのが楽しかったのですが。

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阪急梅田駅は、何度来てもこの光景は圧巻です。当たり前のことですが、手前のホーム(京都線)だけ次駅が「なかつ」ではなく「じゅうそう」表示なのが面白いような。

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どれも同じに見える車両ですが・・・、ありゃ? 左方の8400には“Memorial 8300”の表示が! 運転台側窓下にあのHマークが付けられているではありませんか。

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折角なので、神戸、宝塚、京都線同時発車後の後ろ姿を撮っておきました。

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OER3001氏は次の特急(左)で、と思っていたら、特急ではなく準特急なのですね。京王線から消えた準特急が阪急にあったとは、などと思いながら、京都河原町へ向かいます。

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3線同時発車ですから並走は何よりも楽しいものです。上品なふりして大人しく座っているわけには行きません。カメラを構えればちょうど梅田スカイビルが。

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その後は大人しく通勤時間帯の準特急に身を任せ、京都河原町を目指しました。

 

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