鉄道(国鉄・JR)

2021年5月10日 (月)

小海線1978年夏

学生の分際のぼっちぼちさまが1970年夏、ご友人のクルマで追っかけをして撮ったというC56の画像に刺激され、今回も勝手にコラボレーション「ぼっちぼっちの旅日記」となりました。 どうもその1コマ目が、結婚間もないOER3001氏が撮っていた場所のようでした。

1978(昭和53)年の夏休み、夫婦で親戚の別荘に行った帰りに佐久にあった家内の親戚を訪ねての帰路、家内がスケッチを楽しむ傍らで撮影したのがこれでした。

海尻を出た3両編成が、千曲川に沿ってやって来ました。

19780802_060806__15

落石避けを抜けて来ます。

19780802_060807__15

キハ52を先頭に、キハ55、キハ51でしょうか、中間の乗務員室内にも乗客がひしめく混雑ぶりです。

19780802_060808__15

蛇行する千曲川を渡り、松原湖を目指します。

19780802_060809__15

その一部始終を撮っていました。

19780802_060810__15

帰宅後その光景を、家内がF10のキャンバスに描いてくれました。車両が上手く描けないと言うので、OER3001氏の模型をキャンバス横に置いて参考にしていました。

Y_

この絵は我家の大切な宝物になっています。

 

2021年4月28日 (水)

東海道線を撮る

年に何回か仕事で訪れる辻堂。その機会を利用して、ちょっと撮ってみることにしました。

この日は北風が強かったからか、雲の無い青空の向こうに富士山が綺麗に見えています。

20210426_1001_16

下り特急列車を狙うのが主目的ですが、その前に富士山背後の上り普通列車も撮っておきます。

20210426_1006_16

下りを狙う場所決めに、茅ヶ崎方向に歩きます。

20210426_1008_16

本当はもう少し線路から離れ、横を入れたいのですが、道路通行のリスクがあります。この時はクルマは来なかったのですが右側の歩行者がふらふら。

20210426_1012_16

本番ではやはりリスクの少ないこの位置で狙うことにして、233系でテスト。

20210426_1013_16

本命が来ました、サフィール踊り子。まともに撮ったのはこれが初めてです。

20210426_1017_16

約束の時間までを利用して、辻堂駅に引き返しつつ“来たものは撮る”としていたら、やっと貨物が。貨物は時刻がわからず苦労します。

20210426_1019_16

上り踊り子が来た時は、残念な場所でしたがとりあえず撮っておきました。

20210426_1022_16

狙うとなかなか来ない233系がやっと。

20210426_1024_16

約1時間の撮影を楽しんでから、仕事の待ち合わせで駅に戻りました。

 

 

2021年4月19日 (月)

外出の序でにJR

「まん延防止等重点措置」の発令となって発の週末、所要のため23区内への外出となりました。その機会を無駄にしないといういつもの心がけで、今回はご無沙汰していたJR中央線を。先ずは改良工事が進む新宿駅の一コマから。

20210417_0002_16

下り快速を見るホームから、乗車したのは上り各駅停車。この日の目的地は市ヶ谷ですが、時間に余裕を持って移動したので千駄ヶ谷で途中下車。新宿から四ッ谷を目指す快速電車を。

20210417_0005_16

気付けば千駄ヶ谷駅はこれまでの島式ホームから、臨時ホームを下り専用とした改良工事が完了しています。

20210417_0006_16

上り専用となった従来からのホーム代々木方からは、標準では2コマ前のように非常用発煙信号が邪魔になるのでズームしました。車両はすっかり山手線からの231系500番台に置き換わっていますね。

20210417_0007_16

序でなので新装なった飯田橋駅に向かってみました。現役後年は、ここが勤務地下車駅だったので思い出深い駅ですが、旧折り返し線跡にホームを延長移設しています。ホームドア未設置なのがどうしてなのか?

20210417_0008_16

その結果、ここから市ヶ谷方の眺めが良くなりました。

20210417_0011_16

架線柱と柵が目障りですが、上り快速も撮れます。

20210417_0013_16

旧飯田町方向に目を向ければ、快速と各停を同時にカメラに収めることも可能のようです。

20210417_0015_16

ということを確認してから、目的地・市ヶ谷に向かったのでした。

 

2021年4月 8日 (木)

EB10を見に行く

夕刻から雨との予報を耳に、曇ってきた天気も光線には最適と、急に保存されているEB10を見たくなり、府中市郷土の森公園に行ってみました。

OER3001氏は残念ながら稼働している姿を見る機会はなく、実機は今まで見たことがありませんでしたが、雨をしのぐ屋根の下に保存されていました。

20210404_1009_17 

諸元と共に、保存の経緯が紹介されています。府中市には東芝府中工場がありますが、その東芝はこの保存に特に関与してはいませんでした。

20210404_1026_17

柵で囲われているため、なかなか写真は撮りづらいですが、文句は言えません。こうして小田急開通と同じ1927(昭和2)年製の機関車を目前にできることに感謝です。

20210404_1028_17

窓にはガラスがなく、保護棒が溶接されていますがそれも我慢です。

20210404_1014_17

第2エンドのフロントナンバープレートは複製品でした。

20210404_1010_17 

なんとか第2エンドの顔も撮りました。

20210404_1011_17

運転室に入れるようになっているのは結構なことですが、そのためか荒らされているのが残念です。

20210404_1015_17

それでも雰囲気は味わえます。

20210404_1025_17

主幹制御器はまずまずですが、制動弁は無くなっています。計器類もこの有様なのが悲しいです。

20210405_0001_17

この主幹制御器には「株式会社 芝浦製作所 東京」とあります。1904(明治37)年の株式会社への変更から、1939(昭和14)年の東京電気を合併して東京芝浦電気への商号変更までの社名です。

20210405_0002_17

それでもOER3001氏にとっては、下回りを観察できたのが幸い。単軸台車の電機など、もはや滅多に見られるモノではありません。

20210404_1019_17

車軸間にはブレーキシリンダーと大型の空気溜が2個、制御溜は軸受けの横にありました。

20210404_1018_17

主電動機の取り付けが面白い。床下から伸びたアームにボルトで結合し、車軸に吊り掛けと言う構造です。

20210404_1021_17

裏面にもまわって、背の高い柵の上に手を伸ばし、第1エンドがなんとか取れました。

20210404_1042_17

同じようにして第2エンドも。

20210404_1044_17

天賞堂製品で知ったED10、実車を隈無く観察できて、ちょっとした満足感を味わえました。

 

 

2021年3月31日 (水)

110形蒸気蒸気機関車

昨日の「鉄道発祥の地を歩く」に取り上げた「CIAL桜木町アネックス」に保存された110形蒸気機関車ですが・・・。

20210327_0027_15

探索したら、中学2年生の1964(昭和39)年に青梅鉄道公園で見学していました。画像はCanonDemiで撮ったハーフサイズ、フィルム上部が破損していました。

110_1964

その後の記録を探してみましたが、1989(平成元)年に家族で行ったときのが見つかりました。ネガカラーが大分黄変してしまっていますが、後方には5540と、上の画像と同じ位置に、綺麗な姿で置かれていました。

19890504_6021_15

これに長男、次男を乗せて撮っていました。ゴールデンウィークの5月4日だったようです。

19890504_5025_15

残念ながら今は、当時と同じアングルでは取れません。無理してこの程度が限界、煙突上部まで入りきれませんでした。

20210327_0028_15

その代わり、右側面ならかなりゆとりをもって観察することが出来ます。

20210327_0031_15

2階に上がれば上からの観察も可能です。模型製作時の参考になります。

20210327_0054_15

レプリカとは言え、客車も同様に。

20210327_0029_15

こうして風雨に晒されない場所に安住したことは喜ばしいですね。

 

2021年3月30日 (火)

鉄道発祥の地を歩く

陽光に恵まれた土曜日、所用で久々にこの地を訪れました。降り立ったのはここ桜木町。

20210327_0024_15

ちょっと前まではこんな電車だったのですが・・・

20210327_0026_16

この日、OER3001氏が乗ってきたのはこれでした。

20210327_0021_16

今では東横線の駅も無くなって、こんな光景に変わっています。

20210327_0045_16

ここから視線を右に向けると・・・、ビルの中が気になります。

20210327_0042_16 

古典の機関車と客車が収まっています。

20210327_0043_16

1872(明治5)年の鉄道開業時に、イギリスから輸入した機関車5形式10両のうちの1両、国鉄形式110形が商業施設「CIAL桜木町アネックス」に保存されています。

20210327_0041_16

実物大レプリカの中等木造客車とともに、昨年6月から公開されていたのを初めて見てきました。

20210327_0050_16 

近くの大岡川沿いのサクラもほぼ満開の中、青い空と青い電車の取り合わせも印象的でした。

20210327_0048_16

新型コロナの第4波襲来も心配ながら、感染防止策を徹底しての外出でした。

 

 

2021年3月12日 (金)

今日の一枚 No.103

このシリーズ、今回は103回となりました。

と言うことで103系としましたが、残念ながら原型のカラー写真は撮っていなかったようです。ATCを搭載し高運転台冷房車となった姿ですが・・・。

19790822_070914__15

しかしこれも過去帳に入って久しいもの。ステンレス車205系からワイドボディーの231系を経て、今では205系への置き換え完了ですから。撮っておくものですね、日常の何気ない光景を。

 

2021年3月 3日 (水)

踏切で電車を

年に数回、仕事で訪れる湘南は辻堂。いつもの通り小田急で藤沢へ。そこから一駅はこの電車で。

20210301_0007_17

ところが今回は約束時間を間違えて、なんと1時間の早着。いやはや遅刻で無くて何よりでした。1時間の過ごし方に迷いはありません。日頃から気になっていた踏切まで15分ほど歩いて見ました。

20210301_0011_17  

この踏切、「辻堂踏切」と言うのだそうで、前々コマ藤沢駅に東京起点51㎞のキロポストがあり、辻堂駅のキロ程は54.8㎞ですから、1㎞ほど藤沢方向に戻った場所となります。

20210301_0013_17

この踏切海側の鉄道用地柵は古いPC枕木です。これレイアウトにも参考になります。

20210301_0014_17

光線状態もよろしいので、ここで暫し撮影としました。いつも携帯しているコンデジです。先ずは「快速・高崎線内普通」のE231系が。

20210301_0010_17

次は「快速・上野東京ライン」のE231系。

20210301_0012_17

走る去る後ろも撮ったら、こちらはE233系、残念ながら表示は切れて解読不能。

20210301_0015_17

今度はまたまたE231系で「高崎線直通」。

20210301_0016_17

踏切に迫り来るE233系を狙って退散としました。

20210301_0017_17

特急や貨物を期待したのですが、この時間内では残念ながら撮ることが出来ませんでした。

 

 

2021年3月 1日 (月)

今日の一枚 No.101

「今日の一枚」シリーズも101回目となったことから101系を。

もとより国鉄の電車にはあまり興味がわかず、真剣に撮ったことはあまり記憶にないのですが・・・、ありました。しかも101系元祖のオレンジとカナリヤ両方が収まっていました。

19781014_061518_15

若しかしてここ、モハメイドペーパーさまのお膝元だったかも知れません。

 

2021年2月 6日 (土)

今日の一枚 No.98

暑かった1970年7月17日の夕方でした。

昭和10年 川崎車輌

昭和25年 大井工場 更新修繕-Ⅰ

昭和31年 日本車輌 更新修繕-Ⅱ

とプレートを重ねた日本国有鉄道の車両に目が釘付けになりました。 

19700717_0024__15

国分寺駅4番線に停車していたのはパンタを下ろしたクモハ400074。国分寺ー東京競馬場前5.6キロの下川原下河原線専用の車両となっていたのだが・・・。

19700717_0025__15

残念ながら一度も乗ることなく、下川原下河原線は1973年4月に廃止となってしまいました。

この日、鉄道労働科学研究所からの帰りでした。 人間工学を学んでいた学生時代、大学の研究室から実習先として2週間の“通勤”をしたことも懐かしい想い出です。

 

 

より以前の記事一覧

フォト
2021年5月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

他社線ご案内

無料ブログはココログ